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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第八章 五月の病

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第七十七話

 



 部屋で自分の刀を抜いて、その手入れをするカナタの指先は息を呑むほど白くて長い。刀身に触れる繊細な指使いは刀を思う優しさと慈しみに溢れている。けど、そうか。私……あんな風に触られたのかなあ、なんて考えてしまった。やばい。顔熱くなってきた。


「質問するんじゃないのか」

「あ、えと」


 ソファに座るカナタと向き合うように、自分のベッドに腰掛ける。

 カナタの視線は自分の刀の刀身を見つめて離れない。

 こっち向いてくれてもいいのに、と思う反面、刀に集中しているカナタを見るのがなぜか嬉しい。その複雑さに意味があるのかはわからないけれど。

 ……だめだ。美男過ぎて絵になるからつい見ちゃう。そうじゃないでしょ。


「侍って……なんでなるの?」


 私の問い掛けにカナタははじめて手を止めて、それから私を見た。

 眼鏡の向こう側で見開かれた目に去来する懐かしさと、それから……痛みだろうか。目元が一瞬だけ歪んだように見えたのは、私の気のせい?


「一年ならまだ、進路に関係する授業はないか。お前はその特性の割りに物を知らないからな」


 あれ。ばかにされてる?


「侍の人数はどれほどいるか、知っているか?」

「……さっぱり」

「だろうな」


 あれ。やっぱりばかにされてる?


「違う」

「えっ」


 何も言ってないのに、と慌てたら「顔に書いてある」って言われちゃいました。すみません……。


「たとえば……そうだな。高校で軽音楽部や吹奏楽部に入った生徒が、音大に進学する確率はわかるか?」

「……高くは、なさそう?」

「そうだな。甲子園に行くことを夢見る野球少年がプロ野球選手になる確率は?」

「ううん……やっぱり、高くはなさそう。で、でも士道誠心とか星蘭って、要するに工業高校とか農業高校の侍版じゃないの?」

「体感してみて思わないか? 化け物相手に死にそうになった状態で、現実世界に戻ってきて……侍じゃなければ安全なのにって」

「う」


 カナタはさっきから、痛いところばかり突いてくる。それに、なんだか夢のない話ばかりだ。そういう話、まるで親から怒られているみたいで私は好きじゃない。

 そんな気持ちさえ顔に出たのか、カナタは悲しげに笑った。


「すまない。だが……実際、三年生の進路を調べてみると、ストレートに侍になろうとする者も減るし、そもそもなれる人間の数自体が低い。これがな」

「なんで……?」

「御霊は侍として戦う意志に寄り添う。その覚悟が届いた時、刀となって顕現する。なら――……戦う意志がなくなったら?」


 それは聞きたくない言葉だった。同じ志をもって一緒に過ごす相手からは決して。仮定の話だとわかっていても、私に教えてくれているんだとしても……聞きたくない言葉だった。


「漫画家や小説家を目指して……けれど進路が近づいてきて筆を折った奴が何人いるだろう? 毎日練習して、辛い目に遭って運動を辞めた奴は? 子供の頃から楽器を練習して、けれど才能がないと諦めたり夢破れた奴は? 動画を作ってアップするもそもそも見向きもされない奴は?」

「――それでもやるよ!」


 だんだん耐えられなくなって、私は気づいたら叫んでいたし、立ち上がってもいた。

 あれ。なんで? なんで泣いてるんだろう。なんでこんなに悔しいんだろう。カナタは別に私をなじっているわけじゃないのに。


「私は絶対にやめないもん! もう、絶対、やめないもん……」


 少し見る先を変えればそこに日記がある。

 捨てられず、安心するからと持ってきて……私を見続けて応援してくれた子が喜んでくれた、私の結晶が。

 他の人からどんなにばかにされても。認められなくても。私自身が認めて受け入れて、大事にするって覚悟を抱いたもの。

 ……私の夢。願い。


「何があっても、やめないもん」


 それを誇りたいのに、胸を張りたいのに、子供みたいに言い返すことしかできない自分が惨めで悔しくて……つらすぎて。


「私は、戦うもん」


 なのに、それでも……言葉にせずにはいられなかった。

 そんな私をカナタは見つめていた。ずっと、目を離さずに。


「それが答えだ」

「え――」


 どきっとした。カナタの目があまりにも真剣すぎて、心は揺れるのに目を離せなかった。


「侍になる理由は、とどのつまり……それだ。終わりのない戦いと自分の手にした刀に自分の夢を重ね、見つめ続けられるかどうか。ただそれだけなんだ」

「……夢」


 何も言わないけれど、あたたかな気持ちを送ってくれる十兵衞とタマちゃんを感じる。

 ……二人に見た、私の夢。

 強い力と、綺麗な姿。

 私の……決して折れない、二つの願い。

 自覚したらもう、だって。手放すなんてできるわけない。

 そう思った途端にカナタが私の気持ちを察したのか笑顔で頷いてくれた。


「そうとも。折れない心が侍の資質だ。刀鍛冶のそれとは違う覚悟が必要だ。そのためには……真中先輩が言うように危機管理も大事なんだ」

「危機、管理」

「星蘭との特別授業があったと思うが、星蘭の連中はどうだった?」


 どうだったって、いわれても。

 今思い返してみると、士道誠心よりもその性質は荒々しくて、乱暴で。


「貪欲だった」

「ほう」

「普段はね……ライオン先生は優しく丁寧に導いてくれるの。けどその反面で、立ち向かうときはいつだって全力で、怖い」


 最初の選択授業の時のターミネーターぶりは正直トラウマものだもん。

 思い返してみればいつだって言葉よりもその刀で私たちに接してくる。

 本物の侍として、教師として、その姿を私たちに示してくれる。

 でも、あの猫娘状態な夏目先生は違う。


「星蘭の人たちは生徒達同士、まるで魂をぶつけあうことが一番の近道みたいに……ケンカするように、お互いを高めあってた」


 トーナメントやチーム戦の始まったばかりの私たちよりもよっぽど誰かとの対戦経験は豊富なんじゃないだろうか。戦う回数がそのまま経験値となるRPGなら、きっと私たちとのレベル差はかなり大きいと思う。


「学校ごとにノリが違うが……あれはあれで一つのやり方でな。身体で覚えるにはちょうどいい。俺たちも去年、選択授業で見せてもらった時には度肝を抜かれたものだ」

「カナタも実践剣術選んでたの?」

「だめだと言われても無理矢理頼み込んだ。竹刀だけの一年間はつらかったな……佳村のような才能があれば違ったんだろうが」


 佳村ノンちゃん。一年生にして刀鍛冶になった女の子だ。


「カナタは……どうして刀鍛冶になったの?」

「折れない心があった。妹を助けたい、シュウを見返したい、なにより……」


 肩に刀を置いて抱き締めるようにして、カナタは目線を床に落とした。


「俺だけの夢を、見つけたかった」


 そう語る声は私の知っている男の子の、私の知らない声だった。

 どれだけ深く繋がったか、私なりに自信はあったのに……私の知らないカナタがまだ、いるんだ。寂しさよりも、なぜか……きゅんときて、切なくてたまらなくなった。


「お前を助ける、そのことに夢中で……俺の夢はそこにあった」


 目線が上がる。私を見つめる。その表情もまた、私の知らないもの。一途で真摯な、大人びた異性のもの。遠くて届かないはずなのに、それが私に近づいてくる。そばにある。すごく……熱い。胸の奥がじんじんと疼いて止まらない。


「誰かを助ける力が欲しい。一年の途中から死ぬ気になって刀鍛冶の力を磨いたのも、刀を手に入れたのも……それが理由だった」


 手を繋いでいなくても感じる。カナタの思いの温度を私は確かに感じている。

 知らなかった。好きって言葉にしなくても、こんなに誰かに伝えられるんだ。


「俺の折れない心はお前と共にある」


 触れて確かめなくてもわかる。カナタの鼓動のリズムも、その意味も。


「何を悩んでいるか知らないが……とっくにあるんじゃないか? お前にとっての侍の答えは、心に既にあるんじゃないか?」

「……うん!」


 胸が一杯になって頷いた。

 いつも私じゃない誰かが答えをくれる。

 私は……みんなに生かされてる。

 だから……私は精一杯、みんなにお返しがしたい。

 真っ先に思い浮かんだ顔に、私は会いに行くことにした。

 たっぷりとカナタにお礼をして、私は走りだしたのだ。


 ◆


 部屋にはいなくて、だからもしかして、と思って保健室に行ったらいたの。


「……トモ」

「あ……やはは、こまったね。会いに来られちゃうなんて。なに?」


 少しだけ暗い顔をして、けれどそれを笑顔にコーティングして、強くて明るいトモになろうとする。友達なのに、何度も助けてもらって……トーナメントだって、今思えば胸を貸してもらったようなもので。なのに、私はトモに何も出来てない。

 思い立ってきてみたはいいものの、なんて言うべきか迷った。すごく迷った。そういえば私は小中とぼっちで、ツイッターアカウントにしたって親身になってくれたのツバキちゃんくらいで。こんな時どうすればいいのかわからない。けど。


「放っておけなくて、きちゃった」

「はあ……うちの刀鍛冶と結城くんをやっと追い払ったら、今度はあんたか」


 結わえていない髪を困ったように指先で梳いて、それでも足りずに前髪を摘まんでトモがうつむく。何かを隠そうとするように、息さえ潜めてしまう。


「面倒見よくても困るよね。ハッキリ言えばさ、放っておいて欲しいんだけど」


 それでも隠しきれない棘がトモの心にあった。

 痛い。すごく痛い。最初から私を受け入れて、優しく寄り添ってくれた子の棘だから、すごく痛い。こういう状況に慣れてないから、余計に。

 でも。それでも。


「トモが面倒見いいんだもん。しっかりしろって、背中叩いてくれる人のこと……放っておけないよ」


 言わなきゃいけなかった。


「そ、そういうことするのが、友達なんでしょ!」


 勇気を振り絞って、言わなきゃいけなかった。


「私はトモの友達だもん! 仲間だもん。離れたりしないよ! 離れたくないもん!」


 怖い。本当はめちゃくちゃ怖い。拒絶されるのが怖い。トモに近づいた距離が実はトモにとってはなんでもないものだって知るのが怖い。アンタなんて友達じゃないなんて言われたら生きていけない。

 震える足で、それでも前に進む。折れない心が私の魂のあり方なんだ。そう気づけた時間はトモがくれたものだから。


「だから、聞きたい。悩みがあるなら、聞きたい。は、話したくないならせめて……そばに、いたい」


 スカートの裾を掴まずにはいられなかった。顔だってあげれない。無理、つらい。どんな反応がくるのかわからない。なんなら今すぐ走って逃げ出したい。

 けど、それでも……前へ。


「だめ?」


 縋る声に返ってきたのは――……「はは」っていう本当に何気ない笑い声だった。

 びくっと震えた私の手を、いつしかそばに辿り着いていたトモが握ってきた。

 冷たい、タコだらけの……男の子みたいな、けれど小さくて儚い女の子の手。


「ハルにはかっこいいとこしか見せたくなかったのに」


 その言葉に心底揺さぶられた。本当に悔しそうに言うトモが、私には眩しく見えた。


「……でも、ま。友達なら見抜かれちゃうか、ごまかしても、いずれは」

「――っ」


 泣き出しそうな私の目元を優しく拭って。


「あんた、あたしの分まで泣いちゃう気?」

「ご、ごめん、でも……」

「いいよ。どうせなら……そうして。そんで、その間は……あたしに胸を貸して」

「えっ。わっ!?」


 抱きついてきた力はいきなりで、強くて。

 けれど、抱き締めると微かに震えはじめる。

 微かに聞こえはじめた嗚咽の音に、気づいた。

 私に泣いてというのは、自分が泣いていることを誰にも知られたくないから。私の泣き声に隠れるようにしか泣けない……本当に意地っ張りなトモの泣き方なんだと思った。

 私ってふり返ってみればめんどくさいけど、その友達であるトモもまた……なかなかのめんどくささだ。けど、そんなの……好きになる理由でしかない。


「くやしい、くやしい……もっと、つよくなりたい」

「うん」

「雷を斬って、あたしは――……あたしは、特別になりたい! 普通でいたくない、うもれたくない、つよくなりたい……ッ」

「うん……」


 トモの絞り出されるような純粋な願いは痛いくらい理解できるものだった。私でさえ、理解できるものだった。

 友達のことが大事で、愛しくて仕方なくなってもっと強く抱き締めずにはいられなくなった。

 もし……夢が刀の形になるのなら。

 刀ってもう、私たち侍の心そのものだ。

 私がやっと受け入れたような過去がトモにも、ギンや狛火野くんたちにも、シロくんやカゲくんたちにもあるんだとしたら。

 ……ああ、確かに御霊が必要だ。刀鍛冶が必要だ。侍の仲間が必要だ。寄り添える友達が、私たちには必要なんだ。

 だって、一人でいたら折れてしまう。誰かがいなければ気づけないことが山ほどある。

 たった一人で戦い続けたら――……壊れちゃうよ。

 強くなくていいんだ。素直になれる気持ちが大事なんだ。

 なら、もう。今はせめて。

 トモがもっと泣けるように、私は彼女のそばを離れず、その背中を撫でようと思った。




 つづく。

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