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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第八章 五月の病

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第八十六話

 



 今日はゆっくり休め、というみんなに言われて横になったのはいいし、コナちゃん先輩にほっぺたを冷やしてもらったり世話を焼かれたのもくすぐったくて幸せだったけど、気がかりなことがある。

 星蘭の人に謝りに行くのはみんなして後回しにするべきだっていうの。怒らせた後ですぐに謝りに行くのって馬鹿にしてる感じがするし、せっかちはだめ、って。

 だから私はゆっくり自分のしたことと向き合うしかないんだなあって思った。こういうの……あんまり慣れてなくて、だめだなあって思う。

 なかなか寝つけなくてうとうとして、気がついたら早朝で。

 なんだか落ち着かなくてお風呂入ったら、浴槽で真中先輩とばったり会っちゃった。


「あ、う」

「露骨にびびられてる。まあしゃあないか。出るからゆっくりしてって」


 苦笑いを浮かべて出ようとする真中先輩の手を慌てて取っちゃった。


「ん? どした?」

「あ、あの……なんでしょう?」

「いや、手を握ったのきみだし」


 おかしそうに笑う真中先輩は優しそうに笑う。

 ……だめな時にしっかりと叱ってくれるって意味では、大事な大事な先輩だ。

 なら、聞きたいことは……あるんじゃない?


「昔、誰か死んだ……んですか?」

「ああ……あれか」


 困った顔をして視線をあらぬ方向に向けるけど、すぐに頷いて湯船に戻って、真中先輩は口を開いた。


「ラビ達が一年生で私たちが二年だった……つまり去年のことね。一つ上の代に、それはそれは強い先輩がいたの」

「……はあ」

「きみみたいな、見切りの達人だった。元々の身体能力はどん底で、戦いは天才的なのにそれ以外はもうだめだめなの」


 背中を壁に預けて息を吐く。長い長い息だった。


「ださいしもさいし、なのに不思議とね。刀を持つとかっこよくみえたんだよなー……私の初恋の人でさ」

「えっ」

「ラビがいなきゃ立ち直れなかったなあ……みんなさ、先輩のことが大好きだったんだ。きみみたいに妙に愛嬌があって、へんてこで。だけど……内気で。だから誰も気づかなかった。先輩が苦しんでたの」


 湯船に浮かぶ先輩の足。ぱちゃぱちゃと弾くお湯。


「声がするんだって。刀から。もっと楽しみたい、もっと遊びたいって。無邪気な声が。それに素直に従って……最前線に無茶して出るようになって」


 波を起こして。


「邪を退治するのはいいことなんだから、生徒だけで組織したメンバーで生徒による特別課外活動を実施するなんていってさ。先輩の――生徒会長の珍しい自己主張にみんな頷いたわけ」


 沈む。


「でもね、もがいてたんだ。先輩はずっと、もがいてた。遊びたいって刀の声に応えようと無理して……ううん、無理してるなんて先輩を含めた誰もが気づけなかった。なんでかわかる?」

「い、いえ」

「強すぎたから。戦うんじゃなく、遊んでいたから……大丈夫だって思い込んでた。で、気がついたらさ。渋谷のスクランブル交差点で、大量の邪に飲み込まれてた。誰も救えなかった」


 どこまでも。


「肉体は生きてる。けど心は戻ってこない……本当の意味での植物人間なの」


 深く。


「ハルちゃんさ。刀の声が聞こえんだって?」

「……はい」

「星蘭の子達と戦ってた時……きみの刀はなんていってた?」

「頼む、って。他人の必死を笑うなって……頼むって、言ってました」

「じゃあ……だいじょうぶだ。ハルちゃんは大丈夫」


 にっこり笑う真中先輩は眩しい。どこまでも眩しい。


「……ごめんね、痛かったよね。めっちゃ腫れてるし」


 だから、さらりと紛れるように、けれど決してごまかせない間で言われた言葉に戸惑う。


「……もう見たくないからさ。誰も、もう……見たくないからさ」

「いいんです」


 前髪に隠れてしまう目元よりも、もっと露わな手に触れて、握る。


「……先輩が叩いてくれたから、私は目が覚めたんです」

「きみは心が強いね。普通、すぐ言えないぜ?」

「でも……ちゃんと叱ってくれた先輩と仲良くなりたいから、背伸びしてるんです」

「背伸びか。背伸びじゃあ……しょうがないな」


 笑ってから抱き締められました。


「ちゃんと三年生になって、卒業して。就職して。いい人がいたら結婚して子供うんで社会に貢献するんだぞ?」

「めちゃめちゃ重たいです」

「でも人生はそんくらい長く太くいかないと。学校だけで終わらせるなんて、やめてよ?」


 背中を叩かれて離れた先輩は、すっと立ち上がって出て行っちゃいました。

 ……照れてたのかもしれない。


 ◆


 お風呂を出た頃には早朝になっていた。

 そんな時にもかかわらず、浴場前のフロアで浴衣姿でくつろいでいるユウジンくんと出くわした。


「あ、え、と」


 脳裏をよぎるみんなの「謝るのはまだ早い」という声に固まる私を見て、ユウジンくんは楽しそうに笑った。


「その様子やと、戻ってきたみたいやね」

「え――」

「ええよ、ええって。まず、うちは怒ってへん。やから、みんなには上手く言っといたわ」


 ぱたぱたと扇ぐウチワを目で追っていたら手招きされた。

 いそいそと隣に腰掛ける。


「自分、刀の力に酔うてたんやろ? わかるわ……まあ、納得してへん子もおるけどな」


 微笑む顔に他意はなさそうに見える。

 だから……不思議。彼の心がわからない。不思議でしょうがない。


「鹿野なんかはなだめるのに必死になったわ」

「……なんで?」

「ん?」

「なんで、ユウジンくんは……私を許してくれるの?」

「言うたやろ。わかるて」

「……えと」

「あいつらがあんなに怒ったんはな。うちがやったことをなぞられたからや。ああ、またかいな、と……そう思たんやろ」


 ……なんか、とんでもないことを聞かされている気がする。


「うちは夏目せんせにどつかれて目が覚めたわ。自分は、そのほっぺた見る限りえげつないのを食らったみたいやね」

「う」

「きみはおもろいなあ……がっこが一緒なら惚れてたわ」

「え――」

「けど……まあ、長続きはせえへんな。うちの一尾とあんたの一尾は意味が違う」


 開かれた目の冷たさに息を呑んだ。


「まあぎょうさん話したけど。交流戦楽しみやて、あんたに言いたかったんや。会えてよかったわ。ほなな」


 すっと立ち上がって立ち去る。そのお尻から生えた尻尾は私と同じ一本だった。

 けど、じゃあ……どう意味が違うのか。悩む私の心から聞こえてくるの。


『ふわ……懐かしい霊気を感じるのう。朝からなんてやつに会っておるのじゃ? あの安倍ユウジンとかいう男は妾は好かんぞ!』


 タマちゃん、ねえ……知ってるの?


『管狐じゃな。人の精気を食らって祟り殺す力を持っておる。守り神とすれば富をもたらすが、燃費が悪くてな。結局は使役する人間を食い尽くす類いのもんじゃ』


 ……でも、ユウジンくん何事もなさそうな顔してるよ?


『そなたと同じで、尽きぬ力の源があるんじゃろう。前にも話したような気がするがの。およそ先日の機会で目にした限り、一番の強敵は――』


 見えなくなった背中の力を告げるように。


『あやつに違いないわ』


 タマちゃんは断言したのだ。


 ◆


 物思いに耽りながらお部屋に戻ると、カナタが私の部屋の前でうろうろしてました。

 時間にしてまだまだ早朝。部活の朝練がある人でもまだ寝ている時間帯なのに、どうしたんだろう。


「カナタ?」

「あ……ああ。よかった、会えて」


 すごくほっとした顔をしたカナタのため息が聞こえて、私はただただきょとんとする。


「どしたの?」

「……いや、だから。その、なんだ」


 歯切れが悪い。珍しいと言えば珍しいし、そうでもないような気もする。だってカナタは私よりも頭がいい。きっとすごくいい。いつも……みんなに見せている僕なカナタは出来る副会長さん。でも私といる時に見せる俺なカナタは案外私と似てちょっと残念な美人系イケメンさん。


「……謝りたかった、ずっと」

「え、と」


 カナタの言葉を聞いてすぐにわかった。


「カナタが私を預けるなんて言い出さなければこんなことには、なんて言う気?」

「う……」

「カナタって頭はいいのにおばかさんだよ。もっとおばかさんな私が言うのもなんだけど」


 眉間に寄っている皺を近づいて、背伸びをして……きゅっと摘まむ。


「これ、いらない」

「なっ」

「……謝らなくていい。この失敗は……私のもので。取り返すのだって、私の仕事なの」

「だ、だが」

「だからお願いしたいのは、これ!」


 指を離して、ただ……カナタの胸元に触れて、飛び込む。


「充電させてほしいです。いろいろ、いろいろあったので……」

「――……本当に、お前は」


 後頭部に手を当てられて、髪を梳くようにカナタの指先が入り込んできて……撫でてくれる。

 優しい指先。見上げると、すごく優しい顔をしていた。


「……カナタは味方?」

「ずっとな」


 だからごめん、と謝るカナタの顔が近づいてきて――……。


 がちゃ、と扉が開きました。

 高速で離れる私たち。

 半目のコナちゃん先輩が咳払いをしてから一言。


「朝っぱらから廊下で盛り上がると、みんなに筒抜けなんですが……続けます?」


 コナちゃん先輩が咳払いを多めにすると、一斉にがちゃがちゃ扉の閉まる音が聞こえました。

 え……え! 寝てたんじゃないの!?


「ま、またな! ハル!」

「う、うん! またね、カナタ!」


 ぎくしゃくと立ち去るカナタを見送っていたら、耳をぐいーっと引っ張られました。


「いたたたたたた!」

「朝から何やってんの、声が大きくて起きちゃったわよ!」


 あ……と、いうことは。


「き、聞こえてました? もしかして、最初から?」

「見せつけてくれちゃって、ふん!」


 ぐいーっ、ぺち! と伸ばされ離される私の耳よ。

 擦りながらコナちゃん先輩を見た。正直、結構怖かった。

 見せつけて、という言葉に込められた真実は、私にはちくりと、コナちゃん先輩にとってはかなりの痛みを伴うものに違いなくて。

 ……けど、コナちゃん先輩はすっきりした顔でノートにペンを走らせはじめる。


「あ、あの……」

「なに? 惚けてないでソファを片付けて」

「あ、えと……はい」


 言われるままに、既に畳まれてあった掛け布団たちを布団の下にそっとしまう。

 ……って、流されている場合じゃないってば。


「コナちゃん先輩、その――わっ」


 び、と人差し指が鼻先に突きつけられて思わず黙る。


「同情なんていらないし、わかりきったことで手間取らせないの」

「え――」

「私は私なりにケリをつけるけど、それは私の問題であってあなたの問題じゃない。気になるなら交流戦を終えて、彼を迎えた時にでも直接聞きなさい」


 どういう、意味なのか。すぐにはわからなかった。

 ……ただ、日光を浴びているコナちゃん先輩を見て、やっと気づいた。

 目元が腫れてる。すごく、真っ赤に、腫れてる。

 けど私に向ける笑顔は強く揺るがない力に満ちあふれている。

 ……強いんだ。かっこいいな、って思ったし。そんな人を前に私が尻込みするなんて失礼だ。


「……わかりました」

「よろしい。じゃあせっかくの早起きに三つの得をつけるわよ。ほら、何をぼさっとしてるの。隣に座りなさい」

「は、はい!」


 いそいそと隣に座る私にコナちゃん先輩はノートを見せてくれた。

 そこには指名制度、という文字が書いてあったの。


「指名制度って、なんですか?」

「交流戦の特別ルールでね。互いに相手チームの一名を選び、教師による拘束術を受けるの。士道誠心は国崎先生、星蘭は夏目先生ね」

「え、え、待って、待ってください。拘束術って、なに?」

「刀の御霊の力で――……ああ、そうね。まず交流戦について説明しましょうか」


 さらさらと流れるように記されるコナちゃん先輩の字は書道の心得でもあるのか、まるで手書きのお手本のような綺麗な字だった。一つ一つ条項が書き記されていく。曰く。


『交流戦規定


 一、場所は招待した学校の特別体育館で行う。

 二、現世ではなく隔離世での実施とする。

 三、勝敗は大将の敗北、ないし降参で決する。

 四、なお、指名制度を用いて指名した生徒が敗北ないし降参した場合も勝敗を決するものとする』


 少し段落をずらして、さらに文字が記されていく。


『指名制度とは

 姿を隠す力を用いた生徒が大将となって勝敗が決しなかった件を機に、当時士道誠心の生徒であった緋迎シュウの発案により制定された制度である。

 相手校の対戦する生徒を一名選び、教師の刀の御霊の力により捕縛される。

 指名された生徒は一時的に動けぬ的となるが、教師の捕縛に抗い逃げてもいい』


 最後まで読んで捕縛については、隔離世に行くだけに、なんかすごい力を使われるんだろうなあってイメージできたけど……あれ? と思った。っていうかさっきのコナちゃん先輩に言われた時点で疑問符は浮かんでいた。


「ニナ先生がうちの生徒を捕縛して、星蘭の夏目先生が星蘭の生徒を捕縛って……なんかゆるくないです?」

「そうでもないの。これがね」


 シオリがいたら去年の映像見せられたのに、と愚痴るコナちゃん先輩は最初に見たときよりも生き生きとしていた。でも、だから、目元の腫れが痛々しくて。それは間違いなくカナタのことが原因で。私はこの人に何をできるんだろうって思った。


「聞いてるの?」

「ふひはへん!」


 ほっぺたを強めに引っ張られるのにはもう慣れてきました。こわい。


「先生は不正をしない。少しの親心がお互いにとってよくない結果になると、肌で体感して知っているからだし……なにより」

「なにより?」


 引っ張られたほっぺたを撫でさすりながら尋ねると、コナちゃん先輩はそっと目をそらした。


「先生同士が張り合ってるの。どっちが長く生徒を捕まえられるか。国崎先生と夏目先生には何か因縁があるみたいで……負けたくないみたいで」

「えっ」


 真っ先に浮かんだ顔は、我らがクラスのライオン先生です。

 ……三角関係なのかなあ。


「とにかく二人は生徒に手心を加えることはないわ。絶対にね。嫌でも思い知ることになるわよ、明日には……あなたがね」

「えっと……それは、どういう?」


 さらにぐいっと逸らされる視線。あれ? あれあれ?


「ごめん。これについては……侍の心理に疎かった私のミスなんだけど」


 言葉をなんとかして濁そうとするコナちゃん先輩をじっと見つめていたら、やっとふり返ってくれました。


「星蘭の一年はあなたを指名する。ええ、そう。間違いなくね」


 それは死刑宣告に違いなく。ユウジンくんの「交流戦、このままやとあんた死ぬで」発言の意味がやっと理解できた。

 あれ。ニナ先生に全力で捕まる術を使われて? ユウジンくんがなだめてくれたとはいえきっとお怒りな星蘭のみなさまが、私を倒しにいらっしゃる、と? しかも霊子の身体で傷ついたら現実で痛い目を見るという隔離世で? 妖怪変化のみなさんが? 鹿野さんや立浪くんみたいな人もいるあの星蘭のみなさんが?


「ぜぜぜぜぜぜぜ、絶体絶命じゃないですか! どうするんですかもー!」

「落ち着け!」

「あうち!」


 涙目になってコナちゃん先輩の肩を揺さぶったらおでこにチョップを食らいました。


「いいこと? ここからは本来の策を授けるために……あなたを研ぐわ。何が来てもあなたが最強になるための……これは布石なのよ。あなたが私を信じてくれるのなら、だけど」


 私を試す、というよりも……まるで、自分を試すような不安げな声だったから迷わず言った。


「やります」

「――……ためらわないのね」

「だってもう。私、コナちゃん先輩のことが好きだから。だから……だから、すみ――」

「謝らなくていい」


 唇に指を当てられて黙る私に、


「謝らなくていいの。これもまた運命で……もうその先を、私は選んだのだから」


 そうハッキリ言うと、泣きはらした目を閉じて息を呑むほど綺麗な笑顔を浮かべるの。


「さあ……魂を磨く作業をはじめましょう。お覚悟はよろしくて?」

「もちろんです!」

「……後悔はさせないわ、ええ。決してね」


 そう言って、コナちゃん先輩は私の胸に手を当てたのです。




 つづく。

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