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ビースト・ブラッド・ベルセルク  作者: あひる300
第一章
16/16

スタートライン

 困惑した苦笑いを浮かべたままフリーズしている血塗れの雫を引き剥がし、もはや般若にしか見えないタニアどうにか説得した十夜は、二人を引き連れ校舎の屋上に設置しているベンチに座っていた。

 

 雫へと盛大に降り注いだ十夜の鼻血は、水魔法が得意と言う雫本人の手によって、綺麗に洗い流され、その痕跡は一切ないレベルまで浄化されている。


 向かい合うように設置されたベンチの片方にはタニアと雫、もう片方に十夜が座ると言った形だ。

 すでにタニアの顔に般若の面影はなく、少々不満げな顔をしてはいるが昨日と同じ綺麗な顔をしていた。


「なんで無視なんてしたのよ」


 ベンチに座る十夜にタニアが口を尖らせる。

 色々な誤解と思い込みが産んだ悲劇ではあった。


 経緯は単純で、十夜に無視されたと思い込んだタニアは広域殲滅魔法を唱えようとしたが、雫に説得されなんとか思い止まったものの、イライラは解消されず燻っていた。

 それを感じていた雫は一足先に十夜を追いかけ、タニアをどうにかしてほしいと縋り付いた。しかし、タニアは十夜の顔を見た瞬間に沸騰してしまい、余波に当てられ凍った革靴を投げ付けてしまった。という訳である。

 誤解が解かれれば、なーんだそんな事かと終わるはずの話は、犯した失態だけを残し消えていった。

 

 しかし、タニアの口調がだいぶ砕けたなと十夜はおもった。

 最初は警戒心丸出しの口調だっただずだが、十夜が無害であると知ったからか、別の理由があるのか、いつの間にか砕けた物言いになっていた。

 恐らくこちらの方が素なのだろう。

 何にせよ十夜としてもこちらの方が気楽であったし、親しくなった気がして嬉しかった。


「学園で俺に話しかける奴なんて居ると思って無かったんだよ。飯時は特に。っていうかなんで学園に居るの?ここの生徒だったの?」


 十夜としては普通の疑問だったのだが、それはタニアと雫に二つの意味で少なくない衝撃を与えていた。

 一つは十夜が置かれている状況が、二人が思っている以上に酷かったと言う事。

 一つは十夜は自分達の事を全く知らなかったと言う事。


 タニア・ホワイトも七瀬雫も方向性は違うものの非常に目立つ生徒であると自覚している。

 整った容姿は言うまでもなく、カミシロ祭でも好成績を収めているし、学園からの評価も高く二人とも所属は二年Aクラスだ。

 二人でパーティを組んで冒険者として活動している事も、それなりに有名な冒険者である事も周囲に知られている。


 情報と言うのは人から人への伝達である。

 それが機密事項など秘匿すべきものでなければ、それなりに人と関わっているのであれば、積極的に情報収集しなくても自然と伝わるものだ。

 しかし十夜は全く知らないという。それは人との関わり合いが皆無である事を示していた。


「はぁ……まあ良いわ。改めて自己紹介するけど、二年Aクラス、タニア・ホワイトよ」


 諦め半分と言った具合に、頭に手を当てて溜息を付くタニア。


「同じく二年Aクラスの七瀬雫です」


 続くように自己紹介をした雫がよろしくねと手を差し出す。

 十夜は抵抗なく差し出された雫の手を握る。妹が居るので女性の手を握ることにあまり抵抗を感じない。


「知ってるかもしれないけど、二年Eクラスの花月十夜」


 タニアにも手を差し出すと、一瞬だけ躊躇したがタニアはそっと握り返した。

 僅かに頬を赤らめたタニアを雫がチラリと見るが、タニアはそっぽを向いて誤魔化した。


「それにしても同級生だったのか……。ごめん。全然知らなかった」


 頭を下げて謝る十夜に二人は手を振って気にしないでと伝える。

 

「別にいいのよ。昨日の反応で知らないって事はなんとなく分かってたし」


「……って事はやっぱり?」


 それは、こっちの事は知ってたの?と言う意味だ。


「当然でしょ?あんたは……その、有名だから」


 曖昧な十夜の問いに、何が聞きたいのかすぐに把握したタニア言葉を詰まらせながら答えた。

 雫も申し訳無さそうな顔をしながら頭を下げる。


「ならいいんだけど……二人は、気にならないの?」


 十夜が怖いのは二人との関係が崩れてし合う事だ。

 すでに友人として認識してしまっている。そんな二人から蔑まれてしまうのであれば、十夜は友人として接することが出来ない。それだけではなく、人と接する事ができなくなるかもしれない。

 大げさな物言いかもしれないが、十夜が一人で居た時間は短くない。負った傷は治らない。他の何かで覆い隠すしか無いのだ。

 

「見くびらないでくれる?あんたの目と成績の事を言ってるのなら私は気にしないわ」


「同じく。私も気にしません」 


 答えを聞いた時、目頭が熱くなるのを感じた。

 

「これは私達二人の見解なんだけど」とタニアは言葉を一度区切った。これから話すのが大事な事だと真剣な目が物語っている。


「正直なところ学園内での評価なんかどうでもいいのよ。評価されているからって私達にはあんまり関係ないし」


「ええ。私達は卒業後も冒険者として活動する予定ですから。例え評価が最高であっても、最低であってもそこまで変わりありませんし。それに、」


 今度は雫は言葉を切った。水色の瞳がタニアを見てから次に十夜を見る。

 その顔には暖かさが浮かんでいた。


「成績と信頼性は別物ですから」


 意味ありげな視線が十夜を信頼できる人間として捉えている事が分かった。少し、ほんの少し話しただけだというのに、ここまで信頼してくれる事に疑問を感じるが、十夜としてもこの二人は絶対的に信頼できると感じてしまっている。

  

「ありがとう……。なんかすごく嬉しいよ」


 嬉しくて泣きそうになるのをなんとか堪え十夜は笑顔を作る

 ようやく何かのスタートラインに立った気がした。


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