第六十四話
翌日、朝の学校に登校して席に座ったら、挨拶をしようとしたシロくんが私を見てぎょっとしたの。
「ど、どうした……青澄さん、頬が」
「なんでもないです」
「だが、妙に腫れているような」
「なんでもないです」
「そ、そうか」
それっきりシロくんは黙っちゃったけど、本当はなんでもないことないんです。
ビンタを山ほど食らって私のほっぺたは腫れ上がっていたのです。
なぜかって? 部屋に戻って事の次第の説明をしたらタマちゃんに「あほ! このあほ! よりにもよって村雨丸だと気づかせるやつがあるか!」とさんざんお説教を食らったのです。
そのせいか外に出て特訓したんだけどね。相手をしてくれたタマちゃんから愛の鞭を何度も食らいました。塵も積もれば山となる。結果はご覧の通り、腫れ上がっているわけです。しょんぼり……。
なんでも村雨丸って、昔話に出てきた刀の名前なんだって。
邪を退け、妖を治める……抜けば玉散る宝刀なの。
ということはつまり? タマちゃんにとって最悪の相性だということです。
……あれ? 私めちゃめちゃ自分の首しめました?
説明してくれたタマちゃんにそう尋ねると、呆れられてしまいました。
今もタマちゃんは私の中でちょっぴり拗ねています。
ちなみに十兵衞は寝てました。
はあ……思わぬピンチです。マジで身から出たサビすぎてなんともいえません。
しかも力を貸して手にした狛火野くんの力が私にとっての弱点って。
なんなの……どういうことなの……。
憂鬱に浸っていたらライオン先生が教室に入ってきて、賑わうみんなが静かになった。
「朝のホームルームをはじめるぞ」
「せんせー。その前にお願いがあるんですけど」
「なんだ」
前の方の座席に腰掛けている男の子が手を挙げていた。
「前の席が神居なんすけど、刀がでかすぎて前が見えないっす」
「でかすぎて……すまない」
改めて見ると、男の子の前に座っているのは神居くんだ。
彼が背負う刀は身の丈ほどある大きな太刀で、なるほど……確かに前が見えないね。
「そうだな……出席番号順で席を決めたままだった。ちょうどいい、手早く席替えをする」
ライオン先生の言葉にみんなが歓声をあげる。
「結城、うまくやれ」
「ライオン先生まで僕に知恵を求めるのか……ま、まあいい」
立ち上がったシロくんは目の悪い人は基本前にしよう、と提案した。
その途端に、男の子達が一斉に私を見るの。
「青澄、お前いま眼鏡かけてるよな」
「え? あ、う、うん」
着替える時は目をつむればいいってわかったから、あれ以来毎日かけてますけど。
「トモからもらった眼鏡だけど」
伊達だよ? と言えませんでした。正確に言うと、言う暇もありませんでした。
「「「「「じゃあお前最前列な」」」」」
「ええええ……選択権は?」
「「「「「そんなものはない!」」」」」
「なにその一致団結感」
「最前列の真ん中がいいな」「それがいい、その方が確実だ」「クラスの共有財産だな」
男の子達の言っていることの意味がわからない。
「ねえシロくん、どういうこと?」
「まったく、お前らときたら……あきれ果てたぞ、いいかあおす――ふぐぐ」
「まあまあまあ! お前はクラスの華だから、やっぱ目立つところにいて俺らのやる気を出してもらいたいわけですよ!」
シロくんに助けを求めたらすかさず男の子の一人が彼の口を手で塞いで「いわゆる諸事情な」とか言うの。
なにその諸事情。
「……まあいいけど」
荷物をまとめて前の席にうつる。もっとこう……楽しいくじ引きとかがいいと思うんだけどなあ。しょんぼりです。
「結城はハルの隣な」
「な――」
「そうそ、お前も眼鏡属性だし前でいいだろ」
「い、いや、だが」
「それともぉ……お前も案外、見たかったり?」
「前でいい! まったく」
ぶつくさ文句を言いながらシロくんが私の隣にきました。
「俺は?」
「神居は最後列だろ」
「……切っ掛けが切っ掛けなだけに、異論を挟めない」
入れ替わるように神居くんが後ろに移動する。
「じゃあ……青澄の後ろがいいやつ」
「「「「「「はいッ!」」」」」」
な、なにそれ。みんなして挙手するのなんで?
「ジャンケンな」
カゲくんがそう切り出して大ジャンケン大会が始まりそうに。
でもそんなのやってる時間あるのかなあ。
横目でシロくんを見たら「僕にあれは止められない」と早々に匙を投げていました。
なんだかなあ。
「ライオン先生、止めなくていいんですか?」
「禍根を残すよりは思うようにやらせた方がいい」
「なるほど……」
それにしても……ジャンケンが進むのはいいんだけど。
前から二列目の私の後ろ、その左右が妙に人気高いのは、なんで?
『尻尾でスカートの裾がめくれてパンツが丸見えじゃないからかの』
「えっ」
タマちゃんの声にあわてて両手でスカートの裾を確認してみました。
尻尾を少しあげていたから……お尻が見えてたね。見事に。ぺろんって。
そして恐る恐る視線をみんなに向けると、みんなが一斉に視線を逸らすの。さっ! て。
「……ねえ、みんな。聞きたいことがあるの」
私は笑顔で立ち上がり、刀を抜きました。
「怒らないから教えて。私が最前列なのって、もしかして……」
ち、ちがうぞ! と一人が言い始め、みんながあれこれと言い訳をするんだけど。
「カゲくん。本音は?」
「……さーせん!」
「「「「さーせんっした」」」」
みんなが一様に頭を下げるから斬れませんでした。
「はあ……あきれ果てましたよ。みんなにはがっかりですよ。スカート履けよって言っていた頃が懐かしいですよ。いくらクラスに女子が私しかいないからって、これはどうかと思いますよ」
男の子たちが視線をさ迷わせる。「最近可愛くなったから、なあ?」「ああ……悪くないっていうか」「そもそも見えそうな瞬間に目を向けるのは俺たちの性で」「あの時はただただ残念だったからであって」
やれやれ。まったくもう。
「言い訳がましい!」
「「「さーせん!」」」
びしっと指摘したらみんなして謝るのなんなのもう。
『まあ裾を気にせぬおぬしの女子力の低さにも問題があるがのう』
「うっ」
タマちゃんの痛い指摘に呻く私です。
「どうする? 今からでも後ろにするか?」
シロくんの言葉に「もちろんイエス」と答えようとしたけど、
「今のままで大丈夫。私が気をつければ済むもん」
目線を横に流して赤面しながら恥じらうタマちゃんによってキャンセルされました。
「怒っちゃってごめんね? 私、なんだかはずかしくて……」
タマちゃああああああああああん!
「い、いや」「そういうことなら、なあ」「むしろ俺たちもすまん、というか」
「見えてたら……じっと見つめないで、そっと教えてくれると嬉しいな?」
上目遣いとか!!! 全開だ!!! もうやめて!!! 中の人の私ははずかしすぎて死んじゃうよ!!!
「「「「お、おう」」」」
みんながどもりながら頷くと「よろしくね」と語尾にハートのつきそうな声で言って、タマちゃんは座るのでした。
なお、尻尾はゆらりゆらりと左右に揺れております。スカートの裾もそれにつられてゆらゆらと。きっと男の子たちからは見えない、まさに限界ぎりぎりで隠れるよう計算尽くの動きに違いないよ。
その誘導の結果なんだろうなあ。
確認しなくてもわかるほど、みんなの視線を痛いほどお尻に感じます。
ううううう。いたたまれないよう……。
「たわけ。こうして視線を集めて意識させるのが楽しいんじゃろうが」
タマちゃんの囁き声に言い返せるだけの言葉を私は持ち合わせてはおりませんでした。
ぐぬぬ。
「男ってほんとばか。ういやつだらけじゃのう」
ほほほ、と笑うタマちゃんには天罰があると思います。
そう思っていて……ふと気づいたの。まだ視線を感じるなあって。
ふり返ったら、みんなが私の顔を見ていた。
「ど、どしたの?」
「まあ……散々、馬鹿やったあとでなんだけど」
カゲくんがこほんと咳払いをしてから言うの。
「俺らから見ても飛び抜けて強そうな一年生代表を二人も倒して三人目とやろうってんだ」
「応援してるぞ!」「俺たちの期待の星!」「いや俺たちもがんばるけど」「負けるなよ!」
カゲくんに続いてみんなが声援を送ってくれる。それだけじゃない。
「トーナメントが再開されたらそんな暇もなくて言えないだろうから、今のうちに言っておく」
シロくんだ。
「もしかしたらギンに届くかもしれない……先に戦うかもしれない君に、勝利を願う」
僕の分もがんばってくれ、もちろん僕も勝ち続けるつもりだ、と。
そう言ってシロくんは私の背中を押してくれたの。みんなもがんばれーって声をかけてくれたよ。
じんときた私は笑顔で言いました。
「でもパンツとそれとは別だからごまかされないよ」
一斉に「ちぃ」って顔をされたのは台無しだけど……嬉しかったから、よしとしておこう。
「ほんと……ばかばっか」
その中には間違いなく、私も含まれるのだ。
◆
午後、早めに授業が終わって三回戦が始まる。
そんな中、私は冷や汗を浮かべていたの。
「君に逃げ場はないよ」
狛火野くんが構える村雨丸の力なのか、私と狛火野くんがいる試合場だけ土砂降りの雨。Tシャツもジャージも身体に張り付いてまともに動きにくい。
村雨丸の雨はタマちゃんを宿す私の身体に悪影響を与えるの。刺すようにしみるし、身体が何倍にも重たく感じる。
ならばと開き直って雨の対策にタマちゃんの刀を胸にさしてタマちゃんモード全開でいこうとするんだけど、雨に濡れて九本の尻尾は重たくなるし、地面がぬかるんで思うように走れない。少しはマシになる程度だ。
四肢で地面を掴もうとして、滑った私の首筋に狛火野くんの村雨の刃が当てられていた。
当然、一本を取られる。
「あんまり簡単に終わったら……残念だな」
狛火野くんの闘志は全開で、雨煙に包まれた私を見る目は初心な男の子としてではなく、侍としてのそれで。
『どどどどどど、どうするのじゃ! やっぱりピンチじゃぞ!』
そうでした。タマちゃんに天罰がくだされるイコール私にも被害があるってことで。
しかもこれ、タマちゃんっていうより私に対する天罰だ! 因果応報……それはちょっとちがうか!
と、とにかくどうしよう!
『十兵衞!』
『助けて!』
「やれやれ」
私とタマちゃんの願いに苦笑いをして、私の身体の自由を掴み立ち上がる。
十兵衞の刀を握りしめて、試合開始地点に立った。
いつの間にか準備していたビニール傘をさしてライオン先生を横目に十兵衞が空を見上げて右目を閉じた。
「雨か……」
呟く声は私のものなのに、私が感じたことのない情緒が込められているの。
自分の生きていた頃を思い出すのかな?
十兵衞は試合場の上に浮かぶ雨雲を見て笑った。
「狐、ただの畜生でないなら力を貸せ」
『言い方が気に入らん!』
「玉藻、今こそおぬしの力が必要なのだ」
『……ふん、負けるのはいやじゃからな。仕方なく力を貸してやる! いいか、仕方なくじゃからな!』
「それでいい」
開始、と叫んだライオン先生の声に狛火野くんが一気に間合いを詰めてくる。
けれど十兵衞はただ直上に飛んだ。
タマちゃんの与える人ならざる身体能力を活かして、がむしゃらに雨雲の上へと。
待って、っていうか! た、高すぎない? 着地だいじょうぶなの?
『心配するな。一瞬で済むのじゃ』
そ、それー! ちっとも大丈夫じゃない感じですけどー!
慌てる私に構わずに、十兵衞はタマちゃんの刀を振るいその雨粒を綺麗に飛ばして散らした。
「いけるか」
『あのやっかいな雨さえなければ、おう! いつでもこいってやつじゃの!』
ならば、と内に入る十兵衞と入れ替わりでタマちゃんが私の身体を操る。
十兵衞の刀を鞘に戻して、自身の刀を両手で強く握りしめた。
「ハル、勝負は一瞬じゃ! 最後は十兵衞に――」
『いいや、だめだ。おぬしがやれ、ハル』
待って、十兵衞じゃなくていいの?
『村正の坊とわかりあうなら、その前に越えねばならぬ壁がある。それが奴よ。その刀にのせた思いを受け止められねば、次などやるだけ無駄だ』
はっきりと断じる十兵衞にタマちゃんがどうする? と慌てる。
けど、いい。わかった! やるよ!
そう念じた瞬間、
「ええい、どうなってもしらんからな!」
タマちゃんが叫び、その刀に込めた力を振るって吐き出した。
力の波、霊子の嵐。タマちゃんの力が雨雲を切り払ってみせたの。
「疾く――」
瞬間、タマちゃんの両足が空を掴んだ。
そして蹴る。
「駆ける!」
弾丸のように放たれる私の身体はタマちゃんが求めるまま落下しながら疾走し、跳躍。
回転しながらその勢いを増す。
私を探して見上げた狛火野くんの足下に着地した。
『ハル!』
沈む足を蹴るタマちゃんからバトンが渡された。
「――……ッ!」
そのまま飛び込むように刀を突きだす。
一瞬の隙。咄嗟に私の刀を掴もうとする狛火野くんの胸元をタマちゃんの刀が確かに貫いた。
ぶつかって地面を転がる私たち。
彼の上になった状態で止まって、荒い息を繰り返しながら立ち上がる。
引き抜いた刀を見て、ライオン先生が声をあげた。
「一本!」
急いで開始地点に戻る。
雨雲が晴れて雨が途切れた試合場で、再び狛火野くんが構えた。
空に再び暗闇が迫る。
雨が降ったら負けてしまう。あの水は身体にしみるの。だから急がなきゃだめ。
ライオン先生が試合開始を告げてすぐ、タマちゃんのもつ人ならざる身体能力を使ってがむしゃらに前へと跳んだ。振り下ろす刀を狛火野くんがさばく。
互いに一本ずつ、その試合では響かなかった刀が打ち鳴らす音が何度も。
焦る気持ちの分だけ打ち込むし、それではだめだと十兵衞が私を叱る。剛を柔で制するようにタマちゃんが優しく導いてくれる。
だから私は息を吐いて一撃、さらに一撃を重ねて……研ぎ澄ましていく。ただ、勝利のために。
それを狛火野くんは受け止め、私が気持ちをゆるめそうなタイミングで打ち込んでくる。まるで俺に集中しろと檄を飛ばすように。
どれ一つとして本気で防がないと負ける一撃はすべて、狛火野くんの全力のアプローチだ。
刀に乗る激情の熱はカナタやギンのそれととてもよく似ていて――……そう、とても、よく……似ていて。
その思いも、きっと一緒に違いなかった。
一撃一撃がすべて、切実に私を求める告白に満ちていた。
素敵な出会いだった。もっとたくさん時間を重ねたい。きみと、二人で。
出来るならいつまでも続けていたい、という今を望む願いに染まっている。
つらくて泣きそうになるの。
それを受け止める資格が私にあるのかどうか、躊躇う気持ちを彼は切り払って露わにするから。
ごめん。ごめんなさい。
もしも運命が少しでも違っていたのなら。
きっとこうはならなかった。永遠に続けていたかった。大事に大事に育てたかった。
でも、もう……決めてしまったの。
頬を伝う雨の雫もそのままに、刀を振るう。
私の刀にのる思いはただ一つ。勝ちたい。その先を願うもの。
ギンとの約束の場へ。カナタの思いに向き合うその勝利へ。
ただ、先へ。立ち止まってはいられない。前へ進みたい。
今と未来。
望むのはその、ほんの僅かな差。
その差が悲しいくらい露骨に結果を分けてしまう。
私が打ち上げ、雨に濡れた狛火野くんの手の内から彼の村雨が離れたのだ。
息が上がって、互いに見つめる私たちに言葉なんていらなかった。
彼が俯き、私が項垂れる。
私が手に握った刀は返す勢いで彼の心臓にあてがわれていた。
「ごめんなさい……私」
「いいや……いいんだ、全てはあまりに遅かった。君に集中してなかったのは……俺の方だ」
私の刀を握りしめる彼の目を見て「さあ」と告げられた彼の願いに触れて――。
罪を背負うために、私は彼の心臓を貫いた。
抱き合うように身を寄せる。
彼の耳元で、私は囁く。「――……」
それに彼は笑って頷いたの。
「勝負あり! ……勝者、青澄春灯!」
試合の勝利は必然、私のものとなって。
けれど……結末として、この勝負に勝者はいなかったのだと思う。
◆
試合場から出たら見守ってくれていたトモが駆け寄ってきたの。
ジャージのジャケットをかけてくれた。
何も言わずにいてくれるトモからタオルを受け取って、ふり返る。
狛火野くんは空を一人で見上げていた。晴れた綺麗な……澄んだまっさらな青空を。
私の視線に気づいて顔を下ろすと、吹っ切れたように笑ってそばにくるの。
「……君の勝ちを願ってる」
目元から雫が落ちたの。
「あ――……」
何かを言わなきゃいけない。
そう思ったのに、彼は首を左右に振った。
もうこれ以上の言葉はいらないんだ。
そう言われた気がして……私は口を閉じた。
「じゃあ」
離れていく。
その先にはタツくんとレオくんがいた。
二人ともすべてわかった、という顔で狛火野くんを迎えて……狛火野くんが立ち止まった。
三人で頷くと、狛火野くんはふり返って……それから三人で私に笑いかけてくれたの。
がんばれ、と。先へ進め、と。背中を押す笑顔に他ならなかったの。
身体中がじんと痺れた。あまりに綺麗で素敵な笑顔で……。
「かっこいいね」
頬から落ちる雫もそのままに呟いたら、トモは自分が濡れることも構わずにそっと抱き締めてくれた。
「私にはもったいない三戦……だったの」
熱い、熱い、雫が落ちる。
「あんたらしい三戦だった。いい試合だったよ」
頷けなかった。
少しでも口を開いたら、動いたなら。
みっともなく泣き声をあげて崩れ落ちそうで。
「泣くな。ハル。泣くな……今日はあと一戦あるんだから」
トモの優しい声に一生懸命息を吸いこんで、耐える。
「それが大事なんでしょう? ……伝わったから。痛いくらい、わかったからさ」
離れたトモがタオルで私の髪と顔や目元をそっと拭って、真っ直ぐ私を見つめて言うの。
「いけそう?」
「……うん」
「終わったらいっぱい泣こう」
「うん!」
「よし。がんばれ!」
くしゃくしゃっと私の髪を撫でて、トモは自分の試合の準備に離れていった。
私は一人、腫れたほっぺたもそのままに試合場を見た。
ギンがその手に握る村正で私のクラスメイトを切り伏せ……二本目を取っていた。
そう……泣いている場合じゃない。
泣くのは……この後だ。
ほっぺたを両手で思い切り叩いて気合いを入れる。
四回戦。
私はギンと戦う。
沢城ギン。
……村正を握る侍と。
ちゃんと……先へ進むために。
どれだけ痛くても、どれだけ傷つき傷つけても。
先へ進むために、私は二つの刀を握るのだ。
……それでも、ギンと戦う前にしっかりと残そう。
今日という日を。彼という名前を。
「もしかしたら、ううん、間違いなく……狛火野くんが私の素敵な初恋だったの」
たとえ遅かったとしても。たとえお互いに気づかない芽でしかなかったとしても。
その事実は彼と私が刀をかわしたあの瞬間、手にした真実に違いないのだから。
つづく。




