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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第八章 五月の病

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第八十三話

 



 私はタマちゃんの刀を胸に突き刺して、神社の前で必死に唸っていた。


「ふぬぬぬぬぬ!」

「ちょっと、その程度なの? 気張れ青澄ィ! お尻を叩くわよ!」

「ふぬぬぬぬぬぬぬぬぬぬ!」


 ハリセンを手にした並木先輩の怒鳴り声に私はさらに唸る。

 何をしているのかって、答えは簡単。九尾の狐モードから意識的に空狐モードになろう、という特訓……なんですが。


「ふあっ」


 ぽん! という音と一緒に尻尾が八つ消えました。

 残る一つを見て、ゆさゆさ揺らしてみる。

 ……うむ。紛う事なき一本の尻尾です。


「はあ、はあ」


 息んだ結果、力が出なくなっちゃった……あれえ?

 そう思った瞬間に、すぱんと頭が叩かれた。


「おばか! 強くなろうっていうのに弱くなってどうするの!」

「あ、あははは……すみませんっ」


 あれえ? おっかしいなあ。

 ねえタマちゃん、何がだめなの?


『んー……霊力は十分なんじゃがのう。強いて言えば、そなたのテンションが低いせい?』


 テンションて! なにそれ!


「なに。なにかあったの?」


 考え事が露骨に顔に出るのかな。並木先輩が心配そうな顔で私を見つめてくるから、思わずタマちゃんの言葉を伝える。それからふと呟いた。


「並木先輩って、カナタみたいにタマちゃんとかを擬人化できないんです?」

「え」


 なにそれ、と神社の中でだらけていたユリア先輩とシオリ先輩も視線を向けてきた。


「ちょっと青澄、どういうこと」

「いや、だから……カナタが十兵衞とタマちゃんを、ちっちゃなお人形さんみたいにして」

「それ! ほんと!?」

「ほ、ほんとですけど」

「用事が出来た。ユリア、後は任せるわ」


 んーと頷くユリア先輩の返事だってろくに聞かずに、並木先輩は走りだしていった。スカートの裾なんてちっとも気にしてない。まさにいま劇場の中で走っているんだと思う。コナちゃん劇場……。


「じゃあがんばってみよう。霊子の扱いは基本、気合い」

「えええええ」


 ざっくりした説明をしたユリア先輩に声を上げた時でした。


「八岐大蛇、はこんで」


 ユリア先輩が刀の柄に触れてそう言うと、黒いもやのようなものがユリア先輩の下からわき出て先輩の身体を宙に浮かべたの。

 黒いもやはそれ自体が八岐大蛇の顕現ともいうかのように蠢いて見える。

 現実に見えるだけの……刀の力って、それってトモの必殺技とかで慣れてきたけど凄いことのような気がする。

 だって普通の試合とかであまりその手の芸当を見たことないし。


「どうやっているように見える?」

「……さっぱり、わからないです」


 悔しいくらいさっぱりわからない。


「刀は心の具現化。自分の心との対話……が……ぐう……」


 喋っている間に虚空を見つめたかと思うと、すごい速度でユリア先輩がどっか行っちゃった……え!? どっか行っちゃうの?


「お腹すいたから学食に何か買いに行ったんだと思う」


 呆れた声にふり返ると、シオリ先輩がノートパソコンを閉じて神社から出てきた。

 その刀を抜いて空へと掲げる。


「天花」


 その刀身は銀白に煌めいていた。

 刃身に浮かぶ紋様は通常の刀のそれじゃない。

 まるで飾りのために作られたような……作り物。

 けれど、だからかもしれない。雪の結晶が散らばるその紋様はただただ息を呑むほどに美しかった。

 そう思った私の頬に冷たい何かが触れる。手を伸ばそうとした時にはもう、空からゆらりゆらりと幾つもの雪が降ってきた。


「風花」


 シオリ先輩の囁きに雪たちが従うように舞い散りはじめる。

 風に吹かれているかのようで。その刀の有り様は真実、狛火野くんの村雨のように想像から生まれたものだった。


「ユリアの言葉を続けてきちんと説明すると」


 ちん、と音を立てて刀をしまったシオリ先輩は雪の中で微笑んでいた。


「刀は心の具現化なんだ。青澄が力を出す理由が心になければ、刀は力を貸してはくれない」

「……私が力を出す、理由」

「この雪を起こす力はね……私、いや。このボクの心のありようなんだ」

「え」


 シオリ先輩の一人称が変わったことに驚いて目を見開く私に掛けられた、


「世界は常に冷たい。そう感じたことはない?」


 先輩の問いかけは、間違いなく……かつての私よりも深淵に近い言葉だった。

 ……えっと。ざっくりいうとね。こじらせてるって意味なんだけども。

 やばい。ちょっと、いや、かなり……惹かれる私です。


「抗う術を知りたい。ボクがパソコンにしがみついたのも、その願いが形になったのも……運命なんだ」


 顎に指を当てられて、耳元へとなぞりあげられる。


「君の契約の言葉を、君が口にしない限り……力は形にならないよ」

「あ――……」

「答えは掴んだよね。じゃあボクはいくよ、ユリア達を追い掛けるから」


 ふ、と微笑んで。どちらかといえば可愛い系の先輩のクールな笑顔にどきどきしながら見送る私です。


「星蘭の子達が東京見学から帰ってくる前に出て行った方がいいよ」


 その言葉がなければ、きっといつまでも惚けていたに違いありません。


 ◆


 部屋に戻ったら扉の前で荷物をまとめて行こうとするカナタと並木先輩が引き留めて、揉めてました。

 自分の思いをカナタに告げるとか、そういう揉め方なのかと思いきや、


「ちょっと緋迎くん、なんで教えてくれないの? 御霊を具現化する術があるなんて聞いたことがない! 教えてくれてもいいじゃない!」

「いや、あれは……たまたまラビので上手くいっただけで。もし誤って御霊を傷つけたらと思うと、人には教えられないんだ。何度もそう言っているだろう」

「でも! 私には教えてくれてもいいじゃない! あなたに負けない刀鍛冶よ!」

「それは認める。だから一時的とはいえ彼女を託した。この部屋も使ってくれていい」


 えっ。そんな声が喉から出た段階になって、やっと二人は私に気づいてくれた。


「ハル、闇の聖書はもっていくぞ。ラビの部屋に厄介になることにした」

「ちょちょちょちょ! で、でてくの!?」

「ああ。交流戦が終わるまではな」

「そんなあ!」


 出てかないと思いますけどって並木先輩に言った私って!!!!


「代わりに彼女に預ける」

「だ、だから! その条件は飲むから、代わりに教えてくれと何度も――」

「悪い。人に教える気はないんだ」


 涼しい顔で言うとカナタはさっと行ってしまった。

 残された私は並木先輩と見つめ合うことに。


「……青澄。ひどい顔してるわよ」

「先輩も人のこと言えませんよ」

「「はあ」」


 揃ってため息を吐く私たちです。


「……まあいいわ。こっちの寮に移れるなら」

「並木先輩……ベッド一つしか無いですよ?」

「えっ」


 あわてて扉を開けて中を確認する並木先輩。

 とぼとぼと部屋の中に入ってあっけに取られる私です。

 なぜって、私のベッドの上に真っ白な日記帳四十八冊が置いてあるの。

 あわててその上にあるメモ用紙を取ったらね。

 カナタの字でしれっと書いてあったよ。


『ツバキに頼んで翻訳してもらった。君さえよければ彼女に見てもらうといい。きっと力になる』


 なーー!!!

 あわてて日記帳の適当なページを開いてみました。そこにはツバキちゃんにお似合いの可愛い丸文字で書いてあったよ。


『第四章 クラスのみんなに溶け込めないゾ★


 先生の言うことに「その通り!」とか誰かが答えたときに「いいぞいいぞ!」とはやしたててみました。バケツを持たされて廊下に立たされました。みんなのいたたまれない顔がつらかったです。その後だれも目を合わせてくれなくて――』

「いやあああああああああ!」


 ぐぬぬぬっ。的確に翻訳されている……ッ!

 あまりに的確すぎて痛い! ちなみにこのつらすぎる日記のオチは、


『だから開き直って、みんなが無視できない格好になることにしました。まずはマントと犬歯を伸ばすことからはじめてみます。占いキャラとかもいいなって思うから、水晶玉をもっていこう』


 です。間違えてるから! 色々と間違えてるから! みんなむしろもっと距離を取るから!

 ちなみにそういう間違えを山ほど犯した結果、逆に受け入れられて笑ってもいいキャラに私はその内落ち着くことになるんだけども、それは痛い過去だからそっとしておくとして。

 これの何がどう力になるのかな!

 原典が全部読みにくい中二こじらせた文章になっているからね。すべてが間違いで彩られていたよ……いっそ折れていた方が社会復帰早かった気がするよ。

 まあ折れずにきたからここまできちゃったんだけど。


「……へえ。大変な学生生活だったのね」

「はっ!?」


 あわててふり返ると並木先輩がなんともいえない顔で日記帳を見ていた。


「白の聖書か……ふうん」

「ここここっ、これはその! あの! 違うんです!」


 なにがどう違うのかは説明できないけど。


「まあ、人には色々あるわよね……」

「え……」


 てっきり劇場モード発動して泣きながら抱き締められるかと思ったけど。


「青澄……いいえ、一時的とはいえ相棒になるんだから私も緋迎くんに習ってハルと呼ぶわ。ねえ、ハル」

「は、はい」

「……いいのよ、泣いて」


 あ、これ劇場モードだ。既に私はコナちゃん劇場の中にいたんだ。


「話から推測するに、自分の黒歴史の日記を翻訳されてまとめられたのよね」

「並木先輩が察しがよすぎる件について」

「それって……つらいことよね」

「……ぐうのねもでないです」

「わかるわ。私もね……妄想小説を書いてたの」

「……ほう」


 だ、大丈夫? 並木先輩大丈夫? 自分の傷を晒しはじめたけど。


「それをね……母親がね、読んだの。全部、あますところなく」


 うわきつ。


「編集者の母親はね、赤字を入れたわ。全編にわたって。内容の駄目だし込みで」

「先輩、私が泣きそうです!」


 それなんて拷問。


「コナでいいわ。あなたには特別に許してあげる……さあハル、おいで。つらいわよね……つらいわ……これはひどいわよ……だめね、思い出したら涙が出ちゃう」

「コナ先輩!」


 ひしっと抱き合って二人でおいおい泣いて……劇場モードが終わるまで私は我を忘れていたのです。恐るべし、コナちゃん劇場……。タマちゃんの『おぬしがばかなだけじゃろ』という冷静なツッコミはとても心に刺さりました。


 ◆


 我に返った私たちはソファをベッドになんとか改造して、それから学食でご飯を食べながら話し合っていた。


「緋迎くんの技があれば手っ取り早いと思ったけど。ハルの顔を見たら特訓の成果はあったみたいね」

「まだ試したわけじゃないですけど……最初に答えは掴んでいたみたいです。ユリア先輩とシオリ先輩に改めて気づかせてもらった感じかな、と」

「そうなると、問題は十兵衞ね」

「え」

「玉藻の前……いえ、大神狐は既に強化の術があるけど」


 ハンバーグ定食のご飯を一口食べて、コナ先輩がため息を吐いた。


「十兵衞をどうするかよね」

「え。え。十兵衞、もっと強くできるんですか?」


 あまりにも寝耳に水過ぎて、私は思わずそう尋ねていた。


「正確に言えば、十兵衞の強さにあなたを近づけられるか、なんだけど。それについては……実はね。考えがあるの」


 コナ先輩は自信満々の笑みを浮かべた。


「学校側が収録したあなたの映像をすべて見て、気づいたことがある」


 そんなことしたんだ、とか。そこまでしてくれるくらい、私のことに本気になってくれたんだ、とか。っていうか学校なにしてん、とか。

 色々思いがこみあげてきて言葉にならなかった。


「夜、少し時間を作れる?」

「それは全然いいんですけど……何をするんです?」


 口元を拭ったコナ先輩は、


「あなたの魂の色を明らかにしてあげる」


 全身がかっとあつくなるような言葉を蕩けるような笑顔で仰ったのだ。




 つづく。

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