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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第八章 五月の病

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第七十八話

 



 学食に集まった私たちは、声を潜めて言うのです。


「特訓?」


 私の声にカゲくんが頷きました。


「おう、特訓だ。今週には交流戦がある。となると、そろそろ必要な時期じゃね?」


 どうする? という顔でトモを見たら真剣な顔で頷いていた。

 あわててカゲくんの隣にいるタツくんを見たら、この上なく楽しそうな笑顔でした。あ、これ聞くだけ無駄なやつだ。もうだってやりたいって顔に書いてあるもん。

 こういう時、異論を挟んだりするのはシロくんの役割だけど、ふんふんと頷いている。レオくんは涼しげな顔であらぬ方向を見ていてノータッチの構え。

 両手を握りしめて闘志を燃やしている狛火野くんは賛成しかしなそう。

 となると、ギンはどう? めんどくさがったりするのかな? そう思ったけど。


「どういう特訓をやる気だ?」


 あれ、割と前のめりだ。

 私だけなのかな。え、今するの? って思ってるの。

 こ、このノリはなんなのかな?


「あのう。刀鍛冶のみなさんを代表して、ちょっと思うところがあるので……いいですか?」


 カナタたち刀鍛冶チームに背中を押されておずおずと手を挙げるノンちゃんにみんなの視線が集まる。


「刀のことをお勉強して、それぞれの御霊について理解を深めませんか?」

「「「それはやだ」」」


 茨くんをはじめとするうちのクラスメイトが率先して声をあげました。


「で、でも! 歴史のお勉強をすれば御霊への理解が深まり、その力を正しく使えるので、いい特訓方法だと思うのです!」


 うんうんと頷く刀鍛冶の皆さま。特に私を見るカナタの目が痛いです。


「でもなあ」「むしろ腕力鍛えた方がいいよなあ」「わかる。それな」


 一人、また一人と声を上げる一年の侍候補生たちにノンちゃんが腕を組みました。


「これだから脳筋はだめなんです!」「まったくだ。勉学は戦いに通じるものがあるというのに」


 ノンちゃんにカナタが加勢して、それに刀鍛冶の先輩たちが口々に参戦していく。

 勉強! いや運動! と、わいわいがやがや。

 正直、夜の十時とかにやることじゃないと思うの。


「ねえハル、お風呂はいりにいく?」

「そうだね」


 早々に会話に混じることを放棄したトモ。さばさばしてるなあ。

 でもさっさと入っちゃおう。


 ◆


 トモに手伝ってもらって尻尾も含めてぴかぴかに洗ってお風呂から出たら、大浴場前で意外な人と出くわしたの。


「あれ、奇遇やね」


 浴衣姿の安倍くんだった。そばには鹿野さんと立浪くんもいる。けど二人とも「先に戻るわ」と立ち去っちゃった。鹿野さんはトモを意味ありげに一瞥したけど、それきり。


「ごめんな。うちの連中は血の気が多いんで、あんま関わらんようにきつく言うといたわ」


 ソファに座ってウチワでぱたぱた顔を扇ぐ安倍くんは風流を体現しているよう。

 華奢な足が隙間から見える。他の星蘭の生徒と比べると、安倍くんは本当に細い。なのに不思議と頼りないわけじゃないのは、なんでだろう。レオくんみたいな王者の風格が漂っているからかな。尻尾でなんとなく感じる程度だけどね。


「そこのきみ、大丈夫やった? 鹿野とタメ張るなんてやるなあ」


 お風呂の後だからかな。凄くリラックスした安倍くんは最初にあった頃と比べるとびっくりするほど人なつこい笑顔を浮かべていた。


「まあ……それなりには」


 だからどう受け止めればいいかもわからない。

 トモは曖昧に頷いて、いそいそと自販機に歩み寄る。


「そこいくときみはあかんね。しっかりせんと。あんなにあっさり負けたらあかんよ」

「はあ……すみません」


 うちわで差されて怒られました。


「そういえば……あたし、君が戦ったところ見れなかったけど。強いの?」

「と、トモ!」

「だって気になるじゃない」


 コーラを手にして腰に手首を当てるトモに、安倍くんはウチワで口元を隠した。


「いずれわかるやろ。苛々せんと、風呂上がりはゆったりしいや」

「……なんか調子狂うな。ハル、あたし先もどってるわ」


 肩をすくめたトモは早々に行っちゃった。

 私もついていこうかと思ったけど、でもその前にふと気になって足を止めた。


「ねえ、安倍くん」

「ユウジンでええよ」

「……ユウジンくんに質問があるの」


 なんや、と背もたれに身体を預けて肘をかけて微笑む。

 五芒星の浮かぶ彼の目は狐のように細められている。まるでお面のように整っていて、不気味。けど怯んでいる場合じゃない。


「ユウジンくんは、星蘭のみんなは……なんで侍になるの?」

「せやね……あんたら士道誠心とちごうてな。星蘭は学費が安いねん」

「え、と」


 手招きされて恐る恐るユウジンくんの隣に腰掛けた。


「うちが貧乏、はみだしもん、乱暴もん。まあそんな奴らの吹きだまりやね」

「ふ、吹きだまりって」

「まあ……がっこの歴史は長いよ。しっかりしたとこや。せんせがえらい強いからな。最初は正直、刀を抜けるもんなんかおらへんよ。けど死ぬ気にさすようなことばっかやらせよるから」


 ふふ、と笑うユウジンくんは何かを思い返しているのかな。


「まだ五月やのに、ぎょうさん刀持ちがおるわ」


 けど、と意味ありげに言われて彼を見たら目を開けていた。

 大きい目だ。両目に浮かぶ五芒星はカラコンなんだろうか。それとも……。


「あんたらも多いね。例年通りやと、士道誠心の一年の侍候補生なんて、いうて数人程度て聞いてたけど」

「まあ……今年は元気なんだよ、きっと」

「ええね、元気がええのは。たのしいなあ。夢のようや」


 まさか、夢って単語が出てくるとは思わなくてどきっとした。

 私はよほど顔に感情が出るのか、その瞬間に彼が笑う。


「侍候補生になると、どんな特典があるか知ってはる?」

「さあ……」

「安定した職業や」

「え……それが夢なの?」


 あ、やばい。思わず突っ込んじゃった。


「夢やろ。異世界みたいなとこいって、化け物たおして、ぎょうさんお金もらえるんやで? それに年金もきちんともらえるねんで? そんなもん、現代の夢やろ」


 最初に見たミステリアスな一面よりもずっとずっと親近感の湧く、きらきらした目だった。まるでカゲくんやタツくんみたいな子供のような顔だった。

 こっちがきっと、ユウジンくんの素なんだろうなって思った。


「たのしいなあ……毎日がたのしいわあ」


 うちわを持つ手をそっと膝上に置いて、彼は目を閉じた。


「せやから……そんな毎日を脅かす奴は許さへん」

「あ――」


 声に混じる殺気は初日にあった時に逆戻り。

 それがつらくて、なぜだか妙にさみしくて、そんな気持ちはすぐに顔に出た。

 だからだろうか。ユウジンくんは顔を寄せて笑うの。


「ま……きみに言うてもしゃあないな」

「う、うん」

「なんやきみ、ずいぶん話しやすいな。腹芸へたそうやからかな?」

「え、えと。嘘は苦手ですけども」

「せやね。顔によう書いてあるわ。私は素直です、て」


 はは、と気さくに笑われる。

 ばかにしているんじゃない。


「そういうの、めっちゃ好きやわ」


 純粋な好意しか感じない。

 だって彼、すごい優しい笑顔をしているから。


「大人のはかりごとはそっちのけや。楽しい交流戦にしよな」

「あ……うん!」

「ほないくわ。そろそろ戻らんと、二人が心配する」


 すっと立ち上がって飄々と歩き去って行く。

 不思議だけど子供みたいなところもある……人を引き付ける何かをもった人だなあって。

 私は暢気に思うのでした。

 けれど彼ら星蘭との交流戦は迫るのです。

 だからこそ思うのです。

 特訓の行方はどうなるのでしょうか?




 つづく。

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