第八百四十二話
新宿から埼玉へダイブ。転移の魔法を利用する。
この程度は楽勝。私、立沢理華にはね?
なんてどやるのは簡単だが、実際はもうちょっと泥臭い。
まず新宿駅で誰も見ていない場所を探すのに苦労する。
監視カメラに映る場所というところを加味すると、かなりきびしい。
あんのか? そんな場所、となる。要は探し方とか、あるいは作り方次第。
大勢の人が集まってきて、元々小柄な体躯を利用して腰を屈めながらそっと消えちゃう。
八葉先輩を相手に恥ずかしい挑発をしたので。
かっこつけたかったというか、記憶に残したくてわざわざやったんですけども。
恥ずかしすぎたので、とっとと視界から消えるに限る。
飛んだ先は目星をつけておいた場所。アリーナの多目的トイレ。
待っていたのは美華。
着地した私をジト目で睨んでくる。手にわざわざ時間を表示したスマホを持って、見せつけてくるあたり時間についてお怒りのご様子。
「お昼には間に合ったでしょ?」
「お昼ご飯はゆっくり食べたい主義なの」
言い返してくる美華は既にライブTシャツとジャージ姿。
私と美華は、聖歌と三人でゲネプロやライブのレポートをする。カメラつきで。
けど、蓋を開けてみたらそれだけではなかった。
美華は明坂の正規メンバーであり、春灯ちゃんは一度、明坂に楽曲を提供したことがある。
その縁で、明坂がゲストで参加する。
といっても今回、明坂は歌わない。あくまでも春灯ちゃんが主役。
それに明坂の本領は別に歌だけじゃない。
春灯ちゃんがパフォーマンスに自身の力を用いて現世しか知らない人に奇跡を見せる。ならば? 明坂も当然、乗っかっていく。
むしろ新規路線を打ち出す仕掛けに利用しちゃうということらしいですよ。吸血鬼たちの戯れを見せてくれるそうだ。
明坂入りしたとしても、ガチプロ勢に混じって同じパフォーマンスができるわけもないので、私と聖歌はそこには加われない。さすがにこればかりはしょうがない。
キャパマックス三万七千人でしたっけ? それほど大勢の人たちを唸らせるパフォーマンスなんて、ダンスは苦手、歌も微妙な私にできるはずもなし。聖歌の歌には完成形に思える美華とは方向性が違うけど可能性を感じる。でもね。春灯ちゃんを見に来た人たち相手に披露して唸らせるのは、正直きついよね。
それにさ。そもそも今回歌わないんですってば。
だって美華にしたって歌うノリじゃないんですよね。
「さっさと着替えて。部屋行ってお弁当食べて、収録の段取り。私はリハもあるから」
つま先でたんたんたんたん床をタップしないで欲しい。
便座の上にライブTシャツとジャージが置いてあった。ジャージは自分から渡したもの。Tシャツは物販で売るのと同じく透明なビニール袋に包装されている状態。
ちなみによくよく見ればスタッフって書いてある。いやスタッフちゃうやんって思うけど、でもレアやん。私的にはこれもありやん。いっそ名前とか書いてあってもいいやん?
いやいや。春灯ちゃんのみならず、大勢が参加している。それに明坂の面々もゲストで参加するわけで――……あれ?
「待って」
美華のTシャツには春灯ちゃんのライブのロゴの下にゲストって書いてある。
けど私が手にしたTシャツにはスタッフとある。わい!?
思わず美華のお乳と手元のTシャツを二度見した私に美華が吹きだした。
「ぷふっ。お姉さまの言うとおり、理華にも抜けたところがあるね」
「なっ……んのことかな。当然あるんですよね? ゲスト用の特別なTシャツ。しかもセットでもらえるんですよね?」
私のちゃっかり発言に「それも予想済み」と言い返してくるあたり、ややむっとする。
ややね? やや。あくまでも、ややだけど。
長命の吸血鬼を上回るのは、相当ハードルが高そうだ。
だからこそ燃えるのだが、美華の誘いに乗って相手のホームに入り込んじゃった時点で急所を掴まれているような気がする。
なので、問題は戦い方かな。刃向かうんでも、立ち向かうんでもなく、手を探す。
柔よく剛を制するじゃあうまくはいかない。そもそも彼女は私よりも何枚も上手のプレイヤー。ひっくり返すのは至難の業。
しょうがないから、はいこれと差し出されたゲスト用のライブTシャツを受けとって着替える。ぶっちゃけプリントなんて自力でなんとでもできるだろうけど。
それはそれ! オフィシャルっていうところが大事なんですよ!
急いで脱ぐ私を見て美華がぼそっと呟いた。
「テンション高いね。すごいいい脱ぎっぷり。そこまで勢いのいい脱衣は瑠衣も見たことないんじゃない?」
「ないですよ! なにか問題でも!」
「……や。別に。ただライブTシャツの下にこれ着てね? 下着が透けたら困るから」
ぐいっと押しつけられたトップスを受けとる。
フィットするタイプのキャミ。ベージュだ。透けにくいタイプ。カップもついている。
ブラは脱いだ方がいいかな? いいっぽいな。
考えてみれば、アーティストのブララインがくっきり見えることないよなあ。
当然といえば当然か。
芸能人やタレントのその手の画像を集めた成年向けの雑誌がありますよねえ。下着がちらりでおかずにしちゃう系の雑誌。なんのおかずかは説明責任を放棄しますけどね。
ぶっちゃけ、いまどきネットのほうがよっぽど拡散速度が速そうですよね。スマホを持てば誰でも写真が撮れちゃうところも強いです。
雑誌はお金を払って買って数を集める労力をはぶくってところですかね? スマホがない時代の、そういう方々からすればお宝な一枚なんかは、雑誌のほうが保管する画像が多くありそうな。
ところであの手の雑誌、肖像権とかだいじょうぶなんですかね? 許可取っているのかな? もし仮に許可を出しているのだとしたらなかなか闇が深いですよね。ぜったいに表にはわからないようにしているでしょうけど。
なんてなことを考えながら手早く着替えを済ませて、持ってきたカバンに服を畳んでしまいこむ。美華と一緒にトイレを出て、まっすぐ部屋へ向かう。その道中だった。
「で? なにしてきたの? 別で移動したいなんてわがまま言ってさ。先輩たちに説明するの、ほんっっっっっと! たいへんだったんだから! 私、休み明けなんだよ!?」
怒るだけならまだしも。
「で? 理華なら絶対おもしろいことしてきたんでしょ? なに?」
妙なスイッチ入っちゃってるの、なんでなんだか。
自分が歌うわけじゃないとしても、大きなライブに参加するのが久々だからとか?
あり得そう。私ももし美華の立場でステージに関わるとなったら、相当てんぱっただろうしテンションもあがったに違いない。
ぶっちゃけ、私はライブが明日でゲネプロに出れる時点で相当ハイですけど! 八葉先輩に決め決めなポーズとっちゃうくらい、あがってますけど!
「八葉先輩いますよね?」
「最後の最後で見せ場が薄らいだ泥棒先輩?」
容赦ねえな。言い返せないですけど。
しょうがないですよ。目立つ連中が大勢いるのが士道誠心ですからね。
大勢が参加したら、毎回毎回がお祭り騒ぎになる。それがうちの学校ですから。
「白銀の君との異名を持つユリア・バイルシュタイン先輩と自然消滅状態で」
元ロシア人スパイですね。
普通の生活にただ埋没していくタイプじゃないですよ。
いっそ大食い女王になるつもりしかなさそうに思えるくらい、大食い番組や食レポ番組にばっかり出ていますけど。
「三年生で女優になりたてなだけじゃなく高校生で海外のゲーム会社社長に就任した尾張シオリ先輩とフラグを立てながらも」
八葉先輩や春灯ちゃんがこっそりつけたあだ名はシオリえもん。
ぶっちゃけ三年生やその上の代には相当浸透しているようですし、当のシオリ先輩はいやがっていますね。
去年度までは分厚い瓶底みたいな眼鏡を愛用していたと聞いています。
髪ももさもさもじゃもじゃだったとか。
私も美華も、コンタクトをつけて髪もこざっぱりとしたボブにまとめているシオリ先輩しか知りません。
ユリア先輩は長身のやせ形なのに、お乳とお尻はぼいんが過ぎるし、くびれはえげつない。
対してシオリ先輩は、どっちかといえば華奢なだけ。
精神面も同じ。
水や氷を扱う御霊を宿す人の精神は荒ぶりやすいといいます。
その理屈でいえば自然災害や飢饉なんかを起源にする神さまや妖怪あたりを御霊に宿す人の精神も、同じ傾向がありそうですけどね。
ユリア先輩は八岐大蛇、シオリ先輩はクラオカミ。
八岐大蛇は有名ですよね? 八首の蛇ないし七つ首と尻尾の大蛇でしたっけ? 酒好きだのなんだの言われていますし、災害の象徴として考えられている節もあるんだとか。
じゃあクラオカミがなにかって言ったら、古事記と日本書紀に出たという神話の神さま。水神であり、龍神でもあるという。谷に流れる河川を示し、雨なんかも司るのだとか。
水神繋がりからなのか、シオリ先輩は自らの霊力を氷に表現することが多い。
霊力は己の世界観を示すというし、己の欲望や願望をわかりやすく表現することができるという。
春灯ちゃんは金色を放つ。狐になるとか、妖術を使うとか、剣豪の技を振るうとか、そういうんじゃなく、もっと根源的な――……宿主なりの魂の表現方法はなにか。
それを見つけたときこそ、きっと御霊を輝かせることができるのだろう。いま私が指輪を用いて魔法を使うというような、御霊の力を借りるようなやり方じゃあなくてね?
私自身がどのように表現するかが大事。
春灯ちゃんは見つけたんだ。
シオリ先輩は模索しているとみているし、その最中の力の表現方法が氷の世界っていうところに先輩の心の闇が深そうだなと感じる。
孤独の氷の世界。なにを夢見て、なにを求めずにはいられないのか。それが問題だ。
ユリア先輩同様、なかなか難しい人ですね。
「実はめちゃめちゃ男子陣に人気の日下部マモリ先輩と一線を越えた、あの八葉先輩?」
「そう。その八葉先輩です」
つけ加えるなら日下部先輩は八葉先輩とシオリ先輩、ユリア先輩と同じく怪盗一味ですし、もうひとり柊先輩も追加するべき。
八葉先輩以外はみんな女性。だからってハーレムが成立するほど、たやすい人ばかりじゃない。
柊先輩は素直そうに見えるけど、大浴場や温泉で何度か見ているんですよ。
体に大きな傷跡があるんです。
なにかしらいわくがありそうで、気になっています。
日下部先輩もね。ふたりが距離を狭めたという噂なら私の耳にも入っていますが、今日電車でお見かけした限りじゃ日下部先輩に嫉妬を燃やすほどのなにかがあるようにも見えず。
キレてもいいところだと思うんですよね。私が八葉先輩にくっついたときに。
なのに日下部先輩は静観していました。
一夜交じったくらいじゃ独占欲を出さない? それとも表に出さなかっただけ? あるいはわりきっているだけ?
私の本命はシンプルに、一夜くらいじゃ心までは落ちないレベルの猛者ってところなんですがね。
状況は人を作る。
変えるのではなく、人格を作っていく。
そんな印象があるんですよ。
隣人の死に嘆く普通の一般人でいながらも、隣人を殺しかねない敵対者だとみれば真偽も確かめずに石を投げるのもまた、人なので。
その状況をよくよく判断して、どう対処するのかをいちいち考えられるようにならないとね。
怖いですよね。
流されるのではなく、作っていく人間になりたいので。
個性大事。自分なりに作り込んでいくのも大事。
となると、八葉カゲロウという人はどうだろう。
発展途上なひとり。
成長中なんていうのは、みんなそうですけどね。
壮年期に文壇に出ていく人もいれば、スナイピングで五輪に出ちゃうおばあちゃまもいる。
やり始めるのに、老いも若きも関係なくて。だからちっちゃなころから人生突き進んじゃう人もいるし、決めて行動しても迷うもの。ときどきの状況に応じて苦しむし、それが楽しめるものであればなあとも思うわけで。
参考になる人がいればいいんですけどね。
世紀の大怪盗なんて、もし仮に八葉先輩が目指しているならフィクションにしか頼りになる三校元はないんじゃないかな。
現実にもいますけどね。窃盗団は。
でもあれは職業泥棒であって、八葉先輩が目指す背中じゃないわけで。
それくらいには、今日会って話してみて人となりを把握したつもりです。話した時間の短さに応じた浅瀬ちゃぷちゃぷ程度の理解ですけどね。
「いわゆるお姉さまとやらの懸念どおりでした」
唐突にごめんなさい。
「教授がなにかやらかしてくるとしたら、先輩じゃなくて春灯ちゃんに対してだろうと」
「ふうん。八葉先輩、なんかいったの?」
「まあね」
まあどころじゃない。
いまからど派手に活躍しにいくっぽい八葉先輩は、意外にも私が想像していたよりも起こりえるだろう事態をイメージしていた。
教授がなにかをするかもしれないし、そのタイミングはこのライブじゃないかっていう推測。
別に疑いはしない。
それに案外、突拍子でもない。
ゼロに近いか百に近いか。そう考えたときに、無視できないリスクだという考えを持つだけ。
警戒はシンプルに、無視できないリスクへの対処として行なうもの。
どれだけリスクを可視化できるかが大事。
現実に支払えるコストには、いつだって限りがある。
今回は正直に言えば、支払えるコストの上限を全力であげている。
警備会社として南隔離世株式会社とトライスターの参加。後者は沢城先輩が佳村先輩と共にアルバイトしている、元侍隊出身者三名で結成された警備会社だ。
明坂のゲスト参加はもちろん、警備上でも大きな意味を持つ。なにせ明坂メンバーすべてのお姉さまこと明坂ミコは長命で老いすら操れる吸血鬼。メンバーはその眷属なのだ。もちろん、芸能活動上でのプロモーションにも入るが、バッシングを浴びないよう出しゃばらない範囲に留めている。それに春灯ちゃんを守りたいという意志もあるのだろう。明坂ミコは春灯ちゃんに並々ならぬ思い入れがあるようだから。
警察の侍隊も、おおっぴらに出てきているわけじゃないけれど、警戒している。
私も協力している警視庁刑事部捜査第一課、第三特殊犯捜査第五係の佐藤さんも柊さんという刀鍛冶と協力しながら捜査を進めているそうだ。
ぶっちゃけ、最大限の配慮を配っているし、それだけ脅威が迫ってくるんじゃないかと誰もが想像している。
八葉先輩が予期していたこと自体に驚きはしない。
私が驚いたのは、もっと別のこと。
「理華は先輩にこう言われました」
野郎は俺らの想定外かつ斜め下のゲスい手でくるだろうからさ。警戒するなら、立沢ちゃんの悪魔な視点で対処すればどうにでもなるんじゃね?
一言一句変えずに美華に伝えて、耐えきれずに笑っちゃう。
「あは! やっべ! 悪魔な視点で対処すれば、ですって。ねえねえ美華。たまにはゲスい意味で本気になってもいいですかね?」
「――……教授がもし仕掛けてくるんだとしても、やりすぎないでよ? もう理華も一般人じゃないんだから」
露骨に関わりたくなさそうな顔すんな!
「大丈夫。九組全員で対処しますから」
「え」
「さあてと! おしごとおしごと! 張り切っていきますよー!」
「ちょ、まっ、理華! え!? 私も!?」
美華が焦って待ってと言って追いかけてくるくらい、早足で進む。
ゲスく悪魔にやっていいのなら――……。
正直、天使のときよりもやりやすいんですよね。
手を選ばなくていいので。
スマホを出して指先で操作。
忙しくなる。これから。
仕事は今日から。対策もいまから。
決戦は今日になるかって? ないない。それはないなあ。
理華が悪魔になるなら――……タイミングは明日がいい。
ただし、こっちが明日に全力を注いだら、向こうは今日に仕掛けるに違いない。
本にして見た教授のことなら大体把握している。
ただ、あんまりくだらなくてきもすぎて、頭の中にいれるのいやだったんですよね。
でも記憶の断片に残っているから、一度刺激して思いだしてみましょう。
特別効く、最低最悪のゲスい手が思いつくかもしれないのでね。
「ど、どうでもいいけど! 理華、ちょっと悪役っぽいよ!?」
「なにを言っているんですか」
ホールのそばにある扉に手を当ててから、美華へとふり返る。
「元々、理華ってアウトロー気質なので。どっちかといえば悪役なんです」
だからこそルールを愛し、大事にする。
内側にいれるように。
じゃないと――……どこまでもやりすぎちゃうんですよ。
気に入らない人を排除するためにね。
今回の標的はひとり。
ユニス先輩に魔力で負け、ミコお姉さまに長命の生き方や人生で負け、春灯ちゃんに救ってもらえずに負けがこんでいる哀れな男。
破綻させるのはたやすく、破滅するのもたやすい。
だが繁殖速度が異様な生物と同じように、根本を刈り取るのは苦労する。
殺すやり方だと同じことの繰り返しになる気がする。
実際、倒しても倒しても奴は復活してきている。
なら別のやり方を選ぶほうが、確実性が増す。
私の想定通りなら、既にとっておきの銀の弾丸は手の内にある。
あとはその使い方次第なんですが――……私がもし彼なら、どうやって狙うのかを考えると、放っておかないかな。
「推測そのいち……さあて」
敵はすでにそばにきているんじゃないですかね?
◆
全身の肉を整形し直して、同様に整形を終えた少女とふたりでさいたまスーパーアリーナそばのファミレスで食事を取る。
予想よりよほど警戒されている。
青澄春灯単体ならばいくらでも狙いようはあるが、周囲にかの吸血鬼がいるようじゃまずい。
とはいえ明坂の血に連なる連中は誰もがみな売れている芸能人ゆえ多忙の身なれば、放っておけば今日は離れる。明日も同じだ。彼女らはスケジュールがある。
彼女らは間違いなく最強の矛であり盾だけれど、青澄春灯サイドからすればあいにくの話だが時間制限つきだ。
狙うなら明坂のいない時間――……と、誰しもが考える。
もぐもぐとハンバーグを食べる少女を放置して、自分の虫を埋め込んだ人間たちに知覚を繋げるべく魔力を練る。
警備状況の把握が狙いだ。
警察までは来ていないと思うのだが、念には念を入れておきたい。
さて、最寄りの傀儡はどこにいる?
繋がった感覚に目を伏せて、視覚を共有した。
最初に目にしたのは――……。
◆
ギン、と名前を呼ばれて刀を下ろした。
縦一文字に斬った男が目を白黒させて、腰を抜かした。
村正の切れ味は変わらず鋭い。
ノンが駆け寄ってきて、刀に手をかざす。切っ先に確かな手応えがあった。
「わりいな、驚かせて。やばいもんがついてたから、処分した」
すぐに刀の表面から白いもやが噴き出てくる。妙に気色の悪い虫に変わるなり、甲高い悲鳴を上げて消え去った。
邪か、はたまた気味の悪い妖術かなにかで作られた生物か。
いずれにせよ、斬った男に斬られた自覚もなければ、こちらが迫ってきたときの記憶もあるまい。
実は彼が最初じゃないのだ。
「ノン、こいつで何匹目だ?」
「十を超えてから数えてないです……うええ」
消える直前になってノンの手に縋り付いてこようとしたのが気持ち悪いのか、必死に手で触れられた箇所を撫でている。
こっちは刀伝いに感触があるから、だいぶしんどいのだが。敢えては言うまい。
「アカネやシンたちはなんて?」
「それがどうやら、アリーナから九組の才女より指示があったそうで」
やたら面倒な言い方をされて面倒だが、誰かはわかる。
忍び野郎の後輩、日高瑠衣の彼女のことだ。
村正を肩にのせて、深く息を吐く。
「俺らは? もっと斬ればいいのか? 一日かかりそうだが」
見おろす男はすっかり腰を抜かしていたのみならず、泡を吹いて気絶してしまった。
斬ったあとは救護班に連絡して回収してもらい、起きた後は同意を得て刀鍛冶による調査のうえで必要であれば医療機関に連れていく。
やるべきことは多く、南隔離世株式会社と協力しないとできない仕事だ。
星蘭の立浪あたりなら喜んでやりそうな仕事だが、自分は気が進まないし、村正もつまらないものばかり斬る羽目になって機嫌が悪い。
春灯のライブの客なら心配もするが、どうやらこの近辺に住んでいるないし働いている連中のようだった。まあ、客も中には混じっているのだろうが割合としては段違いに少ない。
教授とやらの事前の仕込みなのだろう。彼らは青澄春灯がライブをやるときのための、調査役として寄生されたに違いない。
「下積みなんだから体を動かせとミケさんが言ってましたよ?」
「ちっ」
仕方ない。
「ノン、現世で虫退治だ。連絡したら次いくぞ」
「はいです!」
意気込む少女に笑って、早速スマホで南隔離世株式会社の窓口役に連絡を取る。
今日も明日も忙しくなりそうだ。
仲間トモカに任せたほうが早いんじゃないかという気もするが、彼女には彼女の役割がある。
さあ、斬ろう。斬って斬って斬りまくろう。
虫相手じゃ申し訳ないが、なに。雑魚を斬っていきゃ、ひょっとしたら大物と出くわすかもしれないだろう?
期待はできないが。ないよりはましだ。
今日は侍日和。参ろうか。
つづく!




