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鍋冠山第三小学校

作者: 千歳命

世界は、それほど美しいものではないかもしれません

けれども、私たちが生きるこの世界にもし救いがるとするならば

それはきっと、あなたの生きる希望になることでせう

私はその希望を紡ぎだしたいのです

ほんのちっぽけかもしれないけれど

たった少しの気休めかもしれないけれども

あなたの幸せを切に願っている、私はその一人であります

ー前略ー


ご機嫌いかがですか?お元気でおすごしのことと思います。

わたしたちも相変わらず元気でやっております。

実はこのたび、わたしたちが育てあげたおいしいサツマイモができあがりましたので

お送りしたいと思い、この手紙をさしあげました。

今年はちょうど好い天候だったので、とっても甘いものが出来上がりました。

せんせーは甘いものに目がないとのことでしたので、きっとお喜びになられるかと思います。

そうそうまたぜひ、遊びにいらしてください。

男子たちがせんせーをまた驚かしてやるんだと息巻いているのです。

なんでも、人間の世界ではハロウィンという北欧の収穫祭の前夜祭があるそうで。

ほんとに困った男子たちですが、わたしたち女子もせんせーには来てほしいと願っています。

黄昏時、あの赤い風車の下でお会いしませう...

生徒一同、心よりお待ち申し上げております。


                       鍋冠山第三小学校 白河梅華より



          秋がやって来る気配がする……

   暑かった夏を追いかけて秋が、高らかに足音を立てて――


 それはちょうど、青い空が一面に広がるかのように広大な野原に起きた白昼夢のような出来事でございました。


「うん。好いお天気だな」

うーんと伸びをしながらぼやいてみる。

まばゆいばかりの日差しが、青々と生い茂る野原いっぱいに降り注いでは、風と共に気持ちよく踊っている。

入道雲も、「ご機嫌よう」とばかりにモクモクのばしていた。

楓はまだ色づき始め、秋の虫たちが時々、秋がやってくる気配を知らせてくる。

今日は草花、昆虫といった研究にはもってこいの日和だと思い、少し人里離れた鍋冠山へと来ている。

人も車もほとんど通ることなく、延々と長い野原が広がっているお気に入りの場所だ。

「ここらでいいだろう」

そういって私はからっていた大きな黒のリュックサックを下ろし準備を始める。

テキパキと準備を済ませないといけない。

何せ相手は自然だからだ。いつ何時、何が起こるかわからない。それが、母なる大地。

そう、気を張ってはいたのだけれども――。

準備を終えて、さあやるぞとしばらく採集やら虫眼鏡で研究に没頭していた時だった。

突然辺りをピカッとまばゆい閃光が包み込んだかと思えば、次の瞬間ガラガラッドカーンッ!

というけたたましい雷鳴がこだました。

ハッと我に返り辺りを見渡して見れば、先ほどまで明るい顔をのぞかせていた太陽はすっかり雲に隠れ、天候が一気に悪くなってきており、私の目の前にはまっ黒い雲が私めがけて襲い掛かろうとしてきていた。

雨雲だ、これはいけない!

私は急いで片付ける準備を始めた。急がないとずぶ濡れになってしまうからだ。

私は別に濡れてもいいのだが、研究に使う機材がぬれてしまったらダメになるのだ。

急いで片付け終わった時には、すでにポツリポツリと大粒の涙がこぼれ落ちてきていた。

私は急いで雨宿り出来る場所を探すことにした。

大きな三又になっている分かれ道を越え、小川にかかっている橋を渡り、小さな森を抜けて大きな木の木陰の下に雨宿りをすることにした。

しとしとしと――


ツツゥーチョン

しとしと――


ツツゥーチョン

木の葉と葉の間から、雨粒が滴となって地面に吸い込まれていく。

「雨やみそうになさそうですねぇ……」

私は誰となしにぼやいてみせる。

大粒の涙がポロポロと天からこぼれ落ちては、地面に吸い込まれていく。

雨は一向に止まず、時間だけが過ぎていた。

ふふふーー

「?」

とその声にふと、私は目を覚ました。

あれ、いつの間に寝ていたのだろう――?

目をこすり空を見上げてみると、もうすでに雨はあがっており西の空に太陽が上っていた。

遠くの方に風車らしき赤い建物が見える。

くすくす――

「まただ…」

もしかしたら空耳かと思って耳をそばだててみるも、やはりどこからともなく笑い声が聞こえてくる。

誰の声なんだろう?この辺には民家もあまりなかったはずだし。

そう思いながら、声のしたほうへ近づいて行ってみる。

すると、野原の向こうで1つばかりの影がうごいているのが見えた。

目を凝らしてみると、それはどうやら動物のようであった。

「どうぶつ…? しかもあれは――」

――たぬき?

もう一度確認してみるも、やはりまぎれもなく野原の向こうのその影は、たぬきだった。

しかも人間のように、四本足ではなく二本足で立って歩いている。

しかもなにやら、縄跳びみたいなので仲間たちと楽し気に遊んでいる……。

私は大きく目を見開きながら、そっとそのたぬきの元へ近づこうとした、その次の瞬間――。

「ばあああああああ!」

突如、草陰の中から得体のしれないモノが現れ私を脅しに来たのである。

「――わっ!?」

驚いた私は、腰を抜かしてその場にへたりこんでしまった。

その私の姿にそれと一緒に、向うの方で、どっと笑い声が起り、それからわあわあとたぬきたちが私をはやしたてる声が聞こえてきた。まさにたぬきたちから化かされたのである。

「こらっ!!」

が、その怒号の声に、その場は一瞬にして静まり返ってしまった。

その声のしたほうを見てみると、黒のジャケットを着た先生が尖った茶いろの口を真一文字に結び、目を細めながら、静かにこちらにやってきていた。

ただ、先生といってももちろんたぬきの先生である。ふと見てみると、野原の向こうにいた子だぬきはもういない。

「まったく、お前たちはまた人間を化かしたりして。お客さまにもしものことがあったらどうするつもりだ。さあさ、みんな出てきなさい」

 先生の言葉に、何匹かの子だぬきたちが、野原の中からおずおずとでてくる。その中に野原の向こうにいた子はもちろんいなかった。

みんな一様にしょんぼりうなだれていた。

「大丈夫でございましたか?本当に、申し訳ありませんでした」

先生が、みんなを代表して謝ると、子だぬきたちも続けて首を前に垂らし謝ってくる。

「いえいえ、とんでもない!」

私は面白さと申し訳なさ、そしてよくできた子たちだと感心して、咄嗟にそう言ってのけた。

「いえ、こちらがルールを破ったのですから謝るのは当然でございます」

「ルール、ですか……?」

「はい。人間に決して危害を加えてはならない。我々はそのルールを元に、こうして人間社会と同化、共存し生活をしているのです」

「なるほどですね。ですが、この子たちも悪気があって私を脅したのではないと思いますよ?」

咄嗟に、そうかばってみる。そう、私がうかつにあの子に近付こうとしたからこの子たちは脅したに違いない。私はそう確信したからだった。

「ですが、ルールはルールですので……」

先生が困った表情で頭をかいてみせる。

「では、私がここの学校の参観をするということでチャラにはなりませんか?」

「さんかん、でございますか……?」

「はい。ちょうど私も教師をしておりまして。興味があるんです」

「ご紹介はありますか」

「あー、いえ。これと言って……」

「いけませんいけません」

「ダメですか」

「いけませんが、よろしゅうございます。では、こちらへお出いで下さい。ただ今丁度お昼休みでございまして、午後からの課業をご案内いたしますので」

「さあさ、みんな教室に戻りなさい!」

先生がそういうと、子だぬきたちはいっせいにわぁっと野原の藪に隠れて行ってしまった。

先生はそれを見るや「では、参りましょう」と野原の藪の中へ案内してくる。

私は一瞬ためらったが、どうせ化かされるくらいならそれはそれでいいや。

そう思い、やおら野原の藪の中へ入っていった先生のあとに続いた。

刹那――。

私は自分の目を疑ってしまった。

化かされた? ううん、明らかに化かされているのは明らかなのだろうけど、それにしたって現実リアルすぎたのである。

藪の向こう側は、学校の中だったのである。

「……」

私はしばし呆然と立ちすくんでいた。

「せんせ」

ふいに、先生に呼ばれて、私は我に帰った。

「ここがちょうど正面玄関です。校長室はあちらです」

「どうぞ、スリッパを」

先生に言われてスリッパを履き校長室に入ってみると、いかにも校長先生らしい方が腕を後ろに組んで窓の外をみていました。

「お待ちしておりました」

私の気配を察知すると、校長は振り返ってそう言ってきた。

校長といっても、狸のであり、ズボンからたぬきのあのふさふさなしっぽが出ていた。

「この鍋冠山第三小学校の校長をしております。日野本です」

「あ、どうも。私は――」

「いえ、ご紹介なさらずとも知っておりますよ。人間の小学校の教師をしてらっしゃる方ですね」

「え?」

「ま、ま、どうぞおかけなすってください」

「はあ」

校長に促され、私は応接間の椅子に腰を落ち着かせることにした。

応接間の机には、いつの間にか入れたてのコーヒーがすでに入れられていた。きょろきょろと辺りを見渡してみる。

「はははっ、そんな見渡しても珍しいものなんて何もありゃしませんよ」

「はっ、すみません!」

私はとっさに首をすぼめ恐縮した。そう、ここはいたって普通の学校であり、いたって普通の校長室の応接間だったのである。

「いかがでしょう。我々の学校は」

「好い学校ですね。子供たちも元気そうにしていましたよ。そういえば、子供たちが人間の真似をしていましたね」

コーヒーを口に含みながら、そういってみる。

「そうでしょう、そうでしょう。ここは、人間の真似をにして作られた学校ですから」

「人間の?」

「ええ。前にも他の先生に言われたと思いますが、『人間に決して危害を加えてはならない。我々はそのルールを元に、こうして人間社会と同化、共存し生活』しております」

「では、そのルールを破らないためには? ルールを守るためには? そう、そのためにはよりよく『人間』を知らなくてはならないのです」

「『人間』を知る...」

「はい。ですからこの学校は、そのために作られた学校なのです」

私は咄嗟にコーヒーのティーカップを置いてしまった。

頭がぐるぐるぐるぐる――。

「大丈夫ですか??ご気分でも?」

「あ、いえ――」

「無理なさらぬように。では、学校をご案内いたしますね」

そういって立ち上がった校長の後に、私も続くことにした。

ぐるぐるぐる――。

が、なぜか頭のもやもやした感じが続く。

校長から参観の説明を受けている間、ずっとこんな調子で、校長の説明も参観の様子もてんで頭に入らなかった。

結局、もやもやがようやく晴れたのは、授業参観が終わった後だった。

「どうでしたか?」

「はっ、そうですね……。とても、勉強になりました」

嘘だった。実際のところ、記憶がなくて何も覚えていなかった。

だけど何故か、口がそう滑っていた。

「よろしゅうございます。では、正面玄関まで案内いたしましょう」

「ありがとう...ござます」

言われるがまま、私は校長についていく。

ぐるぐるぐる――。

今も頭の中が目まぐるしく回転している気がした。

「せんせー大丈夫ですかな?」

ふと、校長が私を気遣ってかそう振り返っていってきた。が、その校長の顔も何故かぼんやりぼやけている。

「大丈夫...です」

「きっとこれは、夏のせいですよね。今年は特に暑かったですから――」

「……」

何故そう言ってしまったのだろう。

するとぼんやりと映る校長がうやうやしそうに私を見やると。

「時間ですね――」

と腕時計を見ながら校長はいい、私の背中をぽんとふいに正面玄関へと押し出してきた。

「――っ」

デハ、マタノオ越シヲオ待チ申シテオリマスヨ――。


その瞬間、私の記憶がプチリと途絶えました――。



そうして気が付いた時には、私は西日が当たる野原の藪の前に立っていた。

空が茜色に染め始め、黄昏時が近づいてきている。

遠くの方に、西日に当たり茜色に染まった風車らしき赤い建物が見える。

「……」

汗が、私の頬を伝って垂れてきていた。

これがまさに、化かされたというやつなのだろうか......?

夢だとしても、あまりにもリアルすぎた。

まさに、夢うつつな幻――。

私は一息ついて、振り返ろうとしたその次の瞬間だった。

1人の女の子が私の目に入った。

ただし、女の子といっても人間の女の子姿にたぬきの耳と尻尾が付いている感じで、

その娘はまさに、たぬきの女の子が人間に化けていると推測された。

まさか、まだ化かされているのかな......?

それとも、これからまた......。

そうちょっと身構え、けげんな表情を示してみたその次の瞬間だった。

「せんせー、忘れモノです」

可愛らしい声で、彼女はそう言ってのけてきたのである。

「へ?」

身構えていた私はその言葉に意表を突かれ、きょとんとしてしまった。すると彼女は、

「はい。せんせーの大事なモノですよね」

そう言って彼女は大きな黒のリュックサックを私の前に置いて見せたのである。

「あ――」

まさにその大きな黒のリュックサックは、私の持ち物に間違いなかった。

忘れていたと、慌てて中身を確認してみる。

「だいじょうぶ、でしたか……?」

「うん。これと言って無くなったものはないし、中の道具も無事だったよ」

「ありがとう。キミ、名前はなんていうの?」

「あ――、ウメカです。白河梅華……」

「そう、梅華ちゃん。ありがとう」

「……いいえ」

そう返しながら、何故か梅華と名乗る彼女はもじもじしながら頬を赤らめていた。

「どうしたんだい?」

「あ、いえ……。そのぅ――」

するとさらに一層、彼女は顔を赤らめもじもじとしてみせる。

まるで私の顔色を窺うかのようなしぐさで、そのしぐさを私は自分の学校で見た記憶があった。

そうそれは今まさに、私に怒られるんじゃないかと私の顔色を窺う子供たちの姿によく似ていた。

「いってごらん?」

私は自分の生徒たちに話しかけるように、優しく彼女の目線に合わせて尋ねてみた。

すると彼女は、意を決したかの如く「ごめんなさい!」と急に頭を下げて謝ってきたのである。

彼女はさらに続けた。

「わたしが人目も気にせず無防備で遊んでいたせいで、せんせーがこんなことになってしまって......」

その言葉に、ああ彼女があの時の娘だったんだなとようやく私は理解した。そして、自分のせいでと責任を感じてしまっていることに私はいたくじんと胸の奥底が熱くなる思いがしてきてしまい、申し訳なさそうに謝ってきている彼女の頭を、そっと優しく撫でてやることにしたのだった。

「ありがとう。キミのおかげで素敵な体験をさせてもらったよ」

「たい……けん」

「うん」

そう、これは滅法界素敵な体験なのだ。

なんて言ったって、私はタヌキに化かされたのだから。

めったにない、私の自慢にもなるし。

「――っ」

「だから、謝る必要はないよ。さ、顔を上げておくれ」

顔を上げきた彼女の瞳に、涙がきらりと映る。

「また、きてくださいますか......?」

「もちろん。黄昏時、あの赤い風車の下で待っているから――」

「はい――!」



――そうして私は、鍋冠山の草原のいつも行くあたりまで出ました。

ほっと息を吐き、それからゆっくり歩いてうちへ帰ったのです。


――それからです。

私は何度かまた同じ場所へと向かいましたが、ついに鍋冠山第三小学校は見つけることはできませんでした。

あれは、白昼夢だったのでしょうか……?

昼下がりの陽炎が立つ、まるで夢うつつな幻――。

だけれども、嘘ではありません。

何故ならば、時折あの娘から手紙をもらうからです。


可愛らしい感じで、宛先が鍋冠山第三小学校になっています。

私の幻燈は、これでおしまいです。

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