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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第九章 戻ってきた日常
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第九十九話

 



 佳村ノンは戸惑っていました。


「佳村さん。君に僕の刀鍛冶になってもらいたいんだ」


 沢城ギンさんと二人で寮部屋へと戻る道すがら、結城シロさんに呼び止められて言われたのです。そしてそれを聞いたギンの目つきが険しくなっています。

 結城シロさん。ギンの幼なじみで、青澄さんと同じクラスの人。聞くところによれば入試の成績はトップだったらしいです。


「あんだ、シロ。てめえ、俺の刀鍛冶に声かけようってか」

「並木コナ先輩が二人の刀鍛冶になるんだ。なら佳村さんが二人の担当になったって理屈的には問題ない」

「あのな――」


 言いつのろうとしたギンに結城さんは手を伸ばして制しました。


「別に君たちの中に割って入ろうとか、そういうつもりはない。ただ……純粋に、佳村さんの刀鍛冶としての能力に惹かれてお願いをしている」

「……んだと」

「ギン、考えてもみろ。彼女は士道誠心始まって以来、初の一年生の刀鍛冶だ」


 あ、あはは。そうらしいです。結城さんの言うとおり、あたしは一年生で刀鍛冶という珍しい存在なんだとか。別に二年生になればたくさんそういう人が増えるので、だからなんだ感はありますし。

 照れくさいような、恐れ多いような。複雑な気持ちですけども。


「彼女の能力の高さはギンの刀を見ればわかる。彼女への期待は、刀鍛冶の先輩たちが彼女を可愛がっていることからも知れる。僕だけじゃない、他の人も……これから、彼女に仕事を依頼する可能性はある」


 それをどうするんだ? と、結城さんは私とギン二人に問い掛けるように言いました。


「考えておいて欲しい。別に断ってくれても大丈夫だ、候補は幾つか立ててある。ただ……ちょっと、その。心配だったというか、方針を立てておいた方がいいんじゃないか、と思って、だな」


 眼鏡の蔓をくいくい、と中指でずらして、結城さんは俯きました。

 視線の先にはギンがいて、素直になれないけど僕気になってるんだからねオーラが滲み出ているのです。


「ちっ、余計な世話だ。さっさといけ」

「ふん」


 ふいっと顔を背けて、結城さんは自分のお部屋に帰っていきました。

 その背中を何気なしに見送っていたら、ギンがため息を吐くのです。


「あの野郎、てめえの刀鍛冶が担当をおりたからって……」

「ま、まあまあ」


 ギンをなだめてお部屋に押し込みながら、あたしは考えてしまいました。

 そっか。このまま刀鍛冶を続けていたら、ギンだけじゃなくて……他の刀と触れ合う機会もあるのか。


「ん……」

「どうした?」


 気づいた時にはのど元を指で押さえていて、そんなあたしを心配そうにギンが見つめてくれます。なんでもない、と答えながらもあたしは首を傾げました。

 なんでかな。喉がちくってした気がしたのです。


 ◆


 大浴場を出た脱衣所で青澄さんの尻尾を乾かすのをお手伝いしながら悩みを打ち明けたんです。そしたら、


「シロくんってそのへん不器用だよね。心配だから声かけました、でいいのにお願いしちゃうんだもん」

「はあ」


 自分の髪の毛を乾かしながら、仲間トモさんが肩を落としていました。

 仲間トモさん。とびきり強い一年生の侍候補生さんで、結城シロさんと最近お付き合いをはじめたというお話です。


「コユキちゃんの営業むなしくそっちいっちゃうかー」

「ほら、トモが肩を落としてる」

「え、えっと」


 どう答えたものか迷っていたら青澄さんと仲間さんは二人して顔を見合わせてふっと笑うのです。


「そういう残念なとこ含めて」

「シロらしい、でしょ? わかってるってば」


 二人して屈託なく笑い合っているのがなんだか羨ましいなあって思っていたら、視線を感じました。二人してじっと見つめてくるのです。


「それでノンちゃん、どうするの?」

「要はあれでしょ。沢城くん一本に絞るのか、それとも手を広げるのか」

「一本に絞るなんてアリなの?」

「その様子だと、ハルはプロの刀鍛冶がどうやって稼いでるか知らないでしょ」


 ノンちゃん説明してやって、と仲間さんに言われて苦笑いを浮かべながら口を開きました。


「校内でこそ教育目的で相棒のように組み合わされていますが、プロともなると事情が変わってきます」

「そうなの?」


 ふり返る青澄さんは気持ちよさそうな顔です。

 尻尾のブラッシングはたまらないようで……髪の毛を梳かれるようなものなんでしょうか。

 って、横道に逸れちゃいましたね。


「はいです。侍と顧問契約して、契約料で稼ぐフリーがいます。こっちは学校と同じノリですね……あとは警察に所属して侍の刀という備品を管理する公務員になる道もあります」

「そっちは大勢の刀を調整する必要があるってこと」


 ふふーんと自慢げな仲間さんに青澄さんがおーと拍手しています。


「みんなフリーじゃだめなの?」

「えっと」

「侍になってみんなが稼げるわけじゃないんだよ」


 さらなるどや顔の仲間さんに「こほん」と咳払いが聞こえました。

 みんなでふり返ると真中メイ先輩がいらっしゃいました。先輩は三年生で、しかも全生徒会長さんで、さらにいえば現士道誠心の侍候補生最強の存在です。


「のんのん。そんなことないんだなー」

「どういうことですか?」


 素直に質問する青澄さんに真中先輩は座椅子に腰掛けて、不意に問い掛けてきました。


「霊子を確認するモニターがあるの、知ってる?」


 きょとんとする仲間さん。青澄さんはあったっけ? と首を傾げていますが……ノンは別です。


「えっと。現実でも霊子をモニタリングする技術です。ここ数年、スマホの普及と同じ時期に同じ速度で技術が発展してるそうです」

「さすが刀鍛冶は違うね。うちの学校にも導入されてるんだよ」


 へええ、と頷く仲間さん。ふうん、とこぼす青澄さん。二人して、


「「 それってすごいんですか? 」」


 って聞いちゃうから、真中先輩は肩がずっこけてました。


「邪はまだ見れないけど、この技術がうまく発展すれば観測できるかもしれない。観測できれば人はその存在を無視できない。となれば対策だってお巡りさん頼みで済まなくなる」

「それ、ボクがコナの力を借りて読みやすくしたレポートのまんま読みあげですよね」


 胸を張る真中先輩に尾張シオリ先輩の呆れたツッコミが入りました。

 尾張シオリ先輩は情報処理能力が桁違いに高い、生徒会に協力している二年生です。


「ぴゅー、ひゅー、ひゅう」

「口笛吹けてないですよ」


 尾張先輩のツッコミに形勢不利とみたのか「後は任せた」と言って真中先輩は逃げていっちゃいました。


「えっと」「シオリ先輩、続きって?」

「……はあ」


 仲間さんと青澄さんの問い掛けにため息を吐くと、尾張先輩は「ついてきて」と言うのです。


「面白いものを見せてあげる」


 ◆


 尾張先輩のお部屋に用意された壁一面のスクリーンにプロジェクターで投影されたもの。

 それは誰もいない天守閣です。


「えっと、これは?」

「現世の映像。これに霊子フィルターを通すと、こうなる」


 ノートパソコンを尾張先輩が操作した途端にプロジェクターの映像に変化が起きました。

 獣耳と尻尾が生えた女の子が、あちこちから伸びた鎖に四肢を拘束されています。そのそばには一人の女性が立っていました。


「んぅ? ん……あっ!」


 はっとした青澄さんが叫びました。


「交流戦の時の私だ!」

「ご名答」


 ふ、と笑うと尾張先輩は再びノートパソコンを操作します。

 画面が切り替わって、年表が表示されました。

 其の途端に青澄さんと仲間さんが揃って「うっ」と苦しそうな顔になります。


「ただでさえ中間前で勉強しまくってるのに」「ここで年表とかマジで無理」


 ……お二人ともお勉強が苦手なのでしょうか?


「じゃあまあ、ざっくり話す」


 尾張先輩は年表を消して、問い掛けるのです。


「君たちは目に見えないものを信じられる?」

「え、と」

「宇宙人、異世界……とまでいかなくてもいい。神さまとか、幽霊とか、あの世とかさ」


 青澄さんと仲間さんはそろって顔を見合わせています。


「今更信じないわけにも」「いかないよね。隔離世までいっといて」

「でもじゃあ、隔離世にいけない人たちが信じられると思う?」


 二人揃って尾張先輩の問い掛けに沈黙しちゃいました。


「日本だけじゃない。世界中の隔離世を知覚できる技術者が集まって作ったのが霊子フィルター。歴史の流れで職として存在しながらも、必要性を問われ続けた侍や刀鍛冶にとっての文字通り革命的技術」


 さっき真中先輩が言ってたことだけど、と前置きを置いて。


「その内、邪も見えるようになるはず。眼鏡かゴーグルつければ、普通の人にもね……そういう方向性で開発が進んでる」


 それでもねつ造だなんだとネットじゃ騒がれてるけど、と呟く声は遠く。


「とにかく、見えた邪を倒す力は侍にしかないとなれば、どうなる?」

「……倒してもらう?」「よね」

「その通り。邪の存在が現実だと認知されれば、世界の有り様はぐっと変わる。それは……大きなうねりすぎて、賛成する人もいれば強硬に反対する人もいる。大人達はいま、戦ってるんだ。あの緋迎シュウですら、その最前線にいた――……いや、今もいるのかもしれないな」


 それは横道に逸れるから今は置いておくけど、と断って。


「侍はもっと稼げる仕事になるかもしれない。そうなれば、その相棒たる刀鍛冶にも未来がある。公務員かフリーランスの二種類だなんて言ってられない時代がきっとくるよ」


 君たちはどういう未来を希望するのかな、と笑う尾張先輩に見送られて解散になった。

 どういう未来を希望するのか、かあ。

 一年生で進路なんてずっと未来のことだと思っていたけど、そうも言ってられないのかもしれない。


「とりあえず直近の中間だよ」「ほんとそれ」


 お部屋へと帰る道すがら、二人があまりにも何気なく言うから思わず尋ねたんです。


「み、未来とかで悩まないのですか?」


 よっぽど不安な声を出していたのかもしれません。

 お二人はふり返ると、頭を揃って撫でてくれました。

 で、でもそういうのが欲しいのではなく。


「ど、どうなんです?」

「だって」「ねえ」


 二人して顔を見合わせて。


「「 未来は私たちの手の中にある 」」


 持ち歩く刀の柄に触れて言うんです。


「なにがどうあろうと、やりたいことは決まってるから」

「今更ぶれないというか。ぶれる必要がないっていうか」


 笑って、何の気負いもなく言えてしまうお二人は真実とても眩しかったのです。

 すごくどきどきして、なんかいいな、羨ましいなって思ったから。


「ノンちゃんこそ、とっくに答えなんて出てるんじゃない?」


 私はそれが羨ましかったんだよ、と青澄さんに言われて……真っ先に思い浮かんだ人の元へ帰ることにしました。


 ◆


 お部屋に戻ると、ギンが窓を開けて座り込み、村正を肩に預けて月を見上げていました。

 お隣に腰掛けてみます。横目にちらっと見られて、笑われて。

 なんかそれが悔しくて身体を預けたら「軽ぃな」とさらに笑われました。


「どうした?」

「……ギンは、卒業後のこととか、これからのこととかで……悩むことありますか?」

「さあな」

「さあなって、そんな」

「刀一本で稼いで、家族を楽にしてやりてえとか……どうせなるなら侍最強とか。それ以外に特に考えたりしない。そういうことが聞きてえのか?」


 あっているようで違うんです。

 そうじゃない、という気持ちが伝わったのか、後頭部を手のひらでくしゃって撫でられました。


「悩むことはねえよ」

「……なんで?」

「未来ってのはよ、どうしたいか、それを諦めずにいられるかどうかでしかねえんだ」


 だから、


「全部この手にある。離さないし諦める気もねえ。ならもう……迷うこともねえだろ」


 そう言って力強く笑えるあたしの相棒は――……特別。

 あたしの特別はずっと、そこにある。

 肩に回った手に引き寄せられるまま、もっとくっつく。


「ノンはどうなんだ……シロの提案はどうすんだ?」


 尋ねられてやっと、ギンが結城さんのことを気にしているんだって気づきました。

 だから、肩の手に自分の手を重ねます。


「あたしの特別はここにある。だから……離さないし、それで十分なんだって思いました」


 それだけでいい、と呟いたら、すごくほっとしたような顔をされました。

 なんだかすっごく珍しいものを見た気がして。だからつい、調子に乗っちゃって。


「ノンはギンの特別ですか?」

「たりめえだろ」


 今更そんな確認をするあたしにぶすっとするギンは。


「いちいち当たり前のこと聞くな。ずっと互いに特別、そういう関係だと思っていたぞ……俺は」


 あまりに拗ねた調子で可愛いことを言うので。


「……そうですよね、当たり前ですよね」


 嬉しいのでたまには言ってくださいね、とアピールしたらデコピンを食らいました。


「おぅ」

「調子に乗るな」

「す、すみません。なんだか幸せいっぱいだったので」

「アホ言ってないで――……ほら、寝んぞ」

「わっ」


 ひょいっと抱えられてしまいました。

 ぽーいってベッドに放られて、電気を消して。

 隣に寝転ぶギンの腕の中におさまりながら、天井を見上げます。

 もう見慣れたそこに思い描く夢はたった一つ。

 きっとこれからもいろんな出来事があるだろうけど。

 いつまでも、このまま。こうやって最後には落ち着ければ、それが幸せなんだなあ、と。

 そうやって過ごしていければいいなあ、と……あたしは夢に見るのです。




 つづく。


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