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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第七章 侍候補生、学年別トーナメント

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第六十八話

 



 あたし、佳村ノンは思うんです。

 青澄さんって、不思議な人だなって。

 仲間トモさん。

 刀鍛冶の先輩たちや、刀好きでこの学院に入ったみんなが憧れる雷切。

 特別な刀を手に入れた一年の期待の星。

 彼女の刀鍛冶になることを誰もが夢見るほどの逸材。

 そんな人相手にマントをつけて、痛いことを山ほど言って。

 なんなら黒歴史ぜんぶ、その刀にまとう闇と一緒に吐き出して、青澄さんは立ち向かうんです。

 不思議だし、変。

 噂によれば下着姿で歩き回ったり、夜中に眠ったまま徘徊したり。

 他にも尻尾のせいで防御力皆無だったりして、正直……同性から見ても「この人だいじょうぶかな」って思うくらいなのに。

 あの仲間さんが認めて、一年生代表の四人が全員認めて。

 なんなら生徒会長のラビ先輩やユリア先輩とかも一目を置いているんです。

 その手にする刀は玉藻の前と十兵衞。

 斬られた魂と、刀を握る魂としては破格の二振りです。

 けど――……仲間さんとの一戦で、それが一振りになりました。

 その力はまるで同質で、重なり溶け合う、青澄さんの御霊そのものという感じでした。

 当然、霊子の扱いに才能がある刀鍛冶の先輩たちの目の色が変わりました。

 青澄さんの刀鍛冶である緋迎カナタ先輩の顔色だって同じように変わるのです。

 あたしだって驚いて、声もなかったけど……沢城さんは別でした。


「やっぱ……そうだよな」


 妙にすっきりした声でそういうのです。


「沢城さん?」

「あいつは近すぎて気づいてない。けどな……ノン。てめえならわかるだろ?」


 世に存在した村正の集合体、その一振りの柄を握って。


「ありゃあ……ただの理想だ。夢なのさ……そいつはなるほど確かに、最強なんだろうよ」


 それって、どういう。

 そう呟いたけれど、沢城さんは何も教えてはくれませんでした。

 代わりに村正を押しつけて言うのです。


「代表四人が全員負けて、三位にもなれねえなんてごめんだ。なにより」


 あたしを見つめて笑顔です。目元は少し腫れているけれど。


「ノン。てめえの特別でさえなくなるのはごめんだ」


 今の俺にはもうそれだけだ、と呟くけれど……許せないんです。むかついちゃうんです。


「あの八葉って人の草薙もすごいですけど、昔の神話になんか負けてられないです」


 村正を握って、自分で立とうともがき、苦しむあたしの侍にはっきりと言ってやるんです。


「あたしも沢城さんも人で、この世は人のものです。草薙を握るのも神じゃなくて、人。だから村正で勝てない道理はありません」


 きっと睨みます。


「なにしょげてるんですか。傲慢なまでの自信と、人を振り回す自由奔放さがあなたの魅力でしょ?」


 軽く握った拳を突きだします。あたしの意図に気づいた沢城さんが、自分の拳を重ねてくれました。


「そうだな。めんどくせえのを拾っちまったけど……俺に似合いの相棒だよ、てめえは」


 その拳を開いて乱暴に頭をくしゃくしゃされました。

 髪の毛が乱れるのに、もう。やめてほしいです。ちょっと、ときめくじゃないですか。


「じゃあ、頼むわ。しょうもねえ試合はしたくねえ」

「はい」


 相打ちを告げる獅子王先生にあの二人が笑い合っています。

 変則的な試合順はまるで、その後になってすぐ力尽きて気絶する二人の体力を察して汲まれたスケジュール。

 笑顔で手を叩くラビ先輩の暗躍を感じずにはいられません。

 けど、そんなことに思いを馳せている暇はないのです。


「村正……あたしの特別」


 きゅ、と。

 刀を抱き締めて、願うんです。

 どうか。どうか。神さま。

 傷つき折れて、それでも立ち上がるあたしの特別に力を下さい。


 ◆


 霊子は魂。御霊は声。

 刀鍛冶の素質はつまり、刀を知りたい、刀を受け止め理解したいと願うもの。

 決して振るいたいという欲ではなしえない、優しく癒やし寄り添いたいという願望によるもの。

 だから真実、侍と刀鍛冶は相棒であって、重なりはしないもの。

 それが緋迎カナタ先輩のお兄様であるシュウさんが現われるまでの常識でした。

 青澄さんの刀の声を聞く才能は侍としては唯一無二と言っていいほど特別なものです。

 あたしたち刀鍛冶が心血と時間と愛情をすべて注いでやっとたどり着ける境地なのだから。それもあの人と同じようにはきっと聞こえないのだろうけど。

 刀鍛冶になった生徒に支給されている小さな御球を通じて、あたしの霊子を村正に注ぎます。

 あたしと村正が重なり、溶け合い……混ざり合う。

 そうして霊子の奥に眠る魂に語りかけるのです。

 何かできることはありませんか? 痛いところはないですか? さびそうなところはないですか? 侍に何か不満はないですか?

 声ではないぼんやりとした気持ちのようなものが伝わってくるのを感じて、適切な対処をする。それが刀鍛冶のお仕事です。

 回数を重ねて理解すればするほど、その像が見えてくるのです。

 霊子を扱う術に長けていれば、御霊の化身を霊子で創り出すことも出来るなんて都市伝説があります。あたしは見たことないですけど。

 いずれにせよ才能が必要です。鍛錬して掴み取りたい資質の一つです。

 そのためには心を裸に晒して寄り添わなければなりません。

 刀の御霊の感情をダイレクトに浴びるので、よほど痛みに慣れているか、寛容か、器が大きくなければできないことです。

 正直、あたしはまだまだ未熟ですが。


『――……ち、たい』


 うっすらと、聞こえるのです。それはあたしにとって、奇跡の瞬間でした。

 ぷち青澄さんを刀にした時以来の声なのです。


『かち、たい』


 刀の御霊は侍の魂と深く結びついています。

 熟練の刀鍛冶の中には、侍の前世に関わりがあるのではないかという意見を口にする者もいるくらいです。

 それくらい、侍の本質と刀の御霊の本質は重なり合っているのです。

 だから……だから。


『勝ちたい。俺は……勝ちたい』


 その訴えを理解して、震えてしまうんです。泣きそうなんです。

 沢城さんが求めるもの。村正が求めるもの……あたしが望むもの。

 すべてが重なって、一つに繋がっているから。

 だいじょうぶだよ、と。青澄さんなら優しい許しの言葉を口にしそうです。

 でも……あたしは違います。


「勝ちます。勝つんです」


 ただ、信じるんです。

 村正を。沢城さんを。

 何があっても、まっすぐ信じるんです。

 あたしの大事な大事な特別を。

 その思いを注いで、待ってくれている侍に刀を手渡すんです。

 あまり傷つかないで。どうか折れないで。

 勝利を掴んで、帰ってきて。

 祈ることがあたしたち、刀鍛冶の戦いなのだから。


「待ってますから」

「おう……見てろ」


 そう言って村正を掴み、勝負の地へ赴く。

 その背は間違いなく、気高く雄々しく大きく……大事な。

 あたしの夢見た特別そのものなのでした。




 つづく。

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