第七十九話
戻ったらみんなが勉強派と運動派に分かれて喧々諤々、なんていうこともなく。
「なあ……シロ、冷静に考えたら」
「当然、勉強も運動もどちらとも必要だよな」
ずーんと落ち込むカゲくんにシロくんは涼しい顔だった。
シロくん以外の私のクラスのみんなはしょんぼりしている。勉強頑張った勢だと思っていたわりにそうでもないのかな。
一年の侍候補生の相棒になった刀鍛冶のみなさんは離れた席で講義についての相談をしていた。ただ授業しても頭に入らないだろうから、身体を動かして頭に叩き込むような手はないか、とか聞こえてきたよ。
それよりも。
「ねえシロくん、私おもうんだけどさ」
「ん? なんだ?」
席に腰掛けて向かい側のシロくんに私は特訓の話題の時から思っていた考えを打ち明ける。
「作戦が大事じゃないかって思うの」
「……まあ、それはそうだな。実は今日の選択授業を見ていて気づいたことがある」
頷くシロくんが、水の入ったみんなの紙コップを三つだけ集めて手元に置いた。胸ポケットの三色ペンで色違いの丸を描いていく。
その動きに侍候補生のみんなの視線が集まる。
「刀の御霊の力をその系統によって三つに分けてみる。まずは……九尾の狐や、おそらく妖怪変化の御霊をその身に宿して特殊な力を使うタイプ」
私の前に赤い丸のコップを置くシロくんの目は、私だけじゃなくてトモや茨くん、岡島くんにも向けられる。
そのままの流れで、
「刀に宿る御霊を具現化して扱うタイプ。そして、」
青い丸のコップをタツくんの前に置いた。そして最後に、ギンの前に黒い丸のコップを置いた。
「純粋に刀として強力なタイプだ。ギンと狛火野のそれだな」
「待って、結城くん。あたしのは――」
「わかっているよ、仲間さん。だからより細分化して具体化したい。みんな、どの性質が自分と自分の刀にとって一番強いか、意識してばらけてもらえるか?」
きょとんとした私の後ろに茨くんや岡島くん、井之頭くんに神居くん。他にも犬6のみんなが集まる。
対してギンのところにはシロくん、カゲくん、それにトモと羽村くんが。レオくんもいるのが意外だった。そういえばレオくんの刀がなんなのか、まだ知らない。今はかけるようなタイミングじゃないからまた今度にするとして。
タツくんのそばには残念3の三人とかがいる。
他のクラスのみんなもそれぞれの場所に散らばっていた。そんな中、
「私の十兵衞はタツくんに近いと思います!」
「あたしの必殺技って、ある意味ハルたちのチームに入る感じだと思う」
挙手する私とトモにシロくんが頷いた。
「必殺技があるという意味では特殊な仲間さんだが、刀の基準というか、ベースとなる状態としては僕たちと一緒だからそのままで。二本の刀を持ちそれぞれに性質が違う青澄さんは、基本的にはその身に九尾の狐を宿しているから今のままでいい」
さて、とシロくんが見渡した。
「こうしてみると……青澄さんのチームは名付けるなら妖怪系だな」
「まるで俺たちがみんな妖怪みたいに言うなよ……ちょっと気になるじゃん」「言い得て妙」
思わずツッコミを入れる茨くんの横で岡島くんが静かに笑ってた。
「そして月見島チームは侍系、とでもいうべきか」
「まあ……そうさな」
ふ、と笑うタツくん。
「そして最後に僕たちのチームだ。敢えて言うなら刀だな。刀の御霊だ」
おう、と声を上げるカゲくんの横でギンが早く結論を言え、と若干イライラしはじめている。
「こうしてみると……ジャンケンのような属性分けができると思ったんだが」
困った顔で言葉を句切るシロくんに、羽村くんがそっと手を挙げた。
「前の選択授業で、茨と岡島相手に俺は結構やれたぜ。まるで二人にとっての天敵って感じの力を感じた」
「う……悔しいけど、羽村の言う通りかも。なんか苦手だわ、羽村の刀」「……僕も」
すかさず茨くんと岡島くんが頷く。それに続いてトモもシロくんに視線を向けた。
「たぶんだけど、あたしの必殺技とあの星蘭の鹿野さんは結城くんの刀相手だとすごい弱いと思う。結城くんの刀に対して相性が悪いというか」
なるほど、と頷いたシロくんがみんなを見渡す。他に何かないか、という視線だ。
「特殊な力をもつのが妖怪系なら、そのカウンターになるのが刀系。で、おそらく安定して強いのが俺たち侍系だろう」
「まあ……同じ侍の中で相性があるかもしれないが」
タツくんの説明にレオくんが補足した。
「つうかよ。ゲームみてえな属性分けもあるだろうが、そもそもの地の力が強ければ戦局なんざどうとでもなるだろ」
ギンの言葉をギン自身が体現しているよね、と思っていたら……ギンが私を見ていた。
「ハルの地の力の強化は、事実トーナメントでのぼりつめるほどに強力だったし有効だった」
「侍系の力も加わるから、彼女の場合はより有効なのだろう。ギンの言うとおりだ。強いて言えば、地の力で妖怪系は侍系を上回るものだと思われる。まさに人外の力を得るわけだからな」
ギンにレオくんがさらに補足する。
な、なんかはずかしい。自分のことを分析されるの。
「そこいくと……認めるのは癪だが、侍系相手に刀系は苦戦すんな」
渋い顔のギンにトモが頷いた。
「さすがにあたしたちの経験値って、現代の剣道とかそのレベルで。切った張ったをしていた侍とか剣豪に勝てるレベルじゃまだまだないもんね」
「なるほど。まとめてみよう……えっと」
何かないか、とシロくんがきょろきょろした時にはもう、私たちのテーブルに刀鍛冶チームのみなさんが集まっていたの。すっとノートを出してくれたノンちゃんにシロくんがお礼を言って、さらさらと書いてまとめる。
『一、妖怪系 → 侍系 → 刀系 → 妖怪系。右に対して左が強い』
『二、ただし刀の御霊の系統が複数に及ぶ場合、この限りではない』
『三、なお刀系が妖怪系に強いのは、特性が噛み合った時である』
これでいいか? というシロくんにみんなが頷いた。
「こうなると妖怪系が強いな、なんかくやしい」
カゲくんが唸るけれど、ギンが「はっ」と笑い飛ばした。
「てめえが強くなりゃあそれでいいんだ」
「わ、わかってるよ! 俺だって!」
すかさず言い返すカゲくんに笑顔で頷くギンはすっごく微笑ましい。
優しい顔になるトモ以外の女子一同です。じゃあそのトモはどうしているかっていうと。
「刀系でも必殺技を使って妖怪系に変われるあたしは、じゃあ相手次第で必殺技を使うべきかどうするか考えればいいのか」
「そうだな。鹿野さん相手にはむしろ使わない方がいいと思う。その……ガチバトルにしかならないので」
あ、シロくんが言葉を選んだ。選んだ結果、ストレートに言った。
「えっと……刀鍛冶の方々から何か意見はありますか?」
ノンちゃん以外は上級生のみなさんにシロくんがおずおずと声を掛けると、先輩たちが顔を見合わせて頷いた。そしてノンちゃんの背中を押すの。
「う、うええ? せ、先輩たちをさしおいてあたしなんかが」
「テストだ」
カナタの一言にノンちゃんがごくっと喉を鳴らして、それからシロくんにペンを借りた。
さらさらと丸文字で書かれる文字にみんなの視線が集中する。えっと……。
『四、御霊の力を引き出す能力を鍛えれば、弱点は克服できる可能性がある』
どういうこと、という顔をする私たちにノンちゃんはペンを置いて言う。
「えっと。たとえば……仲間さんをはじめとする刀系のみなさん」
居住まいを正す刀系のみんなにノンちゃんは人差し指をぴんと立てた。
「刀の御霊は覚えています。自分を振るった人のことを……しっかりと。言い方を変えれば付喪神ですからね。特に思い出深い使用者のことは魂に刻まれています。なので」
心なしかどや顔になると。
「侍系のみなさんに負けない技を使えるようになるかもしれません。仲間さんの必殺技はある種、その内の一つだと思います」
おお、とどよめくカゲくん筆頭の刀系のみんな。ただ一人、ギンだけが目を伏せている。その口元は一瞬、愉悦に歪んでいた。知っているんだろうな、って思った。村正を振るうギンだから、むしろ知らないはずがないなって思った。
「次に侍系のみなさんですが、みなさんの場合は逆です」
「てえと……てめえが使っていた刀を覚えているってぇことかい?」
「はいです。月見島さんの言葉の通りです。侍である以上、妖怪に通じる刀を持っている御霊は稀ですが……御霊となった段階で、いわば神さまの一つ。身の丈にあった刀を掴めれば、その力は決して侮れないものになるはずです」
ノンちゃんのどや顔が増していく。語る口調にも熱が入る。好きなんだろうなあ、説明自体も、なにより刀のことも、大好きでしょうがないんだろうと思う。
「最後に妖怪系のみなさんですが……これはどういうイメージがありますか? 青澄さんっ」
「えっ」
まさかここで質問タイムに入るなんて! 聞いてないよ!
みんなの視線が、あと「間違えるわけないよな?」という笑顔のカナタの視線が痛くてあわててしゃべります。
「妖怪としての力が解放されて……弱点も強いところも、まとめて特化していく?」
「はいです!」
ほっ……。刀鍛冶チームのみなさんがうんうんと頷いてくれて何よりです。カナタが自慢げなのもちょっとくすぐったい。信じてたって顔するならさっきの笑顔はやめてくだちい。
「星蘭のみなさんは基本的に妖怪系です。結城さんのまとめを参考にするとなると、妖怪系相手にするにはカウンターになる刀系を揃えるのがまず第一手です」
「そこから先は僕が引き継ごう、先輩たちの意図はわかった。佳村さん、ありがとう」
「い、いえ……どうもです」
シロくんが口を開くとノンちゃんは両手で口をふさいで、それから不安げに先輩たちを見た。刀鍛冶の先輩たちは笑顔でよくやりましたーと褒めてます。頭撫でたりしてるよ。微笑ましいけど痛感するなあ。私たちまだ一年生なんだって。
だからこそ、シロくんが舵取りをしているのが誇らしくもあるんだけどね。
「今日の選択授業よりもむしろ、特別課外活動の方が彼らの特性を知る切っ掛けになった気がする。みんな、どう思う?」
「……正直、今のところ彼らの中で有効だとはっきりわかる組み合わせは少ない。タツ」
「わぁってるよ、レオ。あちらさんの鹿野に対する結城、仲間くらいだろ? 今わかってる有効な組み合わせはよう」
レオくんの言葉にタツくんが頷いた。
「御霊の名前を知るきっかけがない限りはこれ以上の情報はねえ」
「確かに月見島の言うとおりだな……マッチョな連中は多かったけど、身体に露骨な変化があるのは狐の尻尾を生やしたあの安倍って野郎と鹿野さんくらいだった」
タツくんにカゲくんが頷いた。そしてみんなの視線がシロくんに集まる。
「特訓が必要であること、その特訓で僕たちの御霊の力を引き出す能力をあげる必要があることは明白だ。運動も……勉強も必要ってことでいいんだよな? 佳村さん」
「あ、はいです! 御霊に対する理解は、そのままみなさんの力に繋がります。何度も例に出しますけど、千鳥という刀で雷神を切った立花道雪が雷神の化身となった。その説を知らなければ仲間さんは必殺技を使えないはずです」
トモがはずかしそうに身じろぎしてる。
「結局勉強が必要なのかー」「……まあ、刀について理解するいい機会」
げんなりする茨くんを岡島くんが慰めている。
「じゃあ当日の作戦はまた明日考えるということで、今日は解散しよう。もういい時間だ」
「げっ、23時過ぎてんじゃん!」
シロくんの言葉にカゲくんがぎょっとした声を上げた。
他の学校だったら普通に怒られる、とぼやきながら解散しました。
◆
そして、私はいまベッドに押し倒されています。
カナタの真剣な顔が私を見つめていて、カナタの手は私の胸の間に置かれています!
あわわわ!
「うごくな」
「で、ででで、でも」
鼻と鼻がぶつかりそうな顔の距離感といい、全てにてんぱるよ。無理。
密着まであとちょっとみたいな距離感も落ち着かない。
「でもじゃない。どうせ普通に教えても覚えないだろうから、二人の御霊とお前の魂を繋げている。互いの記憶の共有が、最も手っ取り早い理解方法だろう……夢として見れば、嫌がおうにも覚えてるだろうしな」
「だ、だからって、なな、なぜに胸に触れる必要が?」
「鼓動を高鳴らせているところすまないが……霊子の操作に必要でな」
「うううう……」
居たたまれないよ……耐えきれず瞼を伏せてそう思ったら。
「俺もはずかしいんだ、我慢しろ」
照れ隠しのような声が聞こえた。思わず目を開けたらはずかしそうな顔でカナタがそっぽを向いていた。
それっきり……お互いに無言になる。
静かに時が過ぎていく間……私の鼓動は高鳴ったまま、カナタの手に伝わり続ける。胸の内に広がる冷たい心地よい何かはカナタによるもので。直接肌に触れられるよりも露わなふれあいを私たちはしているのに……それ以上のことはなし。
なんかそれって、すっごく変だ。変だよ。変……。
いや、別にね!? 率先して、何かしたいわけじゃ……うう。
「ね、ねえ、カナタ」
「……なんだ」
「あのね……あの夜から、私たち、恋人っぽいことしてない」
それってどうなの、と言いたくて口にしたけど。
カナタの目は一瞬私に向いて、何かを口にしようとして……けれど言葉を飲み込まれてしまった。もしかしたらきっと、聞きたい言葉だったかもしれない。聞きたくない言葉かもしれない。わからない。
言ってくれなきゃ、わからない。それはカナタだけじゃなくて……私も同じ。
「私は……待ってる、んです、けど」
ああああああ。あああああああ! 頭の中で身悶えする私です。黙ってそっとしておいてくれるタマちゃんにはひたすら申し訳ないし、眠りこけている十兵衞はひたすらすげえ神経だなあと思いますし。
「キスとか、したくないくらい……私って微妙です?」
恐る恐る問い掛けた時にはおでこをこつんってやられました。
「な、なに?」
「したら我慢できるか自信がないからしないんだ」
「で……でも。せっかく私的に色々乗り越えて、やっと付き合ったのに」
放置はやだ、と呟こうとした時にはもう、塞がれていた。
胸の内に入ってきているカナタの力の熱が変わる。
急に熱くなって、それは私の心臓を掴んだ。途端に身体中がかぁっと熱を帯びる。
まるで本当のカナタはそれくらい、欲があって、我慢していて……私に対する思いが溢れて止まらないみたいに、どんどん熱が増していく。
「ん――……ぷぁ」
離れた唇に耐えられなくて酸素を求めた。
けれどあいた唇にカナタの熱が入り込んできた。
そんなのはじめてで。予想もしてなくて。
あの日我慢して離れたカナタの思いは私の理性を一瞬で溶かすくらい強くて切実なものだった。
けれどすぐに翻弄されるような動きから、私の思いを確かめるような動きに変わる。まるで私を試しているみたいに。私が嫌がったらすぐに離れるだろう……それは、優しさ? なんだろう。臆病なだけならこんなことしないと思う。
でも、悩んでいたら離れちゃう。そんなのいやで、気がついたら両手をカナタの背中に回して引き寄せていた。
恐る恐る私から触れると、カナタの熱が絡みついてきた。柔らかい熱。
胸に触れられていた時からすでに限界だと思っていたはずの鼓動がさらに高鳴っていく。
身じろぎする私の首筋にカナタの冷たい手が優しく触れてくる。
くすぐったいようで何か違う……その繊細な指が耳元に触れて、頬を撫でてきて。
心地いいけれどもどかしい。その先に何があるかもわからずに、夢中でカナタを求める。
だから――……終わりは、お互いに呼吸の限界がきた時にやっと訪れた。
「は、ぁ、はぁ、はぁ……」
視界が潤んでた。ぼやけて見えるはずのカナタの目元は、私をどこまでも熱く見つめている。
もっと、と求めたい。それに終わりはないし際限なんてない。
それを一つ年上の、人生の先輩のカナタは知っているんだと思う。
顔が私の耳元に降りて……頬に触れた手を下ろして、私の腰を抱いてきた。
囁かれるのは、一言。
「ここまでだ。ずっと……堪えていた。俺にとって、お前は魅力的でしかないから」
今日の反応もただ愛しい、なんて。そんなことを囁かれた時のリアクションの正解なんて私は知らない。
「これ以上は……もっと、大事な瞬間に取っておきたい」
熱っぽい声での言葉は……私に夢を抱かせるのに十分で。もどかしさと期待を刺激するのに十分過ぎて。
「ただ……今日はせめて、離したくない。いいか?」
いやなわけ、ない。
背中の布地を摘まむ手にきゅっと力を込めた。
じんじんと疼くカナタの熱がゆるやかに私の身体中に広がっていく。
けれど二人で眠りにつくまで、その熱が冷たくなることはとうとうなかった……。
◆
そして、次の日。
私は涙と共に目覚めました。
泣いている理由はわからない。
ただ……夢を見た気がするの。すごくすごく長い夢を。きっとタマちゃんと十兵衞に関する夢に違いなくて、それはカナタがくれたきっかけに間違いないと思うの。
だけどね? だけど……ううん。
隣で気持ちよさそうに私を抱き締めて寝ているカナタの顔をじっと見つめて、私はため息と共に言うのです。
「夢って大概、忘れちゃうよね……」
ばか、と呟いてからカナタの綺麗でほっそりとしたおいしそうな首筋に、いろんな思いをこめて私は歯を立てました。
つづく。




