第七十一話
週が明けました。
授業はすべてこともなく進む中で、一年生の侍候補生の数は増えず。
変化があったのは選択授業かな。
「チーム戦をする。二組に分けての殲滅戦だ。斬られたら次の試合まで建物の中で待機。相手チームを全て倒した方の勝ちとする」
そう言われてみんなに緊張が走ったの。
カゲくんとシロくんを含めた私のクラスメイトたち。
そしてトモと一年生代表の四人。
どう分かれるのか、と緊迫した空気が流れるの。ちら、と周囲を見たら刀鍛冶の先輩たちがあちこちに散らばって私たちを見守っていた。
カナタがいて、ノンちゃんもいる。まるでそれが刀鍛冶の生徒の選択授業であるかのように。
「どう分けるかだが……チーム表を作ってきた」
ライオン先生がみんなにプリントを配るの。
そこにはAとB二つのチームに分けた表が記載されていました。
私の名前はAチームの頭に書いてありました。
同じチームにいるのは……カゲくん、シロくん、タツくんの名前が目立つ。
「Bチームは城へ移動せよ。Aチームはここに待機。五分後に笛を鳴らす。設置された監視カメラによる監視とアナウンスを行う。一戦当たりの制限時間は十五分とする。一戦ごとに陣地の入れ替えなどを行うが、当分の間はチームの変更はしない。以上だ、質問は」
レオくんがすっと手を挙げた。
「大将首の設定はしないので?」
「したいか」
「できれば」
「異論は……ないようだな。ならばAチームは月見島、Bチームは住良木を大将とする。大将を討ち取ったチームは勝利とする。他に質問は?」
誰も手を挙げなかった。
満足して頷くと、ライオン先生は散れと命じて、そばにある長屋に入っていった。そっと中を覗いてみたらカメラの映像が確認できる施設になってました。意外と近代的なのね。
「自己紹介をしてえな」
タツくんの声にあわててみんなのそばに戻った。
顔を見渡す。
「月見島タツ。誠の字を背負う刀を手に修行中の身だ」
タツくんの名乗りにみんながそれぞれに自己紹介をはじめる。
「八葉カゲロウ、草薙。できれば沢城とやりたい」
「結城シロだ。相性的にみて、仲間さんの相手をした方がいいと思っている」
「青澄春灯です。私は――」
カゲくんやシロくんに乗っかって何か言おうとしたら、シロくんとタツくんが二人して言うの。
「「陽動で」」
「ええええ」
「お前さんはなにかと目立つからな。敵の注意を引き付けてもらいてえ」
「僕も同意見だ」
なにやら役割が決まってしまっているようです。
「さておき、他の面子の名前と刀も知りてえな」
タツくんに半数残ったクラスのみんなが口を開くの。
「神居レイジ。刀の御霊は北の妖刀だ」
「凪野。辻斬りにあったおっさん」
「旦那を恨んで刺し殺した町娘……白木だ」
「村井です。人斬りに殺された残念な浪士の」
あ、残念3だ。神居くんに混じって残念3が名字を明かしたよ。
そんな名字だっけ、という顔をしているのが私だけだったから何も突っ込めなかったけど!
改めてちゃんと見ると凪野くんは困り眉の元気ボケ、白木くんはちょっと女顔で三人の中でのツッコミ役、村井くんはひょろめの天然ボケ。いかにも斬られそう。
「井之頭です。天狗だと思うんだがそれ以上はさっぱりです」
「岡島……僕は、鬼」
「茨です。俺も鬼な。好きな色は純白です!」
残るは三人。
井之頭くんはちょっとふくよかで、そういえば食堂でいっつも美味しそうにご飯をたくさん食べてる意外に強い人。
岡島くんは片目がねが目立つ不思議な人。いつも攻撃を避けてて、あんまり攻めないタイプ。
茨くんは素直明るいばかって感じで、始業式から席替えまで私の後ろに座ってた人です。
「お初さんだらけだな」
「シロ、月見島の参謀役になるのはお前だろ」
「またカゲは無茶ぶりを……月見島さえよければ、手を貸すが」
「もちろん頼むぜ、知恵役は結城だな?」
タツくんに頷いて、シロくんが私たちを見渡した。
「恐らく敵は攻め手と守り手の二手に分かれる」
「理由は?」
タツくんの問いに、シロくんはお城を睨んで言うの。
「仲間、ギン、狛火野までいる。うちのクラスの犬6全員が向こうについた以上、あいつらと他のクラスメイトを守りに回して、攻めるのに適した三人全員、或いは二人で攻めてくるとみた。それくらい、攻撃に適した三人だからな」
「なるほど」
「住良木は攻めてくるタイプに見えないが、どうか」
「レオならお前さんの見立て通りだろうよ。指示を出して悠然と構えるだろうさ」
深く頷いてぽんぽんとタツくんに策を説明し話し合うシロくんは頼もしい。
ついついどやってしまう。
どうだ、私たちのシロくんはすごいだろうって。
「青澄さん」
「へっ?」
突然のシロくんの声に変な声を出しちゃった。
どやってて全然話聞いてなかった。す、すみません!
「月見島が住良木を攻めることになった。だからきみには僕とカゲと三人で目立ち、攻撃を引き付ける陽動係になってもらいたい」
「いいけど。みんなはどうするの?」
「大勢でお城を攻めて注意を引き付けて……月見島と神居、井之頭の三人で強襲し、住良木を落とす」
「トモたち三人が分かれていたら?」
「大勢が引き付け、君がサポートに入る。ただしあくまで僕は仲間さん、カゲはギン狙いだ」
みんなも大丈夫か? と尋ねるシロくんに、みんなで頷く。
ちょうど試合開始を告げるアナウンスが特別体育館の中に設置されたメガホンから響いたの。
「いくぜ、勝利のために」
刀を抜いて掲げるカゲくんにみんなで続いた。
タツくんが最後に続いて笑って「いいね、こういうの」と呟いていたの。
◆
城から跳んできたのはトモと狛火野くんで、立ち向かうべきは私とシロくんだった。
ギンがいないのが敗北への不安を誘うけど、カゲくんは覚悟きまった顔で走って行くの。
なので狛火野くんの相手を引き受けた。
「青澄さん、今日は倒れたりしないよね?」
「うん! 全力出すけどね!」
「わかった!」
笑って刀を振るってくれる狛火野くんと斬り合う。
悩みも、不安も、未来への渇望も。
すべてがのった、狛火野くんの刀だ。
強く降りしきる雨のようにとめどなく、流れ落ちて、防げるはずのない刀だ。
「雨はつかわないの!?」
「力なしで、技で競いたい!」
「なら! もっと容赦なくていいよ!」
私に合わせてくれる踊るような一撃を振り払って、力任せに振り下ろす。
軽々と後ろに跳んで避けた狛火野くんが刀を鞘にしまった。
「……じゃあ、いくよ」
その途端に彼の威圧感が何倍にも増したの。
ぞくぞくする。ああ、だめだ。昂揚してしまう。
真実、私は侍なのだ。どこかでカナタが見守ってくれている。ここで退く道はない。
遠くで稲光が聞こえた。
それがまさに、緊張の一瞬の引き金だったのだ。
◆
「いやー! 負けたね!」
いっそ清々しい気持ちで笑う私です。
対するみんなは学食に集まって、へばってました。
「まさか全敗とはな」
そうなんです。シロくんの言うとおり、全敗なんです。
しかも当分はこのチーム分けで選択授業をするそうです。
だから勝つ策を考えるしかないんだけどさ。
もうね。笑うしかない。
「戦法は悪くはねえんだがなあ」
タツくんの言うとおりなの。
シロくんの狙いはほぼほぼ当たりなの。
毎回策は通るんだよ? だけど……戦力で強引にやられていつも押し負けちゃうの。
昼休み前の授業だったから、みんなでご飯を食べながら反省会って流れなんだけどさ。
「何がいけねえのかなあ」
眉間に皺を寄せるカゲくんは腕を組んで悩んでいました。
どう答えようか悩みつつ、私は少し離れたテーブルを見ます。
トモたちBチームがいて、他のテーブルにはチームに分かれて刀鍛冶も集まってるの。
「戦い方がうまいな」
ぽつり、とシロくんが呟いた。
もりもりご飯を食べて一足先に食べ終えた食いしん坊の井之頭くんが頷く。
「俺たちはもちろんだが……仲間と結城、沢城と八葉を筆頭に、戦いのセンスがまだまだ及ばないな」
「犬6の連中が集団で攻めてきやがるのも痛い。途中から狛火野が舵を取り始めてからは、鬼強かった。一対一なら決して負けないのに」
野菜ジュースしか飲まない残念3の白木くんの呟きに黙り込む。そんな中で、
「まあでも大将同士でいくなら、うちらは負けてないだろ」
同じく残念3の凪野くんが明るく何も考えてない顔で言うのです。
それはね。本当にね。毎回、タツくんはレオくんをあと一歩まで追い詰めるんだけどね。
「みんなが負けてタツくん一人に任せたら、そりゃあ大将取られるよね……」
私の呟きに一気にお通夜ムードです。
「神居くんをギンにあてた方がいいかもよ?」
「ええ? ハル、そりゃあないだろ!」
「ううん……カゲくんの気持ちもわかるけど、神居くんとギンって性質からして同じじゃない?」
私の提案に当の神居くん本人は味噌汁をすすりつつ困り眉。彼の刀はギンとの試合で目覚めて以来、クラスメイトが席替えを提案した時のように今も巨大なままだった。
その隣で腕を組んだタツくんが頷いた。
「神居の刀の御霊はイペタムとみた。抜けば切り続ける妖刀の類いだな。確かにギンと似ちゃあいる」
「ふむ……」
少し考えるシロくん。
「個々が負けないための戦い方、というのも考えてみるべきか」
「シロくん、それってどういうこと?」
「今回の授業を冷静にふり返ってみよう。どう負けたか、各自報告をしてもらいたい。まずは僕からいくぞ」
コップの水を一度くいっと飲んでから、シロくんはみんなの顔を見渡して言うの。
「仲間さんに徹底的にマークされた。それも刀の力を発動するのではなく、運動音痴な僕をその剣術で圧倒してきた。しかもすぐには倒さず、消耗させ、授業が終わるまで僕の考える力を奪う方向での持久戦だ」
それって……明らかに、シロくんの特性を全力で潰す作戦だ。
シロくんのことを教えたのは私たちのクラスメイトだろうけど、作戦をたてたのは誰だろう。
レオくんかな。だとしたら……すごい。勝つために最も確率の高い手だ。
「俺だけど」
シロくんの隣でカゲくんはしょぼくれていた。
「沢城狙いなのを見透かされて、ひたすら走らされた。あいつってただ戦うだけのタイプに見えたのに、作戦通りに動くとかなんだよ……チートかよ」
そりゃあ確かに自分に繋ぎとめはしたけどそれ以上のことは何も出来なかった、と唸っている。
「俺たち三人は完全に犬6にしてやられたな」
「ああ……くそっ、あいつら調子に乗りやがって」
「一対一なら負けないのにな」
残念3はさっき白木くんが言っていた、集団で攻める手に負けてしまったようだ。
「神居くんや井之頭くんたちは?」
「羽村の野郎にやられた」
鬼の刀を握る茨くんの言葉に誰それ、という顔をするタツくんと私です。
……いや、クラスメイトなんだけど。
ひ、人の名前覚えるの苦手なんです……すみません。(震え声)
「鬼斬丸だよ、あれ」
鯖味噌煮定食を食べ終えた岡島くんが、同じ鬼の刀を持つ者としてなのか、ぼそっと呟いた。
「茨と僕で倒そうとしたら、あいつ覚醒したんだ。だから名前も聞いた。僕の刀が……怯えていた。茨はどうだった?」
「あーたしかにぶるったわ。あいつあんなに強かったっけ?」
「うちのクラスじゃ神居の後ろに座ってて、席替えを進言するまでは正直目立たない方だったけど……今日で殻を破ったよ。あいつは手強い」
岡島くんの静かな断言にますますお通夜ムードに。
「確かに勝ち運を掴んだというか、ノってしまった羽村は手強かった。俺は負けはしなかったが、代わりに勝てもしなかった」
食いしん坊の井之頭くんの言葉を聞く限り、三人とも羽村くんに押さえられてしまったみたいだ。
あとは……私だね。
「狛火野くんが強かったの。結局一度も勝てなかった。本気で勝とうとすると、あんなに強いんだなあって……思い知らされちゃった」
呟く。痛みはないよ。トーナメントの時は真実、私とずっと斬り合っていたかったんだって伝わったし……そういう欲がない狛火野くんの強さを思い知ったの。
「なかなか渋い状況だ。だが……何かを掴まないとより渋いことになりそうだ」
タツくんの呟きにみんなが顔をあげたの。
「選択授業のチームってだけじゃねえ。噂じゃあ、五月の大きな特別課外活動でも、このチームになりそうだってぇ話だ」
まじか、と鬼の刀を持つ茨くんが呟いた。
「別にこのチームは嫌いじゃねえが、今の状況はまずい。どうにか活路を切り開きてえな」
「シロ」
タツくんの言葉を受けてすかさず名前を呼んだカゲくんに、シロくんが頷いた。
「もっと綿密に策を考える必要があるし、負けたということは僕らはまだまだ強くなれるということだ。一つ一つ対策を取っていこう……そのための授業だと思うから」
力強いシロくんの言葉に私たちは頷くのです。
「まず、一つ一ついこう。いいか――」
◆
金曜日の選択授業で、私は走っていた。
ふり返ると、怒った顔のギンとトモが私を全力で追い掛けてくるのです。
それもそのはず。
「私に勝つ気がなくて安易な道を選んだとみた! やーい、弱虫-!」
「このっ!」「安い挑発だってわかっちゃいるが!」
むかつく! と声を上げる二人にときたまふり返って変顔を晒したりする私です。
もともと勝ち気で強気な二人が大人しくしていると考える方が無理がある。
きっと我慢して我慢して、勝利のために我慢しまくっているはず。
そんな二人を執拗に挑発し続けたら? 間違いなく我慢の限界がくるはず。
そう見立てたシロくんの狙いは確かにあたっていました。
ただ。
「宿れ雷神!」「村正!」
死亡フラグが背後に迫っていることを感じて、私は泣きそうな気持ちで走るしかないのです。
路地に入って、ひたすらじぐざぐに逃げて。
それだけだと二人が我に返っちゃうので、たまに二人を待って軽く攻撃しておちょくる。
「おしりぺんぺん! 尻尾をゆらしておばかさんです! 魂の理に導かれてついてくるがいい!」
「最後だけ意味わかんないけど」「なんかいらっとくる!」
そして逃げる。その繰り返しです。
十兵衞の見切りとタマちゃんの身体能力がないとだめで。
その最後の狙い、それは――
「神居くん!」
路地に飛び込んで、さっきまで私がいた空間を切り裂いたギンの頭上から神居くんが迫る。
振り下ろされた大剣を見とれるような身体さばきでよけるギン。
それで終わりじゃない。
ギンと同じで神居くんも戦う気になったらどこまでも燃えて滾って跳ね回るタイプ。まだまだ一対一ではギンに及ばないけれど、繋ぎ止めることはできる。
トモに対する私もまた、結果は同じだ。
「ちいっ」「うらうらうらうら!」
こと攻撃に転じると人が変わる神居くんにギンが舌打ちした。
「沢城さん!」「わぁってる!」
長屋のそばでノンちゃんが見ているから、それはギンにとっての勝ちフラグでしかない。
「神居くん、撤退!」
すかさず叫んだ私の呼びかけに神居くんが飛び退いて、二人で全力ダッシュ。
「べろべろ」「ばー!」
「「あったまきた!」」
もちろん挑発こみです。
かちんときた二人の激怒を背負って、私と神居くんはダッシュ。
その内に、試合終了を告げるアナウンスが響き渡りました。
そう、そうなのです。相手の戦術をピンポイントで打ち崩し、大将首を的確に狙った新たな作戦は、功を奏して。
「試合終了。勝者、Aチーム!」
勝利を掴んだのです。
やった、と叫ぶ私と、微笑む神居くん。
その足は止まりません。なぜかって?
「待てえええええ!」「てめえら、とにかくいっぺん斬らせろッ!」
完全に頭にきている二人の怒りが止まらないからです!
「もう休みたい!」「私も!」
結局ライオン先生の怒声が鳴り響いて次の試合の準備になるまで、私と神居くんはダッシュし続けたのでした。
そんな体力頼みの作戦が授業中ずっと続くわけもなく黒星もいくつかついたのですが……一方的な展開はもう避けることができたのです。
◆
すぐに放課後になるから着替えにいくんだけど、トイレでばったり出くわしたトモにおでこをつんとされました。してやられた、次は勝つからって笑顔で言われました。
こめかみぐりぐりされるくらいは覚悟してたのに。
清々しいなあ。かっこよし。
帰りのホームルームも大賑わい。
刀を手にした生徒は強制的に選択授業が実践剣術に切り替わるんだから、うちのクラスは全員出ているので当然と言えば当然かも。
「青澄、聞いた? 課外活動の私服OKって話」
後ろの席に座る岡島くんに私は首を緩く振った。なにそれって。
「結城は聞いたか?」
岡島くんの言葉にシロくんが頷いた。
「仲間からな。よくはしらないが、刀の力を振るうのに適した服装があるらしい」
「……あ」
タマちゃんが言ってたお洋服の話かな?
『そうじゃの。霊子となった身で、霊子の我らを振るうのじゃ。洋服選びはその繋がりを深める大事な大事な行いの一つじゃぞ』
タマちゃんの好みに合わせて着物きるのはいいけどさ。
じゃあ十兵衞はいいの?
『まあ……構わんよ』
そう? 十兵衞がいいならいいけども。
なんだかそのへん雑じゃない?
まるでタマちゃんにだけ合わせればいいみたいな感じ。
それともあれかな。たんにタマちゃんがオシャレしたいだけとか?
『ぎくっ』
う、うわあ! なんかタマちゃんが猛烈に怪しいんですけど!
ツッコミを入れるべきか悩んでいたら、目の前の教卓にライオン先生がきちゃった。
「帰りのHRを始める。傾聴せよ。まず諸君の中には知っている者もいるだろうが、五月におおきな特別課外活動がある。自由参加だが、今回はいつもよりも報酬がいい。振るって参加せよ」
はい! と元気よく答える私たちに呆れて笑うライオン先生です。
「それからその課外活動より、私服での参加を認める。ただし公序良俗に反することのない範囲で、高校生らしい節度をもった服装で望むようにな」
またしても元気に答える私たちです。
「規模が規模ゆえに刀鍛冶も参加する。もし彼らと何か問題があった場合には命に関わる。即時、報告せよ。心得たな?」
真剣な顔で頷く私たちを見て満足げに微笑むと、ライオン先生は手を叩いた。
「ではこれにて今日の授業を終わりとする」
お疲れさまでした! と声を上げて、私たちは帰路につくのです。
◆
「今日の一勝はよかったな」
部屋着姿でベッドの上でタマちゃん直伝のストレッチをしていたら、カナタに褒められました。
「見ててくれた?」
「品のない小学生じみた挑発はいただけなかったが」
「うっ」
「まあ……こじらせた文句を言って混乱させるよりはいい」
「ううっ」
褒められている気がしません。
「勝ちは勝ちだ。誇るといい」
むしろ自信が打ち砕かれた感じです……。
「頃合いかもな……ハル、こちらへ」
ふと呟いて手招きするの。足を伸ばして身体を前屈させていた私はいそいそとカナタの座るソファに移動しました。
なんだろうと思ったら、私の心臓のあたりに指を置いてすーっと魂を二つ取り出すの。
それはすぐにぷち十兵衞とぷちタマちゃんに姿を変えたよ。
「三人に一つ、重大な提案がある」
真剣な顔をするカナタに私たち三人は顔を見合わせるのです。
「重大な提案って……」「なんじゃ?」
きょとんとする私とタマちゃん、そして黙して語らず、けれど視線で先を促す十兵衞にカナタは私の二振りを掴んで言うの。
「ハルは憧れの女性像としてタマを、強き力の象徴として十兵衞を掴んだ」
「……ん」
「確かめたいことがあるんだ」
微笑みながら、カナタは二振りを抜いて……その霊子を二人に注いだ。
その結果として二人は私たちと同じ人間サイズに変わる。
「お……」「なんと!」
カナタは自然にこういうことしちゃうから今更驚かないけど、ひょっとしたらすごいことをしているのかもしれない。
何より二人が少し驚いているし。
「元来はハル、お前一つの魂が引き寄せたものだ……彼らを融合させることができる」
「そ、そんなことできるの?」
「仲間とトーナメントで戦った時に、お前自身が無意識にやってみせた芸当だからな。間違いなく可能だろう」
「でも融合って……そんな。ますますゲームっぽい」
……じゃなくて。
「そ、そんなことしたら二人が二人じゃなくなっちゃうのでは?」
「ああ。だが力を増す可能性はある」
「ふむ……」
唸る十兵衞と違って、タマちゃんは私のベッドに寝そべり笑顔だった。
まるでカナタが言い出すことをわかっていた、みたいな顔だ。
「妾はいいぞ。十兵衞と溶け合っても、妾は妾じゃ。魂の格から言うても妾が上位なのは明らかじゃしな。十兵衞がいいのなら……いつでもこいじゃ」
ああ、だからか。だからタマちゃん余裕なんだ。融合されても自分は自分のままだとわかりきっているから。
ギンと戦ったときのあの力がタマちゃんの本質だとわかっているし、だからこそタマちゃんの確信は真実だと私も……十兵衞も理解していた。
「気が進まんな」
「じゃあだめ」
十兵衞の言葉を受けて私は決断を下したの。
かく、と肩をこけさせるタマちゃんには申し訳ないけど。
「たとえば……タツくんの刀みたいな。私の味方、という概念の一振りになって。タマちゃんも十兵衞もそのままなら別にいいけど」
でも、十兵衞が消えちゃうのなら。
「それ以外は絶対にいやかな。私が掴んだのは二振り。折れない私の力は二つ。それでいいの」
もし、それでだめだという時は、きっと。
「私が私でなくなる時がこない限り、二人が二人でいられないなら……二振りのままでいい」
「うむ」「おぬしならそう言うと思っておったぞ」
その言葉に十兵衞だけじゃなく、タマちゃんも笑顔で頷いたの。
「ならば、その願いが叶う研ぎ方がわかるまで……二振りとして研ごう。侍の御霊を愛する決断に感謝を」
頷いたカナタが二人から刀の霊子を引きはがす。
小さくなった二人はいそいそと私の足下に来ました。
ぷち十兵衞は寝るし、ぷちタマちゃんは「それはそれとして、妾は妾好みの着物を纏いたいのじゃが」と私に特別課外活動の服の提案をしてくるし。
私の刀に真剣な顔で手をかざすカナタは集中してるし。
確かに、着実に……五月は迫ってくるのです。
つづく。




