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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第八章 五月の病

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第八十五話

 



 鹿野さんの雷攻撃を避けたあたりからは何をどうしたのか記憶も定かじゃない。

 ただ、当たらない。誰の攻撃も、当たらない。

 まるでそれが必然であるのかのように――……当たらない。

 でも、なんでだろう。必然であるかのようになんて考えたけど、これって必然だと思う。

 それは傲慢だ。七つの大罪の一つだ。私の意識に引っかかって、けれど表に出しちゃいけないと判別される類いの考えだ。

 出しちゃだめ。孤立する。表に出したら笑われる立場すら失ってしまう。そう思うのに。


「なんなん!?」


 ぶち切れる鹿野さんの声を聞いて、


「なんで自分笑ってんの!」


 なんで、私こんなに楽しいんだろう。


「殺す!」


 彼女の身体中が稲光に包まれた。けど。


『わかるな』


 うん。大丈夫だよ、十兵衞。

 だって、だって――……こんなにはっきりと見えているんだから。

 避けられない道理はないよ。

 背中から迫る白刃だって、なんでかな。見えているの。


「ふっ!」


 ふり返ると立浪くんが笑っていた。

 ギンの笑顔とよく似ていて、けれどほんの少しだけ違っていた。

 狂気。人を斬りたい欲にまみれた、侍候補生でなければ罪を犯すに違いない真っ黒な笑顔。

 振るわれる刀は彼そのものだ。人斬りと十兵衞が評したように、その攻撃は真実私を殺すためだけに振るわれる。

 けど、ああ――……そんなに素直にはしゃがれると、無理だ。見えすぎて。


「――は、」


 誰の笑い声だろう。


「――あは、」


 星蘭の人たちの顔色がどんどん醜悪に歪んでいく。

 私を殺したい、そんな欲求で世界が彩られていく。


『ハル、』


 十兵衞、わかってる。楽しんじゃだめなんだよね。

 それじゃあ……欲に濁って見えなくなっちゃうんだよね。でもね。


「あは、」


 楽しくてしょうがないよ。

 だってさ。


「――……ふ、」


 踏み込んでくる立浪くんがやけにゆっくりと動いているように見えるの。

 そしてわかるんだ。刀の軌跡が。はっきりと見えるの。

 すごい。すごい。すごいよ、十兵衞。

 知らなかった。十兵衞はこんなにすごかったんだ。

 私――……知ってたはずなのに、知らなかった。


『なら、もう……遊ぶな』


 いやだよ。もっと踊っていたいよ。


「あははは――」


 飛んで、跳ねて、屈んで、捩って。

 かわし続ける。その瞬間は、命が輝き燃え尽きるような刹那に満ちていて。

 こんな充実した時間、もっと味わっていたいと思うのは……当然じゃないか。


『その先に未来はない。見えているだろう?』


 私を抱き締めて引き留める優しい男の人の声。

 私に最強をくれる……心の声。


『他者の必死を笑うな、ハル……らしくない。ハル、頼む……ハルッ!』


 十兵衞の声のすぐ後、耳元でぱん! と手を叩く音がした。

 びく! と身震いして、反転しようとしていた身体の制御を失う。

 もつれた足で倒れそうになる――……私を、抱き締める腕があった。


「それ以上はあかんよ……狂う前に戻っておいで。君らしくないよ」


 安倍ユウジンくんだ。彼が私を抱き留めて……もう片手で星蘭のみんなを制していた。


「もうええやろ……なあ? 士道誠心の先輩はん?」

「は、はぁ、は――……え?」


 息切れしたそれが自分のものだと認識して、遅れてユウジンくんの言葉を理解した。

 ユウジンくんの見つめる先に視線を向けると、いた。コナ先輩が、シオリ先輩とユリア先輩を連れて……たった三人で来ていた。

 そう知覚してすぐ、その場を支配している殺気の冷たさに鳥肌が立った。

 誰もが憎悪の顔で私を――……ただ見ていた。


「あ……あ、」


 自失する私をユウジンくんは引き起こして……耳元で囁く。


「昂揚するんは結構やけど遊ぶもんやないよ。交流戦、このままやとあんた死ぬで。しっかりせんと、な?」


 離れる顔に浮かぶ笑みは、なにを意味しているのか。


「いい挑戦状やった。こないだの特別課外活動でのうちに対する意趣返しとしては結構やね」


 微笑み浮かべてコナ先輩を見つめるユウジンくんはもう、私なんてどうでもよさそうで。

 ユリア先輩に手招かれて、よろめきながら逃げるように……憎悪に背を向けた。

 でも、無理だ。伝わってくる。ただじゃおかない、と。怒りと憎しみが、ひしひしと。中には泣いている人もいた。

 ――……そこまで、私が傷つけたんだ。

 彼らの思いの強さはユリア先輩やシオリ先輩だけじゃない、コナ先輩さえも口を開けられなくなる類いの強さで。

 だから、真実。


「いやあ、すまなかったね」


 影からすっと現われ出でたラビ先輩は、私たち四人にとって救いの主だった。


「でもこれで、うちが君たちにとって手強い相手だと認識してもらえたと思う」


 帽子を手に踊るように出てきて、最後には手を広げたラビ先輩。それを合図とするように、特別体育館の照明が瞬いた。

 すると、どうしたことだろう。打ち合わせでもしたかのように、士道誠心の侍候補生のみんなが並んでいたの。コナ先輩も予想していなかったみたいで、ラビ先輩を思わず見ていた。


「彼女はうちのホープでね。もちろん、二年や三年が手強いことはもう――……知っているよね? まあやりすぎたことは認める。素直にお詫びしよう。すまなかった」

「本気かどうかわからんわ、自分」

「よくいわれるが、本意さ」


 俯いて見えるのは口元だけ。挑発的な笑みは怖いくらいに決まっていた。


「さて。宣戦布告の仕返しもすんだところで……お開きと言うことでいいかな?」

「ええよ。東京を楽しんで緩んでた気持ちが自分らのおかげですっかり引き締まったわ」


 ふっと微笑むユウジンくんの後ろで、星蘭のみんなが私を――……私たちを見ていた。


「ではこれにて」


 ラビ先輩が指を鳴らすと照明が消えた。ユリア先輩に手を引かれて私はその場を逃げるように立ち去ったのだった。


 ◆


 特別体育館を出て学生寮に戻り、その食堂で……コナ先輩と私は矢面に立たされていた。


「聞いてないよね」


 真中先輩の笑顔は、士道誠心最強の侍候補生とか、先輩だからどうとか、そういうんじゃなく。単純にぶちぎれてて怖かった。こめかみに浮かんだ血管は見たくない。


「コナちゃんさ。ラビみたいになってきてるよ。生徒会に推薦したの、ラビを良い意味で止めてくれることを期待してなんだけど……これはどういうこと?」

「彼女は僕の代わりに――」

「待って」


 カナタが出てこようとしたのを、すぐにコナ先輩が止めた。


「すみません。青澄に刀の力を自覚してもらいたくて、彼女すらだまして……勝手にやりました」


 すかさず頭を下げる。あんまりにも潔すぎて、真中先輩も驚いてる。

 って、見ている場合じゃない。


「す、すみません! 私も……強くなりたくて。だますって言ったけど、方法を確認しなかったのは私だし、だからコナちゃん先輩が悪いなら私も悪いです!」


 あわてて隣で頭を下げる。


「ねえコナちゃん……事前に相談が欲しかったの。それだけ。それだけのことを敢えてしなかった怠慢を怒っているの。コナちゃんならそれくらい、わかっているよね?」

「……はい」


 冷静に怒られることの辛さにコナちゃん先輩が手をぎゅっと握りしめる。

 私も……私の謝罪は取り扱うに値しないって思って歯がみする。

 きっとコナちゃん先輩の方がしんどいはずなのに。


「ラビ。いつから気づいていたの?」

「いやだな、メイ先輩。この学校のことで僕に知らないことがあるとでも?」

「……そういう男だったよね。はあ」


 眉間の皺を指でほぐした真中先輩は、コナちゃん先輩の肩に優しく触れた。


「もういいよ。ラビが動いて結果的には交流戦が盛り上がる切っ掛けになった。ただ……それとは別に。ねえ、ハルちゃん」

「え」


 呼ばれるとは思ってなくて、あわてて頭をあげると。


「――っ、」


 頬が熱かった。

 ビンタされたんだって理解して。見えなかった、って思って。

 あわてて私を庇おうと間に入るコナちゃん先輩とか、息を呑んだカナタやユリア先輩や……上級生の手前はいっていけないけど、でも動揺してるトモたちとか。

 けど……それ以上に、真中先輩が厳しい顔をしてるのははっきり見えるのに。

 私を叱った一撃は、見えなかった。隙だらけだったからか。


「目は覚めた?」

「あ、」


 生理的に浮かぶ涙よりも、ショックの方が大きかった。


「途中から見てたよ。戦いで遊ぶ子はね……死ぬの。それを私たちは知っているから」


 ラビ先輩が俯き、三年生の顔が一斉に歪んだ。

 ……ああ、だから。その死は真実なんだと思った。


「だから私たちはね? ……三年生は、悲劇が起こる前に目を覚ませって叩くようにしてるの。むかついた?」

「あ、の……」


 頭を横に振るのがやっとだった。


「そうだよね。星蘭の子達の怒りを浴びたんだから……泣いてる子がいたんだから。わかってなきゃもう一発、今度は本気で殴るところだった」

「真中先輩、いくらなんでも――」

「いいから! ……黙ってて、コナちゃん。説教をしているの。だから……黙ってて」

「……は、い」


 食堂中にビリビリと響き渡るような気迫だった。誰も間に入れなかった。


「ねえあなたくらいの腕があったら、わかるよね? あなたが彼らを馬鹿にしたってこと」

「……はい」

「それがどれだけ残酷なことかわかる?」


 返事が、できない。


「星蘭にもうちにもね? 刀がどれだけ欲しくても叶わずにいて……それでやっと力を手にした生徒もいるんだよ?」

「……あ、」

「いい? 刀は心なの。戦いでわかりあおうとしてたよね? トーナメント、見てたからわかるよ……ねえ、刀の力は大事なものなの」


 返事が、


「それを……あなたはあたらないよって馬鹿にしたの。どんなに強くても、してはいけないことをあなたはしたの」


 できない。


「よけるのはいい。かわしてもいい。別にそれはいいの。でも……あなた、遊んでたよね? 他者を弄んで……そんなのはもう侍じゃないよ。人斬りですらない。あなたはなにになりたいの?」

「――先輩、」

「コナちゃん、どいてて」

「……でもっ」

「どいて」

「っ」

「どきなさいっ!」


 間を詰めてきた真中先輩の迫力に押されて、けれど抗おうとして……コナちゃん先輩が押しのけられてしまう。


「さっきのあなたを見たら、あの日……トモちゃんと戦ったあなたを見ていた中学生の子は、どう思う?」

「あ、あ、あの……っ」

「……教えて。どう思うかな? あなたはどうなりたいの?」

「ご、ごめんなさ、ごめんなさい……っ」


 涙が勝手に溢れてくる。それを指できつく拭われて、強い視線で見つめられた。


「あの日、答えを出したんなら。迷っちゃだめ。力で遊んじゃだめ。それは誰かを傷つけるよ……それは、かっこわるいじゃん。ね?」

「……はい」

「折れない心がきみの魂の名前で、それを信じるのなら……それを振りかざして誰かを折っちゃ駄目……ね?」

「はい……はいっ」


 必死で何度も頷いた。


「おし。じゃあ説教終わり!」


 三年はミーティングするよ、と言って真中先輩たちが去って行く。


「ハルっ!」


 トモが駆け寄ってきて、カナタが心配そうにしてて……それはシロくんたちも一緒で。

 けど、じんじん疼くほっぺたに触れてから、深呼吸をした。


「ごめん、トモ……ちょっと離れてて」

「え、う、うん」


 おろおろしているみんなの前で、私は自分のほっぺたを全力で叩いた。

 ……痛い、けど。うん。


「目が覚めた!」

「は、ハル……」

「だいじょぶ。十兵衞がずっと引き留めててくれたのに、私が遊んだのはほんとだし」


 深呼吸してから、はっきりと言葉にする。


「これは必要な痛みなの」


 ……憎悪も涙も、私が原因なら、このくらいじゃ足りないとさえ思うもの。

 傷ついて、俯いているコナちゃん先輩が、口を開けずにいる。

 自分を責めているのが一目でわかったから、その手を握って笑う。


「真中先輩が私に対して怒ったのは、私が遊んだせいで。それはコナちゃん先輩のしたこととは別です……それに目的があってしたんですよね? なら、コナちゃん先輩の教えをください。先へ進むために」

「……でも」

「いいんです。コナちゃん先輩が自信をくれようとしたの、わかったし。十兵衞の力も自覚しました。私って根が残念だから、いろいろ調子に乗って失敗しちゃいました。悪いのは……全部、そのせいなんです」


 それでも。


「今日は必要な階段をのぼった気がするんです。コナちゃん先輩が……私の魂に色を付けてくれました。驕っちゃだめだって真中先輩が叱ってくれました。だから、明日の私はもっと強くなります! ……ちゃんと、悪いことを乗り越えることができると思うんです。みんなのおかげなんです。……コナちゃん先輩のおかげなんですよ? ね?」


 どやって言うのだ。折れない。それが私の心の名前なら……今こそ折れちゃいけないと思うから。そうしないともう……ツバキちゃんに胸を張れないと思うから。


「……心つよすぎよ」

「そんなことないですよ。へこたれてもいます。真中先輩のビンタやばかったですし! ……星蘭の人を、傷つけちゃいましたし。でも」

「でも?」

「信じてくれたんですよね? ……コナちゃん先輩は、私が攻撃を避けきれるって信じてくれたと思うし……庇ってくれたの、嬉しかったですし。胸が一杯で、だからもういいんです。ちゃんと謝ってきますし!」


 笑うと頬が痛んだけど、それでも笑う。笑わなきゃいけないと思ったから。

 そんな私を見て、その目が潤んで……目を伏せて深呼吸をすると、コナちゃん先輩は何かが吹っ切れたみたいに笑うの。


「あなたやっぱり……自分がどれだけすごいことをしたのかわかってないんだわ」


 今謝りに行っても火に油を注ぐだけよ、このおばか、と言って抱き締められました。

 それはトーヤが生まれてお姉ちゃんを強いられたいつかの私が欲してやまなかった、お姉ちゃんみたいな熱でした。




 つづく。

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