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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第八十一章 原点回帰!? 室町宝島!
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第九百三十九話

 



 頭を真横から狙う蹴りを手のひらで受ける。

 恐怖はあったが、逃げられない。

 予想よりも鈍い音がしたし、骨が砕けたんじゃないかと思えるくらい痛かった。

 蹴りを放った相手は、一撃を防がれて満足するような男ではない。

 受け止めた手にかけた力が抜ける前に、既に飛び上がり第二撃となる蹴りを放っていた。

 飛び横蹴りの二段蹴り。

 もう片手で受けるが、体重に加えて、ひねりと共に遠心力を増して放たれる蹴りに思わずよろめく。


「――……!」


 叫んだ相手の足から放たれる青い閃光の衝撃に吹き飛ばされて、壁際に追いつめられる。

 畳の上で裸足で踏んばると熱い。思わずその場で駆け足をしてしまった。

 蹴りを放った男に思わず叫ぶ。


「イル! わかった! お前が一番凄いのはわかったから、ちょっと待て!」

『カナタ……』


 冬音の声が聞こえるが彼女はいま、この場にはいない。

 韓国から来た四名に誘われて、生徒何名かと一緒に稽古に勤しむべく特殊設備区域の道場にて鍛錬を始めた。

 彼らがテコンドーの使い手とは。

 しかも手合わせをすることになるとは思わなかった。

 いつか日曜夜の突撃冒険バラエティあたりで、いったきり企画でやりそうなくらいに見事な蹴り技をいくつか見せてもらったよ。舞いのようなんだな。テコンドー。

 クォン・イルは素早さと技が自慢。リュ・カオンは豪快な力技が得意。ユン・ピョラは流れるような連携技に一日の長があり、シ・ナムスは総合力の安定感が売り。

 俺が求めるパワーを持つカオンを称賛したら、イルが手合わせを願い出ていまに至る。

 先ほどの足技に加えた霊子の放出は、彼にしてみれば力の証明なのかもしれない。

 手のひらを見ると真っ赤に腫れていた。

 流水に当てたらしばらく踊っちゃいそうだ。

 保健室に寄って霜月先生にみてもらわないと、ひどいことになりそう。


「あの……これ、修行になるのか!?」

「なる……ごほっ! ごほっ! おええええええ!」

「って言い返しているそばから大丈夫か!? ピョラが死にそうなんだけど!」


 集まった生徒は男子も女子も胴着姿に着替えていた。

 白い胴着を着ているから余計に顔色の悪さが目立つピョラがうずくまり、口元に手を当てて盛大にえづく。そっと隣に寄り添って水のペットボトルを差し出すのは岡島だった。


「これ、飲めるようならどうぞ。でも冷たいからね。体が冷えてるせいならあったかいの持ってくるけど?」

「ど、どうも……水でいい」


 ピョラは不安定な奴だ。肉体的な悩みがあるというよりも、あれは精神的な枷でもあるのか。

 案外、大勢いる部屋が苦手とかだったりして。


『邪推するくらいなら本人に尋ねろ』


 それもそうだな。それなりの人数が集まっているこの部屋で、あんまり繊細な話題に触れるべきでもないから、後回しにするべきか。


「日本で言うなら、霊子。自分の体に纏って攻撃するくらいはできたほうが得だ! さっきの俺様の技のように! アイ・アム・ナンバーワン!」


 サタデーのナイトにフィーバーしてそうなポーズで吠えるイルはたぶん、愛すべきあほ野郎だ。開いた足を片足で蹴ってすくうカオンは意地悪そうだな。それでも倒れたりせず、すくわれた足を上げて片足バランスで立てるイルの身体能力は恐るべきものだ。そのままY字バランスを取ってどや顔してるあたり、やっぱりあほっぽいけど。


「日本のアニメかゲームにないか? ――……そうだな、すこし場を開けてくれ」


 イルを放置して、カオンが集まる生徒に呼びかけた。

 大勢が壁際に寄ってようやく、カオンが腰だめに構える。


「ignition!」


 まさかの英語!?

 吠えたカオンの顔面が変化する。白いモヤが吹きだして獅子の面構えとなるだけじゃない。

 元々細身なわりに筋肉質な男だが、さらに筋肉が盛り上がる。

 獅子王先生に近い。そもそもの体格からして、カオンではまだまだ巨漢の先生には及ばないが、しかし問題はそこではない。

 身体中に白い霊子を纏う彼が身構えた。


「たしか、名前は――……!」


 カオンが技名を吠えた。ゲームの技名そのままなのだろう。

 だから敢えて省くが、カオンが前に突きだした両手から獅子の頭部を模した気の波動が噴き出た。言い方が難しいなあ! 波動だな。波動。拳が獅子の頭部になった感じな。

 カオンそのものが砲身となり、どでかい獅子の頭部に霊子を集めて弾丸として放つ技だ。


「緋迎さん、あとは――……岡島、茨あたりには特に習得してもらいたいな。他の生徒に関しても、俺たち四名でいくつか似合いのテクニックを選んでおいた。今日はその習得に努めよう」

「気楽にやろーね! 今日は休息日だし、怪我しちゃもったいない! リラックスしてたのしもー!」


 明るくよく通る声で人なつこく言うナムスの号令で、チームに分けて道場の中で修行を始めた。

 介抱を終えた岡島と茨を呼んで、カオンが気合いを緩めた。

 個人的には助かる。獅子王先生に勝るとも劣らない、獅子にしか見えない顔は迫力十分だから。正直、ちょっと怖いのだ。

 獣憑きにもいろいろ種類がある。

 変化は獣耳と尻尾に限らない。

 獅子王先生の場合は獣憑きじゃないのに、春灯曰くライオンにしか見えない髪型と強面の顔つきだからライオン先生と呼ばれて親しまれているが。強面なのに愛されているが。

 カオンの先ほどの変化は、さらに踏みこめば獅子の頭になるのだ。いつぞやのサプライズで俺がファリンとシャワールームで一悶着があった頃、春灯に覆い被さったカオンがまさに獅子の頭になってみせたという。

 俺も春灯も狐の顔面になる日がくるのだろうか。極めたら、狐顔でした。そんな日がきちゃったらどうしよう。


『それよりもまずは、我の地獄の炎をもっと自由自在に攻撃に転化できるようにせねばな?』


 わかってます。

 体に纏うように霊子を活用できるようになったら、その恩恵は大きい。

 霊衣に影響を与えられる。活用できない頃よりも己の力の具体的なイメージが掴めるから、霊力に適した装備も作れる。

 それに活用したいのは、別に冬音に限らない。光世もだし、刀鍛冶として春灯や仲間と接するときにも俺のできる幅が広がるのは間違いない。

 ユリアは俺よりも会得しているスキルの幅も深さも凄い。あいつが水中を自由自在に移動できる力を持っていたなんて、俺は知らなかった。

 邪を打ち払う清らかな力。そして罪を焼き払う地獄の炎の力。

 ううん。どっちもこじらせ感がするが、しかし高まるなあ。

 春灯のぷちたちみたいに、俺のぷちたちがもっと自由に育てばいいとも思う。

 俺には自分で自分に強いる枷が多く存在している気がする。考えが強ばりがちというか、視野が狭いところがあるなあと反省するタイミングが増えた。

 ぷちに名前をつけて大事に愛そうとする春灯を見ていると実感する。

 知らないことがやまほどある。

 イキってテンパってかかりすぎた状態で挑むよりも、ある程度は肩の力を抜かないと。

 誰かの視点を気にして作った自分よりも、まず自分自身の価値を作ることが大事。特に隔離世では。心が形になる世界なら、可能性を広めるためにまずは進め。


 ◆


 トレーニングで歌う前の柔軟をしたり、フォーメーションダンス込みでの歌を披露する明坂をルミナたちが撮影する。明坂の番組で流すらしい。

 ギャラは学院長先生と交渉済みだそうで、みなさんプロとしてがちでやってたよ。

 タダで仕事するのはプロの仕事とは呼ばない。

 些細な労働すら、対価は発生するもの。

 だって人の権利を守るために制定された法律上の決まりなんだもの。

 あなたはそのへんちゃんとしてるの? なんて釘を刺されながらとぼとぼ歩く私、お狐ちゃん。いまミコさんの後ろにいるの。

 明坂の顔としての撮れ高を確保したミコさんと一緒に体育館の外に出て、スタジオに向かってるよ。明坂のメンバーも撮影が済んだら、歌うメンバー中心に追いかけてくるそうです。


「あと、さっきの歌いぶりだけど、だめ――……なにあれ?」


 お叱りターンだあ……わあい……。


「気張りすぎ。本来の良さが出てない。どこまでも跳ねるような力強さと生命力、ハイトーンと響きの良さがあなたの良さなのに、体が緊張してる。強ばってた。どうしたの?」


 うええ! ナチュさんに怒られるときの常套句が見事にすべて並んじゃった!

 そうなんです!

 私、収録で怒られるときってこんな感じなんです! 正直にお披露目するとね?


「もっと踏みこんでいうと、フレーズ全体が甘い。昨今の他の人に比べてあなたの歌って魅力がある。修正や補正で作ったものとは別の魅力がね」

「え!」


 それってめちゃめちゃすごい褒め言葉なのでは!?


「逆に言うと、あなたの魅力って変にてこ入れすると発展中の歌唱力が露わになって全滅するのよね。一見して弄り甲斐があるように聞こえるけど、個性の変化が如実に出やすくて難しいのよ。アメリカの音源、まだ進んでないのはそのへんが理由じゃない?」

「おぅ……」


 それってめちゃめちゃだめなのでは……。


「プロが手を入れるんだから収録音源はそりゃよくなるけど。ライブで活きるあなたの、一発目が最高っていう説得力の高さは大事な生命線であり、外しちゃいけない最低ラインなの。じゃなきゃ収録音源でいいとこ取りって手が使えないんだから」


 うっぷす! えげつないダメだしと私の分析!

 収録に苦労する歌手って、迷惑かけまくるよね。

 気張りすぎて固くなって甘い出来になったのは自覚あるなあ。直さなきゃ。

 あ、ちなみに収録でフレーズごとにいいテイクのものを適用したり直すのって、それこそ随分前から当たり前の作り方なんだってね?

 ミスなしで歌えれば、それが音源になったときにいいかっていうと、そういうものでもなし。


「ミキサーさんとかじゃなし、私の肌感だけどね」


 すたすた歩くミコさんのスピードはちっとも緩まない。


「気持ちの作り方がまず大事。やっぱり、あなたって歌い始めた頃の気持ちがキーだわ」

「はあ……」

「関わると決めたらある程度はずばずば言うけど、怯んだり折れそうになったら教えて? あなた、折れると立ち直るのに異様に時間がかかりそう」

「ま、まあ……」


 否定はできません! 中学時代のキラリとのもめ事は三年間と高校一年の半年くらいは引きずってましたからね! キラリもそうだと思うんだけど、私も引きずるたちなんです。


「それして元気が出たり、なにくそってがんばるタイプなら言葉を選んで言うけど。それってパワハラなのよね。私、あなたの先輩だし。業界的に、あなたよりも上ってノリだし」

「まあ……」


 否定しようもない事実です。


「言われたくないことをもっとも言われたくない相手に言われちゃうと、人っておかしくなるものなのよね。あなたの場合は、天使キラリとの縁。彼女にとってもそうだけど」

「うっ……ば、ばれてます?」

「考えが読めるから当然」

「デスヨネ……」


 ミコさんには勝てない!

 スタジオにはまだつかない。


「それぞれにあるのよ。天使が結を刺激して、あなたが天使を刺激した。天使はあなたを刺激して、三者三様にこじらせた。結、あれで入学してからしばらく凄かったのよ?」

「結ちゃんがです?」


 意外。キラリと私の仲を取り持つために中学の同級生に声を掛けたり、キラリと連絡を取って士道誠心の文化祭に呼び出したりした結ちゃんは、私よりもキラリよりもしっかり大人になっているイメージがあるのに。


「宝島の商店の利権を獲得しようとしてる金長狸の御霊を宿す、あのレンとつるんでいるのよ?」


 ごめん、レンちゃん! 先に謝っておくよ!

 ミコさんの言葉、すごい説得力あるなあ!


「最初は大もめだったの。あなたも天使も結も、それぞれに問題を抱えてたろうし、その根っこになるような気性はいまでも変わらずあると思う。衝突しないだけで」

「うう……」


 そいつも否定できません!


「私もあなたに、私だからこそ言っちゃえるし、だからこそあなたにとってつらい言葉もあるだろうし?」

「その逆もまた然り――……です?」

「そういうこと。あなたは私を傷つけることができる」


 さらりと仰いますが、なんていうか、そのう。


「――……物理だととても無理そうなんですが」


 一発でも当てられたら、私は今夜すき焼きパーティーものの喜びですよ?


「あなたが大嫌いって言ったら私は今夜、棺の中で泣きじゃくる」


 なにそれ、かわいいかよ!


「言いませんよ!? 思ってもいませんし! っていうか」


 かわいい!

 意外なことするのね! でもそんなこと言っていいのかな!


「かわいいことするなとか思うなら、素直に言ってくれたら喜ぶ」

「あ……は、はあ」


 実は欲しがりさんなのでは?


「か、かわいい、です」


 なぜに私は照れているのか。


「もっと本域で」

「かわうぃーねー!」

「もっと普通に」

「かわいい! とうとい!」


 満足げに「それそれ」と笑うミコさんに、私いまめっちゃ翻弄されてる!


「別にイエスマンになるつもりもなければ、なってもらいたくもないんだけど。言葉を選ぶことは重要っていう話ね? さて」


 そろそろいいかと立ち止まるミコさんにつられて、私も足を止めた。

 まだ通路にいる。スタジオにはつかない。

 そもそもスタジオに向かっていたはずなのに、適当にミコさんについてきたせいで道があっていたかどうかもよくわかってない。


『たわけ!』


 ひいっ!

 自覚してるから、タマちゃん、どうか許してつかあさい!


「まずは――……」


 ぱちんと指を鳴らしたミコさんと一緒に、気づいたら壁に包まれた密室にいたの。

 赤い絨毯が敷かれた先に棺がある。

 ミコさんの寝室かな。


「脱いで」

「――……えっとう」


 唐突な脱衣要求に戸惑わない人がいたら会ってみたいよ!


「なに。女同士だし、構わないでしょ?」

「も、目的は……そのう?」


 変な内容だったらどうしよう!? どうしたらいいのかな!?


「おばか」


 初手罵声!


「気の淀みを探りたいし、あなたの精気の流れを知りたいの」

「気、ですか」

「私こう見えて」


 艶めく髪の中に手を入れて、ミコさんが取りだしたのは針だった。


「多才なの」

「それはもう、重々承知しているのですが……それ、首にぶすってやりません?」

「やりません」

「頭にぶすってして、あれえ? ここかなあ? とか言いながらぐりぐり回して人格改造とか」

「しません」

「脳みそくちゅくちゅして自白させたり」

「するわけないでしょ。死ぬし」

「デスヨネ! ――……じゃあ、なにを?」


 漫画とアニメにだいぶネタが集中してましたが、そうことしないなら、なんのために針を利用するのかな?


「新しい性感帯の開発的な?」

「どや顔でなにいってんの?」


 ツッコミいただき、誠にありがとうございます!


「できなくもないけど」

「できなくもないんですか!?」


 完全に思いつきのボケだったのに!


「あなたにそれしてどうするの? 緋迎との夜に困ってるなら相談に乗るけど、あなたには必要ないでしょ」


 ぐふっ!

 掘り下げられると大事故になる振りに、ボケを引っ込めざるを得ない!


「いや、あの、たんなる思いつきでして。なんかすみません!」

「そうよ。反省して」


 で? と欲しがる眼差しをいただきました。

 このあたり、テレビのお仕事の影響なのかもしれない。

 もっとおばかなことを言っていいターンっぽいですよ?

 ううん。そうだなあ。


「言いなりにするツボとか?」

「ツボっていうより、私の針に呪いがかけられている系統ね。それくらいの霊子を練り込むくらいならわけはないけど」

「それもできるんです!?」

「別にそんなことしなくても、あなたと交渉してやれることしか期待しないし。操ってすることに私はうま味を感じないからしないわ」

「大人かつ強キャラの発言すぎるのでは……っ!」

「じゃあそろそろ正解パターンもらえる? ひとつじゃつまらないなあ?」


 まさかのボケを要求する振りまでされちゃいました!

 ミコさん、恐るべし。本当になんでもできるのでは?

 そんなこと言ったら、やりたいと思うことしかやらないしできないって言われそうだけど。

 逆に言えば、ミコさんがやりたいと思ったことはすべてできそう。

 吸血鬼、しゅごい……。

 いいなあ。やっぱり羨ましいなあ。

 赤髪の私は吸血鬼っぽいもんなあ。それだけで憧れちゃって戦えるかどうかの自信が減っちゃうよ。


「んと。じゃあ、まず正当派の答えとして!」

「そういう枕詞、つければつけるほど外したときの空振り感が増すから撮影では気をつけてね? そういうのが似合うキャラでいくなら、使い方にも注意するとよし」

「おっふ」


 まさかの自分の発言に対する振りへのご指導!

 先輩っていうより、これじゃ先生! むしろそれを通り越して師匠のレベルでは!


「師匠は老け込むからやめて。それと続けて最初の答えを言ってみて?」


 ほらほらと手を回されて、急いで答える。


「私の淀んだ気を改善するツボの治療をする?」

「ひとつめの正解。その目的は、さっきのあなたのこわばりが癖になっていた場合の治療ね。体のこりがあったら、それもついでに直す予定。次は?」


 もあだ! もあ回答要求!

 外れたら棺に閉じ込められちゃうのかな! どっきどきだな!


「ふたつめは」


 ミコさんが気にしていたポイントから答えるのが筋かな。


「精気の流れを知りたい。つまり、私の体の各所に針をさして、私の精気――……純粋な気の巡りを調べたい?」

「ふたつめの正解。ちなみに正解となる狙いはもうひとつあるんだけど、まずは目的から答えるわね。あなたの気の巡りを知ることで、あなたの改善点を具体的に掴めるようにする。健康診断のCTスキャンの霊子版みたいなイメージね」


 吸血鬼がCTスキャンを含んだ健康診断を受ける時代って、未来ずら?


「さいごのひとつはヒントなし。思いつくかしら」

「ううううん」


 腕を組んで考える。

 ミコさんと私以外、誰もいない部屋。

 スタジオに行ってボイトレを本格的に始める前の隙間の時間でやるようなこと。

 長い時間は無理だよね。撮影するパートはまだいくつかありそうなの。

 三十分か、かかったとして一時間くらいなら余裕がありそう。

 その時間でできることでしょ?


「私の気の巡りを変化させて、邪にしちゃうとか?」

「それを私が退治すると……できなくはないけど、あなたの利益に繋がらないことをしても意味がないから不正解。次」

「私の精気そのものを変化させて、私に可能性を気づかせるとか?」

「できなくもないけど、可逆性が保証されない。だから大ばくちになるし、賭けるほどの価値がないからやる意味もない。次で最後にしましょう。どう?」


 ううん。ふたつとも外れちゃった。

 意外と思いつかないなあ。私のためになる針治療でしょ?

 直接、私に影響を与えてそれが利益になるっていうんじゃ――……そういう可能性に固執しているようじゃ気づかないなにかかな?

 十兵衞の哲学に添って考えてみるのも悪くないかもしれない。私よりこういうことに思い巡らせるのが得意だし。

 十兵衞から得た教訓のひとつを適用してみよう。

 囚われることなかれ。

 私の気の巡りを知ることで、私自身を知る。こりを直して本来の私の資質にいまの私を近づける治療をする。そうしてわかるのは、いまの私のありのままの可能性と、万全な状態。

 でもいまの私に固執せずに一歩離れて、別の形で利用できるとしたら……どうかな。


「私の現状の精気を分けて、赤髪の私みたいにミコさんの血をもらった私になってみて、対決するとか?」


 どう? これ。わくわくしません?

 なんなら赤髪の私が待っている現代に帰る前に、もっともやるべきことなのでは?

 あれ!?

 これ案外いいアイディアなのでは!


「おかしいわね、ここは不正解かと思ったんだけど――……あなたってたまに頭が働くから不思議」

「あれえ!?」


 正解したっぽいのに、首を捻られるの納得がいかないのですが!


「その通り。あなたは踏ん切りをつけて、かつて夢見た姿から離れたわけでしょう? けれど今回、あなたの前に立ちふさがる敵はあなたがかつて夢見た姿を極めた存在なの」

「――……赤髪の吸血鬼」


 ミコさんの言うとおり、中学時代に夢見た憧れの存在がそのまま力をつけて立ちふさがってきた。私の力と似て非なる可能性もやまほど持ち合わせている。

 あの銃型霊子注入器? っぽいので姫ちゃんの力を使った戦い方には、正直痺れたもん。


「彼を知り己を知れば百戦殆うからず。敵についても味方についても把握していれば、幾度戦っても敗れることはない。あなた自身の欲と夢を切りかえ、もうひとりのあなた自身と競うことで、仮想赤髪のあなたと何度も模擬戦を行ない、あなたの下地を強化する」

「そのために……針治療です?」

「いまのあなたに私の血を与える場合、下手したら私とあなたの力が干渉してかき消されてしまう。死にはしないし、負荷もないけどね。血を与える意味がないんじゃしょうがないでしょ?」


 そのとおりだけど、それどころじゃない。

 まさか。まさか! もしかして!? もしかすると!?


「――……じゃ、じゃあ、私も?」

「ええ、そう」


 ミコさんは力強く頷いてくれたんだ。


「あなた自身の強化は私の血があろうとなかろうとできるけど、今回ファリンと一緒にやる予定の赤髪のあなたを再現した訓練には必要だし。血を与えたところで、あなた自身の可能性はいまや揺るがない。己の御珠を形にし始め、ぷちたちに名前をあげられたあなたなら大丈夫」


 お許しが、出た。

 た、タマちゃん! 十兵衞!


『夢であり欲望だったわけじゃしな?』

『力になるなら迷わず利用するもよし』


 いいの!? いいんだよね!?

 いやっ、でもなあ! 私はいまのままいくぞって決めたのに! いいのかな? だめかな?

 やばいんじゃない? やめるべきじゃない?

 甘い誘いなのでは? 受けちゃいけない悪魔の誘いでは?


『弱腰になるでないわ、みっともない。血を飲んだとて、吸われたとて、狐に足せばよかろ』


 ――……なんと!?


『足してみればよい。余計な要素は己の希望に変えよ。いらぬと思えば引けばよい』


 そ、そうだけど、でも……いいのかな?


『縮こまっている心の枷があるのは確かだ。一度外して、天衣無縫の心構えで己のあるがままを模索するのもありではあるまいか?』


 天衣無縫の心構え――……。


「これはきっかけ。活かすも殺すも、あなた次第」

「じゃ、じゃあ……お願いします」

「よろしい」


 喉が鳴る。ごくんって音がした。

 決めちゃった。決まっちゃった。

 中学時代はそれこそ台風が来た夜に裸でベランダに出るくらい憧れた。

 夢そのものの状況だ。

 叶っちゃう。とうとう! こんな日が来ちゃうなんて!


「でね? 針を刺したあとになるんだけど、吸うのと吸われるの、どっちがいい? 私はどっちもいけるけど。答えを考えておいてね?」


 瞳を赤く染めて微笑む吸血鬼モードのミコさんを前に、思わず足踏みをしたの。

 やばい。困る!


「――……究極の質問すぎる!」


 どっちもしてみたい!

 憧れを抱き始めた頃の気持ちが蘇ってくるの。

 すごく久しぶりの感覚だった。

 去年の四月に御霊を宿した頃も、お母さんたちに歌を褒めてもらったときも、ライブの瞬間にも味わったけど。

 癖になるね? こいつぁやめられないね!




 つづく!

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