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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第八章 五月の病
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第七十四話

 



「先日は素敵な演舞を見せていただき、感謝しています。今年は星蘭の特別顧問になった関係で、彼らと一緒に参りました」

「なるほど、そうでしたか」

「申し訳ありません。以前いらした際にお話を伺っておりませんでしたので、存じ上げませんでした。獅子王と共に、不勉強をお詫びいたします」

「いえ、それには及びませんよ。あまり表にできない事情がありましてね」


 優雅に微笑むシュウさんの応対をするライオン先生も、ニナ先生も。他の先生方だって、なんの疑問も抱いていない。それはそうだ、私たちは話さないことを選んだのだから。或いはそれは愚かな決断だったとしても……あの人の笑顔は、真っ暗過ぎて裏表がない。

 その腰に差した刀も、私に押しつけ歪めたもののまま存在する。


「無事か」

「カナタ! ……うん」


 駆け寄ってきたカナタに頷くけれど、シュウさんが気になって落ち着かなくて……それはカナタも同じみたい。カナタのそばにはラビ先輩やユリア先輩がいて、真中先輩や綺羅先輩をはじめ他の先輩方がいて。


「春灯を……酷い目に遭わせたやつ」

「気に入らねえな」


 トモも……ギンさえも、厳しい視線をシュウさんに送る。

 けれど彼はまるで道ばたのアリを気にしないかのような、そんな態度で私たちを意識せずに優雅にお辞儀をした。

 あの人が歩いて行く先に、あの日、私を乗せたあのリムジンが到着する。

 その時だった。ちら、と視線を私に向けて、隣にいるカナタに向けて、けど笑って車に乗って行ってしまった。

 なんとも思ってないんだ。あんなことしたのに。なんとも。


「ラビ。星蘭の生徒に何かした、という可能性は?」

「旧友が星蘭にいる。確かめはしたが、カナタもわかっているんだろう?」


 カナタの問いに、ラビ先輩は帽子を手に目深にかぶり……目元を隠して笑うの。


「何もしていない」

「そんなはず――う」


 思わずラビ先輩につっかかってしまう私の反応なんて、ラビ先輩にはお見通しだったみたい。

 鼻先に人差し指が突きつけられていたの。


「す、すみません」

「いいんだ。君の奪還に関わった生徒はみな、君と同じ気持ちだから」


 帽子をずらして目元を晒したラビ先輩はいつもみる眩しい笑顔で微笑んでいた。


「ラビ。ここまできたら、先生に相談するよ」


 真中先輩のそれは、断言だった。


「メイ先輩。それは……前生徒会長としての命令ですか? 生徒に何もしていないのなら、生徒間で済ませたいのですが」

「ラビ、遊びじゃないんだ。去年はまだ新入生だった君たちにあの時、確かに言ったはずだよ」


 真剣なのは一年生から三年生までみんな一緒。

 なのに……三年生の顔は、一年生と二年生の誰もが浮かべたことのない覚悟に満ちていた。


「侍になる者の資質の神髄は危機管理にある。その身に叩き込んだはずだよね? 二年のみんなはもう忘れちゃった?」


 その指摘に二年生のみんなが俯いたの。まるで三年生との間に何かがあったみたいに。


「違うよね。わかっているから、万が一にも妹を傷つけないようにラビはその技を磨き、刀を抜かずに来たんでしょ? それとも――……もう手は回している、ということ?」


 最後の言葉の意味が私には理解できなかった。

 それはトモをはじめ、一年のみんなも同じで。

 だけど、じゃあ……なんで、カナタもユリア先輩も、他の二年生も驚かずにいるの?

 なにより、


「あなたには敵わない……やはりね」


 なんでラビ先輩は嬉しそうなの?

 彼の胸に、メイ先輩は握り拳を当てて押す。


「知っているのは?」

「獅子王先生と国崎先生だけです。他の先生方では……失礼ながら、カナタの兄相手に気づかれる可能性がある」


 え――……。


「なんで一年生に内緒にしてたの?」

「メイ先輩ならおわかりでしょう? 腹芸が得意な人間は限られているかと思いましたので」

「なら私たちに内緒にした理由は?」

「せっかくメイ先輩に意識を高めるべく生徒会長の座を譲っていただいたのに、また頼ってしまっては……成長がないかと思いまして」

「よく言うよ……そこの青澄ちゃんを助ける時にはしっかり頼ってきたじゃない」

「それだけの事態でしたから」


 微笑むラビ先輩の胸から手を離した真中先輩は深く息を吐いた。


「はあ……いい? その時みたいに大事になって困るのはみんな。ラビの判断は結果次第で命取りになるの。よく覚えておきなさい」

「ですから今、お話しました」

「質問されなきゃ言う気もなかったくせに」

「しかし……メイ先輩。あなたは絶対に聞くでしょう? 僕の予想通りでした」

「……そういう何もかもわかっている、みたいな態度。あんまり好きじゃない」

「僕は先輩の真っ直ぐなところ、大好きですよ」

「ふん……」


 帽子を脱いで胸に当てるラビ先輩って、なかなかの食わせ者ですよね! そのこと自体はわかっていましたけれども!

 っていうか待って? カナタも知ってたってことだよね?

 思わずカナタをきっと睨んだらさっと顔を背けられました。

 ぐぬぬ……。


「貸しだからね。渋谷で、おいしいスイーツ」

「わかってます、いつものお店へお連れいたします」

「ふんだ」


 お辞儀をするラビ先輩にむすっとするメイ先輩。

 三年生と二年生の関係性が一つ、見えた気がする。

 腹芸の二年生。強い三年生。でも見えたのはそれだけじゃない。

 見えたのはちょっとややこしそうで、めんどくさそうな何かが二年生と三年生の間にあるような、そんな空気だ。

 綺羅先輩や南先輩、北野先輩たち三年生の中へ真中先輩が戻っていく。みんな二年生を怒りも睨みもしない。

 対する二年生はみんな、ラビ先輩を見るの。


「ユリア、一年生をバスへ」

「わかりました」

「カナタ、刀鍛冶の生徒たちへ連絡と警戒を密にしろと通達。ついでに」

「わかっている。星蘭の生徒とコンタクトを取り、シュウの行動を探る」

「よし、いいだろう」


 手を叩いたラビ先輩は揺るがず、怯えず、ただ笑顔で前だけを見つめていた。


「みんな、今夜は稼げたかい? その額が今の僕らの実力だ。どんな額になろうと……交流戦、団体で戦ういい経験に変えて欲しい。今日はお疲れ様」

「星蘭は強敵だ、気を引き締めていくぞ」


 二年生がカナタの呼びかけに応! と声を上げて、慌てて私たち一年生も続く。

 ただ……気がかりだ。シュウさんがいる、そしてあの……私と同じ獣耳と尻尾を生やした安部という生徒。何かがあるように思えてならなかったから。


 ◆


 夜、ソファをベッドに変えて眠るカナタにおやすみと告げて、数分後。

 ふと、鈴の音色が聞こえたの。

 するとどういう理屈なのか、私の身体は勝手に起き上がって、ふらふらと歩き出す。

 カナタに呼びかけようとしても無駄だった。声が出ない。

 鈴の音に誘われて、身体が酸素を求めるように先へ、先へ。

 怖いのは、ただ……行かなきゃって身体が訴えてくるところ。敢えて言うならレオくんにお腹を見せたくなるくらい、絶対的な力に誘われている。

 寮の外に出て、特別体育館に入る間も聞こえるのは鈴の音だけ。タマちゃんや十兵衞に何度も呼びかけるけれど、まるで鈴の音にかき消されでもするのか私の思いは届かなかった。

 長屋の中に星蘭の生徒達が泊まっている。星の明かりが注ぎ込む特別体育館の中で、私はとうとうタマちゃんと十兵衞を手にしたあの神社の前に辿り着いてしまった。

 そして理解する。

 神社の中、御珠の前にラフに座る和服姿の安部くんが、その手に鈴を握って鳴らしていた。やってきた私を見て微笑む彼の笑顔は、シュウさんともラビ先輩とも違う。


「因果やね」


 鈴を床に置いた安部くんが、ぱんと手を叩いた。

 それだけで私はよろめいてしまったけど、でも身体の自由は戻ったの。


「きみの尻尾の持ち主は九尾の魂やんな?」

「そうだけど。え、と……安部くんが呼んだの?」


 怯え、不安……それから、何かを確かめなきゃ、という曖昧な目的と焦燥感。

 私の問い掛けに彼は笑って頷いた。


「そうや。生まれつき妖怪変化と妙な縁があってな。便利な鈴もあったし、その力は君もここにくるまでの間にようわかったやろ」

「それは……わかったけど」


 って、頷いている場合じゃない。


「なんで、そんなことしたの? 私になんの用?」


 刀はない。眠っていた私にも、彼にも。


「君と話がしたかったんや。あの人のおらんところでな」

「え……」

「緋迎シュウ。知っとるやろ? 日本最強の侍兼、刀鍛冶。ズルの塊のようなお人や」


 どきっとした。

 瞬間的に思い出したのは、真中先輩と問答をしていたときのラビ先輩の言葉だ。

 腹芸が得意な生徒……私は違う。正直違う。全然無理だ。だって。


「やっぱり知ってはる。よう顔に書いてあるわ」


 目を細めて笑う安部くんに、顔だけで見抜かれちゃったもんね。


「自分、あの人のことどう思う?」

「どうって……」


 なんて言えばいいんだ。彼氏のお兄さんで、私をめちゃくちゃにして、しかも屁でもないと思っていそうなあの人のことを。


「むかついとる顔やな」

「うっ」

「それがわかっただけ……まあええわ。うちらも同じやからな」

「え」


 予想外の言葉で、頭が真っ白になった。


「待って。え、安部くんたちもなの? 安部くんたちもシュウさんに何かをされて――」


 ちりん、と鈴が鳴らされた。それだけで喋れなくなってしまう。いっそ黙れと言われた方が楽なくらい、つらい制止だった。上がるテンションを落とされるのが、つらい。


「その話はまだする気はない。なれあうつもりで呼んだわけやあらへん」


 目を見開いた安部くんの視線は、あまりにも鋭すぎた。


「自分……これがなんかわかるか?」


 御珠へとふり返る安部くんに、そのまま「御珠でしょ?」って言い返す。


「それは、つまりなんや」

「え、と」


 ……なんだっけ? 聞いたことあるような、ないような。多分ない、かな。


「しょうもな。そんなんで自分、よう刀を手に入れることができたな」

「うっ」


 なじみ深い視線を浴びてます。クラスであほな回答をした時に浴びる類いの視線です!


「刀の御霊は、ようは刀と因果のある幽霊や。神さまや。化けもんやし、付喪神や」

「う、うん。それくらいはわかるよ?」

「なんでそんなもんを一緒くたにして、現世に刀の形にすることがこの球っころにできるん? なんでか自分、わかるか?」

「……正直、さっぱりですけど。すごく不思議な力なのかなあ、と」

「自分アホやろ」

「ううっ」


 初対面の男の子に見抜かれるこの恥ずかしさ。


「だいたいなんやねん。この球っころの力を使えば、現世の人間を隔離世に送れるて。不思議どころの騒ぎやないやろ」


 やばい。今の私、相づちが「そうだね」か「確かに」しか言えそうにない。


「世の中そういうもんや、で押し通されて納得してたら……えらい目にあうで」

「そ、たっ……う、うん」


 ほら! 今また言いそうになったよ!


「あの男の残り香があんたからするんや。何か知ってそうなら何してでも吐かせよ、おもたけど……その様子じゃ意味なさそやな」


 しかもなんかがっかりさせてる……。


「もうええわ。帰ってええよ」

「え、と……なんか、すみません」

「東京もんはなんもないのに謝るんか」

「や、えと。がっかりさせたっぽいので」

「自分なあ」


 本当に呆れたようにため息を吐かれました。はあって。


「悪うないのに謝る癖、感心せんよ」

「ごめ――ふむむっ」


 謝ろうとした口をあわてて両手で塞ぐ。

 そんな私にもう興味はなくなったのか、安部くんは足下に転がる鈴を拾って神社を離れていこうとする。

 だから咄嗟に「安部くん!」と呼びかけようとした。

 けど……声を出せなかった。首筋に刃が当てられていたのだ。背後につい一瞬前までいなかったはずの誰かが立っていたの。


「大人しく帰れ。安部には手を出させない」

「あ――……」


 ギンと似て、けれどもっと……貪欲な殺気。

 ギンの殺気は純粋に斬る欲に満ちている。けど、背後から浴びせられるそれは血を求める狂気に満ちていた。


『嫌な気だ。人斬りのそれだな』


 十兵衞が起きていた。彼の念を通じて伝わってくる。歪な欲、そのもの。

 喘ぐことすらできず、視界から安部くんが消えて――……ふと殺気も消えた。

 ふり返ると神社の屋根にいた。

 長髪をポニーテールにしばった、刀を手にした男の子が。

 私を一瞥する彼の目は、赤く光っているように見えたけれど、呼び止める間もなく神社の向こうへ飛んでいってしまった。

 ギンと同じ人間離れした身体能力。それに、あの刀は。


『村正とはまた違う難敵だな』


 人斬り。

 刀の御霊は安部くんの言葉を借りるなら、刀と因果のある――ざっくりいえば魂だ。なら、当然いておかしくない。

 人を斬ることを生業とした剣客の魂……。


「なあ、自分」

「えっ」


 甘い女の子の声にふり返ると、白髪の美少女が立っていた。


「ユウジンから言われてきたんよ。入り口までうちが送ったるわ」


 微笑む顔はユリア先輩にタメ張る美人さんのそれに愛嬌が加わった、私が男の子なら放っておけない類いのもので。

 けれど、星蘭の二人に翻弄されたばかりの私は裏があるようにしか思えない。


「安部に続いて立浪にまで随分驚かされたみたいやなあ。さっきのはうちの侍や、立浪シン。戦闘狂やな……安倍の守り手やけど、それ以上にあんたに興味があったんやろ」


 歩み寄ってきた美少女さんは、安部くんと同じ和服姿でした。


「うちはなんもせんよ」


 笑顔で差し出された手を見下ろす。


「鹿野や。鹿野ナツキ」

「青澄です……いたっ」


 握ろうとした瞬間、ばちっと静電気が走ったの。

 思わず彼女に謝ろうとして、けれど声が出なかった。

 白い髪のあちこちが青白く発光している。トモが雷神を宿すあの技を放つ時と同様の現象だった。


「よろしゅうな」


 深まる笑顔で彼女から握られる。握る手は重ねる程度の些細なもの。

 なのに痛い。ばちばち、と。音を立てる握手は彼女の激情そのもののようで、怖い。

 何もしないなんて嘘だ。こんなに明確な敵意を向けられて、信じられるわけがない。


「あはは、いい顔しはるなあ」

「っ」


 あわてて手を離す私に笑うと、彼女は歩き始めた。

 途方に暮れて背中を見送るだけの私に彼女は言うのだ。


「ついてきた方がええよ。あんたの匂い……えらいうまそやわ。うちも立浪と同じやね。あんたには手を出さずにはいられん。あんたには何かがあるわ」


 みてみい、と言われて周囲を見渡してぞっとした。

 長屋の中で瞳がいくつも、蘭々と赤く光っていた。その興味の焦点は、私。


「五体無事に帰りたければ、はよ」


 おいで、と告げられる声にあわてて走って彼女に追いついた。

 そうして彼女と一緒に歩いている分には、手出しされない不文律でもあるんだろうか。

 鹿野さんから感じる力は必殺技を使うトモのそれに勝るとも劣らない。そもそも同じものなんじゃないかとさえ思えるほどに。

 けどあれだけ敵意を向けられた彼女に暢気に聞くこともできず、だからと一人で考え込んでいたら特別体育館の入り口に辿り着いていた。


「ここまででええやろ。旅先で真夜中にふらつく趣味はうちにはあらへん」


 ほな、と歩き去る背中を見送る。

 特別体育館の中から感じる殺気は彼女の姿が見えなくなるのと同時に消え失せた。

 妖怪だらけの星蘭高校。

 一人一人が化け物じみた人たちで、その一端を垣間見て……気づいた。

 カナタが何気なくラビ先輩の後に続いて言った言葉の意味を理解したの。

 星蘭高校は強敵だ。

 シュウさんのことを抜きにしても、一筋縄ではいきそうにない。

 私たちは大丈夫だろうか。

 交流戦は、無事に終えることができるだろうか?




 つづく。

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