第六十七話
結論、眠れませんでした。
意識が曖昧になってなんか変な夢を見た気がします。
早起きしたトモに付き合って顔を洗って、身体を動かして眠気を吹っ飛ばして。
けど案の定、午前中の授業で夢も見ないほど熟睡して……シロくんに揺さぶられてやっと意識がはっきりした気がします。
「大丈夫か?」
「すっきりかな」
笑顔で言えちゃう私はだめな生徒のような気がします。
でもしょうがない。今日の午後……トーナメントで一位と三位の決定戦があるの。
情けない試合は出来ない。これまで戦った相手に申し訳ないし……試してみたいの。
トモと戦ってどこまでやれるのか。
燃える私です! けど、
『昨日ほどの力は出せんぞ』
タマちゃんはつれないの。あれえ? 昨日みたいな限定解除! 的な技は使えないの?
『霊子を使いすぎた。今の尾っぽの数はいくつじゃ?』
「えっと」
ふり返って確かめると、一本だけになってました。
あ、あれ? 九本ですらないよ!?
『力の使いすぎじゃ……十兵衞、あとは任せたぞ。妾は寝る……』
それっきりタマちゃんはうんともすんとも言ってくれなくなったの。
十兵衞? ずっと寝てるよ……私の頭の中でね!
なんて集中線を背負って言いたいけど、それに意味はないのです。
ぴ、ぴんち? いえいえ、こうなったら開き直って戦うまでよ!
……必殺技をもっているトモ相手に?
やっぱりむり! 思わずSNSで呟いちゃうレベルだよ!
「はあ……」
ため息を吐いて顔をあげると、ツバキちゃんがじーっと私を見上げてました。
「え」
「エンジェぅ!」
両手をわさわさ上下に振るツバキちゃん。
あわてて「どうしてここに?」って聞いたら「来ちゃった」なんて可愛い声で言われました。
思わず顔が緩む私……って、いやいや! 昼休みに高等部に侵入する中学生、行動力が満ちあふれすぎでしょ! どんだけ私に会いたいの! 嬉しいけど!
「呟いてたよね。だから呼ばれてる気がしたの。エンジェぅ、ピンチな気がして」
「……まじか」
呟いて割と間もなかったけど。
「ツバキちゃん、実は廊下でずっと私を見てたりしない?」
視線をそらされました。
「こら、授業はちゃんとでないとだめだぞ?」
握り拳でおでこをつついたら「やー」と声を上げられました。可愛い。悪戯しているみたいで悪い気持ちになる……私は何をやっているんだ感。
「何かあったの? エンジェぅ」
「……えっと」
素直に言うのはずかしいな。えっと……
「魂の契約者との第二契約を果たしたのはいいけど、今度は同胞との最終決戦に挑まなければならず。この手に宿りし光と闇の炎はどちらも途絶える寸前なの」
「青澄さん、悪いのが漏れてる」
シロくんに突っ込まれて青ざめる私。
ばんなそかな。
ナチュラルに言い換えたつもりなのに!
「ピンチだね!」
伝わってるからいいか。
って、だめだよ! いや、いっそ開き直るべき?
じゃないといつまでも残念な私のままのような気がするよ……。
「はあ……どないしよ」
そっと電話でSNSを確認したら、リプ来てた。割と前の呟きにだ。
『中二をこじらせてるの見え見えなわりに、すげえ学校に無自覚で行くとかwwww 残念すぎwwww』
リプを送ってきた人の呟きを見たらいろんな人にいろんな揶揄を呟いていた。そっとブロックしておこう。
でもぐさりと刺さるよ! 確かにその通りですよね! ぐうの音も出ないよ!
「ねえツバキちゃん……どうして、私のこと気にしてくれるの?」
それはギンでもノンちゃんでも、カナタにでもなく。
かつての私をリアルで追い掛けてくれた、たった一人の男の娘にしか聞けない質問だった。
「エンジェぅのことが、大好きだから。かっこいいな、って、思うから!」
ふんす、と鼻息も荒く言ってくれるツバキちゃんは相変わらずで。
「いつまでも、憧れ! いつまでも、大好きなの!」
きらきらした目で見つめてくれるツバキちゃんの腕の中をよく見るの。
私を思って作られた闇の聖書が、そこにはあるんだよ。
そこからずっと目を背けて、迷走して、挙げ句現状も進路さえも理解できないくらいにぶれて。
そのくせ日記を卒業まで書き続け、捨てられずに寮まで持ち運び。
無意識に、だけど私の中二にピンポイントな学校に入るような……そんな残念な私にはもったいない言葉で。
……けど、そんな私にだからこそ、必要な言葉だったと思う。
「ありがと」
一途で、健気で。
満足に一緒にいれてないし、ツバキちゃんの悩みももっとちゃんと寄り添いたいけど。
でも……だからこそ。
「ツバキちゃんにお願いがあるの」
「エンジェぅ……?」
「放課後、トーナメント見に来てくれる?」
「もちろん、いく! みてたし、みつめてる!」
「ありがと……ツバキちゃんに恥じない私になるよ」
たった一人、でも声援をくれるかけがえのない一人のために。
私は全力で立ち向かう覚悟を決めた。
これまでの私を全部受け入れて……。
とっくに踏み出した足を止める理由なんて、もはや私にはないのだから。
あとは走り抜けるのみだ。
◆
放課後、トーナメントの再開。
一年生から二年、三年へと続く試合。四つの陣を一つに合わせて、みんなの注目を浴びながら戦う大事な大事な試合。
試合場に立つトモは腕を組んで待っていた。
予定された時間から、三分遅れで私は試合場に立ったの。
みんなざわついている。
遠くで見守るカナタは呆れたように笑っていて、少し離れたところで私を見守るツバキちゃんの顔はきらきら輝いていた。
「なんのつもり?」
楽しげに笑うトモ。試合前の雑談も、なにより私の遅刻も叱らずライオン先生は黙って見守るだけ。
だから私はマントをたなびかせて言うの。
ずっと、ずっと逃げていた名前。ずっと、ずっと見ない振りをしてきた自分。
どんなに逃げても囚われ、結局は治らずにいる私の魂の名前を。
「我が名はクレイジーエンジェぅ!」
十兵衞を引き抜いて、このトーナメントにこぎつけるまでに身についたその太刀筋で舞い、踊り、構えて叫ぶ。
「同胞たる親友に立ち向かう、侍の名前だ!」
「はじめっ!」
試合開始を即座に告げたライオン先生は、わかっている。
「いいよ、一年生のトリはあたしらだ。さあ、盛り上げていこうか!」
そして、刀を抜いて雷を浴びて光り輝くトモもまた、わかっている。
応えたい。私を笑わず、私を見つめて、まっすぐその力を振るおうとしてくれる親友に。見守ろうとしてくれる先生に。
『――……少しだけじゃぞ?』
そう、タマちゃんの声が聞こえた気がした瞬間だったの。
私の握る十兵衞に、闇の炎がまとわりついたのは。
だから叫んだ。
「闇の炎に――」
「宿れ雷神!」
「抱かれて、」
「舞い散れ千鳥!」
「爆ぜろ!」
光りが瞬く。
けれど私は十兵衞を握り、その右目に見通す未来を信じて。
闇を全力で振り下ろした。
身体中が弾けるような衝撃を受ける。
けれど、ああ、だけど!
「ぐ、うううッ!」
『踏ん張れ!』
頭の中に声がするの。
『俺を掴んだお前が、負けていい道理があるだろうか?』
十兵衞の声が。
雷光の化身と化したトモの光がどんどん強くなる。
『さあ……行け、勝利の道を突き進め!』
露わにされるのは――……私の暗闇。
親友が眩くなればなるだけ、私の闇が深くなる。
痛いくらい思うの。ああ、トモのようにはなれないなあって。敵わないなあって。
『妾の授けた暗黒は、そなたの魂そのものじゃ。それは光に消されるほどのものか?』
「――ジェぅっ!」
ツバキちゃんの声が聞こえる。
だから、大丈夫。
踏みとどまれる。
『おぬしのこじらせた暗闇は、たやすく消えてしまうものなのか?』
否。否。断じて否だ!
私だけなら消えていた。カナタが日記を読んでくれて、引き出してくれずにいたら? きっとなくなっていた暗闇。それは私らしさに違いない。
何より、ああ。
「エンジェぅーッ!」
ツバキちゃんがいなければ、私を私たらしめるものからずっと目を背けて――終わりだった。
日記を横目に「そんなこともあったよね」と笑って、中途半端な私のままだった。
そんなの、かっこいいかな。
私の夢見た姿かな。
十兵衞はかっこいい。タマちゃんだってかっこいい。
そんな二人を握る私は?
ツバキちゃんに胸を張れる私なの?
違う。違うよ。ちっともかっこよくない。
目の前にいるトモはこんなにかっこいいのに。
昨日の私は全力だった。
けど一度諦めそうになった。受け入れそうになった。
カナタが一歩を踏み越えさせてくれたの。
そして、いま……ツバキちゃんが背中を押してくれている。
その先にある私は――……かつて私が夢見た姿に違いない。
トモは綺麗だ。
そのありようも一途でかっこいい。
憧れる。夢を見る。私の思い描くリア充で素敵な女子はまさしくトモのような人。
でも、私はトモじゃない。
トモが言ってくれたことだ。
あんたはあんた。
それでいいんだ、って。そういうメッセージだ。
そして実際、トモは私を笑わず、全力を出してくれている。
なら、もう。
認めよう。
これが私だ。ツバキちゃんが憧れるくらいこじらせた過去を持ち、そっぽを向いて……だけど結局離れられないみっともない私が、私なんだ。
「我が名は!」
叫び、
「真なる名は!」
悲鳴をあげる十兵衞の位置、タマちゃんを重ねて――
「青澄春灯ッ! 狂おしき天使から堕天し!」
一本の刀と化したそれで。
「その運命から目を背け、フラグをことごとく取りこぼして! 人としてみっともなく失恋してッ!」
身体中を暗闇に染めて。
「それでも好きな人に告白し、お預けを食らわされた!」
目の前にある、喉から手が出るほど欲しかった――……けれどなれはしない光へと。
「情けない人の名だ!」
私の闇を、
「女友達はトモだけ! 正直ぜんぜん少ないし!」
ただ、ただ。
「クラスメイトからは哀れまれたりもする!」
深めて。
「でも、それでも!」
願いをこめて。
「私は私! この刀、この闇全部が私だ!」
一振りの刀に注ぎ込む。
いつしか出来た光と闇の壁。
寄り添う私とトモの刀がぶつかりあう。
「今一度言おう! 我が名を!」
叫べば叫ぶほどに、深まる闇。
それを照らし出す光はどこまでも眩しい。
トモは、ただただ輝いている。
私はどんどん暗闇に包まれていく。
それが、なんだ。
「我はクレイジーエンジェぅ! 引かぬ! 退かぬ! 立ち向かい、決して折れない心の名前だ!」
歯を剥き出しにして、堪える。
一瞬でも気を緩めれば折られてしまう。
トモの一撃は、一振りにして全力。全身全霊のたった一撃。
それを受け止める私もまた全力。全身全霊だ。
だから――……互いに霊子を放ち終えて同時に膝をつくまで、その拮抗は変わらず。
「は、ァ」
「ふ、ゥ」
光も闇を消えて、ただの日常に屈した私とトモは互いに顔を見合わせる。
私とトモの荒い呼吸だけが聞こえる、静まり返った試合場で。
「あんたみたいに変な子、面白くて……友達になるしかないじゃない。やっぱ、あたしの目に狂いはなかった」
腕もあがらないのか。代わりにそう言ってすっきりした顔で笑うトモに。
「……まだ、友達でいてくれるの?」
気弱に言う私は……弱くて。
「ばか。通じなかった? あたしの気持ち……刀にのってなかった?」
首を横に振った。
痛いくらいに感じた。
私の全力を受け止め、受け続け、そして全身全霊で応えてくれたトモの気持ち。
ちゃんと届いていたよ。
だからやっと自覚した。
小中とぼっちだったから、一人が怖くて、怖くて。
一人でもだいじょうぶだと虚勢を張り続けて、張り通せれば勝ち……というわけでもなく。
けれど、その背伸びに憧れてくれた子がいて。
ああ、そうか。
私は高校に入って、やっと……自分を受け止めてくれる人と出会って。
私自身を受け入れることができたんだ。
ほっとした瞬間、手の中の刀が二つに分かれて戻った。
『やれやれ……やっと終わったか』
『何を言うか。明日以降も上級生との戦いが残っておろうが』
言い合う二人に笑って、それから「相打ちにより試合終了」と宣言するライオン先生に頭を下げて。
遠くで見つめてくれているカナタと――……涙を浮かべて笑ってくれているツバキちゃんを見てほっとしたの。
私は……私。
ずっと逃げていてごめんね。
ここが私の居場所。クレイジーエンジェぅが私の魂のありか。
みっともなくてはずかしかったけど、私自身は折れたりめげたりしたけど。
それでも、もう逃げないよ。
なぜなら、クレイジーエンジェぅはさ。
引かぬ、退かぬ。
立ち向かい、決して折れない心の名前なのだから。
つづく。




