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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第八章 五月の病

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第八十九話

 



 部屋にカナタは帰ってこなかった。

 コナちゃん先輩も。

 だから一人でぼんやり、ベッドの上で膝を抱えていたよ。


『こんな時間は……久々、というよりも初めてじゃのう』


 うん、そうだね。

 なんだかずっと……全力で走ってきた気がする。

 だけど。全力だったけど。でも……。


『あの先輩よりも、自分は恋愛に真剣だっただろうか、と……考えておるんじゃな?』


 うん……そうなの。

 カナタのことは好き。大好きだよ。

 終わってしまった恋だけど……でも、ギンのことだって、大好きだった。

 でも、いつだったかコナちゃん先輩に私が言った言葉ほど、私は私の恋を大事にできているだろうか。

 ……間違っていたのは私の方だ。

 コナちゃん先輩はその気持ちを大事にしていた。

 だから言えなかった。だから打ち明けられなかった。それだけなのに。

 何をする気にもなれなくて、だから気がついたら真っ暗になっていた部屋に突然明かりがついたの。

 ふり返ると、目元が赤いけどすっきりした顔のコナちゃん先輩が壁際に立ってたよ。


「なにしてるの。交流戦の立役者が、こんな……元気を出しなさいよ」


 近づいてきて、握り拳を軽く押しつけてくる。

 いたわりだけ。痛くはない。

 躊躇うよ。私にこの人に向き合う資格があるのかなって。

 でも……逃げるのが一番卑怯だと思うから、私はコナちゃん先輩を見た。


「あの、私、みちゃっ――」

「いいから」


 唇をきゅっと挟まれてしまいました。


「あなたとは関係のないところで……私だけの大事な気持ちに決着がついた。それだけのことよ」


 その手が頬に、首に降りて、背中に回って……抱き締められるの。


「あなたは……あなたの思いに素直でいて。弱くなったらただじゃおかない」

「コナちゃん先輩、私、」

「いい? 黒歴史を人前で話させたんだから、もう……何も怖くないでしょ?」

「……私、わたし、先輩に、ひどいこと、いっぱい、」

「お互い様よ……だからいいの、あなたはがんばれ。がんばれ……青澄春灯」


 背中を叩いて、離れず私を強く抱き締められるこの人の大きさに、甘えることしか……許されなかった。

 どれだけ時間が過ぎたのか。重なり合う嗚咽は落ち着いて……離れたコナちゃん先輩を縋るように見た。

 自分の寮に戻るって言って出て行ってしまうんだ。


「やだ」


 いかないで、と甘える声にコナちゃん先輩が「……いかせて」と笑って、額を合わせてきた。

 カナタの冷たいけれど柔らかい熱とは違う。ひたすらに熱くてじんじんと疼くコナちゃん先輩の霊子が広がってくる。私への複雑な思いと好意も、カナタへの消えない思いも、全部……私の中に流れ込んでくる。

 まるで……私に何かを残すように、委ねるように。全部、託すように。

 私の知らないカナタをくれて……離れていく熱を、追い掛けた手が空振りした。


「まって、やだ、やだよ……やだよう!」

「さようなら」


 それは私に対して、ではなくて。

 泣きながら、言葉にならない声をあげて追い掛ける私にふり返ることなく……行ってしまった。

 閉じてしまう扉に縋り付いて、与えられたものの熱と強さに喘ぐ。

 寒い。寒いの。ああ……これだけ人を思えるんだって。優しく……強くあれるんだって。だけど……だからこそ、委ねちゃうんだって、その行為の重さに私は何もできなかった。

 こんな気持ちになるなら、あんなに誰かを傷つけちゃうのなら。

 おばか、そうじゃない、あなただから託したのよ、と。コナちゃん先輩の優しい声が聞こえる…聞こえるけど、だから……許せなかった。

 私は、私が、許せない。


「――っ」


 扉を叩いた。それだけじゃたりなくて、全力で殴った。何度も、何度でも。

 拳の感覚がなくなったとき、その手を受け止める力を感じた。

 顔をあげると、カナタで。


「――、あ、」


 叫ぶような声は、抱き締められたカナタの胸の中で響いた。

 目元から溢れて止まらないものは、真実……傷口から流れる血でしかない。

 抱き締められるの。痛いくらい、強く。身体が折れてしまいそうなくらいに、きつく。


「――、」


 カナタも言葉がないみたい。

 謝れないんだ、と思った。

 謝って欲しくない、けど何か言って欲しい。

 違う……やっぱり謝ってなんか、欲しくない。何も言って欲しくない。

 この傷は……誰かのせいとか、そういうんじゃなくて。

 ……私だけのものだから。


「恋って、つらいんだね……」

「……ハル」

「私はいいんだ、私は……いいの、カナタがいてくれる、きてくれた」


 でも、だから、それが……痛い。


「……ねえ、カナタ」


 背中を握ろうとして、うまく指が動かなかった。

 激痛が走るけれど、そんなものよりも痛む心に喘ぐ。


「もっと……恋をしたいの。しなきゃ……大事にしなきゃ、私、」


 ゆるせない、という声に俺も、と重なる。

 真夜中にどこまでも沈んでいくように……私たちはずっと、抱きあうのだった。


 ◆


 星蘭の生徒を見送る。

 狼先輩が「持ってきた食材全部食い散らかしよって」とラビ先輩に文句を言ったり、鹿野さんがシロくんに抱きついてトモの顔が半ギレ状態になっていたり、大柄の子と神居くん、岡島くんが楽しげに話しているのを茨くんが恨めしそうにみていたり。

 ……賑やかにしている中、ギンは立浪くんと目を合わせてうなずき合っていた。

 私? 私は……ユウジンくんと笑顔の交換をして、それだけ。

 揃って昨日と同じ服で遅刻してきたライオン先生とニナ先生を見て夏目先生は幸せそうに笑っていたし、和やかと言えば和やか。

 バスに乗るみんなを見送って、通常授業へ戻る。

 コナちゃん先輩は元気に学校に来ていた。トモと二人で行った学食で会って、普通にわいわい話したよ。

 でもだから……なんでかな。

 翌日、私は学校を休んだ。

 その翌日も……私は学校を休み続けた。

 日曜日になってカナタがツバキちゃんを連れてきてくれた。

 二人でたわいない話をたくさんして、交流戦の話をして……恋の話をした時でした。


「エンジェぅ……五月病かも」

「五月病?」

「がんばりすぎて、つかれちゃった?」


 どうなんだろう……わからない。

 カナタは休む私を優しく見つめるだけ。寮で会えばみんな優しくしてくれる。

 大変だったからゆっくり休めと言ってくれる。

 でも……だめ。休めないし、元気もでない。そうか、なるほど……五月病か。


「先輩のこと、浮かんで……前向きになれない、かも。エンジェぅ、やさしいし」

「へたれなだけだよ」


 コナちゃん先輩は私の背中を、お尻を常に叩いてくれた。

 最後に思い出をくれたのも、私ならその意図を受け止められると信じてくれたからだ。

 覚悟だってした、のに……だめ。

 カナタと二人でいると浮かんでしまう。私でいいんだろうかって、弱気になってしまう。

 ……弱気になってさぼってちゃあ、ほんとだめだなあ。

 でも、ちょっと……実は、距離を取りたい。ちゃんと考えたくて。それも言い出せずにいる。


「じゃあ……ちょうどいいかも。ちょっとまってて、エンジェぅ」

「へ?」


 立ち上がったツバキちゃんがとことこ扉に歩いて行ってすぐ、ピンポーンと鳴った。

 扉を開いて入ってきたのは、


「お邪魔するわよ」


 コナちゃん先輩だった……って、え? な、なんで!?


「まったく……学校で姿を見なくなったからどうしているかと思えば、なに? さぼってたんですって? 中等部の子に聞いたわよ」

「いたたたたたたた!」


 歩み寄ってきたコナちゃん先輩は私の耳をつねり上げた。全力で、だ。めちゃくちゃ痛いです!


「相変わらず残念な思考回路ね! まったく……変に気を遣うんじゃないの! ほら、立ちなさい!」

「あぅち!」


 ぴん! と離された指に悲鳴をあげつつ、あわてて立ち上がる。

 するとすかさずほっぺたを掴まれました。全力で。


「いひゃひゃひゃひゃひゃ!? な、なんで!?」

「ふん! 放っておけないから来たわよ。ある二人の刀鍛冶になったっていうのもあるし」


 ぱちん! と両手で挟まれて、ひりひりするほっぺたに涙目になりながら尋ねる。


「ある二人?」

「ユリアとシオリよ」

「あ、ああ……あれ? 既に刀鍛冶がいたのでは?」

「いてもいなくても一緒よ。私の腕は交流戦で証明した通りだからね」

「横暴だ!」

「だから……こうしてあなたの面倒を見にこれる」

「あ……」


 入り口でツバキちゃんがふりふり手を振って、出て行っちゃった。

 二人きりになると、コナちゃん先輩に座るように促されてベッドにへたりこむ。


「話を聞こうじゃない」


 今更なにを隠そうとしても無駄だからね、と厳しく言われてぽつぽつと思っていることを話したの。カナタと距離を取った方がいいかも、と弱気を口にした瞬間でした。


「このおばか!」


 すぱん! とどこからともなく出現したハリセンで頭をどつかれました。

 ど、どこから!? 全然見えなかったよ!


「離れてごらんなさい。緋迎ファンクラブが黙っていないわよ」

「そんなファンクラブが存在したんですか」

「会長の私が言うんだから間違いないわ」

「まさかの会長」

「まあ失恋を機に栄誉除隊したけどね」

「まさかの展開、恋愛は自由なんですか」

「彼自身が鈍感で効果なしだから自由よ」

「カナタ……」

「あなたという存在がいるからみんな一歩引いてるけど、あなたが身を引いてごらんなさい」

「ほ、放っておかれない?」

「そういうことよ。まあ……バレンタインに本命渡して気づかない彼相手じゃなかなか何も起きないでしょうけど」

「カナタ……」

「だからこそ、強硬手段に出る可能性があるわ。押し倒すなんて子も中には出てくるかも」

「そ、それは……」

「いやでしょ?」

「……いやです」

「じゃあ今晩押し倒しましょう」


 ぜ、ぜんぜん繋がってない!


「な、なぜに?」

「まあ冗談なんだけど」

「ほっ……」

「それくらいの気持ちが必要なんじゃない?」


 ……ううん。コナちゃん先輩の問い掛けに頷きたい。けど、自信がもてない。


「誰のアプローチにも応えなかった彼はあなたを選んだの。そこに自信を持たなくてどうするの?」

「う……」

「私の思いを託したんだから……わかるでしょう?」


 すぐにだって思い出せる。

 あの日、コナちゃん先輩が託してくれた熱さを。


「楽しもうって気持ちがなくなってへこたれるのはわかるけど、だからこそ私が声を大にして言ってあげる」

「え――」

「学生生活も、恋愛も、全部楽しんで。そうしないと許さないんだから」


 ぴん、とおでこを人差し指で弾かれて、思わず見たらコナちゃん先輩は清々しい笑顔を浮かべていたよ。


「私は次へ行くわよ。あなたはどうするの?」

「あ――」


 差し伸べられた手を、深呼吸して……やっと、握ることが出来た。


「よし。じゃあ風呂に入って、気の抜けた格好をやめなさい。私みたいにオシャレするの」

「え、コナちゃん先輩どこか変わりました?」

「毛先を整えたわ!」


 どやって言われても。普通、こういうタイミングで切る長さってそれなりなのでは? と思ったけど……でも逆におかしくて、なんかいいやって思っちゃった。


「いくわよ。どうせ彼と同棲状態なんだから、色々と準備をしないと。ね?」


 そう言ってユリア先輩とシオリ先輩の待つお部屋に連れて行かれました。

 お化粧からお洋服から何もかも指導されて、それは私に最初タマちゃんがしてくれたことで。

 お世話を焼いてもらえるそのくすぐったさは……学校に入って刀を手にしてからずっと、与えてもらった優しさでできているんだって気づいた。

 五月病なんてかかっている場合じゃない。

 私には好きな人がたくさんいる。

 優しくて強くてかっこいい、お姉ちゃんみたいな人がいる。

 彼女をきっと……呼んでくれた後輩がいる。

 食堂に行けば私の代わり振りに目を見開くクラスメイトたちがいて、可愛くなったじゃんとはしゃいでくれるトモがいる。

 カナタのことを相談したら一緒になって真剣に悩んでくれる仲間がいるの。


『まったくもう……ハルを綺麗にするのは妾の役割じゃというのに』

『まあいいんじゃないか?』

『ふんっだ』


 十兵衞とタマちゃんももちろんいるよ。

 そして夜、部屋に戻ってきて私を見て赤面するカナタがいる。


「な、なんか……元気になったみたいなら、安心した」


 よりにもよって、そういう言葉?

 こっちはおめかししているんですけど。


「……可愛い、と、思う」


 思うは余計かな。余計だよね。

 でも……その余計も含めて、私はみんなのおかげでここまでこれたんだ。

 ならそれも……大事にして、先へ進もう。

 寝ている場合じゃない。さぼっている場合でもない。


「カナタにね? 言いたいことがあるの」

「え……」


 どきっとした男の子を顔を見つめる。

 街を歩けば誰もがふり返ると思う。美しい、端整な顔立ち。

 ツバキちゃんじゃないけど、女装したら普通に美人になっちゃいそうな……綺麗な人。

 その顔がよく浮かべるのは、戦う顔。お兄さんや生い立ちからくる……安心とは無縁の顔。

 彼を日常に引き寄せるのは、きっと……私のしたいこと。

 一度だって素直にベッドに寝ようとしない。ソファで座り込んでそのまま寝ることも多い。油断したら徹夜も辞さない勢いで、刀鍛冶について勉強している。

 成績もいい。なんでもやっちゃう。けど……ご飯はあまり食べない。自分のことをあまり大事にしようとしない。そんな価値なんてまるでないみたいに思っている。

 ……そういう全部を、私は。


「大好きだよ」


 大事にして、隣にいて……味方でいようと誓ったのだ。


「元気でたから……お願いがあるの」

「な、なんだ?」


 動揺している彼の手を取り、どきどきしている胸に引き寄せた。


「カナタの……熱をちょうだい。あなたが好きって、もっといっぱい感じたい」


 確かめてもらいたい。確かめたい。


「……カナタが私を好きなら、それをもっと……感じたいです」


 どきどきしながら目を閉じた。

 みんなのアドバイスを受けて、この流れならきっと、という……道のりをなぞる。

 私だけじゃできない流れ。

 メイクもお洋服も……下着もぜんぶばっちり。


「――……っ」


 息づかいが聞こえた。胸に当てた手から、カナタのどきどきが伝わってくる。

 どうなるのかな。どうするのかな。これじゃだめなのかな。

 さぼってから急にこの流れはやっぱり急すぎたのでは? とか。

 もう無理、目を開けてダッシュで逃げよう、と思った時でした。

 唇に熱を感じたのは。

 腰に恐る恐るカナタの腕が回って、そっとベッドに押し倒された。

 離れていく熱に目を開けると、カナタがすぐそばで私を見つめているよ。

 揺れる瞳で……私の瞳を見つめているの。


「ハル、俺は――……いいのか?」

「うん……交流戦でがんばった、ごほうびが欲しいです」


 きっとその台詞なら、と何人かが言ってました。

 私はいったい何をみんなに相談しているんだろう。


「……許しが必要なら、最初からぜんぶ許してるの。それをちゃんと、思い出したの。みんなのおかげなの……」


 だから、おねがい、と囁いた。

 再び目を閉じる。

 今度の口づけは――……本当に、長かったよ。




 つづく。

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