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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第八章 五月の病

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第八十八話

 



 長屋にはモニターが設置されていた。

 宿泊する星蘭の人が退屈じゃないようにかな?

 そこに映し出されているの。

 天守閣で正座するユリア先輩と、神社で寝そべる星蘭の二年生が。

 試合開始を告げられてすぐ、私のいる長屋のそばにカナタが来た。お城から走ってきたんだ。

 二年生の侍候補生たちに指示をとばしているの。まさに頭脳役って感じだ。

 そばに控えているのはシオリ先輩です。


「シオリ、きみは神社を攻めてくれ」

「だめ。大将の補佐が今日のボクの役目」

「まったく……大将はラビにすればよかったんだ」

「ラビは今日、大事な役割がある」


 シオリ先輩が指差す先を見た。天守閣に腰掛けているのはラビ先輩だ。

 その視線の先には、体育館で生徒会長同士の挨拶で壇上にあがった、あの星蘭の――いうなれば狼先輩がいた。

 地面を疾走する狼先輩は刀を抜いて、ぴょーんと飛び上がった。


「ユ・リ・ア・さぁああああん!」


 ああ……。狼先輩の目的がすぐにわかった。

 ディスプレイを見たら、私みたいに鎖にがんじがらめにされたユリア先輩は何事もなかったかのように目を閉じています。私やユウジンくんみたいに抗う気もないみたい。それは星蘭の二年生も同じです。


「やっほ。ハルちゃん」


 後ろから抱き締められて、驚いてふり返ると真中先輩がいたの。


「二年生や三年生になるとね? 一年生と戦いの様相が変わるの。その第一段階が、これ」


 先輩が指差すディスプレイ。

 私たちとの違いはさっき考えた通り、明白だ。


「一年後期から護衛について、守ることについて教わるからこうなるんだけどね」

「……隔離世で、護衛ですか?」

「それは知る機会があったらってことで。とにかく、カナタくんが大将になって敵陣を狙う。相手も同じ。戦闘はただ、相手陣地に向かうためだけに行う。と同時に、お互いに相手の侵攻を防ぐ」

「まるで頭脳戦ですね」

「そ。どうしたって見栄え的に地味になるし、やるのも二戦目になるんだけど。でもまあ……今日は別かな」

「て、いいますと?」

「天守閣みてごらんよ」


 言われて映像を見た。カメラ班が待機しているのか、ユリア先輩から天守閣前の瓦の上に立つラビ先輩と狼先輩へと映像が切り替わる。


『ラビ、どけや! ワシはユリアさんに今日こそプロポーズするんや!』


 きゃああと、あちこちから黄色い歓声があがります。


『ユリア、返事は?』

『ごめんなさい。いま……気になってる子がいるの』


 ユリア先輩つれない!


『な、ななななな、なんやて!? わ、ワシが今すぐぶちのめして、ワシの方がええって証明したるわ!』

『それが……一年生だから無理かも』


 え!? って声が長屋の端から聞こえた。

 カゲくんだ。包帯を巻かれた状態でがたがたとあちこちのものを蹴飛ばしながら駆け寄ってきた。


『……それに去年、あなたは私のことを助けてくれなかったし』

『残念、振られてしまったようだ』

『って、ラビが言えって言うの』

『おいおい、ネタバラシが早すぎるだろう?』


 ……ラビ先輩。


『て、ことはあれかいな! 嘘か? 嘘なんか?』

『気になってる子がいるのは本当。一年生なのも本当。でも……まだ、なにもはじまってない。そうだよね?』


 カメラ目線でユリア先輩が微笑む。顔以外全部鉄の鎖なあたりは超絶シュールです。


「カゲくん、告白したら?」

「ばっ、おまっ、で、できるわけねーし!」

「ふうん……」


 私が生ぬるい笑顔で見守っていたらカゲくんはいそいそと隣の長屋に移動してっちゃいました。逃げたな。微笑ましいなあ。もう。


「青春してるねえ」「ですねえ」


 真中先輩と笑い合っていたら、天守閣の様子が変わった。


『ならワシにもまだまだチャンスがあるっちゅうこっちゃ! どいてもらおうか、ラビ! ワシはユリアさんをデートに誘うんや!』


 カゲくん気が気じゃないだろうなあ……。


『妹の気持ちを確かめることができたところで、悪いけど……キミに妹はやれない。今年も僕のためにお好み焼きを焼くのがキミの運命だ。それも、とびきりおいしいのを』

『な、なんでそこにこだわるんや!』

『だって……キミのお手製お好み焼き以外、いまいちおいしくなくて食べる気がないからさ』


 帽子を傾けて目元を隠したラビ先輩の宣言だった。

 ひゅうううう! と三年生の一部のお姉さまがたが声をあげた。


「アイツ、シスコンだからなあ……」

「真中先輩……?」

「メイでいいって。次の準備をしないとね。星蘭は本来頭脳戦向きじゃない。むしろ士道誠心の二年はそれに特化しすぎな感があるくらい。彼らの本領発揮は三年生戦」

「え、それってどういう――」

「決着がつくってことだよ。ラビが刀を抜く時……その時にはもう、勝負がついているから」


 髪の毛をくしゃくしゃっとやられてすぐ、真中せんぱ……メイ先輩も長屋を出て行っちゃった。


『がっ』

「えっ!?」


 狼先輩の呻く声にあわててディスプレイを見ると、跪いた狼先輩の首筋にラビ先輩の刀があてがわれていた。


『カナタ、そっちは?』

『ふん……お前の想定通りだ』


 ディスプレイの映像がぱっと切り替わり、映されたのは……神社の中。シオリ先輩とカナタの刀が星蘭の生徒の首にあてがわれていたの。


『二年生戦、勝負あり!』


 ああ……本当に勝っちゃうんだ、と思ったし。それをスマートにかつ迅速にやれる二年生は本当にかっこいいなあって思ったの。


 ◆


 二年生戦の衝撃をあっさり上回るのが三年生戦だった。

 試合開始を告げられた時、特別体育館の入り口からお城に向かうまでの大通りに士道誠心と星蘭の三年生が列を作って向かい合うの。

 けど誰も刀を抜かない。ただ、神社から一人の女子生徒が出てきた。ぶら下げる刀から水がぽたぽたとしみ出て落ちていく。鎖をぶら下げて歩く姿は一種、異様だ。

 対して、ディスプレイを見て息を呑んだ。メイ先輩が……天守閣にいたの。ふ、と笑う先輩は燃えていた。文字通り、刀から吐き出される炎が先輩を包んで、鉄の鎖を溶かすだけでなく蒸発させてしまう。本当の鉄ではなく霊子の鉄だから、なのだろうか。それともそれほどの高熱だから? ならメイ先輩はなぜ無事なの?

 天守閣から飛び降りたメイ先輩はライオン先生がいつかそうしたように地面に着地する。燃えずにいるスポブラとスパッツは特別製なのか。そのまま燃える炎と化したメイ先輩を見て、星蘭の水の先輩が笑う。


「星蘭……三年。牡丹谷タカオ、一つ目……クラミツハ」

「士道誠心、三年。真中メイ、一つ目……ホオリノミコト」


 構える二人の殺気は、一年や二年の比じゃない。

 試合を終えたカナタが私の隣に来たの。外を見ようとした私を片手で制したよ。


「出ない方がいい」

「あ、あの……でも、見たい」

「そのままでわかる、だから待て」


 カナタの言葉の真意はすぐにわかった。


「降れよ降れ! 尽きぬ雨こそ必要ぞ!」


 星蘭の先輩……タカオ先輩が叫び、振るう刀に空から水が落ちてくる。叩きつけるような土砂降りだ。狛火野くんの比じゃない。まさにそのための力を持った刀を、あの先輩は手にしているんだ。


「毎年さ……飽きない? 何度も言ってんじゃん。私の炎は消せないって」

「あん人を失って、揺らいだあんたの覚悟がほんまもんか……試したる言うとんのや」

「へえ……」


 背筋がぞくっとした。メイ先輩って基本的には人なつこくてすっごく優しい。けど怒ったら……ものすっっっっっっっっごく! 怖い。

 それを身をもって知っているから、メイ先輩にスイッチが入ったことがわかったの。


「ハル、そばを離れるなよ」

「カナタ……?」

「大将同士の一騎打ちだ。よそとの戦いじゃあ殲滅戦じみた展開になることもあってけが人が多数出るが、今回のはメイ先輩が言い出したんだそうだ。たまに三年生の交流戦はこうなる」

「な、なんで――」


 私を庇うように前に出るカナタの意図がわからない。


「三年生の刀候補生達がなぜ、一斉に長屋や周囲を庇うように立って動かないかわかるか?」


 見上げた私に、カナタは額に汗を滲ませて言うの。


「互いのエースの力が強すぎるからだ」


 瞬間、熱風が駆け抜けた。ディスプレイを見ると、メイ先輩が青く燃えている。


「ルルコ!」「わかってる!」


 長屋の前に立つ南先輩と北野先輩が刀を構えて、どこまでも大きく燃えて熱くなるメイ先輩の炎を防いでいた。よくみれば他の先輩たちも刀を構えている。それも当然で、メイ先輩の炎はどんどん巨大になっていくの。メイ先輩が刀を振るった途端にそれは弾けて、メイ先輩のほんの僅かな周囲だけを覆う金色の炎になった。


「転じて真打ち――……アマテラス」

「その姿が見れたんなら、心配いらんというわけやね――……手加減抜きでいくで! 転じて真打ち、スサノオォオ!」


 タカオ先輩が刀を突きつけた瞬間、先輩の後ろの空間から矢のような雨が数え切れないほど真横へと降っていく。

 降る、なんて形容じゃ生ぬるかった。

 刺し殺すような弾丸が数え切れないほどに発射されるのだ。それはメイ先輩の金色を削いで、城へと向かっていく。星蘭の先輩たちが長屋の前、メイ先輩の後ろにユウジンくんが私を襲った時にやってみせた障壁を張ってくれたおかげで被害はない。

 でも、三年生のみんなが苦しげな顔をしている。うめき声だって聞こえる。それくらい、この二人の力は尋常じゃないんだ。


「メイ先輩、去年よりも凄味が増しているわね」

「コナちゃん先輩……?」


 ふり返ると、治療の手伝いを終えたのかコナちゃん先輩が私を後ろから抱き締めていた。まるで何かから守るかのように。


「ああ、士道誠心の大将だからな」


 カナタに対してコナちゃん先輩は私の耳元で私にしか聞こえないほどささやな吐息で言うの。「……ばか、そうじゃないわよ」

 まるでそれは映画というよりも、アニメというよりも……ゲームのような光景だった。圧倒的強者たる弓手に立ち向かう、一人の帯刀女子。身体を穿つ弾丸は数えきれず、だからこそ、その炎を絶やさぬように心を燃やし続ける。

 弾丸が蒸発して発生するもやで何も見えなくなって……なのにタカオ先輩は手を抜かない。とびきり大きな水の弾丸を発射して湯気ごとなぎ払う。

 そこに現われたのは、地面に刀を突き刺してなんとか耐えている、なのに全身が穿たれズタボロになったメイ先輩だった。

 息を呑む私と、私を強く抱き締めるコナちゃん先輩。だけど。


「時間がかかった。調整が難しすぎるんだよ……まったく。強すぎるのも考え物だね」


 メイ先輩の炎は消えて、代わりにメイ先輩の刀に炎が移っている。


「この技はいつもそう。いやになるな……あの日を思い出してさ」


 身体に空いた穴から霊子が漏れていく。

 そんな状態、致命的にも程がある。なのに、


「タカオ……知っているだろうけど、一応言っとくよ。防いだ上によけなきゃ死ぬって」


 刀を抜いて、構えて。その姿を見た瞬間誰かが叫んだ。


「全員退避! 入り口を開けろ! 急げ!」「水が使える生徒は全員周辺防御! 早く!」


 特別体育館の扉は開かれていた。

 観覧の生徒たちが先生の指示を受けて急いでその場を離れる。他にも狛火野くんをはじめシオリ先輩たち水に属した力を使える人がその刀を抜いて長屋を守る。


「ちょ、本気すぎやろ! ま、まって! またんかい! ひええっ!」


 タカオ先輩があわてて刀を振るって大通りを水に浸したの。その上で屈んだ。

 あまりにも現実離れした光景を前にして、水の分厚い壁など気にせずにメイ先輩が刀を振り上げた。


「――ッ」


 メイ先輩が何かを叫んだ、けれど水に覆われた長屋の中ではよく聞こえなかった。

 刀が振るわれた直後、身体が妬けるような熱を感じた。

 爆発音は特別体育館を揺らすほど大きなもの。

 湯気に包まれた特別体育館で、空から生ぬるい雨が落ちてくる。

 何が起きたの、と思って。あわてて外を見て……あっけに取られた。


「うそ……」


 大通りを埋めつくしていた水はのきなみ蒸発していた。弾かれた水は生ぬるい雨となって降り注いでくる。

 倒れるタカオ先輩は「あつっ! あつっ!」と身もだえしてあわてて刀でその場に雨を降らしている。長屋を守るように出ていた先輩たちも尻餅をついて、もう限界って顔をしていた。


「えいっ」「ほおおぅ!」


 そんな中、悪戯っぽい顔をしたメイ先輩が刀の切っ先でタカオ先輩のお尻をつついた。


「で、どうする? まだ続ける?」

「ぐぬぬ……続けたいとこやけど、みんなも限界やし……あんたもはよう治療せなあかんし。これで終いやね」

「じゃ、やっぱり痛み分けだ」

「……しゃあない、ええよ。それで――っとと」


 ふらりと倒れるメイ先輩をタカオ先輩が慌てて受け止める。


「無理せんと、さっさと治してもらい。誰か! 刀鍛冶か治療できるやつ! はようこんかい!」


 あわてて他の先輩たちが駆け寄ってメイ先輩の身体にあいた穴に手を当てている。


「俺も行ってくる」


 駆け出すカナタを見送って、コナちゃん先輩の熱の中で私は呟いた。


「先輩って……みんな、すごいんですね」

「たかだか一年や二年の違いよ。社会に出ればその差はもっと開く。なのに今からそんなことでどうするの」


 ほっぺたをむにむにされながら、私はそれでも言わずにはいられなかった。


「タカオ先輩も、メイ先輩も……その刀の力がすっごく強かったです」

「それだけ信じる力が強いのよ。西に牡丹谷タカオ、東に真中メイ。北海道や九州の学校も強い人がいるし、業界中でも今の高校生は注目株が多いって評判だわ」

「……すごいなあ」

「なに言ってるの。あなたもその仲間になるんだから、気後れしてる場合じゃないわよ」

「いひゃひゃひゃ!」


 コナちゃん先輩は私のほっぺたが無限に形を変えられると信じているのでは……?


「じゃ、私も様子見てくる。さすがに心配だからね」

「わ、私もついていっていいです?」


 私を離す代わりに手を繋いでくれたコナちゃん先輩と、メイ先輩の元へ移動する。

 倒れたメイ先輩はやりきったって顔をして満足そうに笑っているの。寄り添う南先輩と北野先輩は「無茶しすぎ」「他にやりようがいくらでもあったのになんで」と文句を言っていたけど。


「タカオとは卒業したら肩を並べることになるし、だから身をもって味わいたかったし……あとは、あはは。ハルちゃんにも見られちゃったか」


 カナタだけじゃない。ニナ先生や夏目先生たちが集まってメイ先輩の治療をしていた。霊子の身体を癒やす術は霊子を操るものにしか使えないのだろう。

 しっかりと塞がっていく穴から、それでもゆっくりと漏れ出ていく霊子。


「……罰かもね。先輩ならもっと……でも私じゃだめなのかも」

「弱気は損気ですよ」


 ラビ先輩がメイ先輩の手を握っていた。きっとそれで十分なはずなのに、見ていられなくて。


「そ、そうですよ! 元気出して、また叱ってくれなきゃいやです!」


 コナちゃん先輩が他の言い方はないの? とツッコミを入れて、その場にいたみんなが少しだけ笑った。……メイ先輩も笑ったの。


「ほら、みんな大好きですから。ね? メイ」

「ラビ……このばか。だめじゃん。二人っきりじゃないのに呼び捨てにすんな、ほんとばか。こんなのが後輩で私はほんと……」


 すう、と吸いこんだ息は。


「幸せ者だ」


 ゆっくりと吐き出されて、ふう、と吐ききったのが限界だったのか力尽きるように目を閉じた。


「先輩!?」


 あわてる私に先輩達が一斉に呆れた顔して、大丈夫っていうの。

 それもそのはず。「ぐううう」と、すぐにおっきな寝息を立てるんだもん。


「なっちゃん……こいつ、ほんまに大丈夫かいな?」


 メイ先輩とやりあったタカオ先輩が尋ねると、夏目先生はニナ先生とうなずき合って言うのだ。


「見ての通りや。この子には尽きぬ炎がある。これっぽっちの怪我くらいで死ぬようなタマやあらへん」


 その言葉に、今度はニナ先生が笑顔で続いた。


「そういうことです。さて、現実の身体に悪い影響がないよう最大限治療して、今日は終わりにしましょうか」


 ぐがああああ、と豪快な寝息を立てるメイ先輩に南先輩がそっとマスクをつけた。ラビ先輩がメイ先輩を抱き上げて、手当てをする休憩所に移動を初めてその日はお開きになりました。


 ◆


 カナタもコナちゃん先輩も後を追いかけていってしまって、なんとなく手持ちぶさたでいたの。視界の端には、


「なあ、連絡先交換してくれへん? うちキミのこと気になるんや。まあ……今はちょっと弱すぎやけど。将来性に期待? そんな感じで」

「え、ええと。その、どう答えたものか」

「はっきり答えてあげればいいじゃん。その気は無いって。だってまだ、あたしにも教えてくれないし。何かポリシーがあるんなら守るべきだよ。それとも……あたしにだけ教えてくれてもいいんだけど?」

「う、ううん……」


 鹿野さんとトモの板挟みにあって弱り果てているシロくんとか。


「そのちびがお前の刀鍛冶か」

「……んだよ。ノンはやらねえぞ」

「ぶふぅううっ! そ、そんな話でしたっけ?」

「……いや、俺の刀鍛冶を紹介しようと思って。あとお前と連絡先を交換したい」

「なんでだよ」

「気に入った。呼吸が合う」

「……まあ、そう言われちゃ断れねえけどよ」


 座敷童みたいな子の背中を押してノンちゃんに差し出す立浪くんと、面倒そうにしながらも連絡を交換し合うギンとか。

 他にもね。星蘭の人たちと交流を深めるみんなの姿が見えるの。カゲくんはユリアさんに捕まって、狼先輩に絡まれてるし。

 大きな女の子にもじもじされながらも話しかけられてテンパる岡島くんと神居くんがいて「俺は!?」ってショックを受けている茨くんとか。

 色んな景色が広がっていたよ。二年生や三年生の先輩も同じように楽しんでるのに……なんでかな、胸が一杯で入っていけないの。まるで……夢を見ているようで。

 だから、


「なんや、突っ立って」


 狐のお面を手に着物姿に着替えたユウジンくんが歩み寄ってきたのも、夢の続きのようだった。


「ユウジンくん……あのね? なんだか楽しいなあって思って」

「当たり前やろ。楽しくない人生なんてゴメンや」

「……そうだね。楽しくない人生はいやだな」


 自分だけでも、誰かのためっていうだけでもだめ。

 みんな楽しい……そんな人生がいい。


「せやから、それをどうにかしようとすんのは――……僕の敵や」

「……そうだね」

「これ、渡しとくわ」

「え――」


 ユウジンくんが差し出したのは、私を呼び寄せるときに使ったあの鈴だった。


「うちの特別顧問がな……くれたんや。交流戦で使え、言うてな。一年から三年まで、一つずつ。実験的に作った器具や、言うてはったわ。効果のほどはいつかの夜で身をもって味わったやろ」

「ああ……うん。って、ちょっと待って? 特別顧問って」

「緋迎シュウや……あの男が来ると学校がつまらんくなる。あいつは人を人と思うてへんやんか。そういう人間は……大嫌いや」

「あ……」

「自分でためさしてもろたから効果を教えたらな? 誰も使わんかったよ、そんな怪しげなもんに頼るやつは星蘭にはおらへんし」


 その言葉には自信が溢れていた。自分たちの力を、心根をまっすぐ信じているんだ。


「自分には実験台になってもらったから助かったわ」

「むう」

「堪忍な。それもあってぎょうさん自分のフォローしたさかい、許したって」

「……ん、いいよ」


 ユウジンくんがフォローしてくれたのは事実だし、私はユウジンくんと話せていろんなことに気づけた。だからいいや。


「ありがとね?」

「ええんや。ただ、まあ自分で試してもうこりごりやねんか。せやからさっさと倒したいねん。これは星蘭全員の思いやから……自分に言うてるんや」

「え……私に?」

「うち、あいつを倒したい言うてるやんか。せやから……その時が来たら呼んでね。いつでも力貸したるわ」


 そう言ってスマホを出すから、あわてて私もスマホを出した。

 ドキドキしながら連絡先を交換する。


「ほな、またね」


 狐のお面をかぶって、優雅に歩き去る。その背中を見送って、ほうっと息を吐いた。

 交流戦、本当に終わっちゃったんだなあ……。


「ううん……」


 スマホをスカートのポケットに突っ込んで、鈴を掲げてみる。

 どこからどう見ても普通の鈴なんだけどなあ……。


『妙ちくりんな力は感じるのう』『そうか? ……よくわからん。よくわからんから俺は寝る』


 十兵衞……まあいいけども。


『試しに安倍が使って、そなたがつれたのじゃろうなあ。ならばそなたが使ったらどうなるんじゃろう』


 ううん、確かに気になる。

 そっと鳴らしてみた。しかし何も起きなかった。

 あれえ?


『ふむ……誰かを思い浮かべて鳴らしてみる、というのはどうじゃ?』

「ううん……と言われてもなあ」


 試しにカナタのことを思い浮かべようとしたけど、でもやめた。

 それよりも、一区切りついた今だからこそ気になることがあるんだもん。


『なんじゃ?』


 まあまあ。いいからいいから。

 きょろきょろと周囲を見渡しつつ私は手当てをしている休憩所を目指した。

 病院代わりになっている大きな長屋の中は賑やかだった。メイ先輩を除いてひとしきり治療が終わったみたいで、みんながそこで雑談をしていたの。そんな中、


「今年はうちの負けやんか。せやから言うけどな。いい加減、ばしっと決めてほしいねやんか」

「……何をですか」


 寝息を立てているメイ先輩を挟んで、夏目先生とニナ先生が話し合っていた。

 いたいた。ニナ先生のことが気になってたの。

 悪いなあと思いつつも、離れた位置からそっと狐耳を立てる。


「なにをもなにも、一つしかないやろ」

「はあ……獅子王の元彼女が、私になにを」

「せやからずっと何年も言うてるやん、あんたの勘違いやて」

「で、でも。私があの人と付き合っていた頃、獅子王はあなたとしきりに連絡を」

「思い込みが激しいのも大概にせえよ、あほんだら。早々に振られとるわ」

「じゃ……じゃあなぜ獅子王をデートに誘ったの。生徒から聞いたわ、授業中にしなだれかかったって」

「そんなもん、ああでもせんと来いひんし、あいつのケツ叩くために決まってるやん。みんな心配しとるんやで、あんたのことも獅子王のことも」

「で、でも」

「でももへちまもあるかい! うち今彼氏おるし、来年には結婚するねやんか。憂いはなくしておきたいんや」

「う……」


 や……やっぱり二人とも色々複雑な関係っぽい。

 しかもずっとライオン先生の話してる。っていうかメイ先輩、すぐそばでこんな話されててよく寝られるなあ。

 聞いてちゃ悪いと思いつつも……無理。聞いちゃう!


「ぶっちゃけどうなん? 今も死んだ旦那に操たててるつもりなん?」

「……そういう、わけじゃ。むしろ彼にアプローチしています」

「ほならいっそ寝込みでも襲ったらええやん。さんざん酔わして、既成事実の一つでも作ればええやん? そしたら責任感の強いあの男や、なんぼでも責任とるやろ」

「……自分を責めながらね。そういうのはいやなの。もっと、こう、普通にホテルのディナーとかで」

「ホテルのディナーて!!!! あほか、恋愛に夢見てる年齢でもないやろ! ほっといたらすぐ三十路になるで!」

「そ、それくらいわかってます……も、もう、三十路三十路いわなくてもいいじゃない」

「はあもう! しゃあないなあ……今晩、呑みや。獅子王もセット。あんたと三人で。うちが切っ掛け作ったるさかい」

「ちょ、ちょっと」

「覚悟きめとき……なあ、ほんまは好きなんやろ?」

「……うん」

「ほなセッティングしてくるわ!」

「ちょ、ちょっと――」


 足音が近づいてきた。慌てて物陰に飛び込んで隠れる。そっと影から見たら夏目先生が颯爽と出て行った。その後をニナ先生が追い掛けるのだが。

 こういう時にしれっと出くわしちゃうライオン先生って、ある意味もってるかもしれない。


「獅子王はん!」

「夏目先生、探しておりました。この後の日程について――」

「そういうのは後でええわ。職員室で聞きますさかい」

「そ、そうですか?」

「それよりも今晩、時間つくってもらうで」

「む……」


 ちょ、ちょっと! とニナ先生が混じる。けどニナ先生の口を夏目先生が手で塞いだ。


「待って、なつ――ふむっ」

「ニナと獅子王はんと三人で呑みたいんや。三人ならええやろ? な?」

「し、しかし」

「しかしもかかしもあるかい! 昔のよしみや、な? 関西から出てきたんやで? ずっと楽しみにしてたやんか! なあ、頼むわ」

「だが、んんん」

「断るんやったら、うちのことなんて言って振ったか今ここで大声で叫ぶで」

「くっ、ぬうう」

「ええな?」

「……う、ぬう」


 弱り果てたライオン先生に夏目先生が何かを囁く。

 遠すぎても狐耳でしっかりと捉えたよ。「ええ加減にせえよ、このままじゃおれへんやろ。うちが晴れやかに結婚するためにも、頼むわ。な?」って、夏目先生が囁いたの。


「ええな?」

「……はい」


 折れた。というよりは……覚悟を決めた、という顔でライオン先生が頷いた。

 その様子を見てニナ先生がぽぉっとした顔になったの。

 ……うわ、うわあ! 凄いもの見てるよ!


「したらいくか。話あるんやろ?」


 歩き出す夏目先生にライオン先生がついていく。

 二人に呼びかけられてニナ先生も続いていく。

 ……す、すごい。今夜なにか起きちゃうんだ! 大人のなにかが起きちゃうんだ!

 狐耳をひょこひょこ動かしていたら、聞こえたの。


「――……きなの、あなたのこと」


 コナちゃん先輩の声だった。

 はっとして聞こえた方に顔を向ける。長屋と長屋の間、細い道の先にカナタとコナちゃん先輩がいた。

 ど、どうしよう。ニナ先生の事情と違って、これって……立場上、私だけは聞いちゃだめなやつだ。

 気になる。けど離れようと、と思った。

 けど隠れた物陰は目の前にバケツがあって、背中側にモップがあって、少し離れたところに観覧していた生徒が投げ捨てたバナナが隔離世なのにツッコミどころ満載なのになぜかあって。

 この物音絶対立てるマンと化したフラグだらけの場所を何事もなく抜けられる気がしなくて、縮こまることしかできなかった。飛び込んだせいで身動きとれなくなってる感じです。さっきはよく音を立てずに済んだものだよ……。

 コナちゃん先輩の告白を物音なんかで邪魔したくなかったし……言い訳っぽいなあ、でも無理だ。邪魔だけは一番したくない。


「……カナタくん。一年生の頃から、ずっと、好きでした」


 私の心よりももっと、痛切に、ばらばらにちぎれてしまうくらい……切ない声だった。


「……あ、」


 カナタの沈黙と、漏れ出た痛みは自分に向けてじゃない。


「俺は、キミに――……」

「いいの。いい。あの子を頼まれたことについては、納得しているから。謝らなくていい」


 そう言えるコナちゃん先輩の優しさは深くて、熱くて、けれど。


「……だが、」

「いいの!」


 ……自分には向けられない。強くて、背伸びができてしまう。けれど……その分、自分だけはひどく傷ついてしまう、そんな優しさなんだ。


「俺は……」

「お願い、お願いだから謝らないで……言ってほしい。あなたに……止めをさしてほしい」

「……俺は」

「そうしないと、前に進めないの……だから、お願い。謝るんじゃなく、あなたの気持ちを教えて」


 身体中が熱くなった。涙が勝手に溢れてくる。

 ああ、すごい人なんだなあって。コナちゃん先輩は、本当に……すごい人なんだなあって。

 痛くて泣きたくてたまらないはずなのに。実際、あんなに目元を真っ赤に腫らすくらい泣いちゃったのに。


「……あなたとの恋を、笑顔で終わりにしたいの。だから……教えて」


 願いに満ちていた。そういう恋をしていたんだ、って思った。

 ……私の恋は未熟で、ちっぽけで。まだまだなんだって……思わされてしまった。


「俺には好きな人がいる」

「……私のことは、どう思う?」

「大事な仲間だ。一年、共に学び、卒業まで隣で歩んでいく……大事な、仲間だ」

「そう、だと……思った。あはは……残酷だ、そばにあるのに、届かないんだから……月のように綺麗で、私は掴めないんだね……」

「――……」

「ありがとう……っ、謝らないでくれて」


 コナちゃん先輩の声が歪んだ。ああ――……涙が出てきたんだ、きっと、そうだ。


「おねがい……いって」

「……だが」

「私の涙を拭くのは、あなたの指じゃない」


 カナタの呼吸が乱れた。


「あなたの指が拭わなきゃいけないのは……私の涙じゃない」


 だから、おねがい。いって。

 絞り出される声に、緩やかに足音が離れていく。

 次いで駆けていく足音が、一人……二人。


「――……っ、ひっ……」

「がんばった……ボクの友達は、最高にかっこよかった」「うん、すごかったよ……かっこよかった。がんばったね……がんばったよ、コナ」


 シオリ先輩と、ユリア先輩だった。


「う、っ、うううううっ、うううっ」


 絞り出される声に、衣擦れの音が混じる。

 強く抱き締める二人の胸で、


「ああ、あああああ――……っ、おわっちゃった、おわっちゃったよ……っ」


 涙するコナちゃん先輩に、私には声を掛ける資格なんてなくて。

 人通りの多いところから離れる足音に混じって「すきだった……すきだったの」と何度も吐き出すコナちゃん先輩の声が、私の中に染み込んできた。


『あの日……トーナメントとやらで、ギンと戦ったおぬしのようじゃったのう』

「……ううん。ちがうよ、タマちゃん」


 首を振った。目元はずっと熱い。潤んでいる涙の何倍もきっと流している人のことを思いながら呟く。


「……もっと、ずっと。一途で、綺麗で……かっこよかったよ」


 もっと……大事にしなきゃ。

 もっとずっと、大事にしなきゃ。

 ……あの人の熱さに胸を張れるように。




 つづく。

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