第九話
ファミレスの一角をみんなで占拠して、ツバキちゃんの話を聞いてみる。
するとね? 悩みを打ち明けてくれたの。シロくんが確認のために問い掛けるよ。
「青澄のことが好きすぎてクラスで浮いちゃってる、と」
「……ん」
小さく頷いたツバキちゃん。
その容姿は女子にしか見えず、服装も怖いくらい似合っているの。
けれど触れればわかる通り女子ではないし、今は出っ張って見えない喉もいずれは主張を始めるんだと思う。
おまけにかつての私と同じ病にかかっているときた。
答えを言うのは簡単だ。
私は過去を捨てた……つもり。どうやらまるで捨てきれていないみたいだけどね。路線を変えるのはいろんな辛さを伴うよ……。
どう返事をするべきか悩んで、だから質問に切り替えることにした。
「どういう風に浮いているの?」
恐る恐る、ツバキちゃんは口を開く。
「女の子、みんな、着せ替えの服をもってくる。いろいろ、くれる……」
「「「「 ……ほう 」」」」
私を含む全員がなんとも言えない表情になった。
「男の子、みんな、すごく優しくしてくれる」
「「「「 ……それは、その 」」」」
どう返事をするべきかみんなして悩んだ。
「でも……みんな、ほほえましい顔で見てくるだけ。エンジェぅのこと、わかってくれる友達、欲しい。聖書、わかちあいたい」
「……それには何が書いてあるの?」
「エンジェぅの言の葉、写真、大事なの、ぜんぶ」
「おっふ」
「……うちにまだたくさんある。全部で四十八冊。これは愛蔵版」
聖書をぎゅっと抱き締めながら言う様は可憐。そして私のファン過ぎる。
なんていうか……大事にしたい感じが出ちゃう。
クラスの子達も同じ気持ちなのかもしれない。
ツバキちゃんみたいな……こういう子は貴重だ。こういう子がこのまま生きていられることは貴重なことだよ。
「ええと……いじめられてはいないんだよね?」
「なんで?」
純真無垢な瞳できょとんとされると、そんなことを聞いた自分が醜く思えます。
ま、まぶしいぜ! これが本物の輝きってやつなの……!
「両手を目元に当てているところすまないが、僕からすれば青澄も大して変わらないからな」
「え」
シロくん、どういうことなの。
気になるんですけど。今後の学生生活に支障が出そうなので詳しく聞きたい所存!
「ツバキと言ったか。青澄をはじめ、僕たちでよければ友達になろう」
「エンジェぅ……みんな、友達、なってくれる?」
泣きそうな顔で見上げられると、もうむり。
「なるー!」
思わず抱き締めて頭を撫で繰り回してしまった。
だめだ。この子は私の何かをだめにする回路をもっている……。
「魂の盟約、なされた……よかった」
本当に嬉しそうな顔で言われるとなー、あー、もー。可愛いなあ!
「この契約は未来永劫、続く! 何かあったらいってー! もうー!」
でれでれの私にシロくんがぼそっと呟いたよね。
「またこじらせてるとこ出てるから」
ってね。だけど、だめだ。ツバキちゃんの好意をむげにすることなんて、できるわけないよ!
◆
さんざん騒いで、先に帰らなきゃいけない男の子が出てきて。ツバキちゃんも帰るみたいだから解散することになった。
別れ際、一人一人離れていく中、電車に乗ったところでやっと気づいた。
「あれ? カゲくんいない」
八重歯の似合う彼の姿は見当たらなかった。
きょろきょろする私を見て、シロくんが声を掛けてくれる。
「ああ……あいつなら学校で別れたよ」
「いつの間に」
「幼なじみと待ち合わせしていたんだって」
「そうなんだ……女の子かな」
「さあな……と、ところで、青澄」
急に居住まいを正すシロくん。どうしたんだろう?
「も、もう二人きりなのだが」
「あれ? ……あ、ほんとだね」
そばにいるのはシロくんだけだ。
正確には電車の中は結構混雑していて、シロくんは人の波から私を庇うようにドアを背にした私の前に立っていた。
「夜も遅い。お、送ろうか?」
何を緊張しているんだろう。よくわからない。
「別にいいよ。バスターミナルから終点まで乗って、バス停からすぐそばだし」
「そ、そうか……そうか」
妙に落ち込まれてしまった。
そんなに項垂れるところかな。わからない。
どう声を掛けようか迷っていたら、寮の最寄り駅についちゃった。
「……あ、ついた。じゃあね?」
「あ、ああ」
手を振るシロくんに別れを告げて、駅を出る。
女子寮は学校から駅を移動して……シロくんに言った通り、バス移動だ。
入学案内を何度も見たからちゃんと頭に入っている。
ええと……きょろきょろ見渡したら寮行きのバス発見。
乗り込んでみて、不思議に思った。
あれ? 乗車率高くないぞ? むしろガラガラだぞ?
い、一抹の不安がよぎるんですけど……。
その不安は的中した。
寮の門を抜けて見えるカウンターの向こうで、綺麗なお姉さんが笑顔で私を出迎えた。
こめかみに血管さえ浮き出ていなければ、怖くないのに。
「あ、あのう……青澄春灯です、けど。部屋とかは……」
「こんな時間まで外出している貴方にいいことを教えてあげます。寮には門限というものがありまして」
お、怒っていらっしゃるー!
「青澄春灯さん、よろしい? 何度も規則を破った子にはきついお仕置きが待っています」
「お、おしおき」
ごくり。生唾を飲み込む私に、綺麗なお姉さんは半目で呟いた。
「何がいいかしらね」
「すすすすすす、すみません!」
何をされるのか聞きたくないし免れたいので、あわてて頭を下げた。
どうしよう。どうなるんだ、私!
冷や汗が出た時だった。
「遅くなっちゃったー! ごめんなさい!」
どたどたと玄関から入ってきた子が、私の隣に並んで頭を下げたのは。
「まったく。今年の一年生は大変ね。いいわ、入学式からお仕置きなんて頭が痛いから、次に何かをしでかした時に上乗せすることにします」
「「 ひい 」」
「嫌なら早く刀を手にするか鍛冶に目覚めて、学内の寮に移ることね」
「えっと?」「つまり?」
不安な女の子と私を見て、お姉さんはそっとため息をついた。
「はあ……もういいわ。青澄さんと……あなた、名前は?」
「あ、仲間トモカです。高校一年生になりました!」
びしっと敬礼する仲間さんにこめかみをおさえると、お姉さんは資料と鍵を二組出して渡してくれた。
「細かい説明はすべてそこに書いてあります。従来の高等学校の学生寮と違い、門限と食事以外は自己責任がこの学生寮のモットーです。とはいえ、見回りなども随時行っておりますので、節度をもって生活してください。いいですね?」
「「 はいっ 」」
「返事だけはいいんだから……いってよろしい」
「「 ありがとうございますっ 」」
頭を軽く下げて、そそくさと玄関を離れる……と、仲間さんもついてきた。
「ねえねえ。あなたも高等部の子? 一年? どこのクラス?」
「あ……えっと。一年だけど、なんていうか」
来たぞ。ハードルが。女子社会にどううまく溶け込むのか、というハードルが!
うまく説明しないと大変なことになるフラグが今目の前に!
「……って、待てよ? 頭がいっぱいすぎてクラス覚えてない」
「おいおーい! 抜けすぎかよ! どうやってクラスに行ったんだよ-!」
肩にぴしっと平手が置かれた。
なんというツッコミ……! 的確すぎて私すごくいたいぜ!
「た、たぶんえっと……九組。たくさんありすぎじゃない?」
「覚えてるじゃない。あたしは一組。まあ同じ高等部ってことで、仲良くしよ」
「う、うん!」
で、でもこれは渡りに船だ!
「仲間トモカ。トモでいいよ」
トモ……仲間トモカ……仲間トモ……覚えた!
「じゃあ……青澄春灯だから、青澄でもハルヒでも」
「んー……トモちゃん、ハルちゃん?」
「それはニアピンというか、一部の層に物凄く怒られる予感がします」
「あはは! だよね!」
笑いながら背中を叩かれる。
オーバーだけど、感情表現素直な子だ。
「じゃあハルね。部屋どこ?」
聞かれてあわてて鍵を見ると、プレートに張られた数字は302号室だった。
すぐそばにトモの鍵のプレートがにゅっと出てきた。そこには303とある。
「あたしの部屋の隣だね。いろいろよろしくね!」
明るく笑うトモが眩しい。
間違いなく光属性だ……すごい。すごいよ。輝いているよ!
「もしハルがよかったら……クラスの話とか、情報交換しない?」
「する!」
そんな光属性にお近づきになれるなら、断る理由なし!
即座に頷いてから……自分の思考を思い返してみて、ちょっと憂鬱。
あれ? もしや私……闇に飲まれてる?
ツバキちゃんもすぐに私だと気づいて、しかも近づいてきたし。
ぜ、全然卒業出来てない?
ば、ばかな!
「どうしたのハル。なんだかあんこくびしょーって感じのポーズとってるよ」
「え」
はっとして気づくと、右手を右目にかざし、左手で右肘を掴んでポーズを取っていた。
わ、私としたことが!
「ご、ごめん。忘れて。昔の病が」
「そう? 別にいーけど! あんた面白いね」
頭を撫でられました。
ま、まあいいか。
つづく。




