第九十一話
結城シロ。それが僕の名前だ。
幼なじみがいる。沢城ギン。何もかもが僕と正反対の奴で、だから衝突することも多かったし羨ましいと思うことも一度や二度じゃなかった。
トーナメントなんかは……特にそうだ。
入試で主席でありながら代表の座を奪われた入学式の時よりも、それより昔のどんな事件よりも、あの瞬間、あいつが羨ましかった。
入学して出会った女の子がいる。青澄春灯。その名前は僕にとって特別な名前だ。
ギンにズタボロにやられて追い掛けてきてくれた彼女の優しさがなければ、僕は初日からくじけてまともに学校に通えもしなかっただろう。刀だって手に入れられなかったに違いないし。
有り体に言えば好きだった。でも僕と同じ位置にいたはずの彼女は全力で青春を走って、歩くのがやっとの僕を置いて先へ行ってしまった。その隣にいたのは僕じゃなくてギンだったんだ。
……そうさ。トーナメントで痛感した。
彼女はあの時あの瞬間、ギンを思っていた。ギンもそうだ。
それが……たまらなく悔しくて、寂しくて。なのになぜだか、誇らしくて。
彼女を送り出す時にやっと、言えたんだ。
「好きだったよ」
去りゆく背中に、やっと。
その後の試合を見て……二人はもっと先を見ているんだと知って。
決着を付けた二人の顔は、僕の知らないものだった。
試合を終えて相棒たる刀鍛冶の腕に抱かれた彼女を見て真実、悟った。
ああ、僕の恋は気づかれずに終わったのだ、と。
傷ついたさ。凹みもした。けど同時に凄く納得もしたんだ。
彼女は凄く優しくて……弱っている誰かに手を差し伸べられる強さを持っていた。
そんな彼女がゆっくりと歩いて行くはずがない。そんな彼女が青春を退屈に浪費するはずがないって。
じゃあ……結城シロは、どうする?
あの日から、僕は毎日自分にそう問い掛けている。
答えはまだ……でないままだ。
日課で書く日記の内容も浮かないものが続く。
それじゃだめだと言うように、一度は相棒になってくれた刀鍛冶の先輩は去り……僕は今、ひとりぼっちになってしまった。
◆
交流戦を終えた翌週、彼女が学校を休んだ。
隣の空席をなんともいえない気持ちで見守る。みんなも彼女がいないとどこか張り合いがないようだ。雑談する声のトーンも一段低い。先週の交流戦を終えてから彼女は欠席をしていて、その延長線上のような気がして。
一時限目が始まる前に廊下を出て、隣のクラスに顔を出した。
僕のクラスは一年九組。目当ては一組だ。
「仲間さん、いるか?」
顔を覗かせる。一組は女子比率が高い。刀鍛冶志望の生徒が多いのだ。入試の結果も反映されている。そんな中で会話の中心にいた少女が手を挙げた。
「んー? あ、結城くんじゃん! どしたの?」
仲間トモカさん。艶のある黒髪をお下げにしている剣道小町。彼女の刀は僕と似て非なるものだ。彼女のそれは立花道雪の、僕のは上杉公のものである。百姓が掲げて雷雨を避けた代わりに血がついた僕のそれは、彼女と同じ雷切と呼ばれるものだ。
ちなみに立花道雪は雷を切ったとされる状況下で半身不随となるも、「鬼道雪」や「雷神」と呼ばれて恐れられたという逸話がある。その逸話を用いて仲間さんは雷神の化身となる必殺技を編み出し、一年生の侍候補生の中でも頭角を現している。
同じ呼び名を持つのなら、僕にだって同じような必殺技が使えてもおかしくないのに……できない。それは僕に何かが欠けているからなのかもしれない。
そんな僕なのに、仲間さんは駆け寄ってきて人なつこい目で僕を見つめてくれる。
「雷切の話? それとも……連絡先を教えてくれる気になりました?」
ふふー、と悪戯っぽく笑う彼女の好意はわかりやすい。
裏表のない性格で、さばさばしている彼女に友達は多い。
今だって、クラスの中でいろんな子が「だあれ?」「あ、しってる! その子あれでしょ、トモと同じ刀を持ってる男の子!」とわいわい騒ぎはじめるのを片手で制して、
「ごめん、彼はあたしが予約してるの」
なんてさらりと言ってしまえる。ひゅう、と歓声をあげるクラスメイトに笑って応えてから、僕の腕を押して扉を閉めた。
「ごめんね、うるさくて。それでどうかしたの?」
「……あの、青澄さんが休んでいるから。何か知らないかと……み、みんなが心配してる、から」
「なんだ、ハルの話か。あたしの話じゃないんだ」
彼女の名前を出した瞬間に「他の女子の話題とか不服です」と露骨に顔に書かれるとどもらざるを得ない。
「まあいいけど。ハルなら大丈夫だよ? ちょっと……今日は動けないと思うけど」
「何かあったのか?」
「……寮の防音設備の高さを思い知ったっていうか」
「ん?」
「朝会ってやっとわかったよ。とにかくハルは大丈夫。はじめてのことで知恵熱でちゃってぶっ倒れてるだけ。むしろ彼氏の方が心配かな」
「彼氏って……緋迎カナタ先輩か?」
「そ。首筋がえらいことになってた。あれは正直……同情するレベルかも」
「よく、わからないんだが」
「今日はそっとしておいてあげて。そしたら明日は元気に顔だすよ……とにかく、もう大丈夫。顔見たら吹っ切れてたから」
「そ、そうか」
それよりも、と腕を抱かれて引っ張られる。彼女は接触に躊躇いがない。だから、その……凜々しく男勝りに戦う彼女もきちんと少女なのだと主張する膨らみに動揺せざるをえない。
「ここならいっか」
そう口にした彼女に迫られて、気がついたら壁際に追い詰められていた。
そこは屋上に向かう階段の踊り場だ。一時間目前の時間帯に屋上に行く酔狂な生徒はいないから、真実……二人きり。
僕を逃がさないと壁に、足の間に手足を置いて迫る彼女が僕のネクタイを掴んだ。
「ねえ……あたし焦らされるのあんまり好きじゃないの」
「な、なんのことかな」
「星蘭の鹿野さんに言いよられてたよね?」
「そ、そんなこと」
「ありました。去り際に押されてどもってたよね。連絡先を教えてなかったけど……あたしには教えてほしいな」
「な、なにをかな」
「……あたしに興味ない?」
返答が難しい。明確な答えしか求めない問いかけは、そのまま彼女の強さと僕の弱さを明るみに晒す。
「キス、しちゃおうかな」
「ま、待ってくれ」
「……どうしたら意識してくれるかな」
押しの一手。まるでギンのようだ。彼女は戦い方からしてそうだ。
雷神を宿し、雷切と呼ばれる前の刀の名を叫び、常にその身を危険な場所へと投げ出していく。
まるで死を求めるように……いや、自分の価値を試すように?
近づいてくる唇はつやつやとしていた。踊り場に設置された小窓から差し込む日の光にきらめいてもみえる。オシャレをしているんだ。
魅力的に見えないわけがない。彼女の有り様は美しく誇り高くて……正直に言えば見惚れることの方が多いから。
「突き飛ばして。じゃなきゃ……奪うから」
囁く声で紡ぐのも剥き出しの欲望。いや、その皮をかぶった……試し。
そうと気づくと、だめだ。彼女の肩に両手を置いて、そっと離す。
思いもよらないことに、彼女は抵抗しなかった。
「君は綺麗だ。今の僕にはまだ、あまりにもったいない光だ」
「……そういう君は臆病だよね。勇気の白、素敵な名前なのに」
僕の心に棘を刺して微笑む。
人当たりのいい光の化身のような彼女の本質は、もっと違うところにあると……僕は気づいていた。或いは、僕だけは気づいていた。
「何を焦っているんだ?」
「……そんな、こと」
「戦いの場でもそうだ。君は力を使って、何かを証明することにいつだって必死だ」
「ない、そんなこと」
予鈴が鳴った。けれど僕らはその場を動かない。動けない。
雲にまぎれて日が陰る。暗闇に包まれる踊り場で、触れた肩から指を下ろす。
重なる指先で引っかけて、手を握る。ぞっとするほど凍てついた手。
「青澄さんが絡んだ時だけ、君はその焦燥から解放されているように見える。でも」
「――……やめて」
振り払われたけれど、痛みはなかった。
代わりに青白い光が彼女の身体の周囲に浮かぶ。
彼女の激情を吐き出すように、ちり、ちりと。
「それ以上踏み込むなら……勇気を出して。あたしと本気で付き合う気がないなら……もう、やめて」
ぞっとするような低い声。明確な拒絶を口にして、すぐ。
「ごめん! あたしから言いよってるのにね。授業遅れるから行くよ。ばいばい」
足音が遠のいていく。
僕は歩き出せずにいた。雲間から光が差す。照らされた階段を見つめて、息を吐く。
選択肢は明快だ。
先へ進みますか? それとも……立ち止まり続けますか?
誰かの背中を見送って、悔しさに自分で慰めを言って終わりにするんですか?
そんなのは――……もう、ごめんだった。
「待って」
踏み出して、光の段を踏んで、闇の段へと入り込んで……彼女の手を握る。
「えっ――……」
「僕は、君を知りたいと思う。綺麗だと思うし、惹かれてもいる」
「え、と」
目をさ迷わせる彼女の腕を取って、明言する。
「だから……仲良くなりたい。君と」
「うう、んと……友達? ライク? それならもうなってるし、別に」
「ら、ラブでお願いします!」
「え、と……そっか。そっか!」
ふふ、と笑った仲間さんの笑顔は見惚れるくらいに可愛らしかった。
だから。
「ってわけだから、彼はやっぱりあたしので」
そう言って僕の腕を彼女が抱き締めた途端にわっと聞こえた歓声にびくっとした。
よく見たらそこは廊下で(踊り場から降りたんだから当たり前だ)、すぐそこには一組の教室があって、女子達が顔を覗かせて僕の告白を聞いていたのだ。
「仲間ぁ、うるせぇぞぉ」
ぼさぼさ頭の現国教師の指摘に仲間さんは「怒られちゃった、またね?」と笑って僕から離れた。教室へ戻る直前、
「放課後、会いに行くね」
手を振りながら言われて僕はやっとの思いで手を振り返したのだった。
◆
放課後、宣言通りに会いに来た仲間さんに引っ張られて寮の部屋に案内された。
ま、まさか女子の部屋に入る日が来ようとは。
こんなの小学生以来ではないか? お誕生日パーティーとかあったな……。
と感慨深い気持ちで中に入ってみると、思いのほか部屋は簡素だった。
ベッド、馬のぬいぐるみと……本棚には刀の本だらけ。
あとは剣道着や防具が飾ってある。ベッドは二つ。その一つに少年が座っていた。
「え、と……彼は?」
「ああ、二年のコユキちゃん」
「……ちゃん?」
妙に違和感があるんだが。男の子なのでは? なぜにちゃん付け? というか、男の子ならなぜ彼女と同じパステル調のベッドなんだ? 妙に可愛らしすぎやしないか。
そんな僕の疑問に仲間さんが答えてくれた。
「コユキちゃんは女の子だよ。普段から男の子のかっこしてんの。ハスキーボイスだし、よく勘違いされるけどね。意地でもスカート履く気はないんだってさ」
分厚い本をぺらぺらと捲る手を止めて顔をあげた。
「どうも、はじめまして。風早コユキです。遅かれ早かれ来ると思ってましたよ、結城シロくん……仲間さんが雷切を放っておくはずがないですからね」
「は、はじめまして……って、待ってくれ。いずれ来る、というと?」
「彼女は雷切の贋作を山ほど部屋に飾るほどのマニ――」
コユキ先輩が何かを説明しようとした時だった。
「わああああ! ばかばかばか! 言わなくていいの! 女子力低すぎなの気づいて直してるんだから!」
あわててコユキ先輩に飛びついてその口を手で塞ぐ。
そんな仲間さんを見るのは初めてで、妙に新鮮だ。
彼女の手の拘束をそっと外して、コユキ先輩は冷めた目で僕を見る。
「……結城くん、あなたの相棒がいなくなったそうですね。侍候補生の刀の真の名、刀鍛冶であれば気づいて導くのが使命。あなたの相棒はそれができなかったのです?」
「い、いや……助けてもらった、何度も」
僕の相棒は身体を鍛えるのが趣味で根が明るい素直な人だった。ギンとは妙に波長が合う人で、僕も色々と手ほどきをしてもらった。ただ……トーナメントの一件で「俺はもう必要があるまい」と言って、僕の刀鍛冶の担当を退いてしまった。
それ以来、宙ぶらりんなんだ。
「ふうん……じゃあ今は相棒募集中、と」
「も、もう。コユキちゃんやめて、今日はそういう話をするために呼んだんじゃないから」
「いえ、仲間さん。願わくば僕は彼の刀鍛冶にもなりたいんです。これはいわば営業活動です。それとも、かねてより興味を抱いていた彼に僕以外の、ストレートに美少女キャラな刀鍛冶がついてもいい、と?」
「くっ! そ、それは困るけれども!」
「じゃあ黙っててください」
「ああでも後回し! 今日は大事な用があるの!」
「ですが――」
「あんまり口答えするとまたスカート履かせるよ!」
「……形勢は不利です。それだけはごめんです」
本をぱたんと閉じて、コユキ先輩はそそくさと部屋を出て行ってしまった。
「前に一回実行してから、ああいったらすぐ逃げるようになったの」
すっごく可愛いんだよ? と言う仲間さんだが、コユキ先輩の嫌がりようを見る限り……コユキ先輩のスカート姿を見る日はこなそうだ。
「あのね……見て欲しい物があるの」
いそいそと本棚から出したアルバムを、彼女はベッドに腰掛けて自分の膝の上で広げた。
そしてさも当然という顔で隣を叩く。
「え、と」
「はやく。隣に座らないと見れないでしょ?」
「……そのベッドは、君のベッドなのだろうか」
「なに当たり前のこと聞いてんの? それよりほら、話進まないでしょ」
ばふばふ、と。叩かれる場所に腰掛けるハードルの高さを、彼女は理解していないようだ。
……そこは思春期男子にとって聖域のような場所なのだが。
高鳴る鼓動をおさえて、眼鏡の蔓を一度だけあげて精神集中してから彼女の隣に座る。少し距離を取って座ったのだが、彼女は問答無用ですぐそばに近づいてきた。
腕が触れるだけで動揺するんだが。
「えっとね」
彼女はアルバムに夢中の様子である。僕だけが意識しているみたいではずかしい。
「えっと……これだ、これ」
広げられたアルバムを見ると、大勢の男達に囲まれた小さな女の子が写っていた。みんな剣道着姿で竹刀を持っている。だが注目すべきはむしろ、大勢の男達と彼女の面頬が似ているように見えることだ。
「お兄ちゃん達とね、一緒に写ってるんだ」
「……五人以上いるな」
「みんなあたしより強いの」
え、と声に出さずに済んだのは僥倖に近かった。
「やっと生まれた女の子だからって猫かわいがりされてさ」
一ページ捲って見えた写真は、幼稚園児くらいの彼女がお姫さまのようなドレスを着せられているところだ。彼女がページを捲れば捲るほど、その服は華美さを、その顔はうんざり度を増していく。
「お前は女の子だから。何をしようとしても、そう言って止められるの。お兄ちゃんたちは侍になったけど……あたしがなろうとしたら猛反対。士道誠心にだって、本当は中等部の頃から入りたかったのに」
「……苦労、したのか?」
「そ。めちゃくちゃね」
僕に向かってはずかしそうに笑う。
「中学の先生に相談して、隠れて受験してさ。そしたら家族会議ですよ。挙げ句の果てに現役侍でもあるお父さんとかまで出てきて、俺たち全員を倒さないと入学は認めないとかいって」
「そ、それは、その」
なかなか激しいご家族で。仲間さんみたいな人が六人足す一人で、計七人。
「……倒したのか?」
「まさか。さすがに無理だよ。中学を卒業するまではずっと意地の張り合いで……でも、はじめての反抗がお父さんには嬉しかったみたいで。なんだかんだいって、卒業式になって折れてくれたの」
人に歴史あり、だな。
「お兄ちゃん達はまだ許してくれてないみたい。みんな強いし……だから、腕試しに、自分を試しにいつだって全力だよ。そうしないと、家族が決めた人と結婚させられそうなんだもん」
「それは……困ったな」
「そう、困ったの。時代錯誤も甚だしいよね。だから強くなりたいし……好きな人と恋をしたいわけ」
視線を感じて隣を見ると、彼女は照れくさそうに笑っていた。
「焦って見えたのは、それくらい必死だったから。ハルはね……あたしのことすっごく大事に思ってくれて、いいことたくさん言ってくれるけど……ほんとのあたしは、大したことない」
「そんなことない」
口から自然とそんな言葉が出ていた。
「……君は、仲間さんは強い。士道誠心一年侍候補生の自慢の仲間だ」
「みんなの……か」
少し残念そうな言葉に続いて、恐る恐る彼女の手が僕の手に触れてくる。
「君にとっては、どう?」
やっぱり、押しの一手だ。そういうところが羨ましい。
前へ進む力に満ちた彼女が……輝いて見える。
「眩しい。僕の憧れが詰まっているから……」
そう言いながら視線を落とした。
アルバムに写った女の子は、お兄さんらしき男の人に洋服を渡されて困った顔をしていた。
「でも」
「でも?」
「困ったことがあったら悩んでしまう、普通の女の子なんだと思う。強さに隠れて見えにくいけど……君は、可愛い人だ。それはとても好きだって思う理由にしかならなくて――」
最後まで言えなかった。抱きつかれてベッドに押し倒されていたから。
「だめ、むり。それ以上言われたら死んじゃう」
「え、えっと、な、仲間さん?」
「トモって呼んで。あたしも、シロって呼ぶから」
「と……トモ?」
「……黙って……少し、このままでいさせて」
それはまぎれもないわがままだったし、思い返せば彼女は僕にそれを口にすることを躊躇わない。けれどドキドキしながら、こういう時だからこそ色々と考えてしまう。
そばにいたからわかる。
仲間さんは――トモは、青澄さんや他の人にわがままを言わない。決して甘えないわけではないけれど、彼女の中には確かな一線があって。その適切な距離感は気遣いと優しさと強さでできているんだろうけれど……だからみんな、彼女に惹かれるんだろうけれど。
そんな彼女は、僕にだけは……胸の内を素直に晒して、近づくんだ。ひょっとしたらそれこそ、彼女の一番弱いところを晒せる距離なのかもしれない。
これは僕の考えすぎだろうか。わからない。わからないから……抱き締める。
戦っている姿からは想像できないくらいに華奢な身体だ。腰もびっくりするくらいに細い。こんな細い身体であれだけの大技を放って戦っているんだから、その時の怖さはどれほどだろう。
ありったけの勇気がなければ、できないに違いない。
「あたしね」
「……ああ」
「シロが刀の正体を露わにした時、恋に落ちたの」
「……そう、なのか」
「一本を取られた時は、意外と骨があるなって……それくらいだったけど」
トーナメントの試合でのことだ。
青澄さんが見せた抱きついての一撃を真似て、僕はトモからなんとか一本をもぎ取ったんだ。
「……人ってさ。見たいようにしか、ものを見ないじゃん」
「そう、だな」
「お兄ちゃんたちなんか特にそう。うんざりしてた……ずっと、色々煮詰まってた。あたしを変えてくれる何かをずっと求めていたの……ハルに出会って、いろんなことがあってさ? ……それで、あの試合に辿り着いたんだ」
「……ああ」
「君は、自分の理想をはぎ取って……真の姿を明らかにした。それがあたしの求める夢だなんて……あんまりにもできすぎてて」
シロは情けなかったけど、でもそういうところもふくめて。
「かっこよかった。あたし、あの瞬間に揺さぶられたの。君だ。君なんだって思った」
熱っぽく語られる愛の告白に耐えきれないのか、彼女は僕の首筋に顔を埋めてきた。くすぐったさに喘ぐ。
「シロが好き。理屈も道理も吹き飛ばして、結論だけが心に生まれたの。恋愛なんて……正直はじめてだから、やり方わかんないけど」
まるで犬がそうするように身体を擦り付けてくる彼女を抱いたまま身体を起こす。
赤らんだ顔を見ていると、無性に沸き立つものがあるけれど。
「シロは……どう?」
その欲望の根源には、あるんだ。
「取り消すなら、今のうちだよ?」
ただの欲とは違う。
もっと純粋に心からわき出て身体中に染み渡っていく熱が。
それは、すべて。
「好きだよ」
その、
「彼女になってほしい」
事実に繋がっている。
「もっと、知りたい」
願いは一つ。
「もっと……付き合いたい」
そう口にして見える景色は、あまりにも広い。
それに眩しくて仕方ない。
喜びに目を潤ませ、笑おうとして泣きそうになるトモの尊さに打たれる胸の衝撃よ。
ああ、そうか。こういうものを、青澄さんとギンは見ていたんだな。
やっと目にした心の深く、露わになった剥き出しの感情に僕は手を伸ばしていた。
彼女の目元を指で拭って。
「……トモの返事は?」
「もちろん、いいよ」
囁いた言葉の返事は誇らしげで、思わず笑ってしまった。
なんで笑うの? と不思議がる彼女と額を合わせていたら……日が差し込んで。
目元が潤んで煌めく彼女があまりに美しくて。
気がついたら唇を重ねていた。
「ん、……」
喉を鳴らす彼女の声の陶酔が愛らしくてたまらなくて。
コユキ先輩が戻ってこなかったら――……正直、危なかったに違いない。
だって、時間が経てば経つほど思いの形が露わになって。
それはすべて、彼女が好きだという事実に繋がっていくのだから。
それ故に、付随する出来事もある。
一度部屋に戻ろうとする際に、
「彼氏ができたってうちに報告してもいい?」
と聞かれて、迷うことが彼女を傷つけることなんて容易に想像がついたから、いいよ、と答えたんだが。
「……お兄ちゃん達に狙われることになっても、いい?」
それは彼女なりの僕の覚悟を試す言葉に違いなくて。
けれど、先へ進んで手に入るものの価値に気づいた僕の答えは決まっていた。
「もちろんだ」
「そうこなくちゃ」
幸せそうに微笑む彼女の部屋を出て、そっとため息を吐く。
どうやら……僕の人生には明確なハードルが用意されそうだ。
強くなるしかない。そんな、侍候補生となった時点で明白過ぎる目的に新たな意味が加わった今日を……僕は案外、悪くないと思っていた。
部屋に戻って毎日つけている日記に向かう。今日は久々に明るい内容が書けそうだ。
書き出しは既に決めてある。
結城シロ。本日、仲間トモカさんとお付き合いすることになりました。
締めくくりはこうだ。
強くならねば。未来へ進むために。僕は彼女が好きなのだから。
つづく。




