第八十一話
並木コナ先輩。
二年生の刀鍛冶で、カナタのことが好き。
生徒会会計。あれ? ユリア先輩はなんだっけ? 書記だっけ?
そんなことをつらつらと思いながら先輩の後を追いかけていった先は――……生徒会室。
扉を開けて中に入る先輩におろおろしてたら「さっさと入る」とジト目で睨まれたので、いそいそと中に入ります。
中はロッカーや本棚が雑然と壁を占拠していて、ホワイトボードとか机と椅子とかが適当に並んでいる。その机の上には端から端までご飯の詰まった重箱が並んでいて、端から端へお箸を伸ばすユリア先輩が「あ……」と気まずい顔をしてました。
えっと……なんかすみません。変なところを見ちゃって、と謝りたかったんだけど、できなかった。部屋の隅っこに腰掛けて、膝にノートパソコンをのせたメガネっ娘な人がずっとかたかたキーを叩いていたから。
すごい空気だな、生徒会室。
「ひゃふぃ」
「飲み込んでから喋りなさい、いつも言ってるでしょ」
「はうはうはう」
お箸を手にしたユリア先輩のおでこをびしびしと突いてから、並木先輩がびしっとメガネっ娘さんを指差した。
「シオリ、データ出せる?」
「指示は明快にして簡潔。故に出来ている。そこの一年、こんちは」
「ど、ども」
分厚いレンズでよく見えないけれど、視線を感じたのであわてて頭を下げる。
「尾張シオリ。二年、侍。生徒会の手伝いをしてる……でも、今日の仕事は別」
かちかちかち、たーんっ! とリズミカルにシオリ先輩がキーを叩くと、あわててユリア先輩が重箱の中身をかっ食らって(凄い速度)、天井からホワイトスクリーンを下ろした。壁に設置されていたプロジェクターがスクリーンに何かを映し出す。
それは――スライムに囲まれた私たちだった。
「前の特別課外活動の映像」
「えっ」
「見てて、大事なのはそこから先」
駆け下りてきた安倍くんたち。雷光を纏う白銀の狼が寄り添い、スライム達を焼き払う。他にも一つ一つはよくわからないけど、いかにも妖怪絵巻という光景が広がっていた。
一人一人が刀を胸に突き刺し、妖怪変化と化したその身体でスライムたちを肉弾戦で倒していく。その姿は侍というより、ほんとにただの……。
「星蘭は化け物揃いね。シオリ、これは向こうの一年?」
「そう。コナが緋迎とセットで来たら二年の映像を見せる気だったけど」
これでいい? と平板なトーンで問われて、並木先輩が頷く。
「青澄、どう思うかしら」
「ええええっ」
ここへきての無茶ぶり!? 質問の内容もよくわからないよ! えっと、えっと!
「よっ……妖怪だらけ?」
「ばかなの? おばかなの? この中身はすっからかんなの?」
「揺さぶらないでくだちい」
がしっと掴まれて揺さぶられて悲鳴をこぼす私にため息を吐く並木先輩。
シオリ先輩はそういう話題に入ってくる気がないのかスルーだし、ユリア先輩は魔法瓶の中身を重箱に出していた。スパゲティでした。どれだけ食べるねん。腹へってるねん?
「シオリ、登場シーンをもう一度」
「ん」
スクリーンの映像に頭を向けられて、大人しく見守る。
よくみれば雲に安倍くんたちがのっている。けれどもっと意識してみると、違う。
安倍くんは空を駆けている。その足跡に雲が浮かんで、追い掛ける人たちはやっとついてきているという感じだ。
「映像止めて……青澄?」
「安倍くんが、核?」
「そうね。他には?」
「彼は私と同じ、狐の妖怪……で」
何を今更当たり前のことを、と言わんばかりに並木先輩の目が鋭くなったので、あわてて付け足す。
「星蘭の一年生ってまるで安倍くんの、百鬼夜行?」
「それよ!」
がしっと肩を掴まれてぐるんと回されたかと思うと、ぎゅうって抱き締められました。
は、激しいよ! やっぱり並木先輩激しいよ! これだけ感情表現ストレートなのに恋愛になるとポンコツになっちゃうのかな……ちょっといいな、そういうの。
「わかってるじゃない、そう、そうなのよ!」
「え、ええと」
てんぱる私はユリア先輩とシオリ先輩に救いを求めるんだけど無駄でした。
ユリア先輩は食べるのに夢中だし、シオリ先輩はパソコンとにらめっこしてるし。
でも、
「コナ、一年こまってる」
「はっ!?」
シオリ先輩が指摘してくれたおかげで解放されたよ……ほっ。
「青澄、放課後は二人で特訓しますから。いい?」
「は、はあ」
「じゃ! 用意するわ!」
ばたばたと走り去っていく並木先輩に目が点の私です。
えーっと?
「コナ、頭は良いけど基本的には自己完結型だから。ラビや緋迎とはまた別の意味で、言葉足りなくなる時がある。熱中してると特にそう。気をつけて」
「はあ……」
かたかたかたキーボードを操作しながら言われると相づちのタイミングがよくわからんとです。
「今はあなたに夢中」
「へ」
「付き合ってもらえたら嬉しい。あれで大事な友達だし」
「は、はあ」
「気が進まないんなら、そうだな」
パソコンを不意にぱたんと閉じて立ち上がるシオリ先輩の立ち姿は、小さい。ノンちゃんくらい背が低い。ぴょこんとのびたアホ毛が特徴的といえば特徴的。間の抜けた、だからこそ愛嬌のある愛らしさがある。
なのに、どうしてか……大きく強そうに見える。敢えて言うなら、タツくんに似た迫力を感じる。
「緋迎の要請で青澄の居場所を探ったの。私、電子情報ならアクセスできないとこないし、便利だから……コネ作るつもりで手伝って」
「あ、あけすけなんですね」
「やりやすいでしょ? カードが見えてるばば抜きのつもりなの」
……えっと。やばい、どうしよう。
ラビ先輩といい、カナタといい、並木先輩といい……シオリ先輩も。
言うだけ言って先へ進んじゃう。
「青澄にとってわかりやすく話してるってこと。隠し事もなしって意味ね」
「あっ」
微笑みながら言ってくれるシオリ先輩の優しさにほっとした。
「じゃ、ご飯食べてくる。またね」
すたすたと歩き去るシオリ先輩を見送ってどうしようか悩んでいたら、スパゲティを食べ終えたユリア先輩に頭を撫でられました。
「みんな勝手なの、ごめんね。好きなようにしていいからね」
「あ、ありがたいんですけど……先輩、口元にトマトソースついてます」
「はっ」
あわてて口元を拭うユリア先輩に空笑いをしながら思いました。
どうやらうちの学校の生徒会は一筋縄ではいきそうにないぞ、と。
……とりあえず、お腹空いたから私もご飯食べにいこう。
つづく。




