第九十八話
毎日みっちりカナタにお勉強を見てもらうの嬉しい!
……って最初はね。思っていたよ。そんな時もありました。
でもきつい。蓋を開けてみればすごくきつい。
「だから、いいか? これはそもそも――」
「ううう! こ、答えを教えてくだちい」
「そうやって安易に答えを知るよりも、どうしてそういう答えになるかという考え方が重要なんだ。だから悲惨な成績になるんだぞ」
「ぐぬぬ」
「一年の九組といえば成績上位者だろうが。なのにこの体たらくで、よく士道誠心に入れたな」
うがー! と暴れる私です。
我慢して話を聞いてたらすごい時間かかるし。根負けしそうになったら。
「がんばれ」
優しい笑顔で圧力をかけてくるんだもん! ずるい! 頑張っちゃうよ!
でも正直ペース的に捗らないんだよね。主に私の出来が悪いせいなんだけども。
勉強は中断して「奥の手を使うか」と、ため息を吐いたカナタが呼んだのはね。
「このおばか! 雑に片付けてどうするの!」
「あうち!」
間違えたらすぱんとハリセンを振るうコナちゃん先輩でした。
もっと正確に言うとね。
「中間の勉強会とは楽しいじゃないか」
「もぐもぐ」
「ユリア、スナックのクズが落ちてる」
ラビ先輩にユリア先輩にシオリ先輩。
現生徒会メンバー勢揃いじゃん!
逃げ場がない。逃げ場がないよ……!
一問ごとの解説がわかりやすくて助かったけど!
「うううう……」
頭が熱をもってかっかとしてきた私の首筋にひやっこい感触が。
ぶわっと広がる尻尾、飛び上がる私。ふり返れば笑顔のシオリ先輩が、ペットボトルを私の首筋にあててるんです。
「あげる」
「あ、ありがとうございます」
慌てて受け取ると、シオリ先輩は私のベッドそばに腰掛けてノートパソコンを開いた。
カタカタやり始める姿に呆れたようにコナちゃん先輩がため息を吐く。
「ちょっとシオリ、この子の記憶が飛んだらどうするの」
「それを言うならコナはちょっと叩きすぎ。それが痛くないの知ってるけど」
そうなんだよね。コナちゃん先輩のハリセンは爽快な音が鳴るわりに痛くない。
「特製ですから」
「ハルちゃん、そこ間違ってるよ」
「えっ」
すぱん!
「うう……すみません」
「もぐ……間違えたら、正解を出せるチャンス。へこたれる必要はない」
ユリア先輩からまさかのフォロー!
スナック菓子を食べながら問題集にペンを走らせている。
ラビ先輩はにこにこ笑顔でみんなを見守っているだけ。そう思っていたらね。
「ハルちゃんの計算はすごい思い切りがいいという感じだね。自信がなかったり答えがわかった問題は途中式を省く傾向がある。暗記も苦手そうだ」
「ううっ」
的確に見抜かれてましたけど!
「自信がない時と答えがわかってる時とで途中式を省くって、ちょっとわからないな。ラビ、どうしてそう思う?」
「カナタ、一歩引いてよくみれば簡単なことさ。答えが合っているときはどや顔で書いてるし、わからない時は眉間に皺を寄せて間違いを書いてる。そしてどちらも途中式を書かない」
「ただし、迷ったときはきちんと途中式を書く、か……なるほどな」
カナタがラビ先輩と二人して私の話してる……なんかレアシチュ。
私の勉強の姿勢について話されるの複雑ですけども。
「暗記が苦手だと思ったのはね。覚えてない公式になるとすべて途中式を書かずにつらそうな顔で適当な答えを書き続けているからだよ」
「ハル……その様子だとハリセンを食らい続けるぞ。大丈夫か?」
真面目に心配されるとなんともいいにくいです。強いて言うなら、
「大丈夫じゃないです……」
これしか返事のしようもありません。
「コナ、君のノートを貸してあげたら?」
「ラビに言われるまでもないわ。ハルの勉強を見るなんていうから……なんとなく予感がして持ってきたのよね」
はいこれ、と渡してくれたコナちゃん先輩のノートを開く。
几帳面に整えられた綺麗な字で一年生の授業がわかりやすくまとめられたノートには、マーカーが適度に引かれていた。しかもコナちゃん先輩の口調でわかりやすい解説つきです。
おおお……と唸りながらページをぺらぺら捲っていたら、一年生の中間テストの出題傾向のまとめと、問題まで書き込まれていました。
「す、すごい! テストの問題っぽいのがたくさん書いてある!」
「メイ先輩とかに聞き込んで知った先生方の出題傾向とかを踏まえてみんなに言われて作った、必殺ノートよ」
「おおお……!」
「それだけやればいいや、とか思ってないでしょうね?」
「ぎくう!」
「このおばか!」
コナちゃん先輩のハリセンがうなりを上げる。
「普段からしっかり勉強して、どこまで出来るのかを試すのがテストでしょ。テストのための勉強をしてどうするの。頑張らないなら頑張らなくていい。でも頑張るならどこまでも頑張るべきよ! ただし、楽しめなきゃ意味ないけど!」
「コナ、それは特定の人を敵に回すと思う」
「何を言っているの、シオリ! そもそも小中高と中身のない勉強なんかしても、ふり返ってみれば無意味だったなあ……なんて結果になることくらい、考えるまでもない自明の理じゃないの! そんな無駄な時間を過ごしたい? いいえ、私は断固拒否!」
「コメントは控えるけど……きれっきれだね」
「テストの点数がよかったわねーって褒めるよりも、普段から勉強して頑張っているわね~とか。あなたは遊ぶのが得意なのね、すごいわねえ、とか。一時的ながんばりよりも、普段の姿勢を褒めてあげなくてどうするのよ! 個性ってそうやって育まれるんじゃないの!?」
ぶわっと燃え上がるコナちゃん先輩の目に、先輩達が一斉に俯いた。
それもそのはず。
「ハルが勉強を頑張るのなら、私はどこまでも燃えるわ! ええ、全教科で満点なんてことは言わない! 勉強をする楽しさがわかるまで、とことん付き合うつもりよ!」
劇場モードに入っているのです。
「それでハリセンで叩いてたらだめなんじゃないの……もぐもぐ」
もぐもぐスナックを食べながらツッコミを入れたユリア先輩ですが、コナちゃん先輩は止まりません。
「正直、私も昔は勉強が嫌いだったわ! 教科書を開くのが嫌で嫌で仕方なかった! 口を開けば勉強をしろという親にもうんざり! 塾まで行って楽しくもないのに勉強をして疲れた顔をしているクラスメイトたちにもうんざりしてた!」
「さて、カナタ。本を借りるよ」
笑顔でしれっと立ち上がるラビ先輩もラビ先輩だし。
頬杖をついてだまって参考書を眺めるカナタもカナタだし。
「でもその時流行っていた歴史物の漫画を切っ掛けに勉強してみればこれが楽しいじゃない! 楽しめるならどこまでも楽しんでやらなきゃ損でしょ? つらいならやらない、楽しいならやる! そして何事も楽しめるようにする! それでいいじゃない! さあハル、いくわよ!」
「ふぇ」
ど、どこへ?
「数学から! まずこの公式はね――」
◆
気がついたら土曜日の朝になっていました。
語り終えてスッキリした顔のコナちゃん先輩と、一緒に出て行く先輩たちを見送る私の顔は真っ赤っかです。なんていうか、熱量を浴びすぎて。
「どうだった?」
「どうも、こうも」
深く息を吸いこんだ私は、そばにいるカナタに身体を預けます。
そして脱力しながら息を吐きました。
「数式の答えを恋愛に例えて、一つ一つの数字とかを人物に見立ててやるコナちゃん先輩はすごいなあ、と」
これで意味通じる? 通じないよね。私も言ってて意味不明だもん。
なんかね? 数学の問題に書いてある数字をいちいち人に例えるの。しかもコナちゃん先輩、どの数字がどんなキャラか決めてるんだよ?
それで、その人たちがどうしたら結ばれるのかを書くのが途中式なんだって。途中式になった途端に数字の意味が変わるの。思いに例えてたよ。
辿り着いた答えは恋愛の答えなんだって。
xだけならまだしもyが出てきたら? zが出てきたら? そもそもすごい複雑な公式とかどんなんなっちゃうの。他にも気になることだらけなんですけど。
どんどん出る問い掛けにコナちゃん先輩はどや顔でたくさん、コナちゃん先輩の脳内設定を教えてくれたんだけど。
説明してもまだよくわからないよね。だけど瞳に炎を燃やすコナちゃん先輩に「わかる!?」と言われると頷かざるを得なくて。全然わからなかったけどさ。
なんていうか、予想外過ぎて。
「時間かかるよね、あのやり方」
「でも数学をそうやって解こうとする姿勢はおかしくて、彼女らしい。そして彼女は身体に染みついているから、早く解くし、テストが終われば決まって数式で妄想している」
「それ……コナちゃん先輩は天才なのでは?」
「俺たちはみな、ユニークな彼女に刺激を受けている」
「劇場モードに入った途端にみんなスルーしてたけど」
「朝までかかるってわかっているからな」
さらりとひどい。
「だが彼女のおかげで、生徒会メンバーの成績は上位独占のままだ」
「なんか……ずるい」
「何がずるいんだ」
なんていえばいいんだろう。
「二年生濃くてずるい?」
「だったら一年生と、もっと仲良くなればいい」
よくがんばったな、と言って私の頭を撫でると「今日の授業の準備をするぞ」と言って離れてしまう。
ちょっと物足りないので背中に抱きついたら「遅れるだろ?」と優しく抱き締め返されました。
……元気でたから、ねむたいけどがんばろう。
つづく。




