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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第八章 五月の病

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第八十話

 



 首にできた痕を隠すように手当てをするカナタの視線が痛いです。


「……すみません」

「別にいいんだが」


 よくないですよね。眼鏡の向こうの目がちっとも笑ってないもん。

 別に傷つけたわけじゃないです。ただ噛み噛みしてたら興奮してやりすぎて、痕をつけちゃっただけで。まさか人生初の彼氏へのキスマークが、噛み付きによるものだなんて。私の業は深そうだなあと我ながら反省しています。


「やるならせめて、俺が起きている時にしてくれ」

「えっ」

「……寝ている間だと、お前が見れない」


 少し照れながら凄いことを言うよね。

 はああああん!!!! と思わず目にハートを浮かべて反応しそうです。やめてほしい、突然そういうこと言うの。

 そんなくらいの気持ちでいたから、私はきっと油断していたに違いない。

 学食に向かう道すがら、


「緋迎くん、おはよう」

「ああ。おはよう、並木さん」

「ちょっと、首どうかしたの? 綺麗な肌に不釣り合いにも痛々しいシートが貼られているわ」


 女子の先輩にカナタが呼び止められてたの。

 つられて立ち止まって見たら、結構綺麗な先輩だった。

 膨らみ気味なボブカットに泣きぼくろが特徴的な人。

 声にカナタへの好意が滲み出ているのも、特徴と言えば特徴かもしれない。


「相棒の寝相が悪くてね。わざわざ人の寝ているところに来てまでして、噛み付かれてしまったみたいなんだ」

「そう……それは大変ね。そう、そうなの……へえ」


 ぎらっとした目で睨まれました。

 びくっとする私。なんだろう、マングースを睨むヘビみたいな目つきだったよ?


「どうかしたか?」


 カナタは気づいていない。それくらい一瞬だったもん。


「なんでもない……わよね?」


 威圧感。


「は、はい」

「じゃあまたね。朝の定食はお魚がおすすめよ、マグロだから」

「DHAな」

「そういうこと。例の話、考えといてね」

「ああ」


 さらっと会話する二人に色々と突っ込みたい。

 マグロだから、DHAな、って。

 そんな朝の会話ある? ないよ、人生ではじめて聞いたよ。

 他にもあるよ?

 いやいや、カナタ、いまこの並木とかっていう先輩すごい目つきだったよ、とか。

 立ち去る並木先輩の背中を凝視する私にカナタがきょとんとしている。


「なんだ、どうかしたか?」

「いや……えっと。あの人、だれ?」

「並木さんか。一年からずっと同じクラスでな。何かと世話を焼いてくれる」


 ……ほう。


「例の話って、なに」

「……どうした。目が怖いんだが」

「なに。はよう」

「いや、その……刀を手にした俺の刀鍛冶になりたいと申し出てくれたんだ。星蘭との交流戦が迫る中、侍の相手で自分の刀の手入れは大変だろうからって」

「ほっほう」


 そうかそうか。とうとうきたか。星蘭の人が来たこのタイミングで。カナタの負担を減らす体での相棒になりませんか提案ですか。

 とうとうきちゃいましたね。彼氏に思いを寄せる人の登場イベント!

 えっと……どっ、どうしよう。勝てる気がしないよ。そもそも初彼なのに、こんな時にどうすればいいのかなんてわかるわけない。

 いや待て。私の勘違いかもしれないじゃないか。並木先輩がカナタを好きなんて、そんな。初対面の人相手に誰を好きなのか決めつけるわけにもいかないよね。あはは……。


「……ねえカナタ。去年、並木先輩から二月十四日にチョコもらったりした?」

「どうしてわかった。手作りのハートだったぞ、クラスのみんなにもチョコはあげたし、特別な意味はないと何度も言われたが」


 ……う、ぬう。


「に、二年になって同じクラスだってわかったとき、並木さんどんな感じだった?」

「変なことを聞くな」

「いいから! どうだったの!」

「む……大げさに泣いて喜んでいたな。ラビとユリアも同じクラスになってな。成績上位者が集められたから嬉しかったのだろうと思うが。彼女は向上心があるからな」


 む、うう。


「機嫌が悪そうだな」

「べつに」

「……何かあったのか?」


 普通に、純粋に心配されるともう何も言えないよ。

 カナタに出てきてもらう類いの話じゃないんだろうなあと思うもの。少なくとも、今はまだ。

 私べつに宣戦布告されたわけでもないし。

 そう……思っていたんですけども。それは昼休み前のことでした。


「青澄って子、いる?」


 並木先輩がいらっしゃったー!


「あ、えと……」

「ツラ、かしなさいよ」

「はあ……」


 顎をくいっと振って言われると、言い返せない。

 上級生の圧にとぼとぼとドナドナされる私にクラスのみんなは心配する視線を送ってくれたけど、並木先輩が鬼の形相で睨むと誰も何も言えませんでした。

 綺麗な人だけに迫力が違うね。うん。


 ◆


 ロケーションは屋上。誰もいない場所で二人きり。いかにもな状況で、


「緋迎くん、返してもらうから」

「……おう」


 思いのほかストレートに言われました。

 こういうことって本当にあるんだ、少女マンガの中だけじゃないんだ、なんて頭の片隅で感動しながら私は咳払いをしました。


「おほん。あのう……それはなぜに?」

「察しの悪い子ね。いいこと!」


 びしっと鼻先に人差し指を突きつけられました。


「彼の成績は常にトップ! 刀を手に入れられず、なのにずっと努力を惜しまなかった! 眉目秀麗なのはこの際おいておくとしても」


 くわっと見開いた目で睨まれる私。


「彼は二年生の誇りなの!」

「は、はあ」

「わかってないようだから言いますけど」


 突きつけた指を引いてくれた。


「刀鍛冶としての才能も、侍としての資質も、彼はずっと兄や周囲と比較されて生きてきたの。彼のそばにいるならそれくらいのこと、気づいていると思ったけど」

「う……」


 こういう言われ方は正直慣れないなあ、と思いながら頷く。


「でも、彼は諦めず、むしろより一層努力して刀鍛冶としての腕を磨いたわ。いつ侍になっても第一戦に立てるよう、刀なしで授業に出続けた。彼が刀なしで生徒会の副会長におさまっているのは、その努力を去年の生徒全員が認めたからなの!」


 凄い熱量だった。ひと息にぶわーって話す内容がすべてカナタのことなんだから、純粋にちょっと感動してる。


「すごいですね」

「そうなの! すごいのよ! なのになに!? あなたは! 狐の尻尾を生やしていても、狸みたいにぽやっとした顔して!」

「ふえ!? ひひゃいへふ!」


 ほっぺたをぐにいいいっと掴まれました。ぐにぐに形を変えられる私のほっぺたよ。


「さも当たり前みたいに彼を刀鍛冶にしちゃって! しかも助けてもらいにきて!? 挙げ句、彼が刀を手に入れる切っ掛けにもなるだなんて! きいいい! 腹立たしい!」

「ひはひへふ!」


 むいーっとほっぺたを左右に広げられてタップする私です。拡張限界を試されても困ります!


「ふんっ!」

「ほふ!?」


 限界までのびたほっぺたを離されて、涙目でさする私に並木先輩は宣言しました。


「いいこと。あなたは彼に相応しくない」

「だから……自分がカナタの刀鍛冶になって、私との同棲生活にピリオドを打たせようと?」

「そうよ!」

「……カナタのこと、めっちゃ好きです?」

「わ、わかっているなら言わなくていいのよ!」


 ふんっと顔を背けられた。ほっぺたは赤い。すごく激しい人だなあって思ったし、敵意もストレートな人だなあって思った。もっと陰湿なのを思い浮かべていた私としては正直拍子抜けだけど、陰湿じゃない方が助かるからそれはいいや。


「でも、私つきあってますし」

「うっぐ……わ、わかっているわ」


 涙目になられても。崩れ落ちそうだよ。膝がぷるぷるしてるよ。明らかにクリティカルヒット食らった人の反応だよ。


「別れるつもりはないですし。カナタも出てかないと思いますけど」

「わかってるわよおおおお!」

「ふあっ」


 肩を掴まれて今度は前後にがくがくと揺さぶられました。


「人が素直になれずに片思いしてたら横からすっとかっさらって! わかってるわよ! 諦めろってことくらい!」

「あああああああう」


 読んだことのある少女マンガのシチュエーションみたいに私も傷ついたり凹んだりしながら歩み寄ったり名台詞を言いたいし、それをしたいくらいにはいい人なんだろうなあってわかるばかりなんだけど。

 如何せん感情表現が激しすぎて、しかもその表現方法が物理すぎて何もできないです。


「うあ?」


 と思ったらぴたっと止まりました。


「……告白だって、できないし。刀鍛冶になりたいって言ったのに、気づいてくれないし」

「ああ……」


 目をそらすことしかできません。


「同棲したいって言ってるようなものですよね」

「そうなの!」

「そんなのほぼほぼ告白みたいなものですよね」

「わかる!?」

「……不本意ですけども」


 ふわっと思い浮かべるの。

 カナタは気づいてないんだろうなあって。

 はっきり伝えないとだめなんだろうなあ。


「あのう。ストレートに告白した方がいいんじゃないでしょうか」

「なんであなたにそれを言われなきゃいけないのよ!」

「その通りなんですけど……でも。誰かが言わないといけないかなって」


 失言の上に失言を重ねている気がするけど。

 今言わないといけない気がして。


「脈なしなの痛いくらいわかってて、振られるってわかっててなんで言わなきゃいけないのよ!」

「う……」


 痛い。すごく痛い。

 けど同時に思ってしまう。

 自分が傷つきたくないなんていう、そんなところで立ち止まる私なら……ギンと戦ったりしなかった。

 恋愛するならこうあるべきだ、とか。

 そういう話は恋愛初心者の私が人にするべきじゃない。少なくとも、同じ人を思う並木先輩相手にしたくない。

 ただ……ううん。


「並木先輩がどうしたいのか、私はそれをまだ聞いてない気がします」

「……う」

「カナタへの思いが熱いのもわかりましたし、今の私が立ち向かうには厚い壁だとも思います。でも……でも」


 肩にのっかる並木先輩の手を取って、離して。


「正直悩んでるだけの並木先輩には負ける気しないです。その上で選ぶのはカナタだと思うし、何をするのか決めるのは並木先輩だと思います」


 それだけだと足りない。


「私にこういうことするだけのエネルギーがあって、カナタに刀鍛冶になりたいって伝えられる先輩なら……もっと、違うことができるんじゃないかなって……思う、です」


 けど、と口の中で呟いて恐る恐る並木先輩の顔を見た。


「……よくある流れなら」

「え」

「このあと私が彼に告白して玉砕して、気がついたらあなたと友達にもなったり、あるいはもうあなたの前に出てこなくなるんでしょうけど」


 あ……あれ? なんか嫌な予感がする。


「長期戦でいきますから」


 あれえ!? なんか目に闘志がみなぎってますけどー!


「いやいやいやいや! ここは少女マンガみたいな流れでいいんじゃないかな!?」

「そういう流れは私も少女マンガ好きだからよく読むけど、そうそう都合よくいかないわよ!」

「ええええ! いやいやいや、好きなら流れに身を任せましょうよ!」

「好きだからこそ抗いたくなるときがあるの!」

「そんなああああ!」

「長期戦でいくから!」


 テンパる私の顔を見て、ますます並木先輩の顔にやる気が満ちていく。

 ま、まずいぞ! この流れは! そう思った時でした。


「それには及ばない」

「「えっ」」


 意図せずハモる私と並木先輩。

 ふり返るとカナタが扉を開けて入ってきた。一瞬ちらっとラビ先輩が笑顔で隠れる瞬間が見えたけど……。


「ラビに聞いてきた。二人が話し合っていると」

「あっ、えっ」「わっ、えっと」


 マジで本気で心の底から予想してなくてテンパる私たちの元に歩いてきたカナタが、笑顔で口を開いた。


「俺についての話だと……聞いている」

「「いや、まあ」」


 そうなんですけど。


「二人がそんなに仲がいいのなら、しばらく二人でコンビを組んでみるか?」

「「えっ」」


 なにをいっているの。


「いや……なに。青澄の刀は歴代でも指折りの刀だ。自分の刀の手入れも満足にできない俺を気遣える並木が気になるのも無理はない。ラビから聞いたが……いや、納得だ」


 私と並木先輩の「こいつはいったい何をいっているんだ」という顔に気づかずに、カナタは続ける。


「並木さんがもし俺の力になってくれるというのなら、星蘭との交流戦が終わるまで彼女を預けるのも悪くないと思ってな」

「えっえっえっ」「待って待って待って」


 思わず声を揃えてカナタをなだめようとする私たちです。


「ね、ねえカナタ。それはなんか違うと思うの」

「そ、そうよ。確かに私は緋迎くんを気遣っています。けど、それは素直にあなたの力になりたいのであって」


 あっ。その言い方はまずいよ!


「だからこそ……並木さん。君には俺の刀よりも、彼女の刀を預けたい。刀鍛冶でもある俺が誰かに自分の刀の面倒をみてもらうのは、本末転倒にも程があるだろう?」

「「うっ」」


 ほらあああ! カナタが乗っかっちゃうじゃああん!

 それにしても……こっ、ここへきてぐうの音も出ないことを!


「俺も自分の相棒から離れるのは刀鍛冶として耐えがたい屈辱だが、だからこそ屈辱をバネにしなければならないと思ってな」

「「いやいやいや、待って。お願い待って」」

「いや……中途半端な俺が面倒を見るよりも、星蘭との交流戦で確実な成果を上げるいい手だと思うんだ。紛れもなく青澄は士道誠心を背負う生徒になる素質があるからな」

「それは……」「言い得て妙だけど……」


 ぐぬぬ、という顔をする私たちの心中もしらずに、大好きな彼氏は人のいい素敵な笑顔を浮かべた。今日一の笑顔でした。


「副会長として……君たちが仲良くなるきっかけになれば、これ以上無い喜びだ」

「「はあ……」」


 そろってちょろきゅんする私たちです。


「並木さんの腕は俺が保証する」

「緋迎くん……!」

「ハルにとってもいい経験になる。それだけは断言する」

「カナタ……」

「というわけで並木さん。あとはよろしく頼む」

「あっ」「えっ」


 言うだけ言って立ち去る背中を私と並木先輩の手がよろよろと掴もうとして、けれど掴めず。

 見送る形になって、その場にへたりこむ私たち。


「な、なぜ」「こうなった」


 崩れ落ちる私たちに救いの手は差し伸べられなかったのです。

 お互いに顔を見合わせて、しょんぼりしながら揃ってため息を吐くのでした。


「「はあ……」」


 ◆


 ついてきて、と言われて並木先輩の後を歩いて行くと、中庭までまっすぐ向かっていく。そこにはさっきちらっと見えたラビ先輩がいたの。


「おや……」

「この白ウサギ!」

「おやおや」


 ぐいっと胸ぐらを掴み上げる並木先輩すごいし、笑っているラビ先輩もラビ先輩だ。


「はっはっは、どうしたんだい? こなちゃん」

「こなちゃんいうな! 緋迎くんをかどわかして、あなたという人はいつも、いつも!」

「はっはっは、いつものことならいい加減学習してくれればいいのに」

「うるさい!」


 ぐぐぐぐぐ、とラビ先輩を持ち上げちゃう並木先輩って、華奢なのにすごい力だ。

 お、怒らせないようにしよう……。


「別にいいだろう? 君の思いに新たな展開が訪れたんだから」

「またわかったような顔をして!」

「はっはっは……納得するいい機会じゃないか」

「ちっ――……わかってるわよ」


 ラビ先輩の言葉に並木先輩が手を離す。

 乱れた襟元をさっと直したラビ先輩を並木先輩がきつく睨む。


「青澄、この展開に文句を言うなら今しかないわよ」

「えっ」

「あなたたち一年生は知らないと思うけど……うちの学校で事件が起きるとき、必ずこいつが関わってるから。今回のもそうなんでしょ?」

「いやだなあ、その通りだけど。仮にも生徒会長に対して、会計で二年の刀鍛冶のホープがそんなことを言うなんて……困るね」

「イケメンなのが腹が立つ!」


 ぐぬぬぬ、と歯がみする並木先輩。

 おろおろする私は何もできないです。


「ふんっ! ……まあいいわ。青澄、ついてきて」

「え、えと」


 ずかずかと歩き出す並木先輩がふとふり返って言うの。


「星蘭との戦い、勝ちたいなら早く来なさい」

「はっ、はい!」


 あんまりかっこよくて、私は思わず後を追いかけたのです。




 つづく。

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