第七十五話
寮に戻る道の途中で見つけちゃった。
「コマァああ!」
「ちいッ!」
刀と刀のぶつかり合う音に混じるギンと狛火野くんの声。
寮の前にある広場で二人が戦っている。
二人の顔に浮かぶのは……なんで? なんで、笑っているんだろう。
「こほん」
咳払いが聞こえて視線を向けると、ノンちゃんがいて、他にも……タツくんやレオくんに、カゲくんやシロくんまでいた。他にもね、屈強な身体がTシャツとジャージ越しでも十分わかるお兄さんとか、カゲくんの刀鍛冶らしいポニーテールの女の子とか、あとレオくんの執事みたいなお兄さんもいるの。
「ノンちゃん、みんなはなにしてるの?」
「特別課外活動で沢城さんと狛火野さんが、どっちが切り込み隊長になるのかで揉めて……今です」
「トモはいないんだ?」
「一人になりたいから剣道場にいく……だそうです」
どうしたんだろう……ちょっと気になる。ノンちゃんの言うような揉めあいからの戦いとか、どっちかといえば好きそうなのに。腕試し全般的な意味で。
「で……決着は?」
「あなたにはどう見えますか?」
難しいことを聞くなあ。うんとねえ。
「えっと……互角に見えるかな」
「やっぱりそうですよね。なので、かれこれ十分はこんな感じです」
「ふうん……」
十分……っていうと、私がふらふら出てっちゃった時くらいかな。
見れば攻めっ気ばかりのギンは、汗を散らして村正を振るう。視認するのが難しいほど早く、荒々しく振るわれるのに、刀身にまとった赤黒い炎がその軌跡を明らかにする。だから……十兵衞の力を借りて尚、防ぐのに難しそうな尋常じゃないギンの技が引き立つ。
けど、狛火野くんは私と違って焦らない。置くべき所に最短距離で刀を置いて、防ぐ。受け流す。時に払い、ギンが呼吸をしようとしたその隙に刀を振るう。
その戦いはまるで、息継ぎなしの全力水泳。身体を酷使して、けれど決してお互いに気を緩めずに立ち向かい続ける。
強いて言うならギンが攻め、狛火野くんが受け。あくまで戦いの話ですけども。
「よくもまあ体力がもつね」
呆れる私とは違って、カゲくんは「沢城、俺とやるまで負けるなよ!」と声をかけたりしていて。シロくんも「見てて腹立たしいな、ただ攻めるだけでなく!」と歯がみしている。他にもみんなが思い思いに二人を見守っていて、中でもレオくんとタツくんの目は厳しいものだった。
「レオ。この後、勝った方と俺のチームの人間が戦ってケリがついたら……わかってるよな?」
「ああ」
ふ、と口元を緩めるレオくんは余裕たっぷりだ。学内に設置された照明の光を浴びて、その金の髪の毛がきらきら輝いてみえます。立っているだけなのに妙に決まっているのは姿勢がいいからなのかな。S字だと綺麗に見えるんだっけ。でもレオくんは天然でやっていそうだ。服もジャージみたいにラフな格好のみんなと違って、カッターシャツとスラックスです。ボタンが二つも開いていてちらちら見える鎖骨の上の首筋が――……はっ。違う違う。
「レオくん、タツくん。二人とも、なんの話してるの?」
「青澄か……なに、たわいない賭けだ」
「賭け?」
視線でレオくんを見つめるタツくんに、レオくんが仕方ないとため息を吐く。
「タツが言うんだ。星蘭との対決でどちらがイニシアチブを取るか決めようと」
「いにしあ……ちぶ?」
きょとんとする私にタツくんがぶは、と吹き出してから腕を組んで説明してくれた。
「さすがに回数やってどのチームが一番、なんてやらねえのさ。交流戦は……純粋に、各学年別に戦うだけよ」
「士道誠心一年生VS星蘭一年生。となると、問題が出てくる」
「どっちが頭を取るか、な」
視線だけで見つめ合うレオくんとタツくんです。
その視線がね。ばちばち言っている感じでさ。
「賭けは俺が勝つ」
「なんとでもいえ」
闘志を剥き出しにして歯を見せるように笑うタツくんに対して、レオくんはあくまで余裕たっぷりに流すの。ちらっと見たら「それでこそおぼっちゃまです」と執事の服装をしたお兄さんが手を叩いておりました。
「だが賭けという趣向は面白い。僕が勝ったら……タツに何をしてもらうか」
「あ? どういうことだ、レオ。チームの主導権以外に賭けるってか?」
「その方が盛り上がるだろう?」
「……ラビみてえなこと言って。遊びすぎじゃねえか?」
「あの二人はどうかしらないが……タツ。これは元々、遊びみたいなものだろう?」
は、ちげえねえ、と大声をあげて笑うタツくんに微笑むレオくん。
二人揃って私には到達できない高みにいそうです。
「まだやってるの?」
「トモ!」
ふり返るとトモが剣道場の方から歩いてきたの。
汗で濡れた髪とTシャツは、トモが激しいトレーニングをしていたことを物語っていた。
「ああでも、ハルがいるなら手合わせしてもらおっかな。試したい技があってさ」
「前向きにやる気!?」
やっぱり戦闘民族だ! と唸る私にトモが笑顔で「なにかいった?」と言うんです。
ちょうこわい。でもそんな迫力があるトモが好き。
「お、なんだ? 仲間と青澄もやるか? レオ、賭けの対象が増えそうだぞ」
「難しい賭けになるな。どちらにも負けて欲しくない」
「おいおい、俺と同じ事思ってんじゃねえよ」
レオくんの肩を抱くタツくんに、レオくんは迷惑そうに一瞥するだけです。
「えと……どうすれば?」
戸惑う私と、そばにきたトモを見て不意にタツくんはレオくんと真面目な顔になる。
「お前らは二人揃って一年チームの大事な戦力だ。出来ればその力は把握しておきてえな」
「タツに同じく。だが……入院した手前、特別課外活動の後に無理はさせたくない」
大丈夫なのか、と心配するレオくんにトモは笑って「もち」と応えた。
けど、じゃあ……私はどうだろう。よくわからない。カナタのおかげで穴は塞がった。前よりも確かな力を感じるけど、特別課外活動ではなにもできなかった。
『必殺技の練習とか、しといた方がいいかもしれんの!』
『狐の言い方は気に入らんが、まあ……技を磨くべきだとは思うな』
としたら……ちゃんと特訓した方がいいのか。
星蘭の人たちが来た今!? 遅くない!? というツッコミは心の中にしまっておこう。実際来ちゃったものはしょうがないもんね。
「ハル、あんたはどう?」
「慣らし運転したいなあって感じ。突っ込んでいったの私たちだから自業自得だけど、消化不良気味だし」
あとは、そうだな。
ぱっと思い浮かぶ星蘭の三人の顔。
してやられまくった私です。
「個人的に憂さ晴らししたい気分です」
「おっけ。じゃあやろう!」
ギンと狛火野くんの二人に影響がないくらいに離れて、刀を抜いて向かいあう。
剣道小町を地で行くトモに対するは、ある意味こじらせすぎて一周回って中二病ですらない私。でも、トモと対決した時に自分を肯定することがどれだけ大事かわかった気がするから。
「ハル、全力で来ていいからね」
「……うん!」
タマちゃんの刀と十兵衞の刀を抜いて構えて……息を吐く。
遠くでひときわ鈍い剣戟の音が聞こえたそれが、戦いの合図だった。
私たちはこうして試合までの時間を本気で修行に費やすのです。
そして――……そんな私たちの思いは、すぐに先輩たちや星蘭の人たちにも届いているのです。
それは星蘭の人たちを迎えたある日の朝礼でのこと。
生徒代表として、両校の生徒会長の二人が壇上にあがり全力で戦うことを誓う挨拶の場。
「今年は全勝するで! 当然やろ!?」
ラビ先輩同様に銀色の長い髪をした、けれど犬歯が目立つまるで狼のような荒々しいヘアスタイルの男の人が宣言した。その呼びかけに星蘭の生徒たちが大声で叫ぶ。足で床を踏みならして、体育館が揺れるよう。
対するラビ先輩も負けていない。静まりかえった体育館を見渡して、
「一年生を筆頭に気合いが入っていてね。去年同様――……負ける気は無い」
そうだろう? と微笑む先輩は胸に帽子を持つ手を当てて笑う。
「はっ! すかしよってからに! おんどれのその余裕が昔っから気に入らないんじゃ!」
「西の人のそういう荒いところ、人の心の本性を見るようで僕は嫌いじゃないよ」
「ちっ……東京もんがばかにしくさってからに!」
「おいしいよね、お好み焼き。ああでも……考えてみれば、もんじゃしか食べたことがなかった。いや、まて? 何か……引っかかっているな、なんだっけ?」
「おんどれぇ! 去年は試合の後にお好み焼きつくってやった恩を忘れたんか!」
「もう一度食べないと思い出せないな。ああ、でも……あれって、君に勝てば食えるんだろう? ならどうやら、良い気持ちで思い出せそうだな」
「ほおおおう! ほおおう! よっしゃあ、戦争じゃあ!」
煽るし乗っかるし。なんていうか……。
「プロレスかボクシングのマイクパフォーマンス芸?」
次元が……その。ああでも、ある意味ほっとします。
「まあ、久々の祭の気配だな。トーナメントよりも素直に楽しめそうというか。周囲を見てみればわかるだろう」
シロくんに言われて周囲を見渡した。
みんなが笑顔でにらみ合っている。そこに険悪さはない。
「去年おんどれに食わせたお好み焼きの味ぃ、思い出させたるわ!」
「そんなことあったっけ? 勝たないと思い出せないのか……まあ、困らないな。どうせ勝利は揺るがない」
「く、ぬぬぬ!」
がんばれ! 生徒会長! 負けとる場合か、言い返したれ!
そんな声援に狼さんが怒鳴る。
「ぜったいに勝って美味いもん食わせたるさかいな!」
「おいおい、どちらにせよ僕が得をしているじゃないか」
「はっ!?」
ツッコミ甘いでえ! ボケが足りんわ!
というガヤが酷いです。
「広島出身の生徒さんもいるんだろう? これは楽しみが増えたな」
「こ、こんの……ッ! また揉める話題をさらりと言うたな!」
言い合うラビ先輩と狼さんも楽しそう。
だけど……賑やかだからこそ。
『わかるか?』
十兵衞の言葉に一人こっそりと頷く。
確かにみんな笑顔だ。険悪さはない。
けれど……感じる。特に上級生たちから。
絶対に負けない。
その気迫を、私は確かに感じていたのだ。
そうして――……交流戦は確かに近づいていたのです。
つづく。




