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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第八章 五月の病

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第九十七話

 



 カナタと二人で翌日訪れたカナタの実家はシュウさんの立場からは想像もできないくらい、質素な古民家だった。といっても東京の一等地に建っている時点でそこはかとなく凄い感。私の語彙の貧弱感……。

 出迎えてくれたカナタのお父さんは着流しの美丈夫って感じだし、リビングに飾られた家族写真や和室の仏壇に飾られた写真に写るカナタのお母さんは映画女優かな? っていうレベルの美人さんでした。遺伝子は確かに受け継がれている……!

 それはそれとして。


「コバトちゃん、どう?」

「……そうだな」


 カナタとシュウさんの妹であるコバトちゃんは、お部屋で眠っていた。

 小刀にされた魂をコバトちゃんの肉体に戻す。

 文字にしてみれば単純だが、やり方はよくわからない。

 ただカナタはメイ先輩から何かを聞いたみたいで、実際それを成し遂げた。コバトちゃんに小刀を握らせて、触れた箇所からゆっくりと丁寧に肉体に霊子を戻す……そんなやり方らしい。

 小刀は既に消え、青白すぎたコバトちゃんの顔色がゆっくりと戻っていく。


「入院だな……経過を観察するためにも、あとは専門家の手に委ねるしかない」

「そうなんだ……」


 なんともいえない気持ちでコバトちゃんを見る。

 カナタやシュウさんの、前向きに笑えばとても綺麗で優しい目元は似ているような気もするけれど……閉じられているから、なんともいえない。ただ顔立ちはお母さんにとてもよく似た美人さんに育ちそうな、お人形さんみたいな可憐な感じでした。

 小学生にしては華奢すぎる身体はパジャマ越しに見ても痛々しい。どれほど運動をしていないのかわからないけれど、この年の頃の体付きにしてはちょっと……見ていられない。


「元気になるといいね」

「……ああ」


 頷いたカナタはずっと、コバトちゃんを見つめていた。


 ◆


 カナタの実家から帰る電車の中で、私は憂鬱な気持ちで映像広告を眺める。

 ニュースの表示はこうだ。


『学院都市で大規模な邪の災害が発生』『現役の侍が邪に取り憑かれた模様』『今後、このようなことがないように全力を尽くすと発表』『早急な対策が急がれる』


 スッキリしない内容だ。

 けど、しょうがない。

 普通の人には邪が見えない。隔離世に行けない。

 シュウさんのことも、調べた上でこの発表になったのかな。誰かが責任を取るのがこの国のシステムだ、みたいなことをお父さんが好きな警察のドラマで見た気がする。

 けどそんな話は一切出てこない。大人達の世界で何かが起きているとしても、それは……私たちのわかる形では出てこないようだ。

 やっぱりスッキリしない。

 これで終わりで済むのだろうか。


「……なんか、落ち着かないね。シュウさんは大丈夫なのかな」


 思わず口にしてから、失言だったかも、と俯く。

 扉に背中を預けて、前に立つカナタの顔を恐る恐る見上げた。


「忙しいのか、連絡は取れない。ただ父さんには電話があったそうだ。しばらくは帰れないって」


 落ち込んだ声に返事はできなかった。

 大丈夫ならいいな、と思う。


「それよりも……お前の方が大変だろう」

「ふぇ?」


 なんだろう、と思ってカナタを見ると、呆れたように笑っていた。


「来週、中間試験だぞ」

「えっ」

「勉強、ちゃんとやっているのか?」

「……嘘やん」


 全然やってませんけど。

 なんていうか、毎日切った張ったの連続ですし。

 思い直してみればコナちゃん先輩とあれこれしたり、交流戦があったり。

 目まぐるしく過ぎていく日々は侍候補生として充実したものでした。

 けど、じゃあ……高校生としては?


「え、え、待って。お願い待ってくだしあ」


 身体中にぶわっと嫌な汗が滲む。

 戦いの時にも感じなかった恐怖を覚えて、私はカナタの腕に両手を掛けました。


「おおおおお、おおおお、おおおおお」

「なんだ、慌てて」

「お、おおお、お、教えてくれませんか」

「さて……どうするかな」

「そこをなんとかあああ! なにとぞおおお!」


 悪戯っぽく笑うカナタになりふり構わず縋る私です。


「電車の中だ、わかったから落ち着け」


 頭にチョップを食らって我に返った時でした。

 くいくい、と尻尾の毛が引っ張られるの。ちょっと痛くてふり返ると、幼稚園児くらいの男の子が私の尻尾を掴んでいたよ。ちなみに今は一本です。大神狐モードになると、力を使った代償なのか戻っても一本なんだよね。元気になると増えるのかな?


「って、いた、いたたたた!」

「ねえ、おねえちゃん。これなあに?」


 容赦ないよね。ぐいぐい引っ張りながら聞くんだもん。

 そばにいるお母さんが「すみません」と慌てているけど、大丈夫ですと答えちゃう。


「尻尾だよ。狐の尻尾なの」

「なんで人に狐の尻尾が生えてるの?」

「それはね……」


 難しいことを聞くなあ。

 侍がどうとか、刀がどうとか。

 説明すればできるんだろうけど、このくらいの年の子に言うべき事じゃない。

 もっと純粋な言葉じゃないと届かないからだ。

 トーヤで思い知ってるから、私は尻尾を掴む手をそっと取って、男の子に人差し指を立てて言った。


「ないしょにできる?」

「……うん」


 頷く男の子に笑ってから、こそっと囁く。


「お姉ちゃん、狐の神さまみたいなのとお友達なの。それで生やしてもらったんだよ?」

「ほんと?」

「もちろん! これ、かっこよくない?」


 ふさふさ。揺らしてみせるんだけど、


「んー、あんまり」


 だめかー。響かないかー。


「でも……ちょっと、かわいいかも」


 おっ?

 顔中が緩むみたいな笑顔を向けるから、つられて笑っちゃうよね。

 子供の笑顔の力は凄い。


「ほら、いくよ?」


 お母さんに手を引かれて、停車駅へと降りていく男の子が「ばいばい」と手を振ってくれた。

 なんかほっこりする。


「あの年の少年をケモナー属性に目覚めさせるとは、お前は罪深いな」

「カナタ、言い方。そういうんじゃないから――……ん?」


 心地よい感触を頭に感じたの。

 カナタが頭を撫でてくれたんだ。


「深刻に考えようとすれば、いくらでも考えるテーマはある。けどな」


 私の頭から離して、もう片手を差し伸べてくるから、素直に手伝ってもらって立ち上がる。

 カナタは笑って、閉まったドアの窓の向こうを眺めた。

 都心の街並みが通り過ぎていく。

 徐々に、けれど確実に東京の中心地から離れて、郊外へと向かっていく。


「忙しくも慌ただしい日常が待っている。高校生活も楽しまないと、もったいない。五月病になんかなっている暇はない、それでも……」

「カナタ……?」

「忙しいからこそ、案外……余裕こそ必要なのかもしれない。兄さんの一件で思ったんだ……兄さんになくて俺にあるもの。それは――……お前だ、ハル」


 繋いだままの手が結ばれ、絡まり。それにドキドキしながらカナタの顔を見る。

 遠くを見つめるカナタの目が不意に私に向いた。


「お前の顔を見ていると、安心する。これからもそばにいて欲しい」

「え、えと。あ、あれかな?」


 な、なんか急にストレートに好意を向けられて。

 こういう時に生えるカナタの美人顔にただただテンパる私はついつい、


「たっ、狸顔だから間抜けに見えるんですかね。狐の刀なのに狸とはこれいかに! な、なんちゃって」


 コナちゃん先輩に言われた言葉を使いながらボケてみちゃうんですが。

 ユウジンくんあたりに「それはないわ。あかんよ」とか突っ込まれるくらいのしょうもなさだと思うんですが。


「ふふ」


 笑ってくれるんだから困る。

 それにカナタの笑顔ってあんまりにも屈託のないすっきりしたもので。

 思わず見惚れちゃうんです。


「好きだよ」


 こんな流れで言うの卑怯すぎる。

 興奮にぶわっと広がった尻尾がそのまま、私の答えなんだけど。

 俯いて言うのが精一杯ですよ。


「人前なのにはずかしいよ、もう……そりゃあ、私も好きだけども」


 ばかじゃないの、ばかじゃないの、とカナタの胸元を空いている手でぺちぺち叩く。

 するともう片手で止められました。


「それなら朗報がある。周囲を見渡してみろ」

「ふぇ?」


 なんだろう、と慌てて電車内を見渡したら、私のいる車両はがら空きだった。

 あ、あれ? いつの間にみんな降りたの!?

 気づかないくらいカナタに夢中でしたか!?

 やだ……はずい。


「ハル」

「え――……」


 もしかして、この流れは!?

 そんな期待がきっと顔に出ていたのかも。

 笑顔のカナタが私の唇を人差し指で押していました。


「物欲しそうな顔をするんだな」

「う、」


 くっ! この猛烈にはずかしい感じ!

 っていうかひどい、意地悪だ。

 そう思った時でした。

 冷たい感触が伝わってきて、それはカナタの霊子だとわかって。


「……外だから、部屋に帰るまではお預けだ」


 けれど伝わってきたカナタの気持ちは、今すぐキスしたい、と。

 そう訴えていたので。

 ……腰砕けになりそうです。




 つづく。

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