第八話
帰り道。
それも初登校日の帰り道だ。
私のまわりにはクラスメイトたち(男の子オンリーだけども)。
みんなで笑いあいながら、帰りどこいくーなんて話して、これってもう間違いなく輝かしい高校生活の幕開けって感じです!
天気も落ち着いたし、晴れやかだなあ!
「青澄春灯! 其方の真名は、天界との戦いにすべからく潔く負け…そして亡びた気高き吸血鬼、今は堕天使のクレイジーエンジェぅ!」
「いやあああああああああああああ!」
急転直下でどん底だよ!
「なななななな、なぜ私の真名を! だれ!?」
あわてて声の聞こえた方へとふり返る。
声質が特徴的な声優さんみたいな声の主は……私よりも小柄の女の子だった。
片目に眼帯。手首に包帯。
手には分厚い革表紙ノート。タイトルはDARKNESS BIBLE。
髪は短くボーイッシュ、だけど顔は童顔。
小柄で華奢で、頼りなさげ。特に男の子にはたまらない可愛さ満載だ。
中等部の制服のスカートと絶対領域を作り出すニーハイソックスは白地に黒の十字架柄。ガーターっぽいものが見えるあたり、中二の頃の私よりもよっぽど徹底したキャラ作り!
そんな女子が、私をきらきらした目で見つめて駆け寄ってきた。
「エンジェぅ」
もうやめて。その名前で呼ばないで!
「やっと、会えた……ずっと探していた。これは運命の出会い!」
「……青澄。彼女は君の知り合いか?」
ぶんぶんぶんぶんっ!
そんな勢いでシロくんに首を振りましたよ。ただし、横に全力でね!
「や、やめてくれるかな。この私はもうその名前を捨てたの……そう、もはや翼は失われて久しい」
「青澄。何か出てはいけないものが出ているぞ」
「はっ!?」
女子の肩に手を置いて引きはがそうとしたら、つい。魂が理に引きずられて……って、これもアウトー!
「とととと、とにかく。もうそういうのやめたから。ね? ね? 中等部なんでしょ? 中等部に戻らないと」
「エンジェぅ……」
うるうるした目でみんな! ときめいたりしねえから! そういう趣味はありません! ない……ないってば……う、ううん。
くそう。可愛いよ、この子。なんだか放っておけない。
「な、なにかな」
「……エンジェぅの、そばにいたい」
そんなこと言われましてもーーー!!!!
叫び出したい気持ちで一杯なんだけど、ああでも、くそ!
「可哀想だな」「侍を目指す俺たちが困った女子一人助けられずしてどうする」「よし」
「「「 青澄、いいじゃん。話きいてやれよ 」」」
なんか男の子達がやる気になってきちゃいましたしー!
……はあ。
「なんで私のこと知ってるの?」
「……これ」
英字で考えるのめんどくさいな。中学時代の黒歴史日記の呼び名で呼ぼう。
中等部の子は闇の聖書を広げてみせてくれた。
「なになに?」
そう言ってシロくんが読みあげた。
(その時、異空より声が響いた――)
クリスタルの光で焼き尽くして、お願い抱いて
ワトゥス・シ──悲しきのろま…既に死んでしまうの
血がなければ生きていけない
なのに傷つけずにはいられない
昔の私がSNSで呟いたポエムでした。
「いやああああああああああああああ!」
思わず地面に転がり頭を何度もぶつけたくなるくらい、破壊力は絶大!
「……エンジェぅの言祝ぐ様は、魂の強度を高めてくれる」
う、おおおお……。
あ、あの頃のアカウント、確か熱心なフォロワーが一人いた気がするけど、この子かッ!
「電子の海、新たな仮初めのアカウント、たくさん写真、あげてた。だから、エンジェぅに会えると思った」
「青澄……ネットをやるなら個人情報の取り扱いには気をつけた方がいいぞ」
ええ、ええ。シロくん、たったいま実感しておりますとも……!
「で、でもなんで? あのアカウントは消したし、新しく作ったアカウントじゃポエム書いてないのに!」
「せっかくだ、見せてみろ」
「ええ!? まさかの登校初日でリア友バレ!?」
「ほら、早く」
「……う、うう」
呆れた顔で手を差し出してくるシロくんに、恐る恐るSNSを表示させたスマホを渡す。
指で何度かスライドさせると、シロくんは画面を私に向けてきた。
「なんと呟いてある?」
えーと、なになに?
「過去の名……クレイジーエンジェぅの翼は捨てたわ。今の私は堕天した罪深き人間。黒焔によって罪を焼き尽くされた私は新たな学校生活を送るの! どことはいえないけど日本でも特別な権利を与えられる可能性があるところなんだって★」
「つまり、ここだ。君は自白をしているんだ……ッ!」
「な、なんだってー!」
って、言うまでもないよ! 私バカ過ぎるでしょ!
「……エンジェぅ。だめ?」
「う、うううんんんん」
「青澄。顔が大物政治家みたいになっているぞ」
困った。
こんな展開は予想していなかった。
どう対応したものか悩むけど、と、とにかく。
「エンジェぅは捨てたの。私は青澄春灯。OK? どぅゆあんだすたん?」
「……ん」
小さく頷かれると、ちょっと可愛いな……。
「綺羅ツバキ。それが現世の名」
「……ん?」
待って。違和感があるよ。
女の子……だよね? 顔も、身体もぱっと見違和感ないけど……薄い色素の唇、つぶらな瞳、小さなお鼻。女の子にしか見えない綺麗なお顔だけど、うん?
「ちょ、ちょっとごめんね?」
胸に触れる……固い。
肩とか、華奢でなんともいえないけど。
「ツバキちゃん、聞きたいことがあるんだけど」
「なぁに?」
「……めんず?」
「めんず」
「おぅしっと!」
ずっと女子だと思ってたわー!!!
その衝撃は私のみならず、他の男の子達にも広がっていた。
「なん、だと」「こんな可愛いヤツが男子……」「俺はありだ」
聞き捨てならない台詞を吐いた人が一名いましたが、今は放っておくとして。
「と、とりあえず話、聞くよ。せっかくだし、ファミレスとか寄ってさ。み、みんなはどう?」
こんな提案したのは人生初めてで内心かなりドキドキだったんだけど、みんなは賛成してくれた。
……ほっ。
それにしても……参った。
みんなで移動する傍ら、私の手を握って離さないツバキちゃんに気づかれないように、こっそりスマホでフォロワーを調べると……いた。
綺羅ツバキ。本名アカウントとか勇気溢れすぎてて凄い。黒歴史の塊そのもののアカウントを消した時に誓ったのだ。当たり障りない名前にしようって。
なのに見つけちゃったんだ。
救いを求められるなんて初めてだ。
そのきっかけが、現実に救いを求めすぎて「ご覧の有様だよ!」な私の言葉なんて。
なんだかもやもやする。
「エンジェぅ」
「いや、あの、春灯だから」
「……エンジェぅは、エンジェぅ」
きゅって制服を摘ままれた。
「エンジェぅ、やめちゃうの?」
きゅーん! って胸が締め付けられて、私はなんて答えたらいいかわからなくなりました。
はは、は……はあ。
ツバキちゃん可愛いから、まあ……いっか。
「好きなの? 私のこと」
「……ん! エンジェぅのこと、だいすき!」
はにかみ笑顔に頭が蕩けそうだった。
ま、まあ、あとで考えよっかな! ……保留とかじゃないよ! き、きっとね!
つづく。




