表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第一章 入学! 士道誠心学院高等部!

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/2925

第六話

 



 ライオン先生に言われるままにするけどね。

 初日からなんとも情けないです。

 黒歴史をほとんど自爆する形で暴露したんだよ?

 情けないにも程があるよ……。

 死ぬほど恥ずかしいけど、休んでいたら「わかるぜ、その気持ち」みたいな目で見つめられました。

 なので男の子たちに混ざることにしたよ。

 意識した人たちと距離を取るよりも、その中に入って混ざっちゃえ作戦実施です。

 それで乗り過ごせるかなあと、何事も無く授業は進んでいくのかなあって思ったの。

 けどどうやら雲行きが怪しいようですよ?


「さて、刀持ちの生徒諸君。それぞれ手合わせを――」


 ライオン先生の声に割り込む人がいたの。


「よう、シロ。久しぶりだなあ。ええ? 俺は寂しかったよ」


 体育館で最後に呼ばれた四人目の人――沢城ギンくんが壇上から飛び降りて、すたすたとシロくんへ歩み寄っていく。

 それだけじゃない。もうほとんど口づけ寸前みたいな距離感で立ち止まると、あちこちの角度からシロくんの顔を見つめ始める。


「うわあ……いきなり難癖かよ」

「えげつねえな」


 とかいう男の子達と私は感覚が違うみたいだ。

 唇の端をつり上げて嗜虐的に笑っている沢城くん。

 対するシロくんは顔面蒼白になってはいるけど、眉間に皺だって寄せてはいるけど、唇だって何かを耐えるようにぎゅっと結ばれてはいるけど。

 それでも、精一杯沢城くんを睨んでいる。


「僕に何か用か」

「おいおい、幼なじみだってのにつれねえなあ。俺の顔忘れちまったのか? なあ、シロ」


 眉間の皺をぎゅうっと寄せて、沢城くんがシロくんを強く睨む。

 けど、なんだろう。

 ひやひやしている男の子達には本当に本気で申し訳ないんだけど、近づいて後頭部をちょっと押すだけでリアクションメインのお笑い芸人さんよろしく微笑ましいことになりそうです。

 私なんだかちょっと興奮しちゃいますよ!


「決めたぜ……先生、俺はシロとやる。いいよなァ?」

「沢城はこう言っているが……結城、どうする。無理強いはせん。が――体育館のそばにある施設には御珠の分身が飾られている。勇気を示せば、もしかして、ちょうどいい場になるやもしれんぞ」


 沢城くんの言葉を受けて、ライオン先生がシロくんに尋ねた。

 みんなの視線を一身に浴びて、顔面蒼白のシロくんは「こうなると思ったんだ」と呟いてから深呼吸した。

 それからなぜか……私を見たの。


「え――……」

「いいです。遅刻の罰とはいえ青澄が立ち向かったんだ。僕だってやれる」


 自分を鼓舞するシロくんに「おっ、いいぞ」「やれ! 結城! 俺たちでもやれるところを見せてやれ!」と盛り上がる男の子達。

 だけど……沢城くんは気づいていた。

 私も……気づいてしまった。

 シロくんの手は、小さくだけど確かに震えていたの。


「受けて立ちます!」

「しょんべんちびるなよ」


 シロくんをからかうように笑いながら、けど目は本気の沢城くん。

 対するシロくんは彼を精一杯睨み返していた。

 クラスメイトのみんなはもちろん、壇上の三人も笑って見守っているけど……待って。


「ら、ライオン先生。止めなくて大丈夫なんですか?」


 思わずライオン先生に小声で尋ねたら、ライオン先生は困った顔で私にだけ聞こえるように囁いた。


「男の決意だ。見守るしかあるまい」


 だ、だいじょうぶかな……。


 ◆


 白線テープの敷かれた四角い陣の中で、シロくんは倉庫から持ってきた竹刀を手に立っていた。

 対する沢城くんは紫と朱の混じる禍々しい柄を鞘から抜き放つ。


「姓は沢城、名はギン。我が魂、村正。何が斬れるかは――……斬ればわかるな」


 黒いモヤのようなものが刀身から湧いて出ている。

 長く反り返った刀身の先端から、赤い液体がしみ出て床に落ちた。


「その名も悪名高き村正」


 隣から聞こえた声にどきっとした。

 恐る恐る見ると、試合の準備の間に来ていたのだろう。

 私を痴漢から助けてくれた狛火野くんが立っていた。


「あの刀、知ってるかい?」

「う、ううん……正直、ぜんぜんわからないや」

「刀の御霊を引く侍の多くは歴史に名を残さぬような、何気ない一振りを手にする。でも……ギンは別格だ。あの村正を引き当てた」

「本物はどっかに飾られてるんじゃあ?」

「そうだね」


 私の言葉に微笑むの。

 視線を交わしていると目がきらきら輝いてくる。

 そういうところがなんかこう……甘えたくてしょうがない犬っぽいというか。

 って、違う違う。シロくんだ。


「刀の御霊だけじゃない。史実に名を残す英雄や豪傑の御霊を引き当てることもあれば――……妖怪、神の御霊を引き当てることもある。けど、名のある刀の御霊を引き当てるようなやつは」


 妙なところで区切って、狛火野くんは輝く瞳で沢城くんを睨んだ。


「斬る欲が強い。いや、取り憑かれていると言ってもいい」

「え――」


 それって、どういう……と聞くよりも早く。


「はじめ!」


 ライオン先生が試合開始を告げた。

 低く屈み、矢のような速度で疾走する沢城くん。

 とん、と軽やかな音と共に猛烈な勢いで飛んだ。

 それも縦じゃない。身体を横向きにして、くるくる回転しながらだ。

 その手に握られた刀が赤と黒の軌跡を描いて、


「く、うわああああ!」


 悲鳴とも気勢ともつかない声をあげるシロくんの竹刀をズタズタに切り裂いた。

 それだけじゃ留まらない。

 シロくんの身体を何度も切り裂いて、沢城くんは曲芸師のように身を捻って着地した。

 床に切り裂かれた竹刀が落ちる音がする。


「勝負あり!」


 ライオン先生が宣言するまでもなく、勝敗は明らかだった。


「あ、あのう。これまでの説明だと、肉は斬らないのでは?」


 恐る恐る狛火野くんに尋ねると、彼は笑顔で言うの。


「ここの竹刀と防具は霊子を使った特別製だから、ご覧の通り斬れちゃうよ」


 さーっと血の気が引いた。

 あわててシロくんを見ると、


「……くっ。うっ、ううっ」


 屈んで膝を抱いてめそめそしてる。

 目元を袖でぐしぐし拭うと、沢城くんを睨んだ。


「んだよ。負け犬」

「くっ!」


 悔しげに顔を歪ませて、何かを言おうと口を開いて。

 けど結局何も言えずに、項垂れて走りだしていってしまった。


「あーあ。何が斬れたんだかさっぱりわかりゃしねえ……こりゃあもう。もっと斬るしかねえよなァ?」


 獰猛に笑う沢城くんにクラスのみんなが怯む中、親方さ……じゃなく。

 白馬に乗ってたあの月見島くんが前に出た。「先生、このまま手合わせしても?」

 盛り上がりを見せる男の子達。

 すごくすごく気になるけど……でも無理! ごめんなさい!


「先生! ちょっと追いかけてきます!」

「うむ」


 重々しく頷くライオン先生に頭を下げて、シロくんが走り去っていった方向へ急ぐ。

 いつしか外は雨が降っていた。

 スノコの上を駆けて、廊下に入って……でも見つけられなくて。


「どこいっちゃったんだろう」


 呟いて窓の外を見た時だったよ。

 敷地の縁を覆うように植えられた木々に拳を打ち付けているシロくんがいたの。

 急いで外に駆け出した。

 雨だったしどうしようって悩みはしたけど、思い切り振りかぶって木を殴るなんて見ていられない。


「シロくん! 待って!」

「っ!? あ、青澄……なんできたんだ!」

「樹に罪はないよ……じゃなくて」


 真顔でツッコミ入れている場合じゃない。

 シロくんの手が傷だらけになっていた。

 探している間もたくさん傷つけていたに違いない。


「やめようよ。手がぼろぼろになっちゃうよ」

「……よしてくれ」

「でも皮が剥けてるよ」


 そこから滴る血が――ってそうじゃない。

 落ち着け私の十四歳の魂。


「せっかく高校生活初日なんだよ? なのにこんなの、悲しいじゃない」

「……無様に負けたんだ。このくらいがお似合いさ」


 ベタに傷ついている。

 すっごくベタに傷ついている。

 ベタに返すと手を胸に引き寄せたり、撫でたり……或いは怒ったりするんだろうけど。


「悔しいなら強くなればいいだけだし。弱くなることはないんだし。明日からの授業で出来ることじゃない?」

「そうしたい。出来たらどれだけいいか。ずっと願っていた、努力だってしてきたさ……でもだめだ。僕は、あいつに勝てたことがないんだ」


 雨に濡れて髪の毛が垂れ下がって、目元から雫が何度も落ちる。

 お、男の子のそういうところ初めて見ちゃいましたよ!

 どどどどどど、どうすればいいのん!?

 ベタに返しておけばよかったんちゃうん! あんたって子はー!

 ……あんたって誰だ? 私しかいないぞ。

 え、ええと。


「か、勝ちたいんでしょ?」

「当たり前だ」

「勝ち方はわかるの?」

「……わかっていたら、苦労するもんか!」


 もう一度手を振り上げたので、あわててその手を掴もうとした。

 ……手が届きませんでした。

 それどころか無意識に近づいて、密着状態です。

 び、微妙な空気!


「す、すまない。熱くなってしまった」

「い、いえいえ」

「あ……あたっているので、その」


 なにが? と聞くほどの天然力は私にはありませんでした。

 見下ろしてみればええ、そりゃあもう。

 密着していたので、赤面しつつ後ろに下がる所存。


「ご、ごめん」

「い、いや」


 誰かどうにかしてー!!!

 この空気どうにかしてー!!!

 そんな誰かさんはいませんでした。ええい!


「し、シロくんは沢城くんと幼なじみなの?」

「ああ……親が仲良しで、小中と一緒だった。アイツは天性のいじめっ子で、僕は根っからのいじめられっ子で」


 根が深いっていうか、闇が深そう!


「勉強して百点を取っても、あいつのおもしろ回答だらけの零点がもてはやされるし!」


 ……ん?


「運動絡みじゃアイツはいつだって注目の的だし! 調理実習ですっごく美味しいカレーを作ったのに、アイツがまな板切っちゃったことでまったく目立たなかった!」


 そうでもないな。そうでもないよ。

 シロくんにとっては大事なことなんだろうけども。

 どちらかといえばほほえましいエピソードだよ?

 強いて言えば、そうだなあ。


「こ、コンプレックス、なんだね」


 よく言えば? わ、わからないけど!


「……アイツにもアイツの両親にも学校を偽って伝えたんだ。絶対ついてくると思ったから」

「う、うん」

「秘密にしてこの学校を進路に選んで、全力で頑張って……入試も自己採点じゃ満点だったんだ。輝くような学生生活が待っていると思った。なのにあいつが、よりにもよってあいつが!」

「ああ……」


 刀持ちになって、学年主席がやるはずの入学生の挨拶も取っちゃった、と。


「高校デビュー……大失敗だ」

「で、でも! 立ち向かったじゃない!」

「……入試で頑張れた僕ならいけると思ったんだ。運動音痴だと思い出すまでは」


 おぅ……。


「最悪だ。もうやだ……僕は明日から学校を休む」

「ま、待ってよ!」

「……なんだよ」


 泣きべそを掻いているシロくんを見捨てることは簡単だった。

 でも無理だ。

 なんでかな。なんでなんだろ。

 シロくんだけじゃない。私だってその答えを求めている。

 だからちゃんと考えてから、言うの。


「私も高校デビュー失敗組です!」


 胸を張って言うことじゃない。


「君は……大丈夫じゃないか」

「甘く見ているよシロくん! いい? 男の子だらけのクラスに所属、これはもう女子社会からの突き上げを食らってもおかしくない状況!」

「そ、そうなのか?」

「どんな学生生活を送るか、非常に苦しい! 高度なバランス感覚を求められているといって間違いありません! しかし私は小中失敗組なので、ハッキリ言って無理に等しい!」

「は、はあ」

「だからせめて男の子達の中ではうまくやれたらなーって甘い考えをもっていました! ライオン先生に斬られちゃうまでは! ええ、もう。隠したい過去全部白状したよね!」

「……な、なるほど。つまり、黒歴史を白状した君が……僕に言いたいのは」

「もう逃げ場なんてないんです! あそこが私たちの勝負の場所なの! だから、私がついているから一緒に戻りましょう!」


 いつの間にか下がっていたシロくんの手を取り、歩き出す。


「で、でもだな!」

「でもはなし! 後退の理由なんていらないです! 高校デビューするなら、進む以外に道はなし!」

「そうはいうけど! 僕たちに刀はないんだぞ!」

「なら、手に入れるまでです!」


 隣に並ぶシロくんに喋りながら、いつしか昂揚していた。

 そうだ。簡単なことだ。

 この学院での力の象徴が刀だというのなら、手にすればいい。


「シロくんは打倒沢城くん! 私は目指せ居場所の確保です!」

「ハードルが君と僕とで結構差があるのでは!」


 むう。ああ言えばこう言うな。シロくんの粘りを吹き飛ばしたい。

 どう言おうか考えていたら……手の熱に今更気づいた。

 シロくんは私の手を握ったまま、離そうとしない。


「じゃあどうして、私の手を離さないの?」

「……君は卑怯だ」

「え」


 卑怯とか言われるなんて思わなかった。


「初めて、女子の手を握った」

「えええ」


 きゅ、急にそんなこと言われると非常に困る。


「あ」


 離そうとしたらね?

 きゅって。きゅって……逆に握りしめられちゃった。

 やだ、強い。


「体育館に戻ったら……からかわれるだろうから離すけど。その気にさせたんならせめて、隣で見ててよ。君は僕のクラスメイトなんだから」


 恥ずかしそうに言うなり、シロくんは私の手を引いてずんずん歩いて行くの。

 そんな……何気ないことに私の心はちょろくきゅんときているのだった。

 だからかな。

 体育館に戻ったらあの四人はもう立ち去っていて。

 竹刀を持って待っていたライオン先生に「遅い」とたしなめられたし、風邪を引くと困るからってタオルを渡されたりしたけど。

 竹刀を手に決意に燃えるシロくんの顔を見るのは、なんだかちょっと誇らしいのでした。




 つづく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ