第七十話
目を開けると、保健室よりも無機質な白い天井が見えたの。
尻尾をはさんだ両足のぬくもりを感じて、次に身体を起こしてみた。
隣のベッドにはトモが寝てた。
心電図のモニターが置いてあったり、他に四つのベッドがあって……扉の向こうを看護師さんたちが走り回ってた。
本を手に読みふけっているシロくんと、シロくんに寄りかかって寝ているカゲくんがそばにいて。
「……あれ? トーナメントは?」
間抜けな呟きにシロくんが私を見たの。がたっと立ち上がって、あわててナースコールを押した。そのせいで寄りかかっていたカゲくんが床に倒れて目を覚まして、それから私を見てびっくり。
「あ、あのう、状況がつかめないんだけど」
「まったく……君というやつは!」
眼鏡越しに目を潤ませるシロくんの声はあまりにも大きくて。
「ふあ……なんか、すっごい寝た気がする」
隣のベッドのトモが目を覚ましたの。
中へ入ってきた看護師さんがお医者さんを呼んで、検診をするからって男子二人は追い出されちゃいました。
病衣をはだけて心音とか確かめられた私とトモはいたって健康のようです。
でも、お医者さん曰く。
「三日も寝込んでた!?」
「またまたあ、冗談きついって」
いぶかしむ私たちに先生は首を横に振って「残念ながら真実だ」と断言した。
ここは学校提携の病院らしくて、試合で霊子を使い果たした私たちは気絶して運び込まれた。
栄養剤を投与しながら安静に寝かせて、霊子の自然回復をはかった。
その結果が、三日も寝込むという状態だったらしい。
「若い未熟な身で、あまり無茶な技を乱用しないように。特に君たち二人の刀は特別なんだ」
やんわりと注意された後、先生は「特にきみ」と言って私を睨んだ。
「元来、妖怪変化の類いの刀を抜いた生徒は若くして深く傷ついたり、最悪のケースも起こりえるんだ。十分気をつけなければいけないよ」
「はあ……」
「実感が湧いていない、という顔だね。とにかく気をつけて」
もう退院していいよ、と言い残して先生は立ち去ってしまったのです。
◆
ニナ先生が手配してくれたのか、着替えの服が用意されてたので着替えて退院する。
トモが制服なのに対して、私のはなぜか巫女服でした。コスプレかな?
『妾が頼んでおいた服じゃの! 寮でハルが寝ておった間に注文しといたのじゃ!』
タマちゃああああん!
着替えてみたら狐の耳と尻尾もあいまって私の場違い感とハマりっぷりがやばい。
三人に指をさされて笑われました。似合いすぎだって。ぐぬぬ。
ま、まあとにかく退院の手続きの前に一度、実家に電話したの。
叱られて心配されて、なんとか言いくるめてため息を吐きます。
「「はあ」」
トモとハモった! 顔を見合わせると、しんどいトモを見ただけで事情が伝わってくる。
きっと同じ目にあったんだろう。
「トーナメント終わっちゃったって」
「残念。先輩たちとも戦ってみたかったなー」
ぶつくさ文句を言いながら、二人でロビーへ移動した。
学校から特別に許可をもらって見舞いに来てくれた二人と合流して、バスに乗って駅に移動する。
刀はなくて、だからぱっとみは普通の学生然とした三人……プラスアルファな私です。
いろんな人から見られました。特に尻尾はやばい。子供とかが見てくるの。
電車に乗って移動中にね、目の前に座ってた幼稚園くらいの男の子がちらちら見てくるの。
隣にいたお母さんが何度か注意したんだけど。
「おねえちゃん、しっぽさわってもいい?」
なんて言われたら断れるわけありません。
お尻むけてどうぞっていいました。すみませんと恐縮するお母さんに笑顔でいいえいいえと答えつつ尻尾を弄ばれた私です。
ふかふか、あったかい! すごい! とはしゃいでいただく分には嬉しいのでよしとします。
まあそんなこともありつつ、なんですが。
「はあ」
カゲくんが浮かないの。
「どうしたの?」
「や……沢城に言われたことを考えてたんだ」
「またその話か」
シロくんが唸るのも無理はないの。
私もバス移動中に聞いたし。
「それよりも僕はギンだ。あいつの人生だからとやかくはいわないが……僕はどうかと思う。区切りがついたからって、すぐに次にいくとか……僕には無理だ」
ぶすっとしちゃった。シロくんから聞いた話だと、ギンがノンちゃんとくっついたんじゃないかって。
私としては、不思議はないなって感じ。むしろ収まるべきところに収まったって思うし、胸にストンと落ちるの。
ギンは行動力がある方だし、引きずるタイプにも見えないもん。
「誰かを大事に思っていたなら……もう少し、じっくり考えてから乗り越えるべきだ」
「試合で区切りがついて、乗り越えた上での選択だよ。私はいいと思う」
「……僕はなんかいやなんだ」
ね? こうやってシロくんまでぶすっとしちゃうの。
「きみは時間をかけるんだ?」
私の隣からトモがシロくんに尋ねたの。
「ま、まあそうだ。そもそも、まともな恋愛なんて僕にはハードルが高いしな。一つ一つ大事に時間を掛けて進めたい」
「ふうん」
「な、なにがいいたい」
「ゆっくり進みすぎて機を逃したらもったいない気がするけど?」
「それは、そう……だけどな」
なぜかシロくんが私をちらっと見てからため息を吐いたの。
「でも、きみの気持ちもわかるから……難しい問題だよね」
私を見て、困った顔でトモは言ったの。
「きみの友達がどう選ぼうと、きみがどう選ぼうと……答えはないんだろうなって思う。ごめんね」
私ではスムーズに出てこない言葉を、トモはさらりと言っちゃう。すごい。
「悩むきみも。次に行く決意をしたきみの友達も。どっちもどっちなりに真剣なんじゃない?」
「……そうだな。少なくとも、刀鍛冶を大事にはしているようだ」
少しだけ顔が和らいだシロくんを見て、私はトモと笑顔になっちゃった。
なんだかんだ言いながらもギンのこと、ちゃんと見てるんだなあ……シロくんは。
だから次はカゲくんだ。
「カゲくんは……ユリア先輩のこと、好きなんだよね?」
「ああ。憧れてるし、もっと強くなって認めてもらいたい」
「じゃあ幼なじみさんって? 私的に新キャラなんだけど。挨拶したことないし」
知ってる? と聞きながらシロくんを見たけど首を横に振られた。
トモは知るわけもないよね。カゲくんとの接点ほぼほぼないし。
「生まれたときから家が隣同士で」
「「出た」」
思わずトモとハモっちゃった。
いかにもなキーワードを言うんだもん、カゲくんったら。
「たまにみんなのそばからいなくなった時は、たいていあいつからの呼び出し食らってんだ。一つ年上でさ、兄貴の彼女なんだ」
「ふうん、じゃあいわゆる幼馴染みのきゃっきゃうふふはないのかあ……あれ? 幼なじみさん、二年生?」
「それもうちの学校のな……ユリア先輩と妙に仲良い。あいつの影響からか、ユリア先輩まで一緒になって世話焼いてくるようになって」
それがプレッシャーなんだよな、と唸るカゲくんにシロくんが肩をすくめた。
「まあ、別にどうこうってんじゃねえけど」
「ふん。持った男の自覚のないぼやきだ。ユリア先輩が美人なのは言わずもがな。ちらっとみたがカゲの幼なじみもなかなかの綺麗どころだ。情報収集したところによれば二年生男子の中で、最も世話を焼いてもらいたい女子ランキング一位らしい」
ねえシロくん、なにそのランキング。具体的すぎません?
カナタやラビ先輩も投票したのかな。
「カゲ、何度も言うが……世話を焼かれるだけマシだ」
「うるせえな! 俺は青春をしたいの! なんでガキの頃みたいに姉ちゃん面されなきゃいけねえの、俺がやりたいのはそうじゃなくて」
「「「そうじゃなくて?」」」
「恋あ……ああもう! 言わせんな!」
「「「ほほう」」」
声を揃える私たちにカゲくんが顔を真っ赤にしながらぼやく。「くそ、はずいこと言っちまった」
でもね。でもね。
「カゲくんのペースで進めばいいんじゃない? 気にすることないよ。人には人のペースがあるってだけの話だよ」
それでもギンは言わずにはいられなかっただけだろうし。
「けどよ……」
「まあまあ! 問題が起きたら……対処すればいいだけだよね。たとえばそこの結城くんに、あたしが二人で遊びに行きたいって言ったらどうする?」
割って入ったトモにシロくんが見てて笑っちゃうくらいに慌てるの。
「え? きゅ、急に僕に振るな! しかも無茶な振りだな!」
「どうするー? 問題ですよー?」
「一ヵ月はそっとしておいてくれ! ……それから考える」
保留にされちゃった、とトモが肩をすくめた。
本気かどうかわからないから、シロくんも「冗談が過ぎる」と文句を言うし。
「冗談じゃないって言ったら?」
攻め攻めなトモはある意味トモらしくてすごい。
「そっ……それでも、ちゃんと考える時間をくれ。ギンと違って、僕は慎重なんだ」
「じゃあそれはそれとしてさ。雷切みせてよ、君とは話したいこと山ほどあるの。それくらいならいいでしょ?」
「ま、まあ……それくらいなら」
やり、とガッツポーズをするトモはほんとしゅごい。防御を固めるシロくんの許す範囲で、懐に近づいてる。シロくんが嫌なところまでは割って入らないんだろうし。すごい……。
思い悩むカゲくんみたいな人もいれば、何かを受け止めて乗り越えるために時間をかけようとするシロくんもいて。
トーナメントでいろんなことが動いて私たちに色んな変化があった……って、待って?
「トーナメントはどうなったの?」
「あ、それそれ。一年生の順位とか」
私とトモの質問にシロくんとカゲくんは顔を見合わせて、同時にため息を吐いた。
え、え、なにその反応。不安!
「一年生の同率一位の二人が入院。だから急きょ三位の沢城と四位の俺が全学年戦に出た。沢城は初戦で三年と当たってさ」
「ギンは善戦したんだが……如何せんキャリアが違ったな。真中って人は強すぎだ」
「ハルの刀鍛冶は三位で出たけど、相手が三年生でこっちもあえなく撃沈」
カナタぁ……。
「俺はユリア先輩とやったけど、あの人さ。俺だからこそ全力で叩くとかいって……ぼこぼこですよ」
ユリア先輩つよい。そっか、カゲくんが凹む理由はそこにもあるのか。
「三年生をくだしたラビ先輩は次の戦いでユリア先輩を前にあっさり降伏。妹には勝てないとかなんとかいっていたな。そこで残るは女子四人というわけだ」
はあ、と同時にため息を吐く二人の心中とは、これいかに。
「怖かったな」
「ああ……凄い迫力だった」
優勝はユリア先輩をくだした三年生の真中メイ先輩らしい。
三年生の先輩の刀もみてみたかったなあ。どんな力を持っているのか気になります。
でもそれはそれ、いつか機会がくると思っておこう。
「あーあ。なんかイベント終わって残念」
「次ならあるぞ」
しれっとシロくんが言うので、トモと二人できょとんとしちゃった。
「来月は何月だ?」
「そりゃあ」「五月?」
「五月と言えば、なんだ」
なんだといわれても。
「五月にかかる病気といえば?」
ああ。五月病か。でもなんで? さらにきょとんとする私にシロくんが言うの。
「邪なる御霊が増える時期なんだ」
「なんで?」
「さぼりたい、会社や学校がいやだ、とか。悪い感情がたまりやすい時期なんだよ」
ああ、なるほど……。
「刀を手にしたせいで学外に出るには許可がいる、イコール、アルバイトが許されない学生の僕たちにとって、邪を討伐して出る報酬金の稼ぎ時というわけだ」
「ボーナスタイム?」
トモの問い掛けにまあそんなところだ、と頷くシロくんです。
「それから……これは小耳に挟んだんだが」
周囲をきょろきょろ見渡してから小声になるシロくんにみんなで耳を寄せる。
「なになに?」
「刀候補生を迎える他の学校との交流戦があるらしい」
「交流戦かあ」
「学年別でやるそうだ。真実、僕ら一年生の腕試しの場になるだろう」
シロくんの言葉に目を輝かせるトモとカゲくん。
「腕試し好きだよ、いいね!」
「そもそも討伐からして団体戦なところあるし、いいかもな」
うなずき合う二人は早くもやる気です。
なるほど、交流戦かあ。それなりに頑張ろう。
◆
「交流戦で存在感を発揮しろ」
「えええええ」
寮に戻るなり身体をあちこち調べてほっとしたカナタの第一声がそれでした。
「俺が活躍すれば必然、ハルの評判もあがる。ハルが活躍すれば必然、俺の評価も高まる」
「そうなると、どうなるの?」
「特別課外活動の任務の制限が緩み、より報酬金の高い任務に挑める」
「まるでゲームみたいだね……」
「だがその金で、服から何から買い放題だぞ?」
「うっ」
物欲に負けそうな私です。いやいや、負けてる場合じゃないよ! 危険が危ないよ!
「お金の話をする上でちょうどいい。購買から荷物が届いていた、見てみろ」
「え? あっ、ベッドにダンボール箱がある!」
カナタが横にどいて見えた私のベッドにおおきなダンボール箱があるの。
中を開いてみたら……買った覚えのない、けれどいつしか購買で関さんにもらったカタログで見た服や下着がわんさかと。
……なぜ?
『これじゃよこれこれ! 買っておいたのじゃ! そなたの寝ている間にな!』
わっつ!?
『霊装が必要でのう。十兵衞や妾の霊子に相性の良いものを着れば、そなたの力があがるのじゃ!』
……そうなの? ほんとにい?
『そうなのじゃ!』
まあ……それなら程度によってはいいかな。二人に必要だっていうのなら。
いそいそと中身を取り出して並べてみると。
「着物。これも……着物。これは……着物」
どれも妙に値の張りそうな和の情緒あふれる着物だらけです。
どれもそれなりに「あ、これいい」「これ柄がかわいい」と思っちゃうのです。タマちゃんのドヤ感が伝わってくる。
「下着は……」
横目でちらっと見たら、カナタが暢気な顔で私を見守っていました。
さすがにカナタが見ている前で広げるのは問題があるよね。
なのでそっと着物の下に隠すとしても。
「ね、ねえタマちゃん。お金、残った?」
震える声で尋ねると、頭の中であっけらかんとした声が聞こえました。
『からっけつじゃ! こりゃあ稼がんといかんのう!』
なんてことー! ゲームとか新しいマントとか好みの服とかいろいろ欲しかったのに-!
「今の服といい、マントといい……趣味的な服が好きなお前に金は必要だろう」
「ううっ……」
否定できない……けど納得もいかないぜ!
まあ返品するのももったいないくらい、地味に気に入ったから着ますけど!
「交流戦と五月の討伐、がんばります……」
それしか手はないのですね。
「強く鍛えるために……ハルに一つ、試したいことがある」
「え、なあに?」
ふり返った私にカナタははっきりとした声で言うのです。
「お前に触れたい」
真っ昼間、日付を確認したら日曜日。
ここは寮で。私はベッドに向かっていて。
ここにはカナタと私しかいなくて。
「え、ええええ!」
「ハルの霊子を調べたい」
……あ、ああ。うん。
わかってた。わかってましたよ? わかってましたとも!
うそ、ごめん。いろいろ思い浮かんで妄想しちゃいました。
だめだ、だめだってば。先日関係が変わったからってお花畑モードすぎるよ。
そりゃあ春だけども。だからそうじゃなくて。
「触れたら……何がわかるの?」
「まずは手を」
差し出されたカナタの手にちょこんとのせる握り拳。
開かれて握られて実感する。細くて長いよなあ、カナタの指って綺麗。
「ピアノ上手そう」
「何を言っている……まあ弾けるが」
弾けるの!? と驚きたい私ですが、真面目な顔して私の手に触れてるカナタを見ると騒ぐような空気にできなくて黙ります。
「これより霊子を繋いで感覚を共有する」
「う、うん」
「嫌な気持ちになったら、すぐに言ってくれ」
「わかった」
どぎまぎしていたら繋いだ手の感覚がカナタの手の熱と混ざり合っていくの。
そして冷たくて心地良い清水のようなものが糸のように私の中へ、心臓を目指してのびてくるの。
いやじゃない。むしろ……気持ちいい。
それってどうなんだろう、と想いはしたけど……同時に伝わってくるの。
純粋な欲。願望。私を知りたいというカナタの気持ちが染み込んでくるの。
どきどきする。ごまかしようのない奥深くに入り込んでくるそれは、お花畑モードの私が思い描く曖昧などれよりも深い繋がりあいだった。
恐る恐るカナタを見たら、集中していたの。だから、何も言えなくて。
「だいじょうぶか?」
優しく聞かれて、喉を震わせるようにしか「うん」って言えなくて。
「あの試合会場にいた……ツバキ、とかいったか」
「え……」
「彼のおかげで君の日記、四十八冊の解読が終わった」
なんてこというの! こ、こんなときになんてこというの!
「読むなとはいわれていないよな?」
「そ、そうだけど! ツバキちゃんも読んだの!?」
「感動して泣いていたぞ」
「い……いたたまれないよ。呆れられなかったならいいけども」
赤裸々な私を知るツバキちゃんだから……ぎり! ぎりかな!
カナタはもう諦めているというか。むしろ支えてくれるからいい。
問題ないけど……はずい。
そんな私の熱に絡みつき、寄り添うようにカナタの力が私の心臓に触れそうに。
でも止まっちゃった。
「カナタ?」
「……ハル。一つ、確認する」
「なにを?」
「君の心の深くまで覗くことになる。同時に俺の心の奥深くにも繋がる。君が認識していないことも含めてすべて……露わになる」
「そ、それは、その……はずいですね」
「いやならここで止めるが、どうする? ある意味……裸を晒すよりもはずかしいものを見せ合うことになる。これは、魂と魂の契約のようなものだ」
この状況でそんな、ちょっと心の琴線に触れること言われると弱いです。
「カナタに嫌われたりすること、私の中に山ほどありそうです」
「汚いところもなにもかもあって当然、それが人だ」
「……カナタにもあるの?」
「実は正直、少々怖くもある」
微かに笑うカナタは、それでも極力私を不安がらせないようにしてくれている。
繋がった冷たくも心地良い糸のようなそれに感じるのは、嫌悪感などでは決してない。
だから……。
「いいよ。きて」
「……わかった」
私の中のカナタが奥深く、心に触れたの。
何かを探り、確かめて……知っていく。
と同時に痛いくらい伝わってくるの。
カナタの、想い。
『心配していた』『やっと帰ってきた』『君がいないと、どうやら……落ち着かない自分になってしまった』『もっと知りたい』『もっと触れたい』『傷つけたくない』『はじめて人を……身内以外の誰かを愛している』
真摯な、私への想い。
『だから、誰にも渡したくない』『本当は戦いに出したくもない』『なぜ俺が見舞いに行ったときじゃなかったんだ、くそ』『閉じ込めておけるなら、その方が、いっそ』
それには生きている人の弱さからくる、歪みもある。
私の中にもあるし、誰の中にもある……過ぎれば邪になるもの。
シュウさんに堕とされた時に知った、自然の摂理。
改めて拾い上げないだけで……カナタの欲望も伝わってくる。
と同時に、私のも。
「ん……」
「……っ」
互いの息づかいしかない。
何かを言うよりも雄弁に伝わり合ってしまう心と心。
深く繋がれば繋がるだけ、単純で唯一の気持ちに届いていく。
カナタの中にある妹さんへの愛情、シュウさんへの憎悪、恐怖。そして微かにだけど輝く好意。
そういうすべての向こう側。
カナタの心の根っこにある、純粋で唯一の願い。それは。
『愛し、守りたい。助けたいんだ。そのためなら、俺は戦う』
というものだった。
そして、そういうただ一つの想いが私にもあって。
きっとカナタに伝わったんだと思う。その瞬間に形になるの。
「あ……」
愛し愛されるために、戦いたいって。
表面的な理屈づけとか、心についた無自覚な言い訳とか、人と生きていくために必要なフィルターとか……そういう全部を取り払った、純粋な欲望。
互いに理解して、ゆっくりとカナタが出て行く。
あの日のキスよりも、抱き締められる瞬間よりも濃密な繋がりあい。
私は何も言えなかった。はずかしすぎて。赤裸々過ぎて。
理解してなかったし、理解してしまった。
カナタのこと。私のこと。
「ありがとう」
「え――」
「許しがなければ、ここまで深くは繋がれなかった」
「あ……うん」
それは、その。もう、いいんだけど。
「刀を調整する必要があるし……頭を冷やしたいが」
「あ……」
いっちゃうの、って。思ったので。
私の浮かべた顔は物欲しげに違いなくて。
「ハル……抱き締めたい」
そう言われた時にはもう、私はカナタの腕の中にいました。
色んな想いが浮かび上がっては消えていくの。
好き。心配かけてごめん。帰ってきたよ。ただいま……大好き。なんで負けちゃったの? カナタの試合ちゃんと見たかったよ。ごめん。気絶して病院いっちゃってごめん。
でも、どれも今はなんか違う気がしたの。
「あ、あの」
深く触れたい、と。心に触れ合った今なら、と。
そう思ってくれていたし、私自身そう思っていたから応えたかったけど。
「……好き」
しか出てこなかったし。
カナタはそれに応えようと、黙って唇を寄せてきたの。
だから目を閉じて、いよいよ――
ぐうううううううううううう!
その瞬間に、鳴ったよね。
私のお腹から、かつてない音が鳴ったよね。
否定しようのないくらいおおきな音が、盛大に。
考えてもみれば三日も寝たきりで、その間ずっと点滴だけだったわけで。
お腹すいてないわけがなくて。
「くっ」
くくく、と肩を震わせて笑われてしまいました。
「色気より食い気か。なるほど……いや、実に君らしい。くっ!」
私を離して目元に涙まで浮かべて笑われました。
「そ、そんなに笑うことないじゃない!」
「いや、元気だとわかって安心した。いいだろう、食堂へ行こうではないか。なに、君らしい結末に安心したぞ、ハル」
さっきまであったあたたかくてどこまでも露わな空気は霧散してしまって。
残されたのは……ああ、真実。日常の空気だったのです。
「面白い結末だが君ははずかしくてたまらないだろうからな、せめてものお詫びに奢ろう。それがせめてもの相棒の勤めだろう。ただし、油っぽいものや固いものは控えろよ? 食いしん坊なのはわかったが、身体を労るべきだ」
「~~っ!」
無言でばしばし叩く私にカナタは笑い声をあげるばかりです。くっ。
「もういい!」
とほほですよ! まったくもう!
ああ、それといい加減自覚した方がいいかも。
食いしん坊キャラだよね、私。
中学まではそんなことなかったのになあ。あれえ?
『すまんな……腹が減った』
『元より力を得るために食が欠かせんのう!』
あっ……そういう。
まあいいよ! いいってば! いいんです!
つづく。




