五話目 紅の旋風
イチゴジャムの蓋が――開かねぇっ!!
駄目だ。めんどくさいからピーナッツバターで食べよ…
突然現れた魔物は僕の身長が三つ重なったくらいの大きさだった。
いつもは四足歩行なのだろう、人間でいう手の部分に泥がついている。茶色の毛並みに、その手を振るえば一撃で巨木すらへし折れそうな鋭い爪、そして恐ろしい形相で睨みつけてくる双眸。どこを見ても自分が弱者だと、ここで出会ったが最後、自分はここで死んでしまうという確信めいた考えが頭をよぎる。
頭を振ってその考えを追い払おうとするが、それを見ているだけで明確な死のイメージが出来てしまう。
自分の胸の奥からの命の鼓動も生きることを諦めたかのような、この場の静けさに合わせるように静かになっている。
気づけば雨がまた降り出し、遠くから雷鳴も響いてくる。
「……ぅぁ」
睨まれ身動き一つできない。どうにかして声を出すのも精一杯の重圧の中、唯一の刃物の冷たい感触がその存在を訴える。薬草採取用の小型のナイフだ。だがラルクはそれの目線から目を離せずにいた。必死になって逃げるための足を動かそうとしても動かないのだからナイフなんて手に取れるわけがない。そもそも体が動かせたのなら全力で逃げていることだろう。
それほどまでにそいつの双眸には強烈な敵意が渦巻いていた。
どれ位の時間が過ぎただろうか。1秒が何倍にも感じられる中、とうとうそいつは動き出す。右手の腕を振りかぶり僕をめがけ振るってくる。何もかもがスローモーションになってしまったかのような景色を見て、目を閉じて全てを諦めようとした次の瞬間。
ビリッと空気が震えた。
「ドシャァァァン!!」
目と耳を大量の光と音が焼き尽くす。目と耳が機能停止したかのように感覚としての刺激が入ってこない。
そいつが驚いたのかどうかは分からないが、不測の事態だったのだろう。僕が目と耳をやられたようにそいつもやられたのかもしれない。右手の攻撃は外れたようだ。
大量に目から涙が出てきて、世界が形と色を取り戻した時、自分の左手側から風が吹いた。
「――――!!」
それはとても綺麗だった。風と一緒に踊っているような紅の剣技。双剣が大剣に見えるような一撃の重さ、そいつに反撃すら許さない二連撃。まさに一瞬で魔物の腹と頭を分割した。あれだけ恐ろしかった魔物は僕の眼前で一瞬で輪切りになった。一陣の風と共に現れた英雄のようにラルクには思えた。
その人はそいつを倒した後、こっちを向いて問いかけているようだ。まだ耳はガンガンしていて少ししか聞き取れない。表情から見た感じ心配してくれているようだ。
「――、―――か? 」
その表情を見た時、本当に恐怖が去ったのだとようやく理解した。安心したせいかラルクは糸が切れたように腰を下ろした。
「――!―――し……か…………」
そのままラルクは地面に横たわり夢から覚めるときを遡るかのように意識を手放した。
アリサ「ねえ、曇ってきた時から思ってたけどもう帰っていいんだよね?」
作者「あ、あぁ。いいよ」
アリサ「待ってる身にもなってよね」
作者「……それはラルクに言ってよ」ボソッ