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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第七章 侍候補生、学年別トーナメント

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第六十九話

 



 八岐大蛇とかいうヘビの刀を手にした先輩と、刀鍛冶らしい女とシロに囲まれ、その声援を浴びてやってきた男を目にして、沢城ギン……俺は息を吐いた。


「人気者だな」

「刀鍛冶の人たち全員から熱い視線を送られるお前に言われてもな」


 俺の揶揄にそいつは笑って刀を構えた。

 草薙の剣。日本書紀におけるその呼称は別名だ。真の名は俺でも知っている。

 天叢雲剣。スサノオが自分の物にできるだろうかと、アマテラスに献上したんだっけか。

 ウィキにのってる程度の知識しかねえが……なるほど。

 確かにノンが言ったように、こいつはスサノオには見えず、ただの男に見える。

 ……より正確に言うのなら。


「先輩にヘビの力を、幼なじみに刀を磨かれた手前、負けるわけにはいかねえから」


 構え、クラスメイトの声援を浴びるそいつは、シロんちで昔見たアニメの主役のようだった。


「ヒーローみてえな面して。嫌いなタイプだ」

「そっちこそ」

「あん?」


 そいつは俺を睨み、その向こうで……手を組み祈るノンを見て笑いやがった。


「がむしゃらにむちゃくちゃにハルに思われて、その上で女の子にあんなに健気で一途に思われるあんたはさ。俺の幼なじみが好きな少女マンガのヒーローみたいなヤツだ」

「んだと?」

「気に入らねえな。みんな、あんたには勝てないっていうんだ」

「……てめえはどう思うんだ」

「決まりきった勝負なんかする気はねえ」

「同感だ」


 それからは、もう無言。

 手にする刀から伝わってくる闘気と混じって、ノンの霊子が伝わってくる。

 負けないで。がんばって。傷つかずに帰ってきて。

 あいつの声援以上にうるさい、俺と村正を繋ぎ、勝利に背中を押す願い。

 俺をただの侍でなくする……あいつと俺が互いに特別になるために繋がる想いだ。

 ハルとのことがあって、なんとなく察していただろうに……願えるあいつは一途で健気で。

 ああ、そうとも。それに応えてやりたいと想うさ。

 俺は……今の俺は、それだけでいい。

 礼は省略された。獅子王のおっさんはそういう空気を察してくれるいい教師だ。

 礼なんかしたら途切れちまう。

 俺も……向かい側にいるそいつ、八葉カゲロウも。


「はじめ!」


 叫ばれた。けれど、互いに動かない。

 出方を見る――……のではない。

 ハルと仲間の二人に触発されたわけでもない。

 ただ、互いに笑ってますます気合いをこめる。

 お前とは切り合いでわかりあう気はない。

 男同士、そんな気持ちもねえ。友達でもねえのに、気持ち悪いだけだ。

 ただ、敵として。

 一瞬で一太刀。二戦で合わせて二太刀。

 それだけで十分だ。

 そう認識しているだけの話だ。

 願いは純粋。

 八葉は負けられない、と。

 対する俺は、勝ちを、と。

 ただそれだけを願い、身体中に力を込めている。

 息の詰まる試合場に誰かの咳が響いた。

 直後、八葉の足下にヘビの形をした黒いモヤが浮かんで、地面を蹴った。

 まるで仲間の技のような軌道で迫る八葉を前に息を吐く。

 ハルのクラスは――……シロの野郎も含めて、ハルに刺激されてやがる。

 誰かの技を見て覚え、使おうとする。貪欲な力への渇望あればこそ存在する姿勢。

 くしくもハルと戦った時に俺もまた刺激され、タツの野郎が使った沖田の技を盗んだ。

 ああ――……だから、もう。


「沢城さん――ッ!」


 負けられねえな。

 刀身から雲を吐き出してぼやけて見えないそれに構わず。


『――』


 村正から伝わる念よりも。

 勝って、と。人を相手に断ち切るそれがあたしの特別なのだ、と。

 刀身に残った胸を張るノンの気持ちに応えて振るう。

 背後へ通り抜けた八葉の刀は俺の腹を斬り裂き。


「一本! 沢城ギン!」


 数段早く俺の村正がやつの首を斬っていた。


「くそっ!」


 唸り、開始地点に戻る八葉をあのユリアとかいう先輩が心配そうに見つめる。

 見りゃわかる。

 まだ誰にも本気で寄り添ったことのない、己の迷いにすら気づいていない無垢でばかな男の剣だった。

 ……ノンに出会わずにいたら、ハルとやってもああは戦えなかった未熟な俺の剣に違いなかった。

 いてえな。あいつに斬られた腹よりも。ただ、目の前の男に見える昔のてめえが痛くて仕方ない。

 ハルとの一戦で気づかされた時の痛みが……古傷になりきれてないそいつが疼くんだ。

 一本目、あいつは一瞬諦めてすべてを投げ出しそうになった。

 あの緋迎の野郎の言葉をきっかけに、あいつはあいつらしさを取り戻した。

 仲間と戦った時に見せた痛々しくみっともなくも気高いあいつらしさを。

 同時に理解した。

 俺だけではあいつと戦えなかったって。

 本当なら……投げ出してもよかった、がむしゃらに斬らなきゃ立ち向かえなかった。

 そんな俺を叱り、支え、励ましたのは……ノンだ。

 ハルに緋迎がいなきゃだめなように。

 俺にもまた、ノンがいなきゃだめなんだ。

 お互いにあの試合の途中で気づいちまった。

 だから切り合いで互いの真実を理解して、互いの思いにケリをつけた。

 きっぱり区切りをつけた俺はハルだけに思いを告げ、あいつと終わりを告げあい……離れた。

 しばらくして居場所も告げずに消えたはずなのに、どうにかして俺を見つけたノンに言ったよ。

 明日、決着つけたらお前に言うことがあるって。

 あいつは大して意識してねえから気づいてねえけど。

 鈍感で肝心なところはぽやっとしていやがるから気づいてねえけど。

 俺はノンに大事なことを言う。すべてにケリをつけて前に進むために。

 あいつの願いに形を与え、先へ進むために。

 ……ハルに負けてられねえんだ。こっちも。

 気づいちまったから、止まれねえ。

 そもそも俺に、逃げたり離れるみてえな諦めの選択肢ははなっから似合わねえ。

 ハルで痛いくらい身に染みた。だから。


「構え――……はじめ!」


 獅子王の声にユリアが叫ぶ。「さっきあげた力をもっと活用して!」

 構え、刀を振るい、刀身から雲を吐き出して試合場を霧に包む八葉。

 あちこちから気配が生まれる。ヘビの気配だ。

 ハルや仲間が振るう妖しい力。

 動揺しないで。だいじょうぶ。相手は人です。

 刀に思いをこめたノンの願いが柄から伝わってくる。


「ばあか」


 お前が心配するまでもねえよ。

 溢れる自信と振り回す自由が俺っぽいんだろ?

 わかってるよ……ああ、わかっているとも。


「村正……いくぞ」


 呟き、目を伏せる。

 刀を通じて――……探り当て、振るう。

 何かぶあついものを弾いて飛ばした。おおかたヘビの頭か何かだろう。

 八葉の手応えじゃない。

 けれどあちこちから八葉の殺気を感じる。

 村正を通じて理解するそれを、俺はその場で片っ端から斬りさばく。

 埒が明かないとみたか、八つの首があちこちから飛んできた。

 けれど、ああ。ハルのクラスはシロの野郎といい、まだまだだな。


「――ッ」

「殺気が見え見えなんだよ!」


 頭上から跳んできた八葉の九つの攻撃を見切り、跳んで。

 振るわれた、まだ想いの意味に気づく前の男の刀をよけて、その首を斬った。


「一本! 沢城ギン!」


 直後雲が切り払われた。

 刀を抜いて獅子王が吹き飛ばしたのだ。

 しかも勝負の行方をしっかりと見届けていやがった。

 地面で膝をつき、拳を地面に叩きつける八葉は真実悔しいのだろう。

 敗者に掛ける言葉もねえ。

 離れようとした耳に「なんでだよ」と聞こえなければ、放置していくところだった。

 けど……聞きとがめずにはいれなかったし、聞かずにはいられなかった。


「てめえにはあのユリアって先輩が、てめえをどう想ってんのかわかってんのか?」

「は? それと勝負になんの関係が――」

「わかってねえな」


 ばかにするでなく。ただ、俺はノンを見つめて呟いた。

 涙を浮かべて、けれど俺の視線に気づいてあわてて拭い。

 自慢げに胸を張って、けど心からほっとしたように顔がゆるんでいく。

 嬉しそうにゆがんでいく顔に、たまらず浮かんでくる涙をすぐに拭って。

 信じてました、と。嬉しいです、と。

 さすがあたしの特別です、と……訴えてくる。


「ほんと、わかってねえ」


 あいつは理解してないけど……熱くて、膨大すぎるその思いの正体は明白で。


「……みてみろよ。てめえを想う人の顔を」


 ふり返って確認するまでもねえな。

 八葉が見たユリア先輩の顔なんて確かめなくてもわかる。


「負けてふざけんなって顔か?」

「……ちげえ。泣きそうだ。俺が沢城にみっともなく負けたからか」

「ばかだな……おおばかだ」


 俺も、ハルと出会わず、ハルと戦わなければ気づけなかった。

 かつての俺に――八葉に告げる。


「好きだから、てめえが心配なんだよ」


 そう言い残して試合場を出た。俺を想う一人の女の元へ帰るんだ。


「ただいま」

「……っ! おかえりなさいっ!」


 微笑むノンの頭を撫でる。さて……。

 先輩の試合は興味はあるが、俺にはやらなきゃならねえことがある。


「ノン、行くぞ」

「え、あっ、い、いいんですか? 試合が終わったら表彰とかありそうなのに」

「興味ねえよ」

「ええええ? って、まって。なんで首根っこ掴むんです? ペットみたいに!」

「めんどくせえし、てめえは軽いからこれくらいでいいんだ」

「納得が-!」


 ぎゃあぎゃあ騒ぐノンを片手に、俺はさっさと寮へ戻った。


 ◆


「ど、どこか痛むんですか? そんなに疲れちゃいましたか? 横になりますか?」


 ベッドにぽいっとほうり投げると、ノンは場違いな心配を口にした。


「そうじゃねえ。誰の目もねえところがよかっただけだ」

「え……」

「大事な話があるっつったろうが」

「そんなこと言われましたっけ」

「言ったの」

「あいた、いたっ、痛いです、なにするんですか! おでこつつかないでください! わ、わかりました、忘れててごめんなさい! 今日の試合で頭がいっぱいだったんです!」


 きょとんとするでこを指で何度も突くと涙目になるのが……ちょっと面白いが、遊びたいわけでもねえな。


「もー、なんなんですか!」

「霊子は魂の一部だ。てめえが村正に注いだ思いを振るって気づいたことがある」

「え――……」

「俺の霊子を感じろ」

「え、え――」


 戸惑うノンの手を取り、握る。


「やれ。刀にそうするように」

「い、いいんですか? 色々筒抜けになっちゃいますけど」

「なんでもいいから、やれ」

「はあ……へ、下手ですからね?」


 断りを入れると、ノンは村正にするように霊子を扱う術を用いて俺の霊子に自身の霊子を重ねる。繋がり合う――……互いの魂。

 隠しようのない本音。

 おぼろげにけれど魂の根っこに抱くノンの熱に、失恋を切っ掛けに形を知った俺が答えを返す。俺の気持ちと一緒にだ。

 だからかもしれない。好意を熱に注いだ瞬間だった。


「――ッ!?」


 ば、と。

 ノンが飛び跳ねて、俺の手を離した。

 それから耳まで真っ赤に染まって、あわててその手につかんだ布団にくるまった。


「……ノン」


 呼びかけるが反応はない。


「わかったか」

「…………」


 返事はない。顔も見えなきゃどうしようもねえ。

 面倒なんで、布団を掴んで引きはがした。

 すると、自分の身体を抱いて涙目になったノンが俺を見てびくっと震えた。

 耳まで赤いまま。


「あ、あた、あたし、あたし、え……」


 よく見て気づけよ、俺。

 ノンが呟いているぞ。


「じゃ、じゃあ……え。昨日、青澄さんが泣いて言ってた、ある意味あたしが勝者って……そういう、こと?」


 戸惑い、混乱。


「ど、どどど、ど、ど、」

「ど?」

「どうしよう……こ、困ります」

「おい、ノン」

「ひゃああああ!」


 近づこうとしたら、その三倍は離れられた。

 そして飛び跳ねるようにして自分のベッドに逃げて、俺に両手を突きつける。


「ちちちちち、近づかないで下さい! だ、だめです! だめ!」


 拒絶にしか見えないそれの答えを俺はもう知っている。けれど、


「俺のこと嫌いか?」


 敢えて尋ねる。

 するとノンは両手で顔を隠して、膝を抱えて、丸まって。


「そうじゃないから、困るんです……やだ。一緒に生活とか、むりです……恥ずかしすぎます……」


 意識しすぎだろ、と笑うことも出来る。実際それも悪くなさそうだ。

 けど、俺はその先の段階を望んでいた。

 逃げ場のないノンに近づいて、壁際に手を置く。


「お前は俺の相棒で、大事な刀鍛冶だ。ハルの時のような失敗はごめんなんだ」


 ノンにはそれだけで伝わった。

 緋迎の野郎のことだ。あいつが現われて、意味もわからずにそばにいた俺とハルは容易く離れて……。

 色々あって、それで気づいちまったんだ。

 お互いにもっと心惹かれて、支えられる存在がいたってことに。

 俺にノンが、ハルに緋迎が現われず……二人だけでいたなら、それはそれで幸せを掴めただろう。

 けど、そうはならなかった。だからもう、それはいい。

 だが……もし仮に、ノンに新たな誰かが現われたとしたら?

 それでまた違う結論が出るとしたら?

 もうそんなのはごめんだ。

 同じような失敗を、もう繰り返す気はない。

 だから先へ進める。その結論を出す。


「ノン」

「は、はい」

「いいか……俺はお前を自分の特別にする。そうしたいんだ」

「とく、べつ……」

「もう離す気はねえからな」


 身体の力が入ったノンを抱き寄せる。


「他の誰にも手を出させる気はねえ……俺のそばにいろ」


 強ばったままだが……それでも、俺を掴む。離そうとしない。


「あなたは、もう……あたしの……ノンの特別です」


 その渇望は、想いが生まれたときから一途に俺に注がれていたものだ。

 熱く強く、ずっと俺を向いていた熱だった。


「だから、こまるんです」

「なにが」

「……なにをされても、いいと、おもっちゃうので」


 俯いて赤い顔でそんなことを囁くこいつを、愛しく想わずにはいられない。


「ほんとうに、とくべつ……なんですよね?」


 ノンが涙ぐむ。


「あたしのとくべつで、ずっと……とくべつなんですよね?」


 か細く囁かれる今この時こそ、ノンの心にある痛みに触れた瞬間に違いない。


「ああ」

「……あたしで、いいんですよね?」

「ノンじゃなきゃだめだ」

「~~っ」


 しがみつき、抱きつかれ、泣きじゃくる。

 小さいけれど一途で健気なその背を撫でる。


「すきです、すきです……だいすきなんです。とくべつなんです」


 触れ合わなきゃ聞けなかった言葉だ。


「ああ……俺もだ」


 縋るちびっちゃい頭を撫でて、息を吐く。


「ノンが俺の鞘だ。お前が俺の帰る場所だ。生涯ただ一人の相棒だ」

「……それ、刀鍛冶にとって、最高の褒め言葉です」


 ぐす、ぐす、と鼻を鳴らして言うノンが囁いた。


「すきです……」


 くらりときた。もう……言葉はいらない、と想った。


「口、とじてろ」

「え――」


 認識して、元より溢れる熱い思いの数だけ何度も、何度も。

 はじめて心から人を愛することにした。


「ん――……」


 喉を鳴らして、ノンが俺の口づけを受け入れる。

 もっと、もっと伝えて欲しいと。

 願い、引き寄せられる手の力に応えない理由など――……もはやない。

 ああ、だから。


「ぷぁ! だ、だめです、これ以上は」


 何度目かに離れた唇で囁くノン以外に止められる奴はいなかった。


「なんでだ?」

「その……」


 赤い顔で上目遣いに俺を見て、ノンの両目がぎゅっと閉じた。


「ど、どこまでもしたいし、そしたら……毎日求めちゃいますもん! だめ、むり。毎日しちゃいます……」


 両手でほっぺたを押さえるこいつは、なんて可愛いんだろうと思ったし。

 正直、たまらなくなった。

 けど、同時に流されるわけにもいかねえと思った。

 真実、俺殺しな照れ隠しだった。


「ゆ、ゆっくりしないと、だめになりたくなっちゃいます……」


 無理。やめろ。それ以上しゃべるな。じゃないと襲いたくなる。


「しょうがねえな」


 指でノンの唇を摘まんで黙らせると、そのままノンを抱いて横になる。


「あああああ、あの?」

「疲れた。寝るぞ」

「は、はあ……えっ、この体勢でですか?」

「勝ったご褒美くれよ」

「ここここここ、この体勢でご褒美って意味深過ぎですけど!?」

「添い寝してくれりゃあいい」

「……はあ。あ、いえ! ち、違いますよ!? がっかりなんてしてませんから!」

「うるせえ、寝るぞ」

「は、はい!」


 ノンの肩を抱く俺の腕を、ノンはきゅっと握ってきやがった。

 本当に、こいつは、まったく……。寝られるかよ、と内心で唸る。

 けど抱いてみてわかる。

 まるでガキみたいに体温が高いから、すげえあったかい。

 刀を握っている時に伝わってくる熱と同じ。

 俺にまっすぐ向けられた、俺だけに注がれる熱だ。

 もう手放さない。

 恋の意味を知ったから……もう二度と、手放さない。


「ノン……」

「くう……すう……」

「おい」


 想いを込めて呟くと、寝息が聞こえてきたぞ。

 俺より先に寝るのかよ、と思ったけど……俺の相棒らしいとも思ったから。

 まあいいさ。


「おやすみ」


 頭に口づけて、甘い匂いのする彼女を抱き締めて俺は眠りに落ちていくのだった。




 つづく。

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