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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第七章 侍候補生、学年別トーナメント
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第六十五話

 



 カゲくんがクラスメイトに勝利をおさめた次の試合で戦うのは、トモとシロくんだった。

 トモは刀の扱いにますます磨きをかけていて、振るう刀から放たれる雷はシロくんからたやすく一本をもぎ取った。

 ならばと刀を使って避雷針がわりにして飛び攻撃をよけるんだけど、身のこなしも刀の名に恥じないトモを前にシロくんは防戦一方だった。

 まさに雷神と化したトモを前にシロくんの刀が徐々に悲鳴をあげていく。


「――」


 シロくんが何かを呟いた。その目は死んでいなかった。

 だからトモの攻撃の手は緩まない。勝利を掴むために一切の油断はしない。

 苛烈を極めるその攻め手は息継ぎをしない全力のそれ。

 それゆえにトモの大ぶりによる弾きは予定調和。

 シロくんはその一撃を待っていた。

 無謀としかいいようがない突撃。

 今までの流れから防ぐ一手しかないはずの状況下での飛びつきは、まるで……私がする行動みたいで。

 虚を突かれたトモがシロくんに抱きつかれるように押し倒され、その首に刃をあてがわれる。


「一本!」


 ライオン先生の言葉に悔しさを顔に滲ませるけれど、すぐに頭を振ってトモは頭を切り換えた。

 だから真実、シロくんの相手は手強いの。

 緩まず弛まず、より鋭く研ぎ澄まされる神経をもっているのだから。

 けれどシロくんは胸を張って、刀に語りかけている。


「見ろ、気持ちさえあれば一矢報いることが出来る。彼女がいつも僕に示してくれていた道だ。君は僕の刀だろう? どうか」


 試合開始を告げるライオン先生に、トモが構えた。その身体中に電気のみなぎる光がちらつく。刀鍛冶のデモで演舞をやった時に見せたあの技をやる気だ。


「力を、僕に力を貸してくれ!」


 トモが息を吐き出す。

 刀を振るい、そのまま大きく振りかぶって――


「君の名は、君の真の名は――」

「蘇れ雷神! 舞い散れ千鳥!」

「危ない!」


 トモが叫び、トモの刀鍛冶が叫んだ次の瞬間にはかっと光が瞬いた。

 以前なら落ちた雷の音がするはずなのに、代わりに激しくも甲高い刀のぶつかる音がしたの。

 そこには驚くべき光景が広がっていた。

 雷の落ちるような速度で迫ったトモが振り下ろした刀をシロくんが受け止めていたの。

 その手に握る刀の形状が変わっていた。真の姿をさらした刀を手にシロくんが叫んだ。


「竹俣兼光! それが僕の手にした君の本当の名だ!」

「雷切……ッ!」


 トモの顔に浮かぶのは驚きと羨望と、異常なまでの昂揚。


「暴れることを望む余りに僕が勝手に名付けた、すまない……すまない!」


 歯ぎしりして、シロくんの膝が折れる。

 運動音痴なシロくんはそれでも男の子だ。

 全力で抗っている。

 けれど、


「それも、いいね……! 君がそれを手にするなんて!」


 トモの顔に差す朱はまるで恋に落ちる女の子のようで。

 けれど全身に込められた異様な力は彼女に宿る魂か、はたまた侍ゆえの本能か。

 勝利を掴もうとする気迫に充ち満ちていた。

 トモの身体から放たれる雷はすべて、シロくんの握る刀から先へと避けて、避けて。

 決してシロくんにはあたらない。だから真実、トモの刀だけを受け止めていた。


「純粋な力勝負、正直……分が悪い! 策もない! 勝ち手が見えない……ッ!」

「気張れ! 男の子が諦めるなんてみっともない! きみの刀くらいもっと素敵な何かを見せてよ!」

「く、ううう!」


 トモのそれは求愛だ。

 だからシロくんは歯ぎしりして、膝を僅かにあげた。


「うああああああああああああ!」


 トモから放たれる気迫に押されて思わず私は一歩後退った。びりびりと震える身体に尻尾も悲鳴をあげる。みんなが尻込みするような力に満ちあふれていた。

 対するシロくんの膝が揺れる。

 それでも! それでも狛火野くんが振らせた雨でぬかるんだ地面で、むしろよく堪えている方だ!

 トモだって、よく振り下ろせている方なんだ!

 そんな中で、二人はにらみ合い、見つめ合っているの。

 濃密な、言葉のない……けれど饒舌な語り合い。

 狛火野くんと体験したからわかる。いま、二人は繋がり合っている。


「く――……ぅあ!?」


 踏み込もうと力を入れたシロくんの足がつるんと滑った。


「へ?」


 それに巻き込まれてトモの足までもがつるんと。

 二人してもつれ合うように倒れて……空白。

 みんながあっけに取られて見守る中、シロくんの刀はトモののど元にあてがわれていた。

 けれど。


「一本! 勝者、仲間トモ!」


 トモの刀はシロくんの脳天を貫いていたの。

 あっけない幕切れだった。


「……納得が」

「いかないね」


 二人して口にだしてすぐに笑い合う。

 身体を起こしたトモの差し出した手を取って、シロくんが立ち上がった。


「きみって残念だけど、でも……ちょっとかっこいいよ。名前聞いてもいい?」

「トーナメント表で見たはずだ」

「きみの口から聞きたいの。あたしは仲間トモ」

「結城シロだ……手、手をぶんぶん振るな!」


 シロくんの名前を聞きながら喜びを手で表現していたトモがシロくんをぎゅっと抱いて、


「覚えた! 今日から死ぬまで忘れないからね、きみのこと。これはその挨拶ってことで」


 じゃあ、とシロくんの背を叩いて離れていく。向かう先はトモの刀鍛冶のもと。

 ぼうっとしていたシロくんが私含むクラスのみんなの視線に気づいて、あわてて眼鏡のツルをくいっとあげた。


「な、何を見ている」

「「「「……ふうん」」」」


 私を初めとするみんなのうなり声にシロくんは「い、いいだろ! ただの挨拶だ!」と顔を真っ赤にして言ってました。みんなで全力でからかいました。

 それはそれとして。

 四回戦の準備のために先生達の指示でグラウンドを整備する。狛火野くんの雨に限らず、残り三つの試合場もすごい有様なの。カナタは無事に勝てたんだろうか……不安。二年生はラビ先輩とユリア先輩の二強ってイメージだけど、まだまだ隠れた強者がたくさんいそうだし。

 砂を撒いてトンボがけしてひと息ついて……私は電話でとある情報を調べていた。

 そろそろ試合が始まりそうだというタイミングでシロくんが歩み寄ってきたの。


「青澄さん」

「なあに?」

「……予想通り時間もないから手短に。君には好きな人がいるんだろ?」

「う、え?」


 変な声が出た。妙に吹っ切れた……すっきりした顔のシロくんの言葉が意外過ぎて。


「狛火野と戦っている君を見た……君を知る誰もが理解したと思う。だから、その上で伝えたいことがあるんだ」

「……な、なに?」


 不安。恐怖。シロくんの思いがわからなくて。

 私はまた何かをやらかしたんじゃないかと思って。けれど。


「応援している。みんなで……がんばって」


 シロくんの背を見ると……クラスのみんなが私を見つめていた。

 まるでみんなの言葉をシロくんが代表して伝えてくれたみたいだ。

 笑っているの。みんなして、信じてくれているの。


「ぼ、僕より先に負けるなよ」

「なにそれ」


 笑えた。笑うことが出来たから……私は大丈夫だ。


「ありがと、シロくん」

「いいんだ……あの日、君に手を引いてもらったお礼がしたかっただけだから」


 そう言って背中を押されたから……試合場に向かう。

 その背に「――きだったよ」と何か声が聞こえた気がしてふり返ったけど、シロくんは笑顔で私を見送ってくれているだけ。


「いってくれ」

「いま、何か――」

「いいんだ。さあ、そこに君の舞台があるんだから、行って……勝ってくれ!」


 微笑むシロくんに頷いて、前を見る。

 辿り着きたかった場所。向かい合いたかった相手。

 彼の元へ、足を踏み出す。


 ◆


 お辞儀をして、顔を上げる。

 ギンがいた。私を見ていた。

 その手に握るのは村正。妖刀だ。

 万感の思いをこめて、刀の柄に手を伸ばす。


『俺は抜くな。人である以上、あれとは相性が悪い』

『妾の出番じゃ』


 タマちゃんの柄を握りしめて、引き抜いた。

 試合開始をライオン先生が告げても、ギンは私をただ見ていた。

 何かを待っているように。それに……応える。


「ねえ、タマちゃん」

『なんじゃ?』

「どんなことになっても……力を貸してくれる?」

『もちろんじゃ! ……どこまでもついていくぞ、あるじよ』


 胸に刀を突き刺して――息を吸う。

 身体中に滾るあやかしの力、尾にして九つ。

 野にいる修行中の狐の身ゆえの、未熟な力。


「かつて帝の寵愛を受け酒池肉林三昧するも、首をはねられた女がいた……遡ればそこから伝承は続いている。けれど」


 仙人を目指すただの狐。その妖力の数だけ増える、尾。数えて九つ。


「私の知るあなたは……もっと素敵な存在」


 先へ進むための、現実の肯定。

 広がる痛みの数だけ尾がちぎれる。一つ、二つ。

 ある時を境に変わる、数。


「寵姫となりて寵愛を受けながらも愛する人を病に伏せた……そんな悪性、私のタマちゃんにはない」


 いらないから、さらに三つ、四つ。


「あなたはすでに天を翔る狐。ううん、それでも足りない」


 五つ、六つ。消えて、ちぎれて、跳んで、舞って。

 私の髪から色が抜けていく。金と銀の混じる白。


「三千を超えたあなたの存在は既に空の狐。ならば」


 刀を引き抜いて残り三つはたち消えた。

 けれど頭頂部に生えた耳はそのままに。

 身体にみなぎる力は未だかつて感じたことのない神通力に満ちている。


「私と共に翔る名! それは――」


 ギンの口元が笑う。


「大神狐!」


 刀が白い炎に燃えて真の姿を現した。


「いくよ、ギン!」


 構える私にギンが笑う。


「待ちくたびれたぜ!」


 叫び、すぐにギンが飛び込んできた。

 振るう刀を十兵衞の願う軌跡を通してなぞる。

 タマちゃんから通じて見える未来の通り、ギンの攻撃を受け止めた。

 これまでなら一撃でも苦しさを隠せなかったのに、今は……対等。

 私という器で出せる限りの限界値で、やっと……対等。

 タマちゃんの真なる存在、それは……三千年を生きて神の座から引退した狐だ。

 困っている人を放っておけない、優しい優しいお狐さまなんだ。

 ……試合前に調べていたのはそれ。

 ヒントは少ない。

 狛火野くんに昨夜話した私の言葉に私自身が気づく事実であり、どんなにヘマをしても見捨てず構ってくれて……助けてくれるタマちゃんそのものを表す意味だから、見つけられたに過ぎない。

 けどこの姿になってみればしっくりくる。タマちゃんの本質はここにある。

 身体中が悲鳴をあげている。心が軋みそう。

 タマちゃんという存在があまりにも巨大過ぎて、この姿でいるのは今の私じゃ限界がある。

 だから……全力で戦うの。


「ギン……!」

「ああ……!」


 互いに頷いて、同時に跳び退った。

 次いで同時に相手へと飛び込み切り下ろす。

 刀がぶつかり悲鳴をあげる。


「――」「――!」「――!」


 誰かの声が聞こえるけれど、耳に入ってこない。

 理解できるのは目の前にいるギンと私の息づかいと、刀があげる音だけ。

 互いにさばき、重ねて、払い、ぶつけて、斬り合う。

 立ち位置は変わらず。けれどその手は相手を斬るためだけに軌跡を描き続ける。

 狛火野くんのそれとは明らかに違う。

 お互いに今すぐにでも終わらせようという、必殺を狙い続ける。

 だから伝わってくる。

 斬りたい。斬りたい。俺を認めさせるために。俺の価値を作るために。俺を理解させるために。お前に勝ちたい、と。

 ギンの思いが痛いくらいに伝わってくる。

 シロくんと意地の張り合いをしていた頃から……もしかして気づいていたかもしれない。

 ギンは……子供だ。

 愛とか友情とか、そういうものよりも……もっと切実な熱を欲している子供なんだ。

 それはきっと……私も一緒だった。


「――!」


 誰かの泣きそうな声が聞こえて、ギンの顔がより凄絶に歪む。

 刀から痛いくらいの悲鳴が伝わってくる。

 うるせえ。うるせえ。斬らせろ、黙って斬らせろ、と。

 涙のようにこぼれる一撃は、剥き出しの心そのものだ。

 受け止めるのが痛い。刀を握る手から、腕を通じて首から頭へ。

 脳に伝わる頃には心が砕けそうになる。


「――!」


 私の背中を押す声がした気がして、踏みとどまる。

 わかる……きみのことがわかるの。

 お節介な弟がいたから。優しい家族がいたから。一人で馬鹿な日記を書いて、それでもなんとかやってきて。

 狛火野くんに救われて、レオくんやタツくんに導かれて……きみと出会って。

 シロくんやカゲくんと大騒ぎして……ツバキちゃんに昔を思い出させられた時にはやられたって感じだったけど。

 ユリア先輩を助ける一連の事件で私の心はだいぶあったかくなってたの。

 でももしそれがなかったら……きみとは比べようもないくらいみっともなく、醜く誰かの熱を求めていてもおかしくなかったの。

 みんながいてくれたから。

 みんなが熱をくれたから……私は感じ取れるようになった。

 ギンは違うの? 狛火野くんたちと一緒にいて……感じなかったの?

 私のそばにきて……感じなかったの?


「――!」


 ギンの冷たさを増す攻撃に緩急が加わりはじめた。

 人を斬りたいだけの凍てついた心に熱が灯りはじめる。

 私とは違う。寄り添い、真っ直ぐ信じて……支える誰かの熱がギンの攻撃を支えている。


「そんなに無茶してすぐに終わっちゃっていいの! 特別なんでしょ!」


 耳に入ってきたのはノンちゃんの声だ。


「――るせえ、うるせえ、うるせえ!」


 一撃、また一撃。

 重ねるごとにギンの声に熱が灯っていく。

 私の前で、斬ることしか知らなかった子供が男の子へと変わっていく。


「がんばれー!!!」

「うるせえええ!」


 大ぶりの一撃に合わせてぶつけた。

 腕のすべてが痺れる一撃で硬直。

 合わさる息切れの声。

 私が見上げる先には村正を手にしたギンと――


「負けるなー!!!!」


 自分の侍を健気に応援する一人の女の子がいたの。

 次いで私のクラスメイトが私を同じように応援する声が聞こえる。

 取るに足らない光景かもしれない。

 この状況下で、女の子の声援はあまりに自然すぎる、ありふれた情景に過ぎないのかもしれない。

 けど、ああ。


「ギン……」

「……うるせえ」


 私とギンの立ち位置は、いつかの夜から随分変わってしまっていた。

 けど……そうだよね。

 ギンも……わかるんだね。

 他の誰でもない、ノンちゃんだけがまっすぐギンだけに熱を注いでた。

 ずっとずっと、ギンの刀鍛冶になってからずっと……そうだった。

 それが……あったかくないわけ、ないよね。


「「ッ」」


 互いに離れ、再び斬り合う。

 目にも留まらぬ技を振るうギンは私からすれば紛れもなく達人に近い存在で。

 剣豪の十兵衞の技を肉体を超越したタマちゃんの扱いきれないくらいの巨大な力で振るうから、なんとか私でも追いつけている。

 そうしてやっと……受け止められる。

 私はカナタを知って、恋に触れた。

 同じようにギンは……ノンちゃんを知って、熱に癒やされたのかもしれない。

 ギンの刀にはノンちゃんがいた。

 ノンちゃんが鍛えた村正を受け止めるたびに感じる。

 どうだ、村正はすごいだろうって。自慢げな顔が浮かぶ。

 彼女の特別を叶えようと、ギンの刀に欲がのってくる。

 女の子の願いを叶えようとする真摯な男の子の願いへと変わっていく。

 夢みたいに綺麗で……泣けてきちゃうなあ。

 とっくの昔に終わっていた恋なんだ、って思わされて。

 それでも……見とれるくらいにギンはかっこよくて素敵なんだって実感して。

 十兵衞とタマちゃんに寄り添ってもらってなければ、とっくに膝が折れていた。

 刀の重さに流されて腕が伸びきる。その隙を見逃すギンじゃない。

 のど元を一直線で貫こうとする刀を見つめながら……私は受け入れそうになって。

 だから。


「ハル!」


 真実、カナタのその声で踏みとどまって、屈み。

 ひゅ、と通り抜けた刀が戻るその前にギンの腹を切り裂けた。


「一本!」


 私へと振り下ろそうとする刀をぴたりと止めて、ギンが舌打ちして開始地点に戻る。


「まだまだ取り戻せます! へこたれている場合じゃないですよ!」

「わぁってるよ!」


 ノンちゃんに言い返すギン――……じゃなくて。

 私は泣きそうな顔で周囲を見渡した。

 すぐに見つけたの。

 カナタが私を見ていた。


「は、ぁ――……はぁ、はぁ」


 呼吸しかできない、惚けた私を見てカナタは呆れたように笑って言った。


「そんなことで満足出来るのか?」


 緩やかに首を振る。違う。満足できない。


「勝ちたいんじゃなかったのか?」


 まっさらな頭で考える。

 ……勝ちたい。その欲望は確かに私の中に残っている。

 それ以上に、まだ……まだ。届けられてない。何も、ギンに届けられてない。

 だから、ここで終わりになんてできないんだ。


「がんばれ!」

「うん!」


 頷いて、構える。

 身体中に満ちた力がふぅっと抜けて……お尻から九つの尻尾が生えた。

 目元にかかる髪の毛も金色に戻っている。


『さすがに、限界、じゃのう……ばててきた、すまん!』


 ううん、いいの。むしろ……ここからはこの状態でがんばるべきなの。

 ありがとう、タマちゃん。いくよ、ついてきてよ?


『当たり前じゃ!』


 ひい、ふう、と荒い呼吸をするタマちゃんにお礼の気持ちを注いでから構える。

 まだ、ギンに私の気持ち一つも伝えられてない。

 だからやるんだ。戦うの。


「はじめ!」

「ッ!」


 試合開始を告げられてすぐに飛び込んだ。

 さっきよりも遅い速度で、だからギンが飛び込む方が早かったけど。

 それでも私が先に振り下ろした。


「うあああああああ!」


 ギンが振り上げた刀でそれを受け止める。

 互いに引いて、もう一撃。

 後先なんて考えない。体力的にこの回がラストだ。だから出し惜しみはしない。

 でも同時に思う。痛いくらいに感じる。いつまでも続けられればいいのにって。

 狛火野くんが願うように。あの時の彼の気持ちが少し……わかった。

 だって……今だけは、ギンが私をまっすぐ見ているから。

 私だけを見て、その刀を振るってくれるから。

 けど、だからこそ願えない。

 ギンが刀を振る理由には、もう……勝つ欲だけ。それにはノンちゃんが寄り添っている。

 同じように……私も、勝つ欲だけ。私にはカナタがいる。

 ああ……好きだ。好きだった。

 大好きだったの。

 誰より進んで、誰より最初に懐に近づいて……誰より最初に離れていった。

 ギンのことが大好きだったよ。


「――ッ」


 ギンが歯を噛みしめた。

 返す刀を受け止めて、伝わってくる。

 熱が。


「――、」


 伝わってくる。

 俺も、って。

 お前の匂いが好きだったって……伝わってくる。


「ッ」


 押し返して、互いにぶつけ合う。

 それでも、もう。

 ――……終わった話なんだ、って。


「俺が――」「私が――」


 勝つ、と互いに叫んだ。

 残ったのは、ただ。

 相手を斬りたい、という……侍としての本能だけだった。

 突きが迫る。ただの突きよりも感じる威圧感が凄まじい。

 咄嗟に背中から倒れてかわす。

 頭上を通り過ぎたのは一度にして三度。至高の突き。タツくんが私にしてみせたそれだ。見ていただけで、盗んだの?

 けれどぞっとしている暇さえない。尻尾九つと両手を使って背後に飛び退る。

 後を追いかけるギンの一撃を――かわす。

 かわし、かわして、避けて、避け抜いて。

 それはまるで、いつかの寮でしてみせた切り合いの時のよう。

 あの時の再現だと感じたのは私だけじゃない。ギンもだった。

 今度は貫く、とギンが振り下ろした刀の――


「いけ、ハル――ッ!」


 彼方に、飛び込んで。

 ギンの心臓を私は貫いた。

 抱き合い、倒れるまでのほんの僅かな数秒。


「好きだったぜ、お前のこと」

「私もギンが大好きだったよ」


 囁く言葉は私たちだけのもの。

 地面に倒れて、けれどギンは私を抱き留めたりせず。

 私も抱きついたりはせずに立ち上がり、刀を引き抜く。


「「さよなら」」


 囁く声は同時。

 既に互いを見つめることはなく。言葉も刀で尽くした私たちは離れる。

 ライオン先生が私の勝利を叫び、クラスのみんなが盛り上がる中を私は俯いて……試合場から出た。

 名残はつきない。もしかしたらの可能性だって山ほど考える。

 けど――……そうはならなかった。それがすべてだ。

 ギンも私も選んだ。勝負は決した。

 それが全てだ。

 ふらつく私を真っ先にカナタが抱き締めてくれた。

 ……私が帰る場所はここだ。ここなんだ。

 それでも、ああ……。

 ふり返ってみれば同じように、ふらつくギンをノンちゃんが抱き締めていた。

 その光景を見ると胸にこみあげてくるよ。

 やっぱり、つらいんだね。

 失恋は……つらいんだね。

 それでも……私は。


「大丈夫か?」

「うん……カナタ、勝ったよ」

「見ていた……俺の自慢の侍だ」


 優しく抱き締めてくれるこの人に恋をするんだ。




 つづく。

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