0:プロローグ
2020/06/29 改稿
2020/11/02 追記・脱字修正等
日が落ち、辺りが暗くなってくる夕暮れ時。
本の入った袋を手に下げ歩く、学生服姿の少年の姿があった。
少年―椿 優音は、他人よりほんの少し器用なだけの、普通の小柄な中学生だ。彼は、学校帰りの通学途中にある本屋で、幾つかの小説と漫画を買い、家へと向かっていた。
彼が住む世界の人々は、魔技と呼ばれる能力を持っている。魔技は彼の住む世界には、魔法が微弱ながら普通に存在しており、それを扱う技能の事である。優音はその魔技を使った遊びが上手なのだ。とは言っても、魔技は一部の人間だけが使える特別な力というわけでもないので、使える事は特に珍しい事ではないし、上手とは言ってもそれを使って何か出来るというほどのモノでもないので、例えるならば1つの学年かクラスの生徒達の中で、囲碁が上手いとか裁縫が上手いとかその程度の事だ。
いつも通る十字路の信号が、青に変わるのを魔技で作ったピンポン玉くらいの球を弄って待ちながら、家に帰ってからの予定をぼんやりと考えていると、信号が青になったので横断歩道を渡る。
横断歩道を半分くらい渡った所で、優音はぼんやりしたまま、いつもより車が煩いなと思い車の方を見た。
そこには赤信号にも関わらず速度を落とさずに十字路へと、真っすぐ突っ込んでくる大型トラックの姿が見えた。不味いと思ったが、そのトラックはまだ距離があり、優音が止まれば当たらないだろうと思われた。
「…は?」
が、運悪く通りがかった別の車に衝突し、その車を優音の居る方へと弾き飛ばした。
(今から走った所で避けられそうにもないな…死ぬのだろうか?)
飛ばされた車は横転し、車体の側面で滑りながら優音へと迫る。向かって来る速度は先程のトラックよりも遅いが、つい先ほどまで自身の足を止める事を考えており、前にも後ろにも走る準備をしていなかった優音では、とても避けられそうにはない。
(…嫌だ。まだ1ページも読んでない!)
迫ってくる車を見て諦めつつも、数瞬の思考の中で買ったばかりの本の事を思い出した優音は、僅かでも生き残る可能性に掛けようと思い、魔技でヘルメット代わりの帽子を作り、走り出そうとした瞬間、後ろで何かが青白い光を放ち、そちらから来た何かに突き飛ばされた。
「いっ…つつ…」
飛ばされ、ごろごろと転がった後、優音はよろよろと起き上がる。
全身擦ったり打ったりして痛いが、どうやら助かったらしい。と思い、つい先ほどまで居た場所を見る。
そこにはトラックに飛ばされ優音を轢こうとしていた車と、優音の身代わりとなって轢かれた毛むくじゃらの何かが見えた。暴走していたトラックは車を撥ね飛ばした事で進路が逸れ、少し離れた場所で電柱に衝突して止まっている。
毛むくじゃらは青い液体塗れになって青く、元の色はわからないが、円形の体に熊の腕のようなごわごわで太い右腕が生え、反対側は根元から引き千切れてぼろぼろになっており、その千切れた端から鈍色の骨のような物が突き出て見え、そこには左腕となるものがあったのであろう跡が残っていた。そして脚は両脚とも魚のヒレのように薄く、その先端に蹄が付いていた。頭部は見つからないが、左腕以外に欠損が判る程大きな傷はないので、青い液体と毛で分からなくなっているだけだろう。
それが生きていた頃の姿は判らないが、手足のバランスから考えられるに、恐らく人のように2足歩行をする生物だったのであろう獣―ディストのようであると、優音はそう判断した。
ディスト。『歪曲獣』と書かれる15年ほど前から目撃されるようになった、複数の物や生物をくっつけたような姿の、奇妙な姿をした生物の事だ。
死体以外での目撃例が少ないので、あまり生態がわかっていないが、発見された何れの個体にも共通して、体のどこかに一輪の毒々しい花が咲いており、稀に発見される生きた個体が、突然火を吐いたり風を纏ったりとするため、「魔技と何か関わりがあるのではないか」とも言われている。また、通常の動物よりも硬く凶暴であり、生きた個体が発見された際には、同時にディストによって殺されたとみられる人や動物も頻繁に発見されており、死体ですら一般家庭にもあるような包丁やゴルフクラブ、それからノコギリや電動ドリルなどの工具でも傷一つ付ける事の出来ない危険生物であるらしい。と、優音はニュースやオカルト番組で聞いていた。
「うっ…」
そんなディストが、何故誰にも気付かれずに人里に居て、優音の身代わりに車に轢かれたのかはわからないが、近くにディストとは違い、血で赤い塊と人のものらしき腕が落ちているので、どこかで人を食べていたのではないかと思われる。腕を見ながらそんな事を思ったせいか、吐き気がしてきたのでユウリは腕から眼を逸らす。
(もしディストに襲われたら、私もああなってしまうのだろうか?)
ディストが実在する事は、ニュースでも取り上げられる事がある為知っていたが、撥ね飛ばされた車と衝突していながら、付近に人以外の腕がない為、元々無かったのであろう左腕以外の外傷が無い事から、「包丁や電動ドリルでは、傷つけられない程硬い」というのも本当の事なのかもしれないとも思う。
そんな事を考えていると、遠くからサイレンの音が近づいて来て、車の周囲に集まっていた人々が散り始めたので、優音は取り残されるまいと、そそくさと逃げるように家に帰った。
「ただいまー…居ないか…」
家に帰って誰も居ないことを確認した優音は、荷物を雑に自室に置き、すぐにパソコンを起動しオンラインゲームにログインしてチャットを開く。
ユウリ:こんばんはー
『ユウリ』は優音のアカウント名だ。
カナタ:こんー。あわ2明日からだね。
『カナタ』は優音がSNSで知り合った友人で、本人曰く22歳の男性らしい。
"あわ2"とは『Affectation World』というVRゲームの事で、AffectationとWorldの頭文字をとって「あわ」である。2なのは前作があるからだ。
ゲームの話題が出た事で、優音はパソコンを置いている机の横に設置されているゲーム機をちらりと見て、明日から始めるゲームへの思いを馳せた。
『Affectation World』は史上初のフルダイブ型VRMMORPGを謳っているオンラインゲームだ。ゲームとしては史上初ではないが、ハードは史上初のフルダイブ技術を使ったゲーム機であり、他のゲームで見られたフルダイブ技術による迫力や爽快感、それから前作で見られたAI技術の高さから期待されている。
VR初期の画面を頭に付けてコントローラーで操作するようなものではなくなったが、代わりに機材が大きく、脳波や電気信号などを受け取る為に巨大化してカプセル型のベッドのようになっているため、中に寝具を引きそのままベッドとして使われる事も多々ある。優音もベッドとして使っている一人だ。
優音は今日の出来事を話したかったが、後にすればいいと思い話題に乗ることにした。
ユウリ:だね。そいや引き継ぎ何にするか決めた?
カナタ:まだー、そっちは?
ユウリ:決めたよ。カナタさんに作ってもらった髪飾り
カナタ:アレ?他のじゃなくて?
ユウリ:大事なものだからね
カナタ:ゲーム上の物とは言え、作ったものを大事にして貰ってるのは嬉しいな
ユウリ:それに何選んでも見た目にしか影響しないから…
カナタ:そいやそうか、それなら気に入ってる見た目のを選ぶべきか
そんな他愛のない話をしながら、優音はマウスだけでキャラクターを操作して戦いながらチャットをする。一人称視点や三人称視点ではなく、移動も攻撃もチャット以外全てマウスカーソルだけでできる、見下ろし型の2Dゲームだからこそできることだ。
ユウリ:それにしてもでないね
カナタ:用が無い時はでるのにね
戦闘しながら雑談が出来るほど余裕があるのは、通い慣れた場所だからこそであり、2人はそこで出るモンスターの出現を洞窟の中をぐるぐると廻りながら待っているのだ。
ユウリ:そいや今日ディスト見たんだよ
カナタ:えっ大丈夫なん?
ユウリ:頭打ったけど大丈夫。見た時には死んでたから
カナタ:そか、なら良かった
ユウリ:明日のニュースになるんじゃないかな、でたね
目的のモンスターはレアモンスターであり、ボスモンスターでもあるので、あまり出ない上に通常ボスも用が無ければ滅多に戦う事のない敵なので、ボスが出れば2人はすぐに雑談を中止して短い行動宣言、警告のみの連絡だけで戦闘に集中する。
カナタ:後3個がでない…
ユウリ:(´・ω・`)
ユウリ達の目的はモンスターからドロップする素材アイテムなのだが100%出るわけではない上に複数必要なため何度も繰り返し戦う。
ユウリ:あわ2では後衛やるよ
カナタ:盾じゃなくなるのか
ユウリ:盾は持つよ
カナタ:じゃあなんで。回復
ユウリ:練習用のやつやったらさ
カナタ:うん
ユウリ:接近だと殆ど回避できなかったんだよね…盾も大盾じゃないと使えない…
カナタ:ああ、動けないのか…
フルダイブのゲームは、今 優音達がしているゲームとは違い、コントローラーやマウスで操作するわけではなく、ゲーム内の自分の体を動かさないといけないので、プレイヤーの運動神経や反射神経に大きく影響を受ける。その為ハードには初心者用の道場のようなゲームが、始めからインストールされているのだが、そのゲームでさえ優音は、敵に近付くと敵からの攻撃を避けられず、大きな盾を持たないと防ぐ事も碌にできないので、接近戦闘は無理だろうから後ろに下がる。という話である。
ボスとは言えプログラムでしかない以上、10種類程しかない行動パターンは短い期間に何度も戦えば当然は覚えられ、全てが集まる頃にはまた雑談をしながら必要最低限、敵からの注目を集めてしまう回復の宣言だけをする戦闘になっていた。
クエストを終えた後、プレイヤー達の拠点の一つになっている村で雑談をしていると、ピーンポーンとインターホンの音が鳴った。
ユウリ:来客、離席
今現在、家に居るのは優音だけなので、優音はめんどくさいなと思いつつ、チャットに席を離れる事を短く書いてから玄関へと向かった。
「ぅぐっ…!」
無警戒にガチャリと扉を開いた優音は、紺青色の着ぐるみのような物が視界に入るとともに腹部に強烈な激痛と違和感を覚えた。
(は?)
あまりの激痛に驚き下を向いた優音は、その原因をすぐに理解した。自身の腹に大きな鉄の塊が刺さっているのだ。
(開けた直後に刺されたのか。異物感が気持ち悪い。でももう痛くはない。身体の力が入っているのかどうかも全くわからない。許容範囲外の痛みは脳が遮断すると聞くから多分それだろう。…相手は知り合いだろうか。でも刺されるほど恨まれていた覚えも、刺されるような事をした覚えもないな…)
優音はあまりにも思い掛けない事態に理解が追いつかず、寧ろ冷静に自身の状況を判断する。
ただ、"助かりそうにもない。死ぬ前にせめて相手の顔ぐらいは見てやろう"と思い、優音は相手が持っている鉄の塊に手を掛け力一杯顔を振り上げた。
(…なんだろう…?これは…?)
視界が霞み始めているせいか、相手は金色に光る大きな眼を持つ茶色の塊に見えた。意味が分からず、相手がフードか何かを被っているのを見紛えたのではないかと思い、もう一度確認したい衝動に駆られるが、そんな力は残っておらず、そのまま優音は床に倒れた。
薄れゆく意識の中、親より先に死んでしまう事と、待ち続けさせてしまうであろう友人への申し訳なさを感じながら優音は目を閉じた。
カナタ(…戻ってこないな…)