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ビースト・ブラッド・ベルセルク  作者: あひる300
第一章
12/16

続・惨劇の森


 魔物を死骸を辿っていた雫とタニアは慎重に歩みを進めていた。

 音を立てないように歩く事は勿論の事だが、布の掠れる音や草花を踏みしめる音などを完全に消す事はできない。自らが発する匂いもある。


 敏い者ならそれだけで位置を把握されてしまう恐れがあった。

 自らの存在を出来るだけを隠すように、薄い水の膜を作り二人を覆っていた。


 確かにそれは効果的ではあったかも知れないが、逆に気配を感じ難くなるというデメリットも存在する。気配を消して、物音を立てないように歩くような訓練をしていない二人が出来る最大限の工夫でもあった。


「あっちに続いてるみたいね」


 タニアが示した方角には確かに魔獣の死骸がある。

 辿ってきた道を考えると、ルートに統一性がなく、何か目的があるようには感じられなかった。

 特に何も考えずに歩いていて、手当たり次第に魔獣を倒していたのでは無いかと雫は感じていた。


 タニアが魔獣の死骸調べている間、雫は周囲の警戒を担当する。

 魔獣についた大小様々な傷から、状況を推測し把握する事は雫には出来ないため、そうした調査をするのはタニアの役割だった。

 僅かな物音も漏らさない様に神経を耳に集中させ、同時に周辺に動くものが無いかどうか神経を張り巡らす。

 魔の森の中は静かだが、同時に色々な音がする。

 鳥の囀りや、風で揺れる葉音。魔獣の鳴き声。


「――タニア」


 何かは分からないが大きな音が聞こえ、雫はタニアの名を呼んだ。

 タニアの耳にも届いたのだろう。ただ方角までは分からなかったのか、すでに手を止めていたタニアが視線を周囲へ向けていた。


「何の音かは分かりませんが……西の方です」


「段々死骸が新しくなってるから、間違いないかもね」


「…そうですか」 


 雫は小さく頷き音のする方角へと足を向ける。

 何がとは聞かない。言うまでもなく惨劇の元凶の事だからだ。


「犯人の御尊顔を拝ませて貰おうかね」


 犯人とは言っても罪を侵してる訳じゃないんですけどね、と思いながらも雫は何も言わなかった。

 顔を拝みたかったのは雫も同じなのだ。

 そもそもこの犯人はただ魔獣を狩っているだけで、何か悪いことをしている訳ではない。

 

 近づくにつれ、音は大きくなっていき、地面の振動すらも感じられるようになった。

 何か硬いものが地面を殴りつけているような音と振動だった。


 タニアに目配せをして後方で待機してて貰う。

 隠密行動に優れた雫が斥候を担当し、戦闘力に優れたタニアが何かあった時に対処しやすくするために少し後ろに着く。

 これは雫が危機に陥った時の保険だ。


 音の震源地は魔の森にポッカリと空いたやや丸いスペースだ。

 雫は見つからないように注意を払い、茂みに身を潜めそっと顔を上げた。


「――!」


 衝撃的な光景に思わず声が出そうになり慌てて口を抑える。

 水色の瞳には一人の少年と、ストーンゴーレムが戦っているのが見えた。


 タニアには否定されていたが、剣を持つ人型の魔獣説を捨てきれなかった雫はある意味でホッとして、ある意味で戦慄してしまった。

 それは、逆説的にあの少年が魔の森の惨劇を生み出した張本人だとはっきりした瞬間でもあった。


 ストーンゴーレムと言えば、表層をメインで活動している冒険者にとって、出会ってはいけない魔獣の筆頭である。

 動物型や小さい人型の魔獣がメインの魔の森では、武器といえば刃物が一般的であるため、刃物が効きづらく対処がしづらい。

 それに加え力が強いストーンゴーレムは相性が悪いと言える。

 その半面で足の遅いためきちんと準備さえしていれば、倒しやすい部類ではあるが、少年はその準備をしている様子は見て取れない。


 ストーンゴーレムの拳が地面に当たり地面に大きな穴を空ける。

 対峙しているのは雫と変わらない少年だった。

 そして、雫はその少年を知っていた。恐らくタニアも。


 ストーンゴーレムの攻撃を全て紙一重で躱し、すれ違いざまに斬りつける技量は目を見張るものがあるが、技量も去ることながら恐ろしいのはその胆力だ。

 当たれば良くて戦闘不能、悪ければ即死亡と言う命がけの攻防の中、あの少年は気負う事無く冷静に、そして確実に倒しに行ってるのが見て取れる。

 自分の生死すら厭わない戦い方に、雫は知らずの内に見とれてしまっていた。


 花月十夜。

 もしかしたら彼のことを第二学年の中で知らない生徒の方が少ないかもしれない。

 落ちこぼれ、欠陥品。呪い子。そういった言葉を投げられているのを何度か見たことがある。


 常に動き続けているため、はっきりと顔が見えず、もしかしたら見間違いかもと一瞬だけ思ったが、彼の服に付いている特徴的なエンブレムは魔法学園のものであり、彼自身の特徴である漆黒の黒髪は珍しく見間違える可能性は低いだろう。

 雫は推測が間違っていないと結論づけた。


 しかし、ストーンゴーレムと戦っている姿は噂とは程遠く、とても落ちこぼれや欠陥品と呼ばれるような存在にはとても見えない。

 胆力も技量もすでに熟練した戦士と遜色がなく、いや、それ以上のものがあるように雫の瞳には映った。


 雫は肩を叩かれ咄嗟に後ろを振り返ると、雫の合図を待てなかったタニアが頬を膨らませていた。

 タニアへの合図どころか、警戒する事も忘れて彼の動きを見て呆けていたらしい。

 小さくゴメンと謝ると、許してくれたのか膨らんだタニアの頬が小さくなった。


「…すごい。って嘘。アレって」


 雫の隣で隠れるように身を潜め、茂みから顔を出したタニアは思わず口を開き、慌てて口を抑えた。

 その様子を視界の端で捉えていた雫は何か違和感を感じたが、自分の考えが正しかった事を察した。

 本来であれば気取られる危険があるため、声を出すのは褒められた行動ではないが、今は仕方がないだろうと、自分も呆けていた手前、雫はタニアを注意する事はできなかった。


 やがてストーンゴーレムの右腕が落ちバランスを崩して膝をつく。

 ストーンゴーレムは背が高く弱点である頭部へ攻撃が届きにくいが、膝が地面に付いた状態であれば容易に手が届く。

 彼は流れるような動きで、ゴーレムへを剣を振り翳す。


「あっ…!」


 彼の持っていた剣が折れてしまった。

 慌てて援護しようとする雫をタニアが制した。


「ダメよ。彼はまだ諦めてないわ」


 確かに彼の目は諦めていないが、剣が折れてしまっては攻撃の手段は他にない。

 噂では彼は攻撃魔法が使えないと聞いている。そんな状態で他にどんな攻撃が出来るのだろうか。

 ストーンゴーレムは自らの左手を使い右手を振り回すが、少年は危なげなく全てを回避している。

 まるでに踊っているようだと感嘆が二人から漏れる。男で有りながら繊細で華美な動きは別の誰かを幻視してしまいそうだ。


「……用意だけはするね」


 タニアが頷くのを確認して、いつでも魔法が使えるように準備するが、結果的にその心配は不要だった。


 彼は流れるようにゴーレムの腕を掻い潜り素手で殴りつけた。

 恐らく魔法で強化していたのだろうと思うが、素手で岩を砕く様なものだ。殴った手は大丈夫なのかと心配する雫をよそに、ストーンゴーレムの頭部は呆気なく砕け散り、魔核によって維持されていた体が崩れる。


「殴り……倒した……」


 なんてデタラメなんだろうと、思わず零した雫の呟きをタニアが何故か得意げな表情で頷いた。


 しかし、彼もまた限界だったようで、膝をついてゆっくりと倒れてしまった。

 これは助けるべきでしょ?とタニアと顔を見わせた雫は、返事を待たずに彼に向かって走り出した。


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