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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第七章 侍候補生、学年別トーナメント

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第六十三話

 



 やっと落ち着いてなんとか立ち上がって戻ろうとしたの。

 けれど……その途中で足を止めたよ。止めざるを得なかった。

 だって、狛火野くんがまだ素振りをしていたんだもん。

 湯気がのぼる身体は冷える気配なく、振るう刀に淀みなく。

 私ではまだまだ到達できないところに狛火野くんはいた。


「――……ふう」


 構えて……そのまま維持。

 不意に手を下ろした狛火野くんが私に気づいたの。


「やあ」


 浮かべる顔は人なつこい彼本来の魅力あふれる笑みで、だから安心したんだけど。

 同時に怖くもなったの。

 これほど鍛錬に打ち込める人の本気って、どんなだろうって。

 タオルで汗を拭って、脱いだジャージのジャケットを拾い上げて肩にかける。

 無駄な筋肉も脂肪も一切ない。

 絞って絞って必要最低限、磨き抜いた筋肉だけの身体。

 もしかしたらギンよりも……凄い肉体。


「ごめん、たぶん今、ぼ……俺、汗臭いから」


 困ったように肩をすくめる狛火野くんに「気にしないけど」と何とか言って、自分から近づいてみる。

 汗に濡れた髪が目元に張り付いて、それを指で払う彼は私が何かを尋ねるよりも先に口を開いた。


「タツやレオと違って、俺は途中で止める気ないからね」


 敵意とも、悪意とも違う。


「刀の力を使ってくれて構わない。刀の力も含めた、文字通り全力の君と戦いたい」


 純粋な欲望を向けられる。


「なんで……?」

「こないだの戦いで、君は俺に稽古をつけてと言ったけど……正直、今の俺にはまだ早い。とても……稽古なんてつけられないよ」


 だって俺は君に負けたんだ、と呟くの。


「刀の力も借りられず、君との戦いを楽しんでしまう……俺はまだまだ未熟者だから」


 だから今はまだ、と呟いて鞘におさまる刀の柄を見下ろす狛火野くん。

 私は彼になんて言葉をかければいいのかもわからなかった。

 今は十兵衞もタマちゃんもいない。

 真実、彼の前にいるのは私だけ。

 どうしよう……適当なことを言ってこの場を離れる?

 無理だ。

 入学式に行くあの時、私を助けてくれた男の子なのに。

 何もせずに離れるなんて……出来ない。


「ここだけの話なんだけどね?」


 そっと手を伸ばして、狛火野くんの刀の柄に触れる。

 私の二本よりもおぼろげで不安定な、けれど底に秘めた巨大な力を感じさせる柄の内の刀身。

 怯えるような魂を感じる。その名を聞くべき存在は私じゃない。


「私の刀は二本ともお節介なの。運動音痴の私を放っておけず、うまく振る舞えない私を放っておけない二本の刀」


 私の愛する大事な半身たち。


「狛火野くんは卑下するけど、私は十兵衞とタマちゃんの力を借りてやっとあなたと踊れるの」


 柄から指を離して、彼の手を取る。


「自信ないなら出してほしい。入学式に行く前に狛火野くんに助けてもらわなかったら、こんな風に過ごせてなかったし」


 それに……それに。


「三対一でやっときみに向き合えるの。私の手にした二人は胸を張れる二人だけど……もし狛火野くんが、きみとその刀に自信を注げたら勝負はわからないと思うの」


 気持ちそのまま、彼の刀と彼の手を繋げて願うの。

 今の私がそれをするのはおこがましいことだけど、それでも。

 彼がくれた笑顔の分だけ、ちゃんとお返ししたいから。

 どうか、どうか……寄り添えるように、と。

 すると、ぼんやりとした光が鞘の内側から放たれるの。

 思わず狛火野くんが刀を引き抜いた。露が鞘からぽつぽつと浮かんで散らばっていく。

 全身に心地の良い寒気が走った。

 その刀身に雫の波紋が広がって、形が変わって――……空に雲がかかる。

 私たちの熱を鎮めるような雨が落ちる。一粒、二粒。そして、数え切れないほどに。

 朧に月夜の雨を浴びながら狛火野くんが囁いた。


「村雨丸……」


 何気なく彼が振るった刀から水の飛沫が放たれる。

 陶酔とは違う。

 雨の雫が狛火野くんの目元に触れて落ちていく。


「……誰にも、いえなかったんだ」


 愛しげに刀身を見つめるけれど、その顔は今にも泣きそうに歪んでいたの。


「こいつの名前が、ずっと知りたかった」


 彼の頬を伝い落ちるそれが雨なのか、涙なのか……私にはわからなかった。


「明日、君と戦う。この村雨を手に……全力でいくよ」


 鞘に戻された刀に雲は晴れ、雨は止み、濡れた彼は私を見つめてはっきりと宣言した。


「あのとき確かめてわかった。俺は君と戦いたいんだって」


 そ、それは……出会いがいわゆるラブコメ的な状態から程遠いのでは?

 そう思いはしたけど、もういっそ開き直って、


「どんとこいですよ」


 私は胸を張りました。

 彼が元気を出してくれて、自信に繋がりそうなきっかけができた。

 十分じゃないか。私は狛火野くんにお返しできたのだから、それでいいやと思ったの。


「ああ」


 さわやかに笑う狛火野くんを見てほっとして――たら、あれ?


「あ、あ、あ」


 彼の目元が私の胸元に向いて、固まっている。

 照明に照らされた彼の顔はみるみる内に真っ赤になっていきます。

 なんだろう、と思って見下ろしたら……透けてたね。黒が。下着が見事に。

 ああ、雨に濡れたもんなあ、くらいの気持ちでいたら……きゅう、と呻いて狛火野くんが倒れてしまいました。

 ピュアか。ピュアピュアか。

 タマちゃんがいたら大喜びしそうな反応だよ!

 ちょっと嬉しいけど! 承認欲求的な何かがぐーんと満たされた感じするけど!

 オチがこれなの大丈夫? そう思いながらも私は人を呼びにいくのでした。




 つづく。

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