第八十二話
空っぽな特別体育館に集合を告げられた私は並木先輩に指定された神社の前にいました。
「刀を見せて」
「はあ」
いいですけど、と二本の刀をベルトから外して、床にそっと置く。
抜き放つ刀身、二振り分を床に並べると並木先輩はじっと見つめはじめた。
それだけなら緊迫感があるんだけど……えっと。
「もぐもぐ……」
「ユリア、食べながら擬音言う癖やめなって」
シオリ先輩とユリア先輩もセットでついてきてて、神社の隅っこに陣取ってスナック菓子を食べているからいまいち集中が。
そう思ったのは私だけじゃないみたいで、並木先輩がきっと二人を睨んだ。
「そこ! おだまり!」
「現代でおだまりとかいう女子」「ないわ」
「きいい!!!」
「現代できいいとかいう女子」「ないわ」
「と、とにかく静かにしてて!」
「「はーい」」
……コントかな?
生徒会繋がりなのかなんなのか、三人ともすごい仲良しさんみたいだ。
ちょっと羨ましいかも。
「青澄……一つ確認させて。十兵衞と玉藻の前の性別は?」
「え。十兵衞は男でタマちゃんは女です、ケド……?」
何気なく言ったら並木先輩の顔が「信じられない、ばかなのこいつ」といいたげに歪んだ。
「信じられない、ばかなのこいつ」
「まんまいわれた!?」
「え、え、待って。玉藻の前はあれよね? 狐よね? 九尾の」
「はあ……そうですけども」
主張するつもりでお尻の尻尾をぜんぶ揺らしてみる。
「ぐっ」
「コナに精神的ダメージ……」「小動物に弱いタイプ」
えっと。この場合、私はどういう反応をすれば?
「なぜ! なぜイケメンにしないの! 九尾の狐のイケメン擬人化とか夢でしょ!」
「え、えっ、えっと」
まさか肩を掴まれて主張される言葉がそれとは思わず、私の頭は真っ白です。
「少女マンガにもよくあるじゃない! そういうの! それに男をかどわかす傾国の美少年とかたまらないと思わない!?」
「えっと……性癖はさておいて、具体的なタイトルに話題がいっちゃいそうなので、や、やめません?」
「……そうね。ああでも、理解したわ」
え、いまのでなにを? ときょとんとする私に並木先輩はくわっと顔に力を込めて言うの。
「傾国の美少女になりたい! そして強い力も手に入れたい! あなたの願望をね!」
……これだけ感情が爆発している人の好意に気づかないカナタって、そうとう鈍感なのでは。そう心の中で思ってから……あれ? となる。
「え、え、なんでそうなるんです?」
「いいこと?」
私の肩をそっと離して、抜いた刀をじっと見つめる。
『むずがゆいのう』『落ち着かん……』
二人の念に苦笑いしながら並木先輩の言葉を待つ私です。
「刀は侍の願望を形にしたものなのよ。あなたの魂が本当に求める願いの結晶なの。刀は真実、侍の心のありようということよ。まあ……あれね。あなた残念ね」
「おうっ」
言葉の打撃に抉られます。
「強さの願望を叶える形を同性にしちゃうなんて。よっぽど友達とかお姉さん的存在に飢えていたのかしら」
「う、ううっ」
痛い! 痛すぎる!
「生徒情報……ヒット。青澄春灯、弟がいる。トーヤくん」
シオリ先輩ぃいいいい! ノートパソコンを弄ってなにしてるんですかあああ!
「お姉ちゃんが欲しかったの?」
きょとんとした顔で言われても。二人の先輩も私をじっと見てくるし。
なに! なんなの! はずかしいよ、むり! 一つとは言え年上のお姉さん達に構われるのはじめてでテンパるよ!
「い、いいですから、それは!」
「あ、照れてる」「ユリアの言うとおりだと思う。コナ、頭なでてみたら?」
「そうね……」
「や、やめてください! 特訓! 特訓ですよね!? 頭をなでる必要はないのでは!」
おずおずとのびてきた手にあわてて離れる私です。
やばい、顔熱い。なにやってんの、もう。
「……そうね」
あ、ちょっと傷ついてる。なんか申し訳ない気持ちになるよ……いやいや。だからといって頭を撫でてもらうつもりもないけれど。
「これは必要だから聞くんだけど……少女マンガが好きなら、どうして刀の魂が男じゃないのかしら。どう思う?」
「どうって……えっ」
答える材料が一つもなくてテンパっていたら、ユリア先輩がスナック菓子の袋を傾けて中身を食べきってから口を開いた。
「八岐大蛇はおっさん。お酒好きな……お父さんみたいな人。シオリは?」
「男だよ。基本、女の侍の刀の精神は男であることが多いらしい。まあ、声なんて聞けたことないけどね」
ほらね、とどや顔の並木先輩は腕を組んだ。
「侍として戦う以上、その闘争心は男に近いからかも。舐められてる気がして認める気は無いけどね」
「なら……彼女は戦いでなく、自分のなりたい美少女像として玉藻の前を選んだのかしら」
「……業が深そう」
先輩達三人が真面目な顔で私について分析してる。
……はずい。いたたまれない。
ユリア先輩の言葉に並木先輩が頷いて、シオリ先輩が半目で私を見てくる。
気分はまさにまな板の上の鯉です。
「けど、トーナメントを見た。力を変質させたあのトリックはどう見る?」
「ユリア、それいい質問よ」
ぴっと指差した並木先輩はタマちゃんの刀を持って、柄に触れてかちゃかちゃと指を動かす。すーっと柄を抜いて、刀身を露わにするの。
「シオリ、録音してたりする?」
「基本は。授業外はノータッチだけど」
かちかちかち、たーん!
『――たしの知るあなたは……もっと素敵な存在。寵姫となりて寵愛を受けながらも愛する人を病に伏せた……そんな悪性、私のタマちゃんにはない』
うわ。うわ! うわあああ!
「ままままままま、待って、待ってくだしあ!」
ギンとの試合で言った言葉だ。すぐに思い出したよ。
決め台詞のように、あの時の自分のドヤ感が思い出されて。
『あなたはすでに天を翔る狐。ううん、それでも足りない。三千を超えたあなたの存在は既に空の狐。ならば私と共に翔る名! それは――大神狐!』
「ひあああああああ!」
「落ち着きなさいってば」
赤面してシオリ先輩に飛びつこうとした私の首根っこを並木先輩が掴んで持ち上げるの。
じたばたもがく私に対して、三人とも笑顔です。
「これなんだけど、あの時あなた……尻尾が消えたわよね? すごい台詞だったけど」
「私を八岐大蛇から助けた時よりも凄い力を出してた……すごい台詞だったけど」
「録音捗った……なかなかすごかった。必殺技とか叫びたいよね。口上とかいいたいよね。すごい台詞だったけど」
ぐはあああ! いっそ殺せえええええ!
「だから……導き出される真実。それはこの刀の御霊は玉藻の前から進化した空狐ということ」
「歴史からしてそんな解釈は聞いたことないけど……」
ユリア先輩のきょとんとした顔に、すかさずシオリ先輩がキーを叩く。
「空狐。狐の位としては第二位、けど第一位の天孤が千年以上生きた狐であるのに対して空狐は三千年生きた狐。霊力自在の大いなる神の狐。つまり」
「大神狐……もぐ」
チョコドーナツを出して食べ始めるユリア先輩には二人とも突っ込まない。
私もそろそろ慣れてきた。常に何か食べてないとだめなんだろうなあ。
「一番強い狐とみてもよくて?」
「さあ……ただ九尾の狐とはいえその位はだいたい地狐。玉藻の前は……判断が難しい。とはいえ、どちらにせよ空狐が強いのは自明の理」
「尻尾がなくなるのはどういう理屈?」
「……検索、ヒット。野狐から気狐、天孤、空狐になるにつれて減る。そもそも尻尾だけど」
アグラを掻いてノートパソコンをじっと見つめながら、シオリ先輩が説明してくれる。
「野狐から妖力を増やして一本ずつ尻尾を増やす。千年かけて九本になるっぽい。けれど神の位になるにつれて狐であることから解放され、その尻尾は減る。だから天孤は四本だし、空狐にはもう尻尾がない。身体もない、狐を越えた存在になる……以上」
「さっとネットでわかる範囲はそんな感じね……青澄、その顔は知っていた、という顔ね」
「……まあ。ギンとの試合の前に調べたので」
「~~っ!」
何気なく頷いたら、突然抱き締められました。
え、え、え、なに?
「あなた自分がどれだけすごいことをしたのかわかってないんだわ!」
「……え、えっと。助けて、シオリ先輩っ」
感極まっている並木先輩の腕の中で、主にシオリ先輩に助けを求める視線を送ったんだけど。
「おつ」
「そんなっ」
あっさり見捨てられました……。
「緋迎くんがあなたを託す意味がわからないくらい……あなたは面白い侍よ。わかる?」
「ぜ、ぜんぜん」
「このたぬきがおー!」
「ひゃへへふははい!」
ほっぺたをむにむにしないでくだしあ!
「説明しよう。コナはたまに劇場モードになる。劇場モードとは舞台上の役者さんがスイッチ入って戻ってこない的な、あれ。二年生はコナ劇場に巻き込まれない術を一年で身に付けた」
なんですと。シオリ先輩、そういう事はもっと早くに教えてほしい。
「続けて説明しよう。結城シロのように戦いの最中、刀の本質に気づいて目覚めるケースはままある。けど……自覚的にその性質を願った形に変えたのは、稀」
「そうなのよ!」
シオリ先輩の説明に続くように、これは逸材だわ、とほっぺたをむにむにされるので、急いで逃げました。
ユリア先輩の影に隠れます。やばい。並木先輩のそばやばい。劇場モードマジこわし。抗えない勢いがあるし、劇場を実現するのは並木先輩の激情ってところもやばい。色んな意味で。
「で? で? その姿はイケメン? キラ星美少年? 侍ならわかるんじゃない? どうなの!」
「コナ……微妙にセンスが」
「うるさい! どうなの、青澄!」
え、っと。キラキラ目を輝かせてにじりよってくる並木先輩から、ユリア先輩を間に挟んで逃げる私です。ユリア先輩はのんびり「もぐもぐ」いいながらチョコドーナツ食べ続けてるよ。
『ほれ、言うてやらんか』
タマちゃんの念に背中を押されて、私は素直に白状します。
「おねえさんですけど」
「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおう、のおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
並木先輩のあげたその悲鳴は今日一どころか、恐らく士道誠心に入学して以来、最大の悲鳴に違いないのです。
……ところで、あの。特訓は?
つづく。




