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霧不断の香を焚く

作者: 百川歩

周りと比べるから辛いんだ。周りと違うって思うから、辛いんだ。元からこういうもんなんだ、自分にとってはこれが普通なんだって思い込めば大丈夫だ。ずっと、そう思ってきた。

僕は三人兄妹の真ん中に生まれた。兄はいわゆる、天才で、幼い頃から遊びまくっていたけれど、ずっと頭が良かった。妹はスポーツマンで、バトミントンで全国大会に出るほど強かった。母親は教師で、自分の夢を全て妹に注ぎ込んでるって感じの人だった。父親は…仕事はできたが飲んだくれだった。母と父のケンカはほとんど毎日起こっていたけど、僕達家族はそれなりに安定して、それなりに不自由ない生活を送っていた。

だけど、六年前、父親が借金を作って突然どこかに消えてしまった。春先のことだった。僕はそれを知った時、母親のそばにいた。母親は泣いた。怒った。父親に似ている僕の顔を殴った。僕の顔はとてもあつかった。

でも、すぐそれは止んだ。母が忙しくなったから。母親1人で3人も養っていかなきゃならなかったから。また僕もアルバイトをすることになったから。

母親が言うんだ、

「お兄ちゃんと妹を助けてあげましょう」

でも僕は知っていた。母が、妹に高いバトミントンの道具を買っていたことを。兄に、多額の参考書代を与えていたことを。

才能がないんだから金を稼ぐぐらいしろ

僕はそう言われてると思った。



仕事はそれなりに楽しかった。お金を稼げば稼ぐほど、自分が認められているような気がした。家での扱いも、少し良くなった気がした。バイトをしてくうちにちょっぴり欲が出て、母親に言われていた分より多くシフトを入れ、他のバイトもやり始めた。きっと褒めてくれるだろう、と思っていた。

しばらくして、元々平均より少し上ぐらいだった僕の成績はぐんぐん下がり始めた。母親は怒った。怒鳴った。殴った。

「馬鹿じゃないの?あんたが勉強しないで私立に行くよりも、国公立に行ったほうがお金は安く済むのよ!?何考えてんの!?」


僕は知らなかった。あまり行く気もなかった。だけど、僕は馬鹿なことをしたなぁと思った。

僕は勉強した。落ちた。また勉強して、結局、私立のそこそこのとこしか入れなかった。僕は馬鹿だなぁと思った。


「大学生になったんだから、もっとバイトしなさい」


母親が言った。僕は言った、

「兄貴は?バイトしてないけど、いいの?」


「あの子は大学院に行ってあんたよりも勉強しなきゃいけないから、いいのよ。」


兄貴は遊んでいるだけのように見えた。僕にはよく分からなかった。やっぱり自分は馬鹿なのかなぁとまた思った。



借金が、あと僅かになってきて、生活にゆとりができ始めた。

妹が、破けたガット代をせびるときに、感謝をしなくなった。

妹が、明らかに前より何回もお金をせびるようになった。

年頃の女の子だ、仕方ないさ。僕はそう思った。

家に僕がいるとバイト行かないの?と言うようになった。


「今日は…休み…」


「ふーん、

…そういや祐樹、この前またガット切れたからお金ちょうだい」


僕は古本屋で、本を買うようになった。昔の、文学史に残る、名作たち。休みの日には部屋に篭って読書するのが、日課になった。太宰治、芥川龍之介、外国ものではカフカやドストエフスキー。二回、三回同じ本を読むこともあった。本はそれほど好きではなかった。だけど、読んでいると褒められそうな気がして。




借金を完済した三日後に、家に電話があった。

「こちらカスタマーセンターです…安倍晋一さんでいらっしゃいますか?」



兄貴が、借金を作っていた。父親のものの、2倍ほどの借金。母は、兄を叱らなかった。


「少し増えたけど、祐樹なら返せるわよね?大丈夫、辛いことの後には必ず幸せが待ってるのよ。さ、頑張って」


僕の部屋の物がほとんどなくなっていた。勉強机、スポーツウェア、そして本。僕の部屋だけなくなっていた。

僕は大学を中退することになった。僕は寝る時ぐらいしか家にいないことになった。家族満場一致で決めたらしい。


「幸せって、なんだ?」


僕はわからなくなってしまった。

兄貴は良い会社に入って、理想的な生活を送れるだろう。妹はこのままいけば世界に羽ばたくスポーツ選手になれるのかもしれない。そうなれば、母も満足だろう。

でも、僕はどうなるんだ?ここまま同じように生きていくのか?僕は幸せになれるのか?僕はどうしたいんだ?僕は、僕は…何なんだ?

わからない。僕はもう既に手遅れなのかもしれない。”普通”にどっぷり浸かってしまった。何が自分にとって幸せなのかすら分からない。この道は、本当に僕の道なのだろうか。


僕は今、家出をしている。人生で初の家出。バイト先にも言っていない。家出して八日目に、家族から連絡があった。メッセージにはありきたりな心配の言葉や、謝罪の言葉が書かれている。

僕は馬鹿だったな、そう思って、幸せを後にした。

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