13:野外授業
授業初日から数日後の朝、草原の中を7人の男女入り混じった一つの学生グループが下を見ながら歩いていた。草原は、彼らの膝から腰ほどの高さがある草花で出来ており、背の高い草の中で屈み込むと周りからは姿が見えなくなる。
彼らは別に何か悪い事があったから俯いているというわけではなく、草原の中を移動しながら学校から指定された、ある植物を探すために下を見ているのだ。その証拠に周囲には同じような行動をする学生の集団が幾つもおり、彼らの後ろには天高く聳え立つ塔が、前には彼らの身長と同じくらいの高さの茂みと森、それから1つの大きな岩山が森の中、遠くに見える。
彼らは足元に広がるの草花の中から、枝から細長い卵のような形をした小さな葉が、左右に連なっている物を見つけるとその場に屈み込み、周囲の土を掘り返してその植物を丸ごと採取する。各々が持つ鞄には、それまで採取した草花が詰め込まれていた。
「きゃっ!」
そんな中、彼らの後方に居た一人の少女が突然崩れ落ちるように倒れ、採れたばかりの草花を入れるために手に持っていた鞄から、それまで集めていたその草花を撒き散らした。倒れた少女は驚いて声を上げたものの、他の6人は目的の草花を探す事に集中しているのか、仲間が倒れた事にも気付かず、そのまま真っ直ぐ進む彼らは少女から離れて行く。
少女は彼らに置いて行かれる事に焦りながらも、何とか立ち上がろうともがくが、何故か脚に力が入らず上手く立ち上がる事が出来ない。そんな少女の傍には、運悪く数匹のヤギが居たようで、倒れた少女に近付いてきたヤギ達は、先程まで少女が集め持っていた草花をムシャムシャと食べ始めた。ヤギは根の部分だけは食べないようで、草花は少女が握っていた時には付いていた花と葉が無くなり、僅かな茎と根だけの無残な姿へと変わって行く。
"自らの努力の結晶が目の前で失われて行く"という想定外の事態に呆然としてしまった少女が、はっとなって「やめてっ!」っと悲鳴を上げ、その悲鳴によって仲間が1人居ないことに気付いた彼女の仲間達が戻ってきた頃には、少女が撒き散らしてしまった草花は殆ど全て食べ尽されてしまっていた。残ったのは、食べられる前に少女の仲間が駆け付けた事で護られた物と、倒れた際に少女の下敷きになった物の、数本だけである。
悲鳴は、離れた所に居たユウリにも聞こえ、彼女は遠くから落胆する少女の姿を遠目に見つつ、彼らと同じ種類の植物を集めていた。ユウリは、フウカとリスティーにリグレス、それにリスティーとリグレスそれぞれと、同室であるらしい女子生徒1人と男子生徒2人の、合計7人のグループで行動している。リグレスが居るのはリスティーが居る為であるが、一緒に居る男子生徒2人は、ユウリを含めた複数の女子生徒との交流がある男子生徒の、リグレスを仲介に女子生徒4人の誰かと、交友関係を築けないかと期待して彼に付いてきたようだ。
ちょくちょく2人で固まっては、女子生徒4人の内の誰々の何々が良いと話しており、ユウリを除く3人の女子生徒達からは、冷ややかな視線と対応を向けられ、遠ざけられている。まぁ、好きでも何でもない異性に、名指しで顔や胸の大きさなどを褒められても、あまり嬉しくは無いだろう。それが猥談ならば尚更だ。
ユウリも時折話に出てくるのだが、彼女はあまり容姿については触れられる事が無い。他の3人と比べてあまり女性らしさのないユウリには、これといった特徴が無い事が理由であるが、非常によく似た容姿のフウカが居る事もある。
また、成長した彼女達は元の世界では美少女と呼べるほどに綺麗ではあるのだが、元々ゲームの舞台とされるような世界でもあるためか、この世界には美形が多いので、単なる美人では埋もれてしまう事もあるだろう。
余程酷い環境で育ったか、様々な欲求を過剰に満たす事の出来る金持ちでもなければ、あまり醜悪な容姿になる事が無い。 ハウレルの村の村民がそうであったように、この世界の人々は身分に関係なく、自身が生活する地域の動物や魔獣から身を護る事が出来る程度には訓練をするので、自然と筋肉が付き体つきが良くなる。その過程でついた傷や痣は、先天性のものでなければ、大抵の物は痕を残すことなく魔法によって治す事が可能なので、食生活をきちんとしてさえいれば、やせ細って骨と皮のような容姿になる事も、太ってぶよぶよの肉塊になる事も滅多にないのだ。
どちらも比較的胸が大きい方ではあるが、それは「同年代の平均よりは大きい」というだけで、共に居るリスティーには負けるし、ユウリはフウカよりも僅かに小柄でか弱く見えるが、男性に限らず個人によって、相手の理想の身長や体型というのは、大きく変わるものであるので意味はない。何より1ミリも変わらないそれらは、当人以外にはどうでも良い事だ。
ついでに言えば彼女達が持つ晴天時の青空のような空色の髪も、ピンク色の牡丹の花のような眼の色も魔人族であれば特に珍しい物ではない。ユウリは自らの髪や眼を綺麗な色だと思っているが、彼らにとっては単なる青か水色の髪と、ピンク色の眼にしか過ぎない。
余談はここまでにして、ユウリ達が何故、草原で草集めをしているのかというと、だ。ガルマ帝国時代の歴史の続きや、呪文についての座学などの授業を何度か行った後のある日の事、ロントが、冒険者に関する授業を「学院が持つ人工ダンジョンで行う」と言った為であり、そこで出された課題が、今現在、ユウリ達が集めている草花を"1週間以内に指定の本数採ってくる事"だからだ。
ダンジョンというのは、以前簡潔に説明した通り、魔物の巣…のようなものである。"ようなもの"というのは、魔物は魔力によって発生する生物のように動く現象であり、落雷や突風のような、この世界の災害の一種である。その為、魔物が大量発生する場所であるダンジョンは、魔物の温床と呼ぶ方が正しいかもしれない。
ただ、ダンジョン発見時には既に魔物が居り、一体どこからダンジョン内に、大量の魔物が集まるのかは、誰にもわからないらしい。時折探索中に発生する事もあるようだが、1体や2体程度ならダンジョン外で発生する事もままあり、大抵は通路の隙間や地面の中など、人が見ていない場所から現れるので、"本当にダンジョン内で発生したのか"も怪しいのだ。
ダンジョンは、魔力溜まりからポンッと、突然発生するので、どこぞのRPGの如く、それまで何もなかった場所に、城や塔のような物が出来ていたり、元々そこにあった洞窟や樹の洞が、ダンジョンの入口になったりと、まるで「出入り口があれば何でも良い」とでも言うかような発生の仕方をする。
内部の複雑さから、"迷宮"とも呼ばれる事があるが、その内部も様々で、迷路のようになっているものもあれば、草原のような空のある大きな空間がぽつんと存在しているだけのものもあり、外観からは中が想像出来ない事も特徴の一つだ。
ただ、ユウリ達学院の生徒が今居るのは、人工ダンジョンと呼ばれる特殊なものであり、頭に"人工"とついている通り、通常は自然発生するダンジョンを人の手で造り上げたものである。内部構造は通常のダンジョンと同じように広々としているのだが、本物のダンジョンではない為か魔物が大量発生する事は無く、外から連れ込んだり勝手に入り込んだりした動物や魔獣が徘徊し、繁殖している。魔物は学院の敷地内にあるこのダンジョンに鳥や虫のような飛ぶ生物と屋外であればどこにでも現れるゼライム以外が入り込む事はないので、ヤギは学院によって配置された生物であり、勝手に外に出ないよう入口付近には柵が設けられている。中の塔や岩山もダンジョン生成時に意図的に造られたものであり、それぞれ出口と奥の方向を示している。
人工ダンジョン内に連れてこられた、ユウリ達生徒が集めているのは、甘草という薬草の1種だ。それは、このユージ総合学院があるヴァーベナ周辺に、自生している植物の1種であり、ハウレルの森の中にも生えていた野草でもある。
ヴァーベナの周辺は人通りが多く、様々人種が集まる事から比較的魔獣が少なく安全なため、甘草集めなら「物心ついたばかりの小さな子どもにも出来る」と言われる程甘草集めに向いた場所だが、そこで授業をする事はしない。
この採取の課題は全生徒が行うため、"冒険科"の生徒だけでなく他の学科の生徒達も、同じ課題を行うのだ。学院の生徒達が、一斉に街の周辺で採取していては他の人々に迷惑であるし、ただ草むしりをするだけでは授業にならない。それに何よりそんな事を毎年やっていては、何時しかヴァーベナ周辺の甘草が絶滅してしまう。
また、全生徒が行うという事は、小人族や巨人族の生徒も同じような課題を受けるのだ。流石に体格差の大きい彼らが、ユウリ達と同じように甘草を集めるのは難しいので別の物が指定されているが、その対象となる物も、学院所有の人工ダンジョン内ならば自由である。
甘草は、ヴァーベナに住むまだ学院にも行けないような子ども達が、小遣い稼ぎに集めて、冒険者ギルドが買い取っているような草でもある。そういった子ども達は気にする必要は無いが、周辺には甘草モドキと呼ばれる、甘草の近似種も複数種生えており、そちらには薬としての効果がなかったり、混ぜると寧ろ毒になってしまったりとする物があるので、ユウリ達くらいの歳になると、それらを避けて採取してこなければ、仕分け作業に手数料を取られるようになる。
今回、ユウリ達が採取している人工ダンジョン内にも、甘草モドキはあるが、提出する先は学院なので、間違って持って行っても手数料は取られ無い。しかし、甘草モドキの提出は、減点対象になっているので、しっかり分けて採ってくることが望ましい。甘草集めは競争ではなく、あまりお金のない子ども達や新人への救済措置でもあるので当然ではあるが、他者からの強奪行為も減点対象であり、生徒同士でのトラブルが発生した時の為に、ダンジョン内にはロント達教員もダンジョン内を巡回している。
敷地内には、人を襲うことはないが背中に棘があり、その針が刺さってしまうと少しの間とはいえ、身体に力が入らなくなって動けなくなってしまうような麻痺毒を持つハリネズミや、甘草を狙って人に襲い掛かる事があるヤギなどの生き物が潜んでいる為、期限内に指定された数を集める為にはそういったモノ達への対処もしなければならない。先程の少女は足元に居たハリネズミをうっかり踏んでしまったようである。
ヤギ達は花と葉の部分を食べるが、根はあまり美味しくないのかそこだけを残す。薬には根しか使わないので根さえあれば問題は無いのだが、根だけでは判別出来ないので茎や葉も揃ったものでなければギルドは買い取ってくれないし、学院も点数には入れない。根だけでも問題無いとするのは根だけになる前を知る者だけだ。
こういった事を学ぶのは勿論卒業後、働いて生活する事を覚えさせる為であるが、親からの支援を受け辛いヴァーベナの外から来た生徒達が、自由に買い物をする為の小遣い稼ぎの方法を教える為でもある。
基本的に学院の生徒達は、寮に備え付けられた設備によって、装備や服を調達出来るのだが、そこには最低辺の武具しかなく、ネックレスや指輪などの装飾品は勿論、服も白い無地のシャツと枯色のズボンの2つしかないので、良い武具を装備したり、綺麗な服でお洒落がしたければ、自分で稼いで街で買わなければならないのだ。
草原にヤギのような襲いかかってくる生物だけでなく、うっかり踏んでしまうと最初からになりかねないトラップのような生物が居るのは、生徒達に失敗の経験をさせるためでもある。あまり失敗をした事のないまま成長した人間と言うのは非常に硬く、一度折れると立ち直りにくい。
そんな脆い大人にしないためにも、比較的些細な事でも大きな失敗のように感じる、あまり経験の無い内にフォローしやすい環境と外に出た後はあまり問題にならない事柄で、失敗させようという事だ。その失敗によって、生徒間で問題が起こるかもしれないが、大抵は学院を卒業すれば、どうでも良くなる事柄だ。
時折、卒業後もその問題を引き摺り、"被害者だった元生徒が、加害者の元生徒に復讐する"という事件も発生しているが、学院も卒業後の事までは面倒見きれないし、内容にもよるが、その問題の事も知れ渡るので、周囲も"復讐された元生徒の自業自得"という見方をする事が多い。
ユウリは、甘草よりも葉が丸かったり、葉にギザギザとした棘のある甘草モドキを摘まないよう気を付けつつ、時折飛び掛かってくるヤギをいなしながら採取していると、リグレスが数匹のヤギの死体をユウリが引くソリに載せた。
「ごめんなさいね、死体ばかり持たせて…もし疲れたなら持つわよ?…リグレスが」
「良いよ別に。そんな重く無いし平気平気」
そんなリグレスを見てリスティーが申し訳なさそうにユウリに言うが、ユウリは大丈夫だと返した。尚、リグレスが抗議の声を上げたのだが、リスティーは勿論、ユウリにも無視された。
元々"力が弱い"と言われている魔人族であり、ユウリは筋力のレベルが低いので、同年代の魔人族と比べてもかなり力が弱いが、それでも筋力のレベルが6もあれば、大型トラックに付けられるような、乗用車のタイヤよりも少し大きなタイヤを2つ同時に引き摺るように動かす事が出来る程の力はあるし、それを長時間運び続けることの出来る生命力と持久力がユウリにはある。
故に、それよりも遥かに軽く動き、押し倒された草の上を滑るソリは、例え山積みの動物の死体と言う荷物があろうとも、問題なく動くのだ。…最も、この世界には乗用車はあるが、それ以上の大型車両は無いので、当然そんな大きなタイヤも無く、先ほど言った事を確かめる術は、ユウリ達にはない。
「後、他の人が持つよりは戦えない私が持った方が効率は良いだろうし…」
「それは…まぁ…」
ユウリはソリに載るヤギの死体の中で唯一、自身で仕留めたヤギの死体を見ながら言う。その死体は、他のあまり傷の無い死体とは違い、まるで酷く目の粗いヤスリで乱雑に削った後のような、全身血と土に塗れた傷だらけの死体である為、それがユウリが仕留めたものである事が、よくわかる。
ユウリは"戦えない"というよりも"戦うと迷惑なので戦わない"という方が正しいのだが、どちらにせよ移動速度は変わらないので、ユウリが運ぶのが最も効率が良いというのは事実であり、コレがある以上リスティーも否定することが出来ない。
リグレスがヤギの死体を持ってきた事からも分かるように、このダンジョンに居る魔獣や魔物は、殺してしまっても良い。だが、草原に居る魔獣は、甘草採取の邪魔をしてくること以外、一切無害なので学院の評価には繋がらない。
"評価対象ではない"というだけで死体は残るので、上手く解体すれば肉や皮を学院の外で売る事も出来るのだが、ユウリがまともに使うことの出来る呪文は、対象とその周囲を焼き尽くす炎の呪文か、それによって起こる火事を埋めて消すことが出来る土の呪文の2種類だけだ。殆ど呪文名だけでの呪文であれば、もう少し様々な種類の呪文が使えるのだが、それは周囲どころか今ユウリが持っている甘草にも、被害を出してしまうので使うことが出来ない。
なので魔技による武器と罠を使うしかないのだが、ユウリの低い筋力と技量に依存した威力の攻撃では、刃物で死体の首を落とすだけでも非常に時間が掛かってしまうのだ。ユウリは、その事を承知の上で一匹だけヤギを斃したのだが、その結果は散々なものだった。
ヤギは人が持つ甘草を狙っているだけで、人を殺して食べようとしているわけでも、人に危害を加えて楽しんでいるわけでもない。故に甘草を持っていれば勝手に寄ってくるのでそこを捕まえて斃すだけ。という説明する分には簡単な作業なのだが、当然ながらヤギはゲームのプログラムではなく実際に生きた生物である。
よってヤギは、ゲームの敵のように、ユウリに敵として大人しく斬らせてくれるわけもなく、攻撃したことによってヤギから自身の敵として認識されてしまえば、敵と戦う武器を持たないヤギは、逃げようと走り回る。それを抑えつけて倒したヤギは、全身傷や痣だらけのボロ雑巾のようになってしまい、解体したところで売る事も出来ず、ユウリから逃げる為に暴れたヤギによって、周囲がぐちゃぐちゃになるので、ユウリはヤギと戦う事を避けているというわけだ。
ユウリが戦わない分、共に居るフウカやリグレス達が、ヤギの相手をする事が多くなっているが、彼女達としても周囲を荒らされる事は勿論、死ぬまでヤギに剣を振り降ろし続けるユウリと、斬り続ける事で殺されるヤギを何度も見たくは無いので、仕方のない事として見ている。ユウリのあまりにも弱い攻撃に、死に掛けでありながら中々死ねないヤギと、その事で途中から作業のように、淡々とヤギを傷つけ続けるユウリは、酷く恐ろしいものに見えたのだ。
代わりと言っては何だが、ユウリは戦わない代わりに、ソリの上にヤギの死体を乗せて運んでいる。ソリはフウカ以外、誰も見ていない間に土の呪文で作った。という設定だ。"呪文で作った"というのも間違っているわけではないが、呪文で作った土のソリは、幾つもの死体を運べるほど頑丈ではないので、魔技で壊れないよう補強している。魔技はユウリにとって、隠すような事ではないが、必要性が無ければひけらかす事でも無いし、殆ど感覚で使っているので、使って見せて「こういうものだ」としか説明出来ず、どういう原理なのか訊かれても面倒臭いので、したくないことだ。
「それよりも…一杯狩ったねぇ…」
ユウリはソリの上に積み重なった、ヤギの死体を見ながら感慨深く呟く。ソリの上にはヤギと一緒に、他の魔獣の死体も載っているのだが、その数は全て合わせてもヤギの数には遠く及ばないだろう。
「邪魔してくるから仕方ないわ」
「先生達は放し飼いにしてるから殆ど野生とは言ってたけど、なんか妙に人慣れしてるというか…」
「これ持ってると寄ってくるんだよな」
「人から奪う事に拘りでもあんのかね、こいつら…」
ユウリの呟きが聞こえたのか、それに対してリスティーが答えたのを皮切りに、リグレスや男子生徒達がヤギに対する思いを口々に言う。
ヤギは甘草を持った人を餌係りか何かだと思っているのか、人が持っている甘草が自身の届く位置にあれば、握っていようが鞄の中に入っていようが関係なく、そのまま食べようとするのだ。かと言ってそれを嫌って甘草を高い位置に持ち続ければ、持っている人を押し倒してでも甘草を奪いに来るので、この人工ダンジョン内の草原で甘草を集める生徒達は、近づいて来たヤギを斃すか逃げるか、選ばなければならないのだ。
ヤギは、ちょっと離れた程度ではまたすぐに寄ってくるので、逃げるのであれば、遠く離れた場所まで移動しなければならないのだが、移動した先でまた別のヤギと出会わないとも限らない。なので、ヤギと出遭う度に毎回逃げていては、今度は甘草が集まらず、課題を達成できない。
故に、大半の生徒がグループを作った時に決めた"ヤギをなるべく殺さない"という方針は捨てられ、寧ろ殆どの生徒が"ヤギを見たら必ず殺す"とでも言っているかのような勢いでヤギを狩っている。そのせいかはわからないが、今ではヤギが、草原の中で伏せて隠れながら生徒達に接近するようになり、何らかの理由で手放された甘草を横取りしたり、近くには居ないと油断している生徒の後ろから飛び掛かって強奪したりとしてくるため、それを迎撃する生徒とヤギの攻防が、草原のあちこちで繰り広げられている。
「あっても無くも私たちがする事に変わりは無いわ。採取に戻りましょ」
「だな…」
そのリスティーの言葉で、一同は雑談を辞め、甘草集めに戻ることになったのだが。しかし、採取を再開しようとして、一歩踏み出したユウリの足元から、バキッという何かが折れた音の後に、グニッと何かを踏み付けたような感触と、「キュッ」っという甲高い悲鳴が上がった。
「…ん?」
何かを踏んだ事に気が付いたユウリは即座に立ち止まる。
「どうした?」
「なんか踏んだ…うわっ…」
進みだそうとしてすぐに立ち止まったユウリに対して不思議そうにリグレスが問う。他の6人も何事かとユウリを見る。ユウリは脚を上げ靴底を見ると、そこにはハリネズミがユウリが履いている靴に刺さったまま力なくぶら下がっていた。
「大丈夫なのか?」
「…あー、うん。足には刺さってないから大丈夫」
なぜだろうかと靴を脱いでみれば、針は靴底は貫いているものの、彼女の皮膚を貫く事が出来ずに止まっているようだ。そしてそのまま力強く踏み込まれた事によって、針は更に深く靴底に刺さり、ユウリの体重に耐えきれなくなった針が折れ、その折れた部分が今度はハリネズミに刺さる事で、靴底にハリネズミがぶら下がっているという事態を生み出していた。
ユウリに針が刺さらなかった理由については、彼女の非常に高いHPが針の威力をものともせず、先に針の耐久力が尽きてしまった為だ。相手を傷つける事によって、対象を麻痺させるハリネズミの針は、ユウリの身体に傷一つ付けられなかったために、彼女が動けなくなる事も無かったようだ。
その事はユウリの想定内であったし、ユウリ自身という荷物が増えなかっただけなので、特に問題は無いのだが、履いていた靴はそうもいかず針によって無数の穴が開き、ユウリが魔技によって補強していなければ、その穴から罅が入り底が抜けるという買い替えるしかない状態に、ユウリは面倒臭そうに息を吐き、その後、ハリネズミを見つける度に、怒りをぶつけるかの如く踏み潰しながら甘草を採取したユウリは、集めた甘草よりも踏み付けたハリネズミの方が多いという結果を残していた。翌日以降、人工ダンジョン内でユウリが、魔技を使用して靴を護るようになっていたのは、彼女だけが知る事実だ。




