第六十話
二回戦を終えた。
私の試合の次は狛火野くんが、ギンが勝ち上がっていく。
対するもう一ブロックではカゲくんとシロくん、それに……トモ。
それぞれのブロックに私のクラスメイトが一人ずつ足して、全八名。三回戦は計四戦。
だから二回戦は見守るべきだったのに、私はカナタが気になって無理だった。
敵は妙にインドアっぽいぼさぼさ髪に黒縁眼鏡の女性の先輩で、私だけじゃなく十兵衞までもが舌を巻く見切りの達人だったから。
それに対するカナタは刀が妙に重たいのか、動きがにぶくて当たらないの。
野次る二年の先輩たちに女性の先輩が闘志を剥き出しにした時、それを待っていたとばかりにカナタがカウンターでの一撃を決めた。
それで何かを掴んだのか、次の一戦ではもっとスマートに勝っていたけど……ひやひやした。
カナタも人のこと言えないじゃない。もう。
「相棒のこと、気になります?」
わあわあ盛り上がっている中で、私に声を掛けてきたのはノンちゃんだ。
「……うん。カナタが心配してくれたの。同じように私もカナタが心配かな」
「うちとは違うんですね」
「私は……ノンちゃんと違って、カナタの刀のこと知らないから。信じたいけど、まだわからないよ」
「そっか」
俯いたノンちゃんが身を寄せてくる。どうしたんだろう?
受け止めた私の視界で、ノンちゃんが私の刀をきゅっと握っていた。十兵衞のだ。
「油断大敵です」
「の、ノンちゃん?」
「これでえいやって奪ったら、私にもこの刀に触れる機会があります」
まあ、そうかな。でも持ち主にしか正しく力をくれないのが刀なんじゃなかったっけ。
「霊子を扱う刀鍛冶はもちろんそうですが、刀の声を聞く才能があなたにあるなら……彼の刀に触れてわかることもあるかもしれません」
「そうなの?」
「そうなのです」
どや顔……ちっちゃい丸顔がどやってる。可愛い……。
「一年生、二回戦終了!」
ライオン先生の号令にノンちゃんが十兵衞から手を離した。
「油断大敵ですよ」
「……え、と?」
妙に繰り返すのなあに? ときょとんとしていたら、
「わからない人ですね。私がその刀に悪いことをしていたらどうするんですか?」
むすっとした顔で言われました。それから気づいたよね、ああそういうことをする人もいるかもしれないと。でもなあ。
「ノンちゃんは良い子だからそんなことしないよ」
「……また、そんなこといって」
「いやほんとに。ノンちゃんはギンを強くすることはあっても、誰かを貶めるようなことしないよ。悪い子だったら……私を刀にしてギンに渡したりしないと思うの」
そう言うとなぜかぽかぽか叩かれて逃げられてしまいました。
なんだろう? まあいいか。
カナタも勝ったみたいだし、何か今日のお祝い出来たら嬉しいなあ。
◆
学生寮の食堂で、私はまばたきをしておりました。
エプロンをつけた私、トモ、そしてタツくんがいるの……カウンターの向こう、調理場に。
「これはいったい?」
「何を言っているんだ。お祝いをしたいと言うから、手巻き寿司だろうが」
「一日目に景気づけなんていいね! って言って盛り上がったので……今キッチン」
なるほど。タツくんとトモの笑顔に押されて頷く。
ちなみにテーブルに座ってできあがりを待っているのはカナタとレオくんだ。
狛火野くんは辞退しちゃった。明日戦う相手の飯は食えないって。十兵衞が青い青いと笑っていた。タマちゃんはきゅんきゅんきてました。
「もう今晩の調理は終わっている。俺たちは手を洗い、衛生基準にのっとって準備済みよ」
「さあハル、酢飯をつくって!」
「え、あ、はい」
大きな木の桶に大量のご飯が盛られていました。
お酢とかの調味料はタツくんが整えてもうふりかけ済みです。
だったら混ぜるのもタツくんがやってくれたらいいのにって思ったけど。
「一年生の侍候補生の華二人がやる方が喜ばれるだろう」
というので、トモがぱたぱた扇ぐ中わたしはしゃもじで酢飯を作るの。決して華扱いに喜んでは、喜んで……ますけども!
その間にタツくんが海苔とか、巻く具材とか手早く料理して集めていく。
ハチマキを巻いて和装で動き回るタツくんはなんだか料理人さんみたい。
「ハル、手が止まってるよ? 疲れてきたか? 代わるかー?」
「まだまだいくよー!」
トモのかけ声に応えて私もがんばるの。
だって意識を集中させてないとね?
「うちの侍を犬扱いとは……獅子は狐を食らう気もないか。しかし弄ぶようではお里が知れるぞ」
「可愛い子狐をなだめ、じゃれつくなら愛でる。それの何に問題が?」
カナタがレオくんと作り出している緊迫の空気感が気になってしょうがないの!
無理……仲良くして。ほんとにもう。
「酢飯できあがるよー」
「こっちも準備終わりだ。おばちゃんにあらかじめお願いして具材を用意してもらったのが役に立ったな」
ハチマキを解いたタツくんが酢飯をひとつまみ食べて満足げに頷いた。「いいじゃねえか」
ほっとひと息吐いたところへカゲくんがシロくんをはじめとするクラスのみんなとお風呂上がりにやってきたの。
「おーなんかやってる」
「腹が減った……ん? 青澄さんの手料理か?」
シロくんの言葉にクラスのみんなが声をあげた。
「あの青澄が」「手料理、だと」「ばかな、ありえん」
どういう意味かな? 私の女子力はないといいたいのかな。失礼だよ! 家ではまともに料理したことないけどね!
……正解。確かにあり得ない出来事です。
いや、あるじゃん。言い出しっぺだからやらなきゃ的な空気。それなんです。
「「「食べさせてもらおうか!」」」
異口同音に言うみんなにタツくんを見たの。
そしたらね?
「いいじゃねえか。大勢が食えるだけの量は用意したんだからよ」
大きな声で笑って胸を張っていたよ。
なので……手巻きパーティーだ!
カナタがキュウリしか巻かなかったり、トモはタツくんが作った玉子がおいしいと声を上げていた。
私も食べてみたけどキュウリは下味ついてたし、玉子はびっくりするほど甘いの。砂糖の甘さじゃなくて、何か不思議な味わい。蜂蜜か何かなのかな……出汁かな? わからない。料理スキル求む……。
レオくんはかんぴょう巻きを食べて不思議がっていた。食べたことないみたいなの、手巻き寿司。だからタツくんが面倒をみてたよ、食べ方のイロハからなにから教えてたの。
なんだかほっこりするなあ。
まあ……
「女子高生の手料理」「まさに勝ち組の証」「一人男が混じっているが許容量」
そんな感じでうちのクラスのメンズが盛り上がっているのはちょっと残念でした。
でも……よくみれば少し様子が違ったの。
神居くんをはじめ、やんちゃそうな二人が大人しく食べていたり。
具材なしの酢飯の手巻きを作って食べて頷いている男の子がいたりして。
クラスのみんなのこと、まだちゃんとよくわかってないんだなあって思う。
名前も覚えてない人いるしなあ。
まだ入学して一週間くらいしか経ってないんだもん。
クラスのみんなのことはもっとちゃんと知りたいなあって思うことの一つだ。
「そこの……月見島だっけ。料理うめえのな」
「ああ、感心する。見ていた感じ、具材を用意していたのは彼だ」
カゲくんとシロくんの言葉に笑って、タツくんは頷いた。
「ああ……レオに比べりゃさほどだが、うちもまあでかい家でな。そこの飯の手伝いしてりゃあ、それなりにはなるさ」
「それなりってレベルか? マジでうめえよ」
「疲れと空腹もあるが……カゲに同意だ」
はは、と笑って「ありがとうよ」と礼を言うタツくんはくすぐったそうだ。
立ち上がって周囲を見渡して、具材を足したりして。
……私の気のせいじゃなければ、人の面倒ばかり見ていた。
いつしか酢飯も具材も切れて(みんな食べきっちゃうのすごい)、ゆるい空気の中で解散になって。
満腹だからみんな居残る中、洗い物をはじめるタツくんの手伝いをしていた時だ。
彼のお腹が微かに鳴ったの。
流している水の音に紛れて消えてしまうささやかな音だった。けど確かにケモミミが捉えたの。
タツくん自身も気にしてない様子だったけど……なんだか落ち着かなくて。
トモと三人で洗い物を終えたから、立ち去る二人を見送って……戻ってきたおばちゃんたちにお願いして、私は急いであるものを作ったの。
そしてタツくんを追い掛けた。
◆
タツくんは……いつもの馬小屋にいた。
白馬に語りかけているタツくんに「渡したいものがあるの」といって私は笹の包みを差し出した。
「どうした?」
きょとんとするタツくんが包みを開くと、中には不格好なおむすび三つとたくあんが。あとはおばちゃんが食堂で作る唐揚げの残り物。
「こりゃあ……いったいなんだ?」
「タツくん、みんなの面倒みるばかりで食べてなかったから……お腹すいてるかなって思って」
「いや、けどなあ」
何かを言おうとしたタツくんのお腹が盛大にぐうううって鳴ったの。
いつかの食堂の私みたいに、おっきな音だった。今度ははっきりと聞こえたの。
「はは……わりい。確かに減ってるわ。胸が一杯になるから、いつもてめえのことは忘れちまうんだ」
「そうなの?」
「……負けて悔しくねえわけじゃねえが、今日は納得しちまった。だから久々に実家でやってたような真似をしちまって。満たされてた」
それっきり言葉につまっているタツくんの髪の白馬がはむはむしたの。
「おう、わぁってるよ。わぁってる……」
凄く優しい声で白馬に頷いてその頭を撫でて……タツくんが歩き出した。
一緒に馬小屋を少し離れて、照明そばのベンチに腰掛ける。
膝上に笹の包みを置いたタツくんは「いただきます」と手を合わせて言うの。
今更になって不格好なおにぎりを作って渡すことに緊張を覚える私です。
「はむ……」
「ど、どう?」
変なことになってないだろうか? と不安がる私の前で咀嚼して、さらにかじりついて。一つを食べきったタツくんは顔に皺をきゅうっと寄せて膝を叩いた。
それから子供みたいに笑って言うの。
「うめえ。種なしだがすっぺえ梅だ」
「あ、そ、それはおばちゃんにもらったの。やわらかい甘めのもあったんだけど……そっちの方がよかった?」
「いいや……かたくてすっぺえ、この梅が俺の好物よ。ありがとうな」
嬉しそうにうめえ、うめえと言ってくれるタツくんにほっとしたし……きゅんときた。
一つ食べては昆布もいいな、最後の一つを食べてはなるほど明太子ね、と。
唐揚げを食べて……たくあんを食べて、手を合わせる。
お腹が減っているのが傍目にもわかるいい食べっぷりなの。
「ごちそうさまでした」
「……だ、大丈夫だった?」
「うまかったよ……毎日食いたいくらいには、いい心遣いだ。お前さんの隣に立てる奴は幸せだろうよ」
「え――」
それって、と思った私の頭をその腕に抱いて私の額に頭を重ねてきた。
ぎゅうって……力強くて、切実な抱擁。
息を吸う音がして、遅れて一気にてんぱる私。
「あ、汗かいたからくさいよ」
「お前さんの匂いだ。構わねえ……一度でいい、伝えさせてくれ」
「そ、それでも、その」
あわわわ、で頭がいっぱいな私にタツくんが囁いた。
「負けるなよ」
「え……」
「勝て、ハル……勝て」
「……うん」
どきどきしながら頷く。
額に柔らかく甘い感触が触れて離れていく。
「俺が欲しい物を意図せずくれるお前には、勝利の華がお似合いだ」
「タツくん……」
立ち上がって威風堂々と立つその姿に敗北などなく。
「お前が掴む何かを俺は見てみたい……だから、勝て」
「……っ、うん!」
頷いて笑う私の頭をくしゃくしゃと撫でて、タツくんは立ち去っていくの。
この学院に入って、いろんな人に頭を撫でてもらった。
でもみんな力加減が違う。
カナタは乱暴にしても決して痛くない、そうならないように気をつける弱さがあって。
ギンはそのまま乱暴だしめちゃくちゃなんだけど、それがいい感じ。
でも……タツくんは髪の毛を乱すのにひたすらに優しい。
どれもきゅんとなる。けど……今日のタツくんのは特に、くるの。
真っ直ぐな声援とエールを受けて、私の心は高鳴っていたのです。
つづく。




