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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第八章 五月の病

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第九十四話

 



 学院は大変な状況にありました。

 パトカーが何台も入ってきて、先生方を引き連れて学院長先生が出て行ったの。すると中から出てきた警官が腰に帯びた刀を抜いて斬りかかったの。

 そこはそれ、士道誠心の看板を背負う学院長先生だからさっと避けたけど。後に付いてきた先生たちがあっという間に警官達を取り押さえちゃった。

 先生つよすぎぃ!

 すると計ったようなタイミングで学校のスピーカーの電源が入った。


『生徒の皆さまに伝えます。こちらは高等部生徒会会計、並木コナです。ただいま何者かに操られた侍により襲撃されています。二年生の侍候補生はかねてより通達してある場所へ向かい、ただちに配置についてください』


 え、え、とざわつく私たちに構わず、コナちゃん先輩は続けて言うんです。


『これより士道誠心はその精神に則り事態の解決に動きます。先生方および三年生の刀鍛冶のみなさんは昨年度の避難訓練を思い出して、各学年の案内をお願いいたします』


 コナちゃん先輩の緊張した声は、伝えられる内容が冗談ではないことを告げていた。

 けれどこんな事態、まるっきり想定してもいなければわけもわからない私たちは身動きが取れない。だからこそ、


「落ち着け」


 ざわつく私たちのクラスでライオン先生の声はよく通る。

 誰もがすぐに声をひそめて次の言葉を待った。


「そして聞け」


 ライオン先生が黒板にさっと文字をしたためる。いつもの可愛いイラストは今回はなしだ。ライオン先生なりに急いでいるのかもしれない。書かれた文章、それは――


『激闘! 日本最強の侍!

 緋迎シュウを改心させちゃおう!』


 ううん、と……も、文字面が可愛いよね。そこは譲れないポイントなのかな。


「二年生の生徒会副会長、緋迎カナタの実の兄が現在、二年生を襲撃している。我々は迅速に現場へと赴き、彼女を助け、凶行に及んだ侍の本心を探り、助けねばならん」


 それは力強い断言だった。


「せ、先生、倒すとかじゃないんですか?」

「そうだぜ、攻撃されたなら――っ」


 ライオン先生が刀を抜いてシロくんとカゲくんに突きつけた。

 その迫力たるや、ちょっと尋常じゃない。


「侍の刀はなんのためにある」

「……そ、それは」「えっと」


 どもる二人。クラスのみんなもなんて答えるべきか戸惑っている。

 そんな中で、岡島くんがぼそっと言った。


「昔、侍の刀は人を斬り、殺すためにあった」

「おいおい。俺の刀はそんなことをするためにあるんじゃねえぞ」


 すかさず茨くんが口を挟む。すると井之頭くんが黙ってなかった。


「人の迷いを断ち切り、救い……お金を稼いで、うまいものを食べる」

「俺は正直、可愛い女の子と恋をする切っ掛けになりゃあなんでもいいな」


 羽村くんは色々とぶっちゃけすぎだと思う。


「お前らわいわいいいすぎだから! 他の連中もちょっと黙れって。で……シロ」

「すまない、カゲ。岡島の言葉でわかった」


 立ち上がったシロくんが眼鏡の蔓をくいっと上げて言うのだ。


「現代の侍の刀は人を救うためにある。そうですね?」

「ああ……それをなすのは、自分を信じる心だ。刀は心……誠実な心であれ。現代の若者たる諸君に武士道だなんだと言う気はない」


 ふ、と笑うライオン先生は刀をしまう。


「だが……誰かを守るために振るうことのできる力だ。だから目的もぶれてはならん。倒すためならば真剣でいい。しかし我らの刀は心の結晶だ。我らは真実、誰かを助けるためにいくのだ」


 足音が近づいてきて、すぐに扉が開いた。

 カナタがコナちゃん先輩と一緒に来ていたのだ。


「獅子王先生」

「出陣の準備が整いました」

「うむ」


 立ち去ろうとする背中にカゲくんが「俺もいく!」と声をあげた。すぐにみんなが後に続くけれど、ライオン先生は首を横に振ったの。


「これよりは戦場へと赴く。まだ諸君は未熟……他の先生方や先輩と共に学校を守れ。ここには未だ、その素質に目覚めぬ同胞がいるのだから」


 そんな、と誰かが言った。けれど扉は閉められてしまった。その直前、カナタもコナちゃん先輩も私を見ていたけど……それだけ。

 ライオン先生が向かう先は、よほど危険なのかもしれない。

 だからってこんな形で無力を悟らされるなんて思ってもいなかった。守っていろって……そんな。なんか、いやだな。そういうの。

 途方に暮れてやるせない顔をする――ことなんて、なかった。

 みんなして顔を見合わせて頷くの。そしてシロくんを見た。


「……わかっている。ここで待っている気はないんだろう?」


 ため息を吐いたシロくんが、ポケットからスマホを出した。

 それを耳に当てる。


「もしもし、トモか」


 ……ん?


「ああ、教室に来てくれ。さて」

「待って。ねえ待って。あれ? シロくんトモのこと呼び捨てにした? あれあれ?」


 首を傾げる私にクラスのみんなが集まって「あれー」「おかしくねー?」と声を上げる。

 するとどんどんシロくんの顔が真っ赤に。おやおや!?

 さらなる追求をしようと思ったら、カゲくんに首根っこを掴まれてひょいっと持ち上げられました。そして椅子に座らされるの。


「あとにしなさい」

「はい……」


 思わず頷いた時です。

 ばん! と扉が勢いよく開かれて入ってきたのは、


「ちょっとここで待機とかありえないんだけど!」


 トモ――……だけじゃなくて。


「おいシロ、つまんねえことになってんぞ。俺は守りなんて興味ねえんだ」

「ギン、焦る気持ちはわかるが飛び出すなって。僕たちは――」

「っせえなコマ! てめえも祭りに出かけたいくせに優等生ぶってんじゃねえよ!」

「べ、べつにそんなつもりは!」


 言い合うのはギンと狛火野くんだ。

 二人の首根っこを掴んで下げるのは、


「二人はさておいても」

「ここで黙っている俺たちじゃあねえ……だろ?」


 レオくんにタツくんだ。


「あ、あのお……何かできること、ないですか?」


 ノンちゃんまでもが集まったの。

 一年生の力に目覚めた全員が、ここに。


「刀鍛冶がいて、僕たち侍候補生が集まったなら……向かうべき先は決まっている」


 黒板を手のひらで叩いたシロくんに視線が集まる。

 シロくんの手は黒板に記されたライオン先生の文字にかかっていた。


「助けに行こう。それが誰か知らなくても……それをなす。なぜか?」


 俯き、笑う。


「僕たちが、ヒーローだからさ」

「「「 おう! 」」」


 男の子達が一斉に声をあげる。それはかちどきの声に違いない。

 トモとノンちゃんと私はきょとんとしているけど、でも……こういうノリは悪くないとも思うの。つられて笑っていた時だった。


「佳村さん。みんなを隔離世に送ることはできるか?」

「え、えっと。はいです。神社の御珠を使えば、ノンでも飛ばせるかと思います」

「でかした」


 笑顔で頭を掴んで乱暴に撫でるギンと、照れて俯くノンちゃんはただひたすらに微笑ましい。茨くんがぼそっと「いいなあ……あれ」と呟いていたのは、そっとしておくとして。


「実は……考えていた。あの星蘭の空中移動を見て、ずっと」

「何か策が?」


 レオくんの問い掛けにシロくんが自信満々に頷いた。


「ある……青澄さん」

「ぶえっ」


 へ、変な声でた! 予想外すぎて変な声でた!


「な、なに?」

「君に頼むしかなさそうだ」

「え、え」


 テンパる私にシロくんが指を鳴らした。すると岡島くんと神居くんが脇を掴むの。これあれやん。傍から見たらわかる、宇宙人が連行されるようなやつやん。


 ◆


『急すぎやろ。アホぬかすのもたいがいにせんと……と言いたいとこやけど、約束やからな。なんとかするわ……ほなあとで』

「うん……さて」


 隔離世にて操作を終えたスマホをポケットにしまって、私は長々と息を吐き出した。

 ふり返るとみんなが刀を抜いて決め顔でいるんですけども。


「ねえシロくん、ほんとにこれしかないの?」

「ああ。ようは全員をのせるだけの霊子を展開して、先へ進むんだ。僕の見立てだと、君の霊力ともいうべき力は一年……いや、この学院の歴史を見ても歴代トップクラス! ……だと信じている」


 び、微妙に不安になることを!


「やるべきことは一つだ。力を解放して、願って欲しい。今すぐ目的地へいきたいと。霊子はきっと、君の願いに応えてくれる! ……と思う」


 だから最後! 最後余計だよ!

 でも「いけるいける、ハルなら!」「頑張ってください、青澄さん!」なんてトモとノンちゃんに言われるし、他のみんなも口々に声援を送ってくる。

 もうやるしかない。

 ……しょうがないなあ。いいさ、やろう。私だってシュウさんには言いたいことあるし、カナタの妹さんだって助けてあげたいもの。


「では、失礼して」


 タマちゃんを引き抜いて、心に問い掛ける。

 ねえ、いける?


『誰に言うておる! 当たり前じゃろ!』


 そっか……そうだよね。当たり前だよね。

 胸一杯に息を吸いこんで、刀を心臓へと突き刺した。

 ……ううん、ちがう。

 心に力を取り込むのだ。


「士道誠心高等部一年、一同! ヒーローになる覚悟はできた?」

「おう!」「当たり前だろ!」「いいから早くしろ!」「ふ……」「ど、どきどきしてきました」


 みんなの反応に笑う。真っ先に応えたカゲくんの手が肩に置かれている。ドキドキしているのが痛いくらい伝わってくる。静かに黙るシロくんの息づかいも、今すぐ走りだしたいギンの気持ちも全部背負っている。

 ねえ……十兵衞。


『なんだ?』


 背中にこれだけの熱があって……それは素敵なことだね。


『ふ……違いない』

『こら! はようせんか!』


 ごめんごめん。


「ライオン先生や先輩に見つかったら怒られる。きっとお尻とか叩かれるにちがいないけど……それでもいくよ」


 息を吸いこんで瞼を伏せる。

 脳裏に浮かぶカナタの顔。コナちゃん先輩の顔。

 私の大好きな人と、私の大事なお姉ちゃんみたいな人が何かを背負っている。

 きっと決戦だ。ケリをつけにいく?

 ううん、違うよ。


「顔も知らない誰かを助ける英雄になる。私たちはその候補生なのだから」


 尻尾がちぎれる。一つ、二つ。どんどんちぎれて、身体中の霊子が切り替わっていく。


「当たり前に人を助けに行く。守るより攻めるよ! 我が刀は大神狐!」


 すべて消えて、代わりに身体中から力が溢れてくる。

 こういう口上すべて、誰かに笑われたら死ぬほどはずかしい。

 だからこそ力が出てくる。それくらいはずかしいことを全力で叫べば、不思議とあふれてくる。

 そういう星の下に生まれちゃったみたいだ。どうやら。

 ツバキちゃんがいれば声援を送ってくれるだろう。あの子に胸を張れる私でいれば、無限に力が湧いてくるんだ。

 身体中から溢れる炎が噴き出て、みんなの足下に集まる。どよめくみんなの身体が浮かぶ。

 でも、やれる。ううん、違う。これくらい当たり前にできる。

 だって。


『うむ!』


 私のタマちゃんは最強なのだから!


「駆けろ!」


 叫び駆け出す。炎が燃えて煙を吐き出し、雲のようになって足場へと変わる。

 トモの雷に比べれば速度は緩い。それでも全速力に達した頃にはスクーターなんかより速度が出ていた。

 空へとぐんぐんのぼっていく。安倍くんのそれに比べたら私の百鬼夜行はずいぶんと禍々しい感じ。それを維持するために、力を吐き出し続ける。

 どれだけ進んだだろう。街が一望できる高さでカゲくんが叫んだ。


「あそこ! バスがパトカーにとめられてる!」


 見下ろすと、ライオン先生たちが交戦中だった。

 隔離世にきているんだ、と思ったけど、見れば外に出ている人数はバスの最大収容人数の半分くらい。残り半分はバスの中の肉体を守っているのかもしれない。


「どうする!?」

「き、奇襲をかけるか!?」


 いざってなるとテンパるのがシロくんだよね。だからこそ、


「助けよう。獅子王先生の助力は必要だ」

「おうよ。落ちても無事な奴から背後に奇襲をかける」


 レオくんやタツくんみたいな決断力の塊がいるのが心強い。


「一番乗りだ!」


 何の躊躇いもなく飛び降りたギンに掴まれてノンちゃんが「いやああああああ!」と落ちていく。あ、まてよ! と叫んでカゲくんも飛んだ。


「いくよ雷神!」「えっ」


 続くのはトモで、その手はしっかりとシロくんの首根っこを掴んでいた……がんばれ。

 岡島くんが飛び、涙目になった茨くんが続いた。微笑みながら落ちていく井之頭くんは大物のような気がします。


「俺たちはどっしりといくぞ」

「すまないがタツ……僕は先に行かせてもらおう。獅子王のそばで戦うのが目下の目標だからね」


 こういう時、安定感のあるタツくんと同じ手を取るのかと思いきや、レオくんまでもが飛んだの。意外と熱いよね。王子さま然としたレオくんのそういうところ、私は結構好きです。


「やれやれ……コマぁ! お前はどうする?」

「敵はいずれこっちに気づくだろう。僕は迎え撃つ」

「そうかい!」


 二人とも何気なく話しているけど、その顔はすっかり戦闘モードです。

 残念3や犬6、羽村くんや神居くんは目を閉じて精神統一してた。

 見下ろせば真っ先に降りたギンが村正を振るい、侍を切り払う。見れば彼らは赤黒いモヤに取り憑かれていて、ギンが斬った端から赤黒いモヤがちぎれとんで、侍の霊子と一緒に消えていった。

 周囲を旋回するように降りる私たちが辿り着くよりも早く、戦線は歪みを来していた。奇襲に躍り出たみんなに一時は動揺を見せたものの、隊列を組み直してすぐさま攻め返す。その手際はさすがプロといった感じです。

 ライオン先生やカナタ、それに三年生の南先輩や北野先輩までいるのに拮抗しているんだもん。

 だからこそ、


「ぁ――」


 刀をかちあげられて胴を晒したトモに、真っ先に危機が訪れた。

 飛び降りる? だめだ、間に合わない! だから、


「シロくん――……!」


 祈るように彼女の後ろにいる男の子の名を叫んだ。

 彼は既に構えていた。


「駆けろ雷神! 弾よりも速く――……!」


 身体中に宿る雷光。かっ! と瞬いた次の瞬間には、トモを切り裂こうとした侍を逆に倒していた。

 その勢いが強すぎて立ち止まれず、転んでぐるぐる回って、ライオン先生のそばにいったレオくんの足下までいっちゃった上に、顔から着地して止まったのは……なんとも、って感じだけど。と、とにかくシロくんすごいよ! いつのまにそんな技を使えるようになったの!? トモと何かあったからなの!?


「降りるぞ」


 肩を叩いてタツくんが飛んだ。みんなも飛んで、だから私は最後に地面に降りた。

 

「強いよ、みんな」


 トモの言葉に頷いて、膠着した状況下で前に出るのは――……タツくんだ。


「誠の字のある学舎を出た先達もいよう。しからば」


 刀を抜いて構える。一本、また一本。分かれて、増えて。隊士が姿を現す。


「志を失った者、士道不覚悟にて――……切り捨て御免」


 勝負は一瞬だった。

 いくらプロといえど、赤黒いモヤに操られているかのような現代の侍たちが……激動の時代を命を賭して一文字を背に戦った男達に敵う道理がないのだろう。


「斬った連中は、元に戻るんですかい?」


 刀をおさめて笑うタツくんに、ライオン先生は頷いた。


「どうっすか! 助けに来ましたよ、先生!」


 お調子者の茨くんが笑顔で近づいて、


「ふん!」


 ゲンコツを食らいました。頭から。振り下ろしの一撃でした。

 惚れ惚れするような一撃でした。避けられないよね、あんなの。

 叩かれるのはお尻じゃなくて頭だったかぁ……なんて考えてる場合じゃないね。

 地面に大の字になる茨くんに私たちの顔が一斉に引きつりました。


「……仕置きは約一名を除き、後でするとしよう」


 こめかみに血管が浮かんでいるライオン先生に一年生、というか九組……私のクラスのみんなの顔が青ざめた。


「月見島、安心していい。邪に取り憑かれているようだからな、斬れば元に戻る」

「そりゃあなによりだ」

「我らは現世に戻って目的地へ急ぐ……どうせ止めてもくるんだろうから、駅前のショッピングセンターへ急行せよ。返事は?」


 ギロリ、と睨まれて慌ててみんなで「はい!」と答えました。

 バスに戻るライオン先生に先輩たちが続く。

 カナタが唇を動かして、私に向かって……小さく笑った。

 私には見えたの。

 このばか、って……カナタは嬉しそうにそう言ったんだ。




 つづく。

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