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Affectation World -アフェクテイション ワールド-  作者: 来花 零
一章:転生、少年は幼女になる
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02:異形の怪物

「?…なんでこんなところで…」

 紙芝居の翌日、調査へと向かう大人達が森に入る準備をしていた時。ゼライムが村の入口に居るのを村人の一人が見つけた。初めはすぐに居なくなるだろうと誰もが思っていたのだが、どういうわけかその場から一向に離れようとしないのだ。


 ゼライム達はぐるぐるとその場を回り続けていたのだが、突然慌てたかのように回っていた時の倍ほどの速さで森の奥へと向かった。

 その直後ゼライムが向かった先、森の奥から何かが大きな音を立てながら近づいて来ている事に気付いた。やがて音の正体が木が倒れる音だと判る程に迫ると、家ほどの大きさの黒っぽい何かが木々を薙ぎ倒しながら飛び出してきた。


「なんだあれはっ!?」

「でかい…虫か?…不細工だな」

 現れたそれはまるで何かの骨格を変えて無理矢理にカマキリを作ったかのような形をしており、赤銅色と黒檀の体には所々関節に膜のようなものや奇妙な突起が出来ていた。唯一他と色の違う口内が動く度にその毒々しい色合いを覗かせ、不細工で気持ち悪い見た目の怪物が森から出てきた。というのがそれを見た村人達の感想である。


 現れた怪物に対し、村の大人達は鍬や斧等の武器を持ち警戒しながら子ども達を離れさせる。

 怪物はその様子を眺めるかのように立ち止まっていたが、やがて何かを見つけたかのように一直線に走り出すと、前方にいた大人を鎌で斬り飛ばした。


「っ!逃げるぞ!」

 人体を軽々と斬り飛ばしたその怪物を見てモヨモトは子ども達に向かって叫んだ。その叫び声を聞いて子ども達は村のすぐ外にある家に逃げ込んだ。その家は緊急用の避難所として他の家よりも頑丈に作られているのだ。


 村の自警団として居る武器や鎧を装備した男達は果敢にも怪物に突撃しているが、近づく度に鎌で斬り払われている。傷は殆ど与えられていないが怪物の刃は鎧を斬るほどは鋭くなく、一振りする度に足を止めているので妨害にはなっていることが幸いか。


「このままじゃ不味いな…」

 窓から外を見た年長の子ども達の誰かが呟く。徐々にとはいえ進路上の大人を斬りながら子ども達の居る村の入口側へと向かってきているのだ。


「モヨモト、何してる?」

 モヨモトが家の物置を漁っている事に気が付いたムニエルが問いかける。

「こっちに来たら僕が時間を稼ぐ、皆は他の子達を頼む」

 そう言ってモヨモトは物置から避難所の前へと薪割り用の鉈を3本持ち出す。


 怪物は村の入口の柵を一振りで払い飛ばし、避難所近くの木に叩きつけると再び走り出す。

 そして避難所へと迫ってくる怪物に対しモヨモトは鉈を構え、3本あるうちの1本を投げようとしたその時

「えっ…?」

 怪物は進路を逸らし、モヨモトの目の前を通り過ぎて行った。突然の事に止める事も軌道修正することもできず勢いのままに投げられた鉈は、何に当たる事もなく落下してカラカラと音を立てた。


「行った?…大丈夫?」

 怪物が去った後、避難所から出てきたムニエルが呆然としているモヨモトに声を掛ける。


「あ、ああ…」

「モヨモト、魔人の双子が居ない」

 返事を返しながらもどこか遠くを見ていたモヨモトが少し経ちムニエルへと向き直ったのを確認してからムニエルはユウリとフウカが居ないと報告した。

 それに対し「大人達と一緒に居るんじゃないか?」とモヨモトに声を掛けた男の子が言うと「見に行ってくる」と言ってムニエルはすぐに走って村に戻って行った。


「魔人の双子っていうと…フェイルさんとこの子か?」

「あの2人なら誰よりも早くに逃げたからそっちに居ると思っていたんだが…」

 暫くして怪物が現れた時に近くに居なかった大人達と共にムニエルが避難所に戻って来た。しかしそこに2人の姿はなく、寧ろ大人達から2人が避難所に居ないことに驚かれた。


「まさか2人とも追いかけられてるんじゃ…」

「そんなわけ――」

「そうかもしれない」

 2人の姉が不安そうに言ったのに対し、兄が否定しようとした時。モヨモトがそれを遮って村に残った怪物の痕跡を差して言った。


 現れた怪物は特に何もない所でも進路を変え、蛇行しながら森の外へと向かっている足跡や破壊痕を残していたのだ。その軌跡はまるで簡単なゲームAIがその先に居る何かを障害物も何もかも無視して直線距離で追いかけているように見えた。


「この先に…?」

「追いかけよう」

 怪物は森に入り姿は見えないが、木々を倒しながら進むため、どこにいるのかだけははっきりとしていた。2人もそこにいるかはわからないが、それでも他に行く宛てがないためモヨモト達は避難所に年寄りと負傷者、それから年長組以外の子ども達を残し、年長組と残りの大人達で怪物を追いかけ始めた。


 モヨモト達は怪物に伐採された事で出来た倒木に囲まれた道を暫く進むとぽつぽつと血痕が付いた木が現れはじめ、更に進むと途中で倒れている人々を発見した。


 救急箱を持った村人を中心に倒れた人々の手当てに右往左往していると道の先からふらふらと一人の男がモヨモトに近づいて来た。

「大丈夫か!?」

「怪物に…追いかけられてる…」

 男はそう言うとどかりとその場に座り、倒木を背に寝息を立てはじめた。


「どうした?」

「怪物に追いかけられてるって…何がかは分からないけど2人の事かもしれない…」

「そうか…ここに居る奴らはとりあえずは全員生きてるが、村まで運ばないとだな。誰か村の奴を呼んできてくれないか」

突然やって来て寝始めた男にモヨモトが呆れているとこの場にいる大人達のリーダーとなっているの男が手の空いている者達に呼びかけた。


「なら私が行く」とムニエルが率先して立候補した。

「いいのか?」

「うん、私じゃ戦力にならない。後、索敵もいらない」

 怪物が作った倒木の道を辿っているだけなので探す必要が無く、開けてしまっているため隠れる場所もないので他の生物が居る心配も無いのだ。であればリスの亜獣人であるために小柄であまり力のないムニエルはついていくよりも人を呼ぶために戻った方が良い。という事である。


「わかった。頼む!」

 モヨモト達はムニエルと別れ、道なりに進む。その間にも倒れている人々を発見するが、その全てを後から来るであろう大人達に任せ、一行は先へと進む。やがて木が倒れる轟音と剣戟の僅かな音が聞こえてくる。


 少しして集団の先頭に居た男が「いたぞ!」と大きな声で言った。

 まだ距離はあるが倒木の中に黒く大きな怪物はいれば目立つ。更に近付けば怪物と戦う男達の姿が見えた。


 ◆


 村の自警団の男達は村に現れた怪物を追いかけていた。


「怪物に子どもが追いかけられていた!」

 そんな証言を受けた時は驚いた。証言をした人物は普段森で採取をしている冒険者達であり、2人の子どもが通り過ぎた後に現れた怪物に対し応戦しようとしたものの、自分達はたまたまそこに向かう途中にあっただけの障害物でしかないのだというかのように自分達を斬りつけ、弾き飛ばすと残った仲間を轢いて走り去ってしまったという。その後何度か遠目に子どもと怪物を見た後に自警団がやって来たのだ。彼らは斬られた際に運悪く武器を失い、仲間も1人倒れてしまったために助けに行けないのだと折れた細剣を見せながらいう。


 自警団の一人、ジャレッドはその話を聞いて怪物が数人以上で進路上に立っている時と妨害をした時以外は無視して走る理由に納得がいった。怪物としては払っているだけなのだろう。その証拠として見て確認出来るだけでも斬られた人々の大半は間違いなく生きているし、一部の大人に至っては自力で起き上がって追走しながら魔術で攻撃しているにもかかわらず無視しており、何か目的があるのだとは誰もがすぐに気付いていた。だがその目標が子どもというのは一体どういうことなのか。


 その証言を聞き、冒険者達と別れた後すぐに2人の子どもがジャレッド達の前方を横切り、その後ろを怪物と怪物を追いかけジャレッド達と別れていた自警団の男達が走っていた。まだ距離はあるが追いかけられている子どもは魔人の双子―ユウリとフウカであり、走っているためツーサイドアップとポニーテールにそれぞれ結ばれた空色の髪が跳ねるように揺れていた。


 初めは数十人いた男達も怪物を追いかけ接近する度に飛ばされた事や魔力切れで動けなくなったり、追いつけなくなったりとしたために今では半数いるかどうかという人数になっており、それに対して怪物は刃で斬りつけられたり鎧を叩いたりした事によって僅かに削れた跡やその際に付いた汚れ等があるだけで遭遇直後と殆ど変わらない姿であった。


 森の中を大きく蛇行しているため今から怪物に追いつくのは非常に簡単である。だが子どもが怪物に捕まる前に怪物を倒し助けなければならない。そう考えたジャレッド達は先回りして怪物の進路上、ユウリ達が通り過ぎた場所の木を倒して倒木の壁を作り、その前で迎え撃つことにした。


 ◆


 ユウリは森から怪物が現れたのを見るとすぐに目の前にいたフウカの手を引き村の入口から外に向かって一目散に走り出した。前世の最後に見た金色の瞳を持つ何かと似たような気配を感じたのだ。

 村を出てすぐの所にある避難所として通達されていた家は、同じくらい巨大な生き物に対しては頼りのないものに見え、あの怪物に対してほんの少しの間しか持たないだろうと入らずにそのまま通り過ぎた。


 村の入口から外に出たとは言ってもその先は森の中に作られた獣道であり、森に入ってすぐに後ろから悲鳴と叫び声が聞こえてくる。それを聞いたユウリは走りながら後方を確認して木々の隙間から家に叩きつけられる男性を見た。自身の進路上に居た他の子どもも連れて行くべきだったろうかと考えたが、自分達と同じ方向へと向かって来る怪物を見て戻るべきではないと感じ走り続ける。


  森に入った怪物は木々と大人達に妨害されつつも着実にユウリ達との距離を詰めてきている。途中、右へ左へと進路を変えると怪物も同じように進路を変え、自分達の後を追って来るため自分達が狙われているのだと確信した。

(フウカも置いていくべきだったろうか?…いや駄目だ。多分あれの狙いはフウカだ。私の方を見てない)

 大きな見た目に反して少しのズレでさえも頭を動かし視線を合わせるため、樹の枝や根を飛び越えたり潜ったりと自分だけが大きく動いた時とフウカも動いた時の違いが良くわかる。


 ユウリは時々後ろを見て怪物の様子を窺いながら逃げていると、突然背後で大きな音がし、驚いて立ち止まり後ろを見るとそこには倒木の壁があり、怪物の行く手を阻んでいた。倒れた木の切り株の傍には数人の大人が居て、大人達がしたのだと把握した。


「行こう」

「うん」

 多分そのうち突破される。急造の壁を見てそんな事を思ったユウリはフウカに声を掛けるとフウカは頷き、2人はまた走り出した。


 ◆


 自分達はこの怪物に立ち向かっていけるだろうか?そんな思いが自警団の男達の脳裏を過る。これまで一度攻撃を受ける度に遠方に飛ばされ戦線に立ち続ける事ができなかったがすぐ後ろに壁があれば戦い続ける事が出来るだろう。だがそれだけでしかない。彼らはモヨモト達が怪物を追いかけ始めるよりもずっと前から怪物に追走しており、蛇行する怪物に幾度となく追い付いては攻撃を仕掛け、怪物の反撃によって飛ばされ遠方の樹へと打ち付けられる。という事を繰り返していた。その為全員疲弊し、武器が折れていたり鎧が欠けていたりと装備もボロボロである。


 だが迷っている暇はない。怪物は目前まで迫っており、今更怖気づき逃げた所で倒木を除ける為に振るわれる鎌か払われた木に巻き込まれてしまうだけだろう。

 "ここで倒す"

 男達は覚悟を決め怪物へと向かって行った。


 怪物の鎌は素早く広範囲ではあるが、事前に大きく鎌を広げるためどの方向から攻撃するのかだけは分かりやすい。そして()による広範囲攻撃という事は大振りであるという事でもあり、避けさえすれば反撃のチャンスに変わるということを男達は繰り返し飛ばされたことで理解していた。


 理解しているとは言っても全員が必ずしも避けられるわけではない。回避しきれず、倒木()を越えて飛ばされる事もある。鎌が鎧以外に当たれば斬られ重傷を負うだろう。死ぬ可能性もある。だがそれでも戦わないという選択は彼らはしない。一度に全員が戦わず、誰かが抜けた後に後方の者や先に飛ばされ、戻ってきた者が代わりに入る事で穴を埋める。そうして時間を稼いでいる間に飛ばされただけの者達が戻ってくる。また、怪物が留まっている事で男達は木や地面に紋様を描き、武器や携帯用の用紙等よりも大きく強力な魔術で攻撃したり、怪物を拘束するための蔦や地形を生み出す事が出来る。


 それらを合わせることで少しでも多くの時間を稼ぎ、尚且つ片足と振り下ろされた鎌だけを狙う事で移動能力と攻撃手段を奪う事を狙うのだ。


 ジャレッドは戦況を確認しつつ時々自身も戦線に加わる。彼の周りからは時折「スラッシュ!」とか「スィング!」とか掛け声以外の叫び声が聞こえてくるがあまり意味はない。アーツ名を叫んでいるのだが、別に言わなくとも技に指定された力の入れ方と動作が合っていれば発動するため、叫ぶ事が必要でない技は叫ばなくても良いのだ。逆に言えば叫んだところで動作が間違っていれば技にはならない。単に武器に魔力を込めて振るうだけの技に、動きながら発声するという仲間の無駄な動作に苛立ちつつ怪物の隙を見て一撃加えて戦線から離脱したその時


「いたぞ!」

 遠くからそんな声が聞こえてき、少しすると子どもを連れた大人達が現れた。


「モヨモト達は倒れた人を!俺たちは加勢するぞ!」

 集団は到着するなり2手に別れ、大人は鉈や斧などを手に戦線に加わり、子どもは自身が所持していた武具をジャレッドに預けると怪物の近くで倒れている大人の元へと走って行き巻き込まれないよう脇に退ける。ただでさえ自身より大きな大人が皮や鉄などの鎧を付けていればそれなりに重いようで2人がかりで引き摺って運んでいるが仕方のない事だろう。


「子どもは?」

「先にいってるはずだ。俺たちは見ての通り、ここで怪物の足止め中だ」


 再び戦線に立っていたジャレッドが戻ってきたタイミングを見計らって集団の先頭に立っていた男性が声を掛けてきたので怪物の方へと目を向けたままそれに対応する。子どもを除いたこの場に居る村人総出で怪物の前に立ち、攻撃を誘発することで足を止めさせ隙を作っているが、僅かでも怪物の前に人が居ない時間があれば怪物は前進し、先に行った子ども達を追いかけようとするためだ。


 既にジャレッド達が倒した倒木の壁は崩壊寸前であり、戦える人物が減っている現在、その間隔は当初からすればかなり短く、そして長くなっている。加勢に入った者もいるが、彼らの殆どは怪物の動きを見てから避けようとするため頻繁に斬りつけられ、そんな彼らを助けるためにモヨモト達子どもは到着時よりもせわしなく働いていた。


 次第に壁は人が打ち付けられる度にミシミシと軋み始め、幾度目かジャレッドが戦線に立った時。戦闘不能になった大人を回収しに向かった子どもの1人が鎌に当たり、壁を破壊して遠方へと飛ばされた。


「フィアっ!?」


 子どもが飛ばされて行った方向から戻ってきていた男性が叫び、慌てて飛ばされた子どもの元へと走って行く。どうやら飛ばされたのは彼の子であったらしく無事を確認し戻ってきた時には「うちの娘は無事だー!」と言いながら意識のない女の子を背負ってほっとした表情を見せていた。が、その頃には戦線は崩壊しかかっており、他の者達にはそれを喜ぶ余裕などない。


「うわぁぁぁぁ!!」

「くそっ!追いかけろ!」


 壁が破壊された事で人々は遠方に飛ばされるようになり、それによって誰も戦線に立っていない時間が長く出来てしまった事で怪物は再びユウリ達を追いかけて走り出してしまった。


 ユウリ達を見失ってしまっている現在、先ほどのように先回りすることは出来ない。それ以前に人数が少なくなっているため木を倒す事も難しいが。その為全員で追いかけては攻撃を仕掛けるだけの怪物の動きを止める前と変わらない戦法を再開した。ただし、今度は積極的に止める事はせず何人かの大人だけで怪物の動きを止め他の者達が一気に近付き脚を叩き、怪物が木を倒す際に身体の小さな者が鎌に向かって石や武器を投げつけるのだ。伐採の時に近付かないのは飛んでくる武器が危険なためでもあるが、怪物が倒した木に巻き込まれないためでもある。


「居たっ!」

 追いかけ続けていると木の上から石を投げていた者の1人が怪物の先にユウリ達を見つけ報告する。多くの樹が倒され明るくなった森の中では魔族の青い髪はよく目立つ。その為すぐに他の者達も視認した。


 だが怪物も先程の先頭で学習したのだろう。ユウリ達を視認したことで先回りして足止めに向かった者の中から1人、自身の前方に飛ぶように斬りつけ立ち上がらなくなるまで何度も繰り返すようになった。そうすることで動けなくなった者を運ぶ者が近付いてきて、それを斬り飛ばすと勝手に何処かへと行く者がいる。そんな風に覚えたのか、今まで近付いても怪物に攻撃しない為にあまり気にされなかった子ども達を積極的に攻撃するようになった。


 これに大人達はモヨモト達子どもに負傷者の回収は怪物が通り過ぎてからにするよう伝えた。歳の分生命力のある者の多い大人と違って子どもは運が良くても1発で重傷なのだ。モヨモト達もすぐに行こうとは思えなかったので全員反論することなく素直に従った。


 子どもが狙われるようになってからすぐにモヨモトを先導に子ども達は村に戻る事を選択し、その後暫くして子ども達と共にやって来た自警団ではない大人達の殆どが村へと戻って行った。理由としては長時間の活動によって疲労が溜まり、怪物の攻撃によって倒れる者が増えたからだ。残った者も戦力にはならないが、倒れた者の運搬のための人員は必要だろうという事で残っている。


「このまま行くと街道に出ます!」

 ジャレッドはユウリ達の前方を確認しに行った斥候役の獣人が帰ってきたのを視認し、走りながら前方の状態を問うと、斥候はユウリ達が走っている先は木のない道になっているを木々が倒れる轟音の中でも伝えるために叫んだ。

「なんだって!?」


 その報告を聞いたジャレッドは焦燥感に襲われた。木々に足を取られ、平地で走るよりは遅いとはいえ相手は蛇行しながら何度も木々を倒し人々を払い飛ばし、その度に停止しているにも関わらず、自分達と大差ない速度で走る怪物だ。森から出てしまえば追い付く事等出来やしないだろう。


 そんな怪物に追われながら森を駆け続ける幼児2人が居る事にも驚くが、追いつかれるのも時間の問題だろう。初めは報告を受けるまで気付く事すら出来ないほど遠くに居た子ども達との距離も徐々に縮まっており、今では怪物の肩越しにその姿を視認できるほどになっている。


 だがここまでで疲弊し、走っているのもやっとな者では怪物の脚に撥ね飛ばされるだけである。そんな者が多くなっている現状では大した足止めもできず怪物はユウリ達との距離をどんどんと詰めていく。


 それでもジャレッドは怪物の前に立ち、自身に向けて振られた鎌に対して剣を振るう事で防ぎ、尚且つ怪物自身の速度をも利用して怪物の鎌を破壊しようとしたのだ。しかし怪物よりも剣の方が脆く、数合い切り結んだ所で剣はパキンと音を立てて折れてしまった。そのままジャレッド怪物の前方へと飛ばされ、折れて飛んだ剣先は何かに当たることなく地面に刺さった。


「ぐっ…くそっ…」

 ジャレッドは飛ばされ、地面に強打する。打ち負けたのは予想していたことだ。しかし怪物に僅かな損傷しか与える事しか出来なかった事がジャレッドは悔しかった。動こうとする度に節々が激痛に襲われ動きが鈍る。痛みを我慢すれば動けなくもないが、戦う事は出来ないだろう。それでもどうにか起き上がろうとした時、付近に立つ人影に気が付いた。


「…ん…?」


 そちらを見ると追いかけられていた魔人の双子の片方が近づいて来ていた。双子は普段それぞれ違う髪の結び方をしており、それを目印に見分けている為、髪を下しているその幼女がジャレッドには双子のどちらか分からなかった。幼女はジャレッドが倒れているのを嫌そうに見ていたが、動ける事に気が付くとすぐにその表情を変え何処からかとり出した半透明の棒を使いジャレッドを立ち上がらせた。


「お前だけか…?もう一人はどうした?」

「こっち」


 幼女はジャレッドの疑問に答える事なくそれだけ言うとジャレッドの手を取り他の大人達が倒れている所へと案内する。倒れている人々を見てジャレッドは驚いたが、その殆どはジャレッドと同じく戦えはしないが動く事の出来る者であり、気を失っている人物については謎だが全員その幼女が連れてきたらしいと判断した。


 そこでふと怪物の姿が見えない事に気が付いたジャレッドは怪物を探す。怪物は明らかに双子を狙って追いかけていた。狙っていたのが双子の両方なのかどちらかなのかは分からないが片方がこの場に居るのであればこちらにやって来ても不思議ではないからである。


「…何を…している…?…ま、待て!」


 そうして見つけた怪物は何もないように見える所で何故か首を傾げ、何かを突くように鎌を動かしていた。それを見ていた幼女は怪物が何かに気付いたように振り向くとジャレッドの制止も聞かずそちらへと走って行った。


 ジャレッドは幼女を助けようと走り出そうとして激痛に襲われ、走り出せずにバランスを崩してこけた。自身の不甲斐なさを感じつつ幼女が斬り殺される姿を幻視し、思わず目を瞑った。だが、怪物が己の邪魔者を消すために振り下ろされたその鎌は途中で何かに止められていた。


 ◆


 怪物が追いかけてきていない為ユウリとフウカの2人は真っすぐ外へと向かう。村の出入り口から真っすぐ言った森の外には街道があり、それを辿れば街か王都に着くと兄のレントから聞いていたからだ。どちらにも冒険者ギルドと呼ばれる危険な場所で狩りや採取などをして生計を経てている者達の斡旋所があるらしく、そこに行けば助けてもらえるのではないかと思ったのだ。


 遠方の木々の隙間から光が見え、そろそろ森を抜けるだろうかと言う時にまた木々が倒される音が聞こえ始め、予想通りではあるが大人達の防衛線は突破されたのだと知る。先程よりも速くその音が近づいてくる理由がただ突破されただけでなく、戦っていた大人達が減っているか全員やられてしまったかのどちらかだとすぐに予想がついた。更に近付いてくると人の叫び声が聞こえ始め居なくなったわけではないのだと知ったが数が少ないので想像通りらしいとも思う。


 後ろの様子が気になるが見てどうにかなるわけではないので振り向かずに走っていると怪物に立ち向かった大人達の数名が後ろから飛んできた。何度も飛ばされたためか動きが鈍く、そのまま怪物に撥ねられもう一度ユウリ達の前に落ちると動かなくなってしまった。


(…ここまでか)

 突然引っ張って走り出した挙句、森の中という足場の悪い場所で引っ張ったり手を引きながら木の根を跳び越えたりと無茶をしているが、それに対して文句の一つもなく黙って付き合ってくれるフウカに対して感謝しつつもこのまま走るのはそろそろ限界だろうかと考えた。誰よりも早く走り出し、相手の通りにくい森の中を駆けてきたが、所詮は幼児の足である。

 徐々に詰められていく距離にこれ以上の逃走は不可能だと判断し、ユウリは少し広まった場所に出るとフウカの手を離して立ち止まった。

「先に行って」

「でも…」

 突然立ち止まったユウリに対しフウカが戸惑う。

「いいから、早く!」

「っ!誰か呼んでくる!」

 後ろから怪物が迫ってきている事もありユウリが語気を強めて言うとビクッっと身体を硬直させた後、すぐにフウカは再び走り出した。走りながら涙を拭うような動きをしたフウカの後姿にユウリは悪い事をしただろうかと思う。


 フウカと別れたユウリは、まず始めに常時展開し髪留めにしていた魔技(マギ)を解き、自身の髪を降ろす。ユウリ自身の魔力量からすればそれの持続消費魔力は微々たるものではあるが、だからと言って不利になる可能性のある無意味なものを放置する理由は無い。代わりに魔技(マギ)で膜を創り、それを纏う事で鎧代わりにする。その次にしたのは近くに飛ばされた大人達を遠ざける事だ。ユウリはこの場で怪物と戦い、時間稼ぎをしようと思っているため近くに人が倒れているのは好ましくないからだ。丁度良く離れた位置で倒れていた人物を見つけたのでそこへと運ぶことにした。モヨモト達が2人がかりで引き摺っていた大人をユウリ一人の力で運べるはずもないので大人達の身体の下に台を作り魔技(マギ)で転がして行く。


 そうして人が居なくなったと思ったところにまた1人飛ばされてきたのを見てユウリは憂鬱な気分になった。飛ばされてきた男性―ジャレッドがユウリが近づくと立ち上がろうとしたのでユウリは棒を貸して立ち上がらせる。ジャレッドが立ち上がる間に怪物の方を見るとジャレッドが最後の1人だったようでもう誰も戦っていない。


「こっち」

 もう飛んでくることはないらしい。と思いながらユウリは怪物の前の樹を魔技(マギ)で頑丈にすると立ち上がったジャレッドの手を引きを案内した。


 ジャレッドを他の大人達を運んだ場所まで案内した後少しして怪物が広場まで辿り着き、ユウリの予想通り彼女の傍を通り過ぎてフウカを追いかけようとする。…が、突然現れた透明な壁に激突した事で停止した。


 ユウリの魔技(マギ)によるモノだ。彼女はフウカが走り去った後すぐに魔技(マギ)で壁を作り障壁としたのだ。

 前世であった頃であれば障壁は 怪物を一瞬たりとも止める事が出来ずに割れていただろう。それ以前に障壁と言えるほど大きなモノを作る事は出来なかった。


 しかしユウリは転生してから自身の魔技(マギ)が徐々に強く、頑丈なモノになっていっている事に気がついた。それは毎日変わらず彼女が自身に掻き傷を作り続けている魔技(マギ)の針が証明している。


 この世界には防御力がない。あるのは耐久力(体力)だけであり、モノ同士がぶつかると互いに耐久力を削りあう。それによってモノ同士の強さが決まるのだ。故にユウリの体力だけが増え続けばいずれ彼女に傷を作る前に針の耐久力が無くなり、1本では傷付けることすらできなくなるはずなのだが、未だに折れも曲がりもせずにいる。また初めの頃はユウリ自身の力で簡単に壊す事が出来ていたが今はどんな形にしても手に跡が残るほど強く握りしめないと破壊出来ないので、ユウリの力が強くなったのではなく魔技(マギ)の耐久値が上がり、ユウリのHPを多少削る程度では問題にならないという事である。後日気付いた事ではあるが、今のユウリの魔技(マギ)は形や大きさを変えれば村の家一つ分の重量を持ち上げ運ぶ事すら出来るのだ。


「…何を…している…?」

  怪物は訳も分からずもう一度壁にぶつかると壁は音もなく崩れたが、そのすぐ後ろにあった次の壁にぶつかった。怪物は不思議そうに透明な壁を叩き始めたが、割った瞬間に新しい壁が生成されそれ以上進む事は出来なかった。やがてそれが後ろにいる少女によるモノだと気付いたのかユウリの方へと向き直り、ギチギチと牙を鳴らす。


「待て!」

 ここにいては折角運んだ人々が巻き込まれる。そう思ったユウリは怪物の方へと走って行く。先程から何度か男性がユウリに対し話し掛けているがユウリは怪物の進行を遅らせる事に集中していて聞いていない。辛うじてユウリにも聞こえたその制止の声は互いに近付いた事で意味のないモノだとジャレッドは気付くがユウリは元々気にする気が無いのであまり関係は無い。怪物は近づいてきたユウリに対して鎌を振りかざし、振り下ろしきることなくユウリの魔技(マギ)によって受け止められた。


  怪物の鎌を受け止めたそれは先程とは違い半透明の魔技(マギ)の障壁である。それを見て 怪物はユウリが自身の邪魔をする犯人であるという確信を持って敵意を剥き出しに襲いかかるが、ユウリはそれを魔技(マギ)の障壁で防ぎ止め、自らの手に武器となる半透明の(ランス)を作りだす。


「さて、どれくらい持つかな」

 そしてユウリは怪物を前に少々やる気のなさそうな声で言った。

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