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Affectation World -アフェクテイション ワールド-  作者: 来花 零
一章:転生、少年は幼女になる
2/20

01:転生

2020/06/29 改稿

2020/10/13・2020/11/06 追記・脱字修正等

 白い部屋の中、真っ黒な老夫に「いってらっしゃい」と言われた気がして、優音はベッドの上で目を覚ました。


(…夢か。ここはどこだろう?)

 夢でなければ優音は、刺されて倒れたはずである。とても大きな物で刺されていたので、奇跡的に助かったとも思い辛い。周囲にはウサギやクマ等、動物のぬいぐるみがあり、寝返りを打っても囲いに当たらないようになっている。


(刺されたのも夢…だとするとどこから夢なのかがわからない。病院…ではなさそうだし…)

 恐らく死んだのだろうと思い、転生というやつだろうかと優音は、自分の現状を考える。


 優音が読んでいたネット小説には、よくあった設定であったし、優音自身が輪廻転生の思想を持っていた為すんなりと受け入れられた。流石に記憶を引き継ぐとは思っていなかったが、"こういう事もあるのだろう"と納得した。ついでに読み損ねた本の事も思い出したが、既に死んでしまっている以上、読めない事は仕方ないと諦めた。


 特に説明を受けた覚えが無いので、ネット小説にはよくある設定であった、転生特典やチート(ズル)と呼ばれるような規格外の強さには期待していないが、何かしらの変化はあるかも知れない。そう思い改めて周囲を確認しようとして、起き上がれない事に気付き、仕方なく寝転んだまま確認する。


 寝ているベッドの上から見える景色しかわからないので、部屋の外の事は近くにある窓から見える木の天辺と今の天気以外の情報はなく、今居る場所がどこかさえわからないのだが、自分の頭上で揺れている円形の模様からカラフルな光がくるくる回転しているベッドメリーのようなものを見て、少なくとも優音の知っている国―大輪おおわではないのだろうと考える。

(大輪には魔技(マギ)を使った生活用品はなかったな)


 優音の前世にも魔技(マギ)という魔法の力はあったのだが、少し離れた位置の軽い物を取ることの出来る棒を作ったり、人や物を振れずに人肌程度に温めたりする程度で、水や炎を操るような派手なものは無く、数十人集まって熱することで薪に火を付けるための種火を作るのが限界だった。

 そのため魔技(マギ)についての研究は進まず、魔技(マギ)を何かに使う事は出来なかったのだ。


(そうだ、魔技(マギ)

 ふと魔技(マギ)の事を思い出した彼はいつものように魔技(マギ)を使って手元に球が作れることを確認すると、そのままクシャリと握りつぶした。

(よかった、使える)

 その後も何度か魔技(マギ)を使って物を作り出し、自身の下に潜り込ませたり叩いたりして前世から変わらず魔技(マギ)で作ったモノが脆い事を確認していると、ペチンと隣から何かに腕を叩かれた。


 叩かれた方を見ると、そこには赤ん坊が寝ており、優音へと腕が伸びていた。

 自分とそう変わらない大きさの赤ん坊を見て、優音は自分は転生し、赤ん坊になったのだと確信する。

 ベビー服を着ているため、性別はわからないが、同じベッドで寝ているので、恐らく家族なのだろう。

(名前だけでもわからないかな……そういえば私の名前は何だろう?)


 転生しているのであれば、名前が変わっていても不思議ではない。どうにかして確認できないだろうかと思ったその時、優音の頭の中に

≪条件を満たした為、恩恵(ギフト):【ステータス】を付与します≫

 と機械音声のような、抑揚のないの声がポーンという音と共に聞こえた。


 突然の事に驚きつつ、何か分かるかも知れないと思い優音は「【ステータス】を表示」と脳内で思い浮かべると、視界中央にネットゲームで見るようなウィンドウが表示され、【ステータス】の使い方はこれであっているらしいと安堵した。…したのだが、表示されたウィンドウには、恐らくこの土地のものであろう優音には読めない文字で描かれた【ステータス】があり、それがゲームで何度も見た物と似ているという事以外何も分からなかった。

 また、【ステータス】を使用した際に

≪条件を満たした為、恩恵(ギフト):【ステータス】の詳細情報を開示します≫

 と再び声と音がして【ステータス】ウィンドウの下に新たなウィンドウが表示されたが、こちらも読めないのであまり意味はない。優音は読めない事を除けば【ステータス】と同じく、見覚えのあるものだという事を確認してから、2つのウィンドウを閉じた。


 突然読めるようになったりしないだろうかと、しばらく【ステータス】とにらめっこしていると「あらユウリ、起きていたのね」と声をかけられたので、優音は声がした方を見る。

 そこには緋色の眼をした天色の長い髪の優しそうな女性が立っていた。


「うぅ~うぃ?」

 優音は、相手の言葉が分かるのだから喋れるのでは?と思い、喋ろうとしたが、赤ん坊であるためか滑舌が悪く、話せない。またこの時、明らかに故郷のものではない土地にいるにも関わらず相手の言葉を理解出来ていることに気付き、一から覚える必要が無くて便利だとしか思わなかったが、数日後に自身とフウカの1歳の誕生日があり、目覚めるまでの期間に覚えたのだろうと推測した。


 暫く女性の話を聴いて、優音は『ユウリ』が自分で、隣で寝ている赤ん坊が『フウカ』という名前であり双子である事、女性は自分の母親である事を知った。父親は仕事で居ないという話だけで、それ以上何も分からなかったが、話せないので聞くことはできない。


 2人の赤ん坊に対して幾つか他愛もない話をした後、何か用事を思い出したように去って行く女性の背を見ながら、ユウリ(優音)は話せない事がもどかしいと感じつつも、滑舌が悪い事以外の問題は見当たらず、文字に関してもまだ赤ん坊なのだからゆっくり覚えていけばいいかと思い、その日は寝ることにした。


 ◇


 ユウリが目覚めてから約1年、2歳になった彼女は自分には兄と姉が居て、ここは自分が住んでいた世界とは違う世界で、魔術や精霊術と呼ばれる魔技(マギ)ではない魔法があり、魔獣や魔物と呼ばれる存在や、魔人や獣人等の人間以外の人種が実在する、前世でするはずだったゲームの設定と似た世界、もしくはそのものの世界であるという事を知った。1年後に2歳になっているはユウリが目覚めてすぐに1歳の誕生日が来たためである。


 また、【ステータス】を眺めても、文字を読めるようになる何かが貰えるという事は無く、ユウリ自身が努力をし、文字を覚えて読むしかなかった。読んで判ったのは自身が『ユウリ・フェイル』と言う魔人の女児である事と、HP以外全て1のステータスだけだ。


 この世界の魔人は、魔素と呼ばれる魔法の燃料(魔力)の素に強く影響を受けた、青系統の髪色と赤系統の色の虹彩を持つ色白の人間の事であり、人間の敵というわけではない。男性から女性になっているが、ユウリには男性である事に特に拘りはなかったので、今現在あまり気にしていない。これに関して彼女が思う事と言えば、「股にあった障害物が無くなった」とか「ゲームの前作時代のプレイヤーキャラクターになるわけじゃないんだな」とかぐらいである。


 そんなことよりもゲームと同じ世界だった場合、続編の公式サイトには

『と魔法世界―【アウレーリア】の神、コールは異界の神によって観測された迫りくる厄災に備えて、渡人(わたりびと)の戦士達を招集した』

 という一文が書かれており、それを記憶していたユウリはいつの日か渡人がやって来た後、訪れるかもしれない何らかの厄災のために、強くならなければならない事に憂鬱になっていた。因みに渡人というのは、プレイヤーを含めた異世界人の事である。前作にはNPCの渡人も居た。


 強くなるにあたって最も必要なのは、生存能力であるとユウリは考える。どれだけ攻撃が強くとも攻撃する前に死んでしまっては意味が無いし、それ以前に強くなる前に死んでしまう事も考えられる。そう考えたユウリは、まず体力(HP)のステータスを上げるために、魔技(マギ)で作った半透明の小さな針で自分の腕を引っ掻いた。針は彼女の皮膚を削り、赤い線を引く。


 この世界では、よくあるRPGのように、敵を倒して"経験値を稼いでレベルアップ"というようなことはない。

 レベルと言う概念はあるものの、それは"ステータスに記載される生命力(VIT)魔力(MAG)持久力(St)筋力(STR)敏捷(AGI)の5つの能力値の合計が一定以上に達する度に1上がる"というものであり、レベルが1上がれば能力値が上がるというものではないのだ。能力値の表記も、レベルであり実数値が入っているわけではないので、全て1なのは極々普通の事である。


 ならばどうやって能力値を上げるのか、といえば"能力毎に合った経験を積む事で増える"というもので、筋力であれば力仕事、敏捷であれば走り回る事、といった具合である。もちろん戦闘によって経験値を得る事も出来るのだが、別に戦わなければ強くなれないという物でもないし、戦ったからといって早く成長するわけでもない。


 生命力を上げるためには、何らかのダメージを受ける必要性があり、そのための自傷というわけである。食事でも上昇するのだが、成長は微々たるものであり、小さくとも傷を負う方が効率が良いのだ。

 最も、幼児が大怪我をするのは大事であるし、自傷行為自体不自然なので、怪我をしない範囲(HPの0.05%以下)かつ、1日の自然回復量(約1.36%)以内でこっそりとだが。またこの時、魔技(マギ)魔力(MP)を消費するので、魔力(MAG)も一緒に増えるという事にも気が付いた。


 傷を作った後は、回し車のようなものの中で走り、持久力と敏捷を上げる。高い体力を得ても勝てないのであれば、生きる為に逃げなければならないからだ。初めは家中を走り回っていたが、すぐに母親に家の中ではこの中で走るようにと言われた。


 経験が能力値になるという認識は無いが、努力は報われるというのがこの世界の人々の常識だ。

 そのためかユウリが運動を初めてからすぐに幼児用の玩具が用意された。そのほとんどは兄か姉のお古のようだが、子どもが遊びながら筋力を上げられるように少し重くされていたり、持っているだけで魔術が使用されるような仕掛けが施されていたりする訓練用具である。回し車もそういった器具の一つというわけだ。


 流石に傷を作るようなものはないが、誰も好き好んで怪我をしたいと思わないので当然だろう。ユウリとて生命力が上がるという事を知らなければ自傷などしない。


 そうして家の中で過ごす事1年、ユウリは3歳になってから半年程して、自分の意思で外に出て初めて自身が、ヴェルグという国の、ハウレルという森の浅い場所にある村に住んでいる事を知った。家にある窓から多くの木が見える事は知っていたが、殆ど木の天辺しか見えておらず、森の中だという事も気付いていなかった。


村には獣人と亜獣人が多く、ユウリと同じ魔人と人間は少数である。最も、森がどの程度広いのか知らず、村からは森の外が見えないので「比較的浅い所にあるらしい」という状態だが。


 獣人と亜獣人それぞれの違いは、獣人は人間のように二足歩行をする動物で、亜獣人は耳や尻尾等の動物の特徴がある人間といった感じだ。また村人には居ないが、村の外から来る者の中には、半獣人と呼ばれる亜獣人と獣人の丁度間に当たる人間の形をした動物のような、全身動物の格好をした人間のような種族も居る。


 更に日が経ち、ユウリが年上の村の子ども達と共に走るようになると、彼女はすぐに村の子ども達に混ざってる小さい子と大人達に覚えられるようになった。


 走った後は集まった者達で遊ぶのだが、玩具は年を重ねる毎に少しずつ負荷が増えていくものになるため、幼児と少年が一緒に遊ぶ事はできないが、それでも歳の近い者同士なら共有できるため、2・3歳ごとに4つのグループに分かれて遊ぶ。


 何時しかフウカや村の同い年の子どもも付いてくるようになり、ユウリとフウカは双子なので間違えられる事が増えてくる。

 その対策としてユウリは一度、家にあったリボンテープで髪を結んでポニーテールにしたのだが、半月程経った頃にフウカも同じようにポニーテールにしたので魔技(マギ)を使ってツーサイドアップに変えた。魔技(マギ)を使用したのは、家にあるリボンが2か所髪を結ぶには長さが足りないからではあるが、魔技(マギ)で無理矢理作っている事を誤魔化すために、2つに分けて短くなったリボンを左右の結び目に軽く巻く事で隠している。


 子ども達だけで遊ぶ中で、村から出て森に入る事もある。奥へは立ち入り禁止とされているので、行けるのは村の建物か森の外が見える比較的浅い所までだが、探索時には子ども達のリーダー的存在である、最年長の橙色の猫耳尻尾の亜獣人の男の子―モヨモトを先頭に、3つのグループに別れ年長・年中の子達が年少の子を囲み、年少の子ども達を護るように進む。大抵子ども達に倒される程弱いが、時折人を襲う動物や魔獣が現れるためだ。


「左、なし。右、熊ー」

 集団の前方の木から、リスの亜獣人―ムニエルが飛び降りてきて前方の様子をモヨモトに伝える。

「なら左いくぞ」

 それを聞いた彼は進路を決め、他の子ども達に伝える。


 子ども達の目的は戦う事ではない。森の探索は新しい発見があるので楽しいが、森の生き物との戦闘などと言う面倒毎を嬉々として行うような子ども達ではないのだ。1度や2度ならまだしも、何度もとなると、疲れるわ怪我を負うわと良い事は何もないので、可能な限り避けて進む。


「左、猪。右、犬5匹ー」

「左いくぞ」


 だからと言って全て避けるわけではないし、避けられるとも限らない。後で合流するように作られているとはいえ、集団で通れる道は2つしかないので、両方に動物が出る事があるという事もあるが、森の奥に居る魔獣は村に現れる事もあるためだ。その際には大人が対処するのだが、その時に子ども達が魔獣よりも弱い生物にすら殺されてしまう程弱くては、逃がす事も出来ない重荷になってしまう。その為、そこまで殆ど戦闘をせずに目的地手前に着き、子ども達だけで対処可能な生物が居た場合には進んで戦いを挑むのだ。


 犬とはハウンドドッグという犬の魔獣の事ではあるが、ハウレルの森には他に犬が居ないので、犬と呼ばれる。猪よりも弱いが、群れで行動するため、猪の方が組し易い分安全なのだ。動物と魔獣の違いは、魔素によって変質しているかしていないかだけなので、牙に毒がある事も無ければ炎を吐く事も無いハウンドドッグは、少し凶暴なと頭に付くだけの、単なる犬である事には変わりはない。


 ムニエルの報告通り、子ども達が進んだ先には猪がおり、猪と遭遇した子ども達は、年齢ごとに3つのグループに別れ、年長組が剣や盾で猪の動きを止め、そこを年中組が槍で突き殺す。ユウリ達年少組は見ているだけだが、上の子達を見て自身が成長した時に、今は村に居り、いずれ集団に加わるであろう年下の子を護れるよう彼らの動きを覚えなければならない。15分程かけて猪を(たお)した後は、その場で斃した猪を解体して運ぶ。



 そうして1時間ほど歩いて辿り着いたのは広場に木や石で作られたシーソーやブランコ、それから子ども達が持ってきた玩具で作られた公園もどきの子ども達の遊び場だ。広場に着くなり年少の子の誰かが、「着いた―!」と叫ぶように歓喜して、集団は散開する。そこで村ではできないような広々としたスペースを使った遊びや遊具を使った遊びをするのだ。

 

 遊びの中でユウリは、半ばわざと転んだりぶつけたりするが、怪我をすることはない。目覚めてから約2年、毎日の自傷行為によって既にユウリの生命力は、大人の平均値を超えている。缶蹴りの缶代わりに蹴飛ばされている石に当たっても、打撲にすらならない。


 日が暮れる前には村に戻るのだが、その頃には年少の子の大半は疲れ切っているため、行きの片道1時間も掛かる道ではなく、十数分ほどで村に付く道筋で帰る。行きに使わないのは公園が村の近くにある高台にあり、途中滑り台を使うため、行きに使う事が難しいためでもあるが、わざと遠回りして探索時、及び戦闘時の集団行動を学ぶためでもある。


 村に戻った後は、怪我の治療や武具の確認をして解散する。ユウリを含めた年少の子達は、まだ戦わないので関係ないが、その時に大人から簡単な整備を学ぶ。その日の天候や状況によって変わる事はあるが、傷を作って走って遊んで寝る。そんな暮らしをユウリは続けていた。


 ◇


 ある晴れた日の探索中

「右、ゼライム。左、なしー」

「よし、右いくぞ」

「えっ!」

 ムニエルから"何かが居る"と報告されたにも関わらず、モヨモトがそちらへと向かうと決めた事に、驚いた年少の子ども達の中から声が上がった。


 それを聞いた年少組の中でも年長の者―5・6歳の子ども達から意気込みのようなものが感じられ、その1つ2つ下の子らから、「頑張って」とか「負けないで」とか応援の言葉を掛けられていた。ユウリ達最年少組は何をするのか全く知らないので、その様子を見て分からないままに上の子と同じように応援したり、不安そうな表情を浮かべたりとしていた。


「居た。皆、配って」

 そんな事をしながら辿り着いた先には、二匹の魔物が這っており、それを視認したモヨモトは、5・6歳の子達に武器を配るように指示を出した。それを見たユウリは、翌年から年中組になる子ども達に、"その魔物を倒させるのか"と疑問は解け、他の子達の不安も払拭された。


 魔物は、一斗缶ほどの大きさで、柔らかく弾力があり、流線型で無色透明の水のような姿をしており、その体が地面を這うようにして後方に少しずつ自らの身体を残しながら移動する様子は、まるで大きな水滴が横に流れているかのようである。そんな魔物、ゼラチン・スライム―通称ゼライムは、最弱の魔物とされる魔物である。


 ゼライムは、魔法を使った後や生物が死んだ跡に残る、魔力の残滓を元の魔素へと還す魔物だ。彼らは残滓が溜まっている地域に、突如空から雨のように降り注ぎ現れる。そのため屋根が無ければどこにでも集団で現れ、散開して活動する。生殖能力はなく、一度に大量発生するためかゼライムには生存本能と呼べるものが無い。

 ゼライムは、"進行方向に障害物があればそこで曲がる"程度の知性しか無く、目が無いためか衝突して始めてそこに何かがあると気付くのだ。その為どれ程の脅威が近くにあろうとも、それに衝突するまで何かがあることにすら気付かない。まぁ、気付いたところでゼライムにとっては、単なる障害物でしかなく、その何かがゼライムを襲ったところで彼らが気にする事もないが。


 ゼライムは、攻撃したところで反撃に合う事すらないほど無害で、多少(たお)しても問題のない魔物なので、"翌年から他の動物や魔獣と戦うことになる、まだ幼い子ども達の、練習台になってもらおう"という事である。


 モヨモトは、全員に武器が配られたことを確認すると

「君達は来年から攻撃に参加してもらう。これはその為の練習だ。練習と言っても武器は普段から使ってるものだから、扱いには気を付けるように。ふざけて人に向けない事。いいね」

 と注意喚起した後、年少の子達にゼライムを攻撃するよう指示を出した。


 今回、モヨモト達最年長の子達は、手を出さずに見守るだけだ。それは誰かが悪ふざけをしたり、不注意で怪我をさせないように見ておくためであるが、来年からは自分達が居ないために最年長になり、今自分達が担っている役割をする子達と、年中組から年長組になって役割が変わる子達にも慣れて貰うためだ。

 勿論、それらは今回だけでなく前々から行っている事ではあるが、年少の子達を交えての練習は今回が初めてであり、モヨモト達年長組はハラハラしながら見守っているのである。


 下の子達がゼライムを斃した後、全員が居るか、怪我をした子はいないかなど確認して、問題が無い事にモヨモト達は、ほっとした様子を見せてから公園へと再進行する。そんな事を何度か繰り返したある日の事。

「おいモヨモト。ゼライムだ!ゼライムがいっぱいいる!」

「ゼライムくらい珍しくないだろう…って群れか…」

 最年長の子どもの一人が村から少し離れた場所に1方向に移動し続けるゼライムの集団を見つけ、モヨモトに報告した。


 ゼライムはその生態から、屋内以外の場所であればどこでも見られるのだが、その殆どは単体か少数で、集団で見る事はゼライムの出現直後以外は殆どなく、群れたまま同じ方向へと移動する姿は稀である。それを見たモヨモトは少し考える素振りを見せて

「皆、今日はここまで。家に帰るよ」

 と言った。


 ユウリと歳の近い年少の子達は、いつもより早めに終わってしまった遊び時間に不満を口にしていたが、ユウリはその後

「近くで何かが暴れてるのかもしれない。帰ったら村長に報告するよ」

 とモヨモトが、同い年の子達と話していた事に言いようのない不安を感じていた。


 ◇


「お前達が見つけた後も、森の奥へと向かうゼライムの集団移動が、複数回確認されている。大人達で原因の調査をしているが、結果は芳しくない。万が一の時のために王都に調査依頼を出しに行くが、何があるかわからないから、お前(子ども)達はあまり森の方へ行かないように。モヨモト、皆をよろしく頼むぞ」


 後日、村の入口付近にある噴水の前に、子どもを含めた村の住民全員が集まり、話し合っていた。その理由は、子ども達がゼライムの集団を確認した日以降、何日もの間、村の周囲で森の奥へと向かう、ゼライムの集団移動が確認されたためだ。


 通常、空から落下した後は思い思いの方向へと向かうゼライムが集団移動する場合、向かった先に魔力溜まりと呼ばれる大量の魔力の残滓があり、それを除去するためにゼライムは移動する。態々離れた位置から向かうのは目的地が洞窟や建物内でその場所に落ちることが出来ない、もしくはそこに行っても除去できない何らかの原因がある為である。


 前者ならば、数日回確認されるかされないか程度なので、複数回確認されている今回は確実に後者だろう。

 後者であった場合、ゼライムの処理能力が追いつかないほどの速さで残滓が増えているか、残滓を処理する間もなく現地のゼライムが死んでいるという事であり、何らかの異常事態が発生していると、予測できるというわけだ。


 村長から簡単な現状説明と、子ども達への注意喚起があった後、子ども達はモヨモトに連れられて大人達から少し離れた。

「今日はここで遊ぼうか。何してもいいけどあまり遠くに行かない事。範囲は…村長の家よりこっち《入口》側。他に何か聞きたいことはあるか?」

 モヨモトがそう言うと、子ども達が玩具は何処か、親の所に行ってもいいか等口々に質問する。この村の村長の家は村にある民家の中で最も大きく森の奥に近い、それより先にある建物は全て倉庫や畜舎、水車小屋等の職場であるためそちら側には行くなという事である。


「他には……ないな?」

 大体の質問が終わった後、モヨモトが辺りを見回してから「じゃあ皆、遊んでおいで」 と言うと、子ども達は思い思いの方向へと散り、遊び始めた。


 ◇


 "森に入ってはいけない"という事は公園にも行けないという事である。一週間後、年少の子ども達は、「たいくつー」とか「ひまー」とか言いながら噴水前で時間を潰していた。

 普段ならば動物や魔物は、ゼライムのように無害なものなら、村の中に入ってきても無視されるのだが、時々やってくるそれらを子ども達は追いかけたり観察したりとする程であり、ずっと同じ遊びばかりをして飽きている事が見て取れた。


 それを予期していた大人と年長組は準備をしており、子ども達の目の前で椅子や台を持ってきたりと準備を始め、それを見た子ども達が、何をするのかと興味津々で集まってきたところで紙芝居を始めた。最初の一枚目には"破壊神と勇者"という題名が書かれている。

「"破壊神と勇者"、始まり始まり」

 パチパチという拍手と共に女性は語り始める。


 物語は、ある国の王都に住む両親共に揃った、特別裕福なわけでも貧乏なわけでもない極々普通の家庭に生まれた、3人の子どもとその家族が戦争によって貧乏になる。と言う所から始まる。


 始めは多少不便なくらいで、それなりに幸せそうだった彼らが、物語が進むにつれ次第に戦争は激化した事で父親が徴兵されていなくなり、母親は父親が居なくなった分を稼ぐために仕事で家に居る時間が減り、長男の男の子は両親の代わりに弟達の面倒を見ていたのだが、ある日突然仕事に行ったきり母親が帰ってこなくなってしまう。その代わりにとやって来た男達が弟達を人質に男の子を奴隷のように働かせ、疲弊し倒れた男の子が眠っている間に弟達を何処かへと売ってしまうのだ。


 売られた弟達を探して男の子は、家を飛び出して街中を駆け回るのだが、その間にも"貧相な容姿の子ども"という事で言われなき迫害や理不尽を目の当たりにしながらも、ついに弟達を見つけ出すのだが、そこは貴族の屋敷であり、周囲をうろついていた男の子は、不審者として捕まって屋敷の牢へと投獄されてしまう。


投獄されてすぐは、"自分は何もしていないのだから、すぐに解放されるはずだ"と牢屋の中で大人しく過ごすのだが、男の子が暗闇に慣れた頃、牢の一番奥の部屋で慰み物にされ殺されていた母親を発見する。


 その後"貴族の屋敷に忍び込んだ不届き者という罪を着せられ、罰として目の前で弟達を生きたまま焼かれ、解体される様子を見せつけられた男の子が、復讐心から国中の人々を殺し回る後に"破壊神"と呼ばれる怪物に変貌してしまうのだ。


 最初の国が亡び、人が居なくなると破壊神は自身を数段小さくしたような怪物を従え、その国と戦争をしていた隣国へと襲いかかる。その様子に恐れを抱いた周辺国が一致団結し破壊神を倒そうとするのだが、破壊神を含めた怪物達の力は圧倒的でその悉くが跳ね除けられ滅ぼされていく。


 そうしてどんどんと国が亡くなり、やがて怪物が人も動物も関係なく襲うようになると、自然は破壊され、荒廃した大地が広がって行く。そんな中、ふらりと現れた青色の鎧を着た青年が旅をしながら怪物を倒して回り、青年は最後に残った破壊神を倒して世界を救うのだ。


 破壊神や怪物達が居なくなった事で、平和が戻った国々で宴が開かれたのだが、そこに破壊神を倒した青年の姿はなく、その強さと勇ましさから後に勇者と呼ばれるようになった。と言う所で物語は終わり、子ども達の拍手と共に閉幕した。


 物語は簡単に言えば世界の危機が訪れた時、どこからか勇者がやってきて世界を救う。という良くある御伽噺(おとぎばなし)だ。しかし、物語の中で黒い怪物として描かれる破壊神は、根っからの悪人と言うわけではなく普通の人の子どもが戦争によって貧困し、みすぼらしくなった容姿を理由に虐げられ、目の前で家族が殺された際にその恨みや怒りを邪神に付け入れらた事によって破壊神になっているため。破壊神が最初の国を滅ぼす場面では子ども達は「いけー」とか「やっちゃえー」とかと破壊神に同調するような事を言っていた。


 しかし、物語が進むにつれ破壊神となった男の子が無関係の人々を襲い始め、途中彼に手を差し伸べた人物をも手に掛けるとそんな声はなくなり、戦争の原因となった国の王や兵士達が蹂躙される場面までは、破壊神に声援を送っていた子も終盤には破壊神を倒すために戦う勇者を応援していた。


「勇者さまは何処へ行ったの?」

「世界が平和になったからどこかで暮らしている。とも、次に困っている人達を助けに行った。とも言われているけどわからないわ」

 拍手が止んですぐに子ども達の中から投げかけられた質問に語り部の女性は答える。


「この話は何千年も前の事らしいけど、今も生きていて人助けをしている。なんて話もあるしな…」

 女性と共に今子ども達が座っている椅子用意したり、紙芝居をする台を運んだりとしていた男性がそう言った。「そうなの?」と質問をした少女が返事をしたのを確認すると男性は続ける。


「ああ、勇者様は実は異世界人で長寿なんじゃないかって話もあってな」

「じゃあいつか会える?」

 男性の言葉に少女が眼を輝かせて言うと「きっと会えるわ」と語り部の女性が微笑みながら言った。


 物語一つで1日の時間が全て過ぎるわけではないので、次の紙芝居をする準備をするのだが、当然ながら準備には時間が必要である。

 その準備の間を繋ぐため、子ども達に「何か話そうか、何が良い?」とモヨモトが訊くと「そいやあれってなんなの?」と、ユウリと同じくらい年齢のカピバラ(大きなネズミ)の獣人の男の子が、噴水を囲むようにある3つの石像の一つを指差しして言った。


「英雄様たちの事が知りたいのか?ティー」

 モヨモトは知らないのだろうか?というような不思議そうな顔をして言ったが、「うん」と返され、尚且つ他の子ども達にも知りたい・聞きたいというような反応をされると「そうか」と言ってから話始めた。


 ティーと呼ばれた男の子が指した像はその昔、災害からこの村を護った異世界の3人の英雄の像と英雄達を支援した精霊の噴水であり、像の土台には英雄本人と従者達の名前が刻まれているのだ。とモヨモトは解説をする。が、その像の人物が"英雄様"等と呼ばれるようなものではない事をユウリは知っており、微妙な気分になりながら話を聞く。


 像は、ユウリが前世でするはずだったゲームの前作、『Affection World』時代にプレイヤーとNPCの、数百名で『戦うアイドル』というテーマに沿って4つのグループに分かれて作られた像だ。像になっている人物は、当時人気だったキャラクター(人物)でしかない。また、確かにゲーム時代にこの村に災害はあり、その時に戦った人々の名前も刻まれているが、そもそも像自体が災害とは全く何の関係もないのである。


 像は、元となった人物が非戦闘員でもテーマに合わせるために武器を持たせて作られており、出来上がったのは、"ファンタジー系のゲームでプレイヤーキャラが装備する武器として出てくるような、大砲を持った割烹着姿の兎少女"、"日本刀を持った狐面に着物の少女"、"煌びやかな杖のような弓を持った翅のある少女"の3つの像だ。

そして噴水には、クジラとその上に出来上がった周りの3体の石像のイメージを元に作られた、"狐の尻尾と兎の耳の生えた妖精"の像である。設計はそれぞれ担当の1人のプレイヤーが像のイメージを描き、それを元に1人のプレイヤーが全ての3Dモデルを作った。作成はゲームらしくボタン一つで完成するため、ユウリを含めた殆どの人物は、それを作るための素材集めしかしていないが、像の背面にある制作者一覧の中に名前が入っている。


 像を見ながら当時の事を思い出していると、中央のクジラが1本の太い剣を刀身の3分の2ほど飲み込む形で咥えている事に気が付いた。その剣はゲーム時代にはなかったものであり、ユウリの知らない物である。


「これなぁにー?」

 他が石であるにも関わらず剣だけは金属特有の光沢があり、その剣が石像の一部でない事を主張しておいるためか、ユウリ以外にとっても剣は異物であったようで、何人かの男の子が剣に近づき触ろうとし、そのうちの1人が指差しして質問する。


「…それは…よくわからないんだ…」

「?」

 モヨモトがわからないと言ったのを質問した男の子は不思議そうに首を傾げた。

「何でも『ある日いつの間にかそこにあった』らしい…」

「らしい?」

 誰かから聞いた。という風に言ったのを聞いて、話を聞いていた子ども達の中で比較的年上の男の子が問う。


「爺さんがお前たちくらいの時に親からそう聞いたって。何度か抜こうしたこともあるらしいけど、抜けなくてそのままってわけ」

「ふーん」

 "抜けない"と聞いた途端興味を失ったのか、男の子達はそれまでどうにかして剣に触れないかと、跳びはねたりクジラをよじ登ろうとしていたのを辞め、モヨモトの前へと戻ってきていた。


 尚、この村で生まれた者は皆、この3つの石像に書かれている制作者達の名前をつけられる風習がある。そのためプレイヤーのキャラクターネームの村民がおり、その結果として「ああああ」や「プレイヤー」のような適当な名前や、「ムニエル」や「モヨモト(もょもと)」のような食べ物や風変わりな名前になる者がいるのだ。流石に記号のみで読めないモノや、読みが13文字以上の長いモノ、「○○(何とか)王」や「○○(何とか)神」のようなモノは候補にならないようだが、(ダガー)(まんじ)に囲まれたモノや、12文字以内の何かの台詞のような名前は候補に上がる事がある。後にこの事を知り、尚且つ自分のキャラクターネームだったユウリは、「まともな名前で良かった」と今の両親と過去の自分に感謝した。


 その後、1つ紙芝居をしたところで日が暮れ、その日は解散となり皆それぞれの家へと帰って行った。

名簿一覧「もょもと」


村人A「なぁ、これの読み方わかるか?」

村人B「みょもと…もよもと…どう読むんだこれ?」

村人C「よをょと書き間違えただけで"もよもと"なんじゃないか?」



【ステータス】:自身について知ろうとする。もしくは一つ以上知った者に贈られる恩恵。発動時の視界中央に四角形のウィンドウが表示され、自身の名前、性別、現在レベル、HPゲージ(小数点第2位まで%表示)、MPゲージ(小数点第2位まで%表表示)が書かれている。

【ステータス】に書かれている内容を理解することで詳細情報が開示される。【ステータス】発動持、【ステータス】の下にウィンドウが表示され、自身の能力のレベルと取得した恩恵や技能を確認できる。レベルは能力毎に設定されており、能力値が一定以上になる度に1増える。


恩恵ギフト:条件を満たす事で何者からか贈られる能力。恩恵の能力は恩恵を得ることで初めて行う事が可能になる。



ああああ:とあるゲームのキャラクター名入力時に、プレイヤーが面倒臭がって決定ボタンを連打したことで付けられた名前。キャラクターに名前を付ける必要があり、初期の名前が空欄である時、決定ボタンを連打すると、日本のゲームはカーソル初期位置が「あ」か「ア」である事が多いので、最大文字数によって長さは変わるが大抵この名前になる。


プレイヤー:キャラクターの名前を入力する事のできるゲームの中には、初期設定で何も書かれていないものと、始めから何らかの名前が入力されているモノがある。プレイヤーキャラクターに名付けられている事のある名前のうちの1つ。


もょもと:とあるゲームの開始時に、あるパスワードを入力して開始した際に、主人公に付いている名前。

作者は他の拗音「にゃ」を「にや」と「に」の後に小さく「や」と発音するように、「もよ」を限りなく1音に近い速度で発音する事で、発音できるのではないか?と思っている。確証はない

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