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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第五十三章 帰ってきました、現代に!

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第五百九十九話

 



 さんざん大浴場で騒いで、晩ご飯を食べて、お部屋へ。

 スバルが絡んできて、ルイたちと一緒にあがりこんできた。立沢理華、入学初日にして男子を部屋に入れる。記念日感は一切ない。まあ江戸時代での生活が集団を前提にしたものだったから、麻痺している気もするね。

 そしてみんなで反省会。江戸時代の習慣がまさか現代に戻ってきてからも続くとは。

 涙目まっかな姫ちゃんもすっかり落ちついた顔している。お母さんたちからの連絡があって、スマホで海外のニュースサイトを見てみれば話題になってた。敵の動きは正直、謎が多すぎて怖いけど。予測しようがないものに心を煩わせてもね。材料がないんじゃ考えるだけ無駄だよ。

 それよりも、これから先のことを話すとみんな一様に暗い顔になるよね。ほどなくしてノックをして入ってきたツバキちゃんの顔も暗い。なにやら仕事がうまくいかなかったみたいだ。


「でも、たぶん、一年きちんとがんばったら、いまの春灯ちゃんたちみたいになれるかも」


 聖歌の声にツバキちゃんが「そうだよね」とすぐに前向きに復活する。

 元気に前向き。それだけじゃあ人生バラ色にはならないけど、でもそれがなくちゃあなにも始められない。大事な基本の体力の源だ。

 気分転換といわんばかりに私はタブレットを操作してラジオアプリを起動した。

 アプリで春灯ちゃんたちのラジオを聴くのだ。

 流しながら枕を抱いた。みんなパジャマ姿だけど、お互いを意識する元気はない。しょうがねえな。盛りだくさんすぎだもんな。


「歴史とか変わってないんですかね」

「すくなくとも変わった感じはねえな。スマホで見れる範囲じゃ、徳川がどうたらって年表に特に変化はなかったぜ」


 スバルはええな。くっそ、私がチェックしてないことを平然とやりやがって!

 ぐぬぬと恨めしい顔をする私を一瞥するものの、さして構う気もなく肩を竦める。

 その余裕、覚えておけよ。いつか痛い目みせちゃる。

 ところでスバルを睨んでいる私の視界に入っているルイがなんともいえない顔してんの、なんで? 嫉妬してんの? でも、意識してはいるけど、恋愛とかじゃねえから。

 ベッドに背中を預ける詩保がスマホを弄りながらぼやく。


「現代の高校生が時間を越えたくらいじゃ、そうそう歴史は変わらないってことじゃないの? 幕府を倒すとか、それくらいのことをしたならまだしも」

「だね。家光公の情報も、さして変化していないのなら……時の夢のように薄れる淡い時間でしかなかったんでしょ。だいたい昔すぎるし、緻密に記録を残していたにせよ、将軍が妖怪集団に改心させられたなんて、幕府が歴史に残せるわけない」

「「「 ああ…… 」」」


 美華の返しも含めて、みんなして納得しちゃう。


「ああ、でも面白いもんなら一枚だけ。これみてみろよ」


 またしてもスバルが誰よりも先に行動して! おのれ……。

 取りだしたスマホに表示されていた。


「ちっちゃ」


 聖歌が呟く。たしかに表示された画像はとても小さい。っていうかスマホの画面サイズに限界がある。

 見る限りじゃ江戸の大通りを練り歩く妖怪集団の浮世絵だ。肉筆で描かれたもの。画像サイズを確認すると、とてもおおきなものだった。

 迷わずタブレットで検索してみる。拡大表示して妖怪たちを眺めてみると、いたよ。

 どうせならテレビに繋げられる接続アダプタ用意しておけばよかった。


「ほら、見て」


 みんなにタブレットを見せると、大勢が声を上げる。


「「「 おー! 」」」


 いたんだよね。

 白面金毛九尾。明らかに春灯ちゃんだ。

 青髪の鬼、赤髪の鬼もいる。岡島先輩と茨先輩だよね。

 ほかにもいろいろと符号が一致する絵がちらほらと。さすがにすべてが完璧に再現されているわけじゃない。となれば記憶を元に再現された絵なのかもしれない。

 浮世絵の歴史と私たちが飛んだ時代には差がある。妖怪珍道中を目撃した子供が大人になってから再現したとしても不思議はない。

 なかなかいけてる浮世絵だ。描いた人の判はなく、絵のタイトルもない。もったいねえなあ。扱いだって、妖怪だらけの愉快な絵というそれだけ。

 時と共に扱いが変わる。妖怪なんてあり得ない。すくなくとも理華にとっての現実は士道誠心に入る前まではそうだったし、ネットの春灯ちゃんへの反応を見る限りじゃ、そのあたりの認識も時間跳躍前と後で変わった気配がない。

 なにかがあったのか。それともなにも起こせなかったのか。なにもなかったことにされたのか。だとしたら、それはいつ、誰が、どうしてそうしたのか。

 わからない。わからないけど――……。


「いい絵だね」


 ツバキちゃんの声にみんなでしみじみと頷いたときだったんだ。


『あっ! そうそう、中学のときにね? 雨が降ったら夜にお外に出て、空に両手をかざして身体中に雨を浴びたの。神さまの祝福だ! って叫んだとき、わりと私は無敵を感じたよ』

『『 ぶはっ! 』』


 ふっと聞こえてきた声にみんなでぎょっとする。

 タブレットからラジオ音声が流れ続ける。

 春灯ちゃんの久々の残念エピソードを、本人はそうと気づかずドヤ感たっぷりに語り続ける。マシンガントークのマドカちゃんはずっとマイクに入りきらない場所で笑い続けていて、ゲラだった。妙に癖になる笑い声なの。つられて詩保だけじゃなくキサブロウまでもがぶふって吹きだしてる。対してキラリちゃんのツッコミがどんどん鋭さを増してきて、スバルもルイも聖歌も笑いだす。


『それがさあ!』

『なんだよ。迫真の顔して。ラジオじゃ一切つたわらないぞ』

『風邪ひいたの!』

『どや顔で言うなよ、当たり前だよ! いい加減にしろ!』


 流れるようにコマーショルへ。みんなでたまらずに笑う。

 画面に映る浮世絵の妖狐は神々しく煌めいている。誰も想像できないだろう。江戸を騒がせて絵に残った彼女が、自意識をこじらせていた時期にどれほどおばかなことをしていたのか。

 変なの! そういうところが大好きなんだけど!


「あの人みたいに成長したいと思うけど……でも、こういうネタを話せるほどのへんてこさは持ってないなあ……悔しい」

「美華、そうはいうけどな。これ、悔しがるところじゃねえだろ」

「なにいってるの。トークで誰もしてないあほなことしてるって喋れるだけで間が持つの!」


 迫真顔で言っているところ悪いんですけど。

 美華、それはそれでどうかと思いますよ。芸能界のトーク番組って、そういうノリがみんなに要求されるわけじゃないと思いますけど!

 むしろそれは芸能人によると思いますよ? まあ、芸能人じゃない理華が言っても説得力はないですけどね!

 それよりも、このラジオ……緋迎先輩はどう思っているんですかね?

 そう思いながらタブレットを置いてスマホを調べてみたら、わあすごい。


「ネットでニュースになってる」


 ◆


 春灯がお世話になった大御所芸人さんのトーク番組収録に入るときのことだった。

 山岡さんがそっと教えてくれたから、スマホでニュースサイトを見てぎょっとした。


『青澄春灯、中学時代は台風に裸で外出!?』


 なにやってるんだ、あいつは!

 めまいがするし、直ちにラジオ音源を確認したかったけれど無理だ。

 動揺しながらセットに入って、収録が開始される。

 師匠の円滑なトークとアナウンサーの女性の解説を受けて、若手の芸人さんたちと会話する流れなのだが。


「ところで今日のゲストですけど、どうですか。いま話題になってますが。彼女、裸で外を出歩いてたんやって?」

「ぶふっ」


 思わず吹きだした。芸人さんたちがやんやと入ってきて師匠を弄り、遠回しに俺を弄る。当然の流れだとばかりにラビが嬉々として乗っかる。師匠やみんなが弄りやすいように、まるで聴いていたかのようにラジオの要約を語って聴かせる。

 お前――……俺に黙って聞いていたな!?

 睨む俺の脇腹をコナがつねる。いまは黙ってて。釈明するタイミングになったらいろいろ話せばいいでしょっていうメッセージをわざわざ霊子を繋げて届けてくる。

 おかげで。


「なるほど。ところで彼女っていうんは言ってよかったんか?」


 芸人さんたちが思わず「いま!?」と突っ込みを入れる。

 まずかったらカットでええやんと笑う師匠に、そういう問題じゃないからと突っ込みを入れる芸人さんは不倫で話題になった人だったりして、いろいろと闇を感じる。

 いや、そういう問題じゃないから。


「待ってください! 俺にも説明させてくださいよ!」

「なんやお前、彼女並みにおもろいこと言えるんか?」


 師匠、それ若手俳優に言うことちゃいますよ、と芸人さんたちが即座にフォローを入れてくれる。山岡さんに習ってきちんと挨拶したんだけど、大事にしよう。とはいえなにか言わないと。


「俺は青澄春灯と付き合ってます」

「誰が交際宣言せいっちゅうた! あほか!」


 怒鳴るように突っ込まれながらも、師匠の目が訴えている。もっと面白いことはないのか。中学時代に台風の夜、全裸で外に出るレベルの面白いことは。

 いや、春灯はあれが素だし。俺も面白いと意識して言ってもたいして面白くないに違いない。だから自然にやっている習慣と絡めるしかない。


「中学時代に台風が来たら夜に裸で外に出る彼女と付き合っている男ですよ?」


 腰に両手を当てて胸を張る俺に、師匠がさらに振ってくる。


「なんや。お前も中学時代になんかやらかしたんか?」

「いや、自作の衣装でそばの城を作ってたくらいです」


 師匠も芸人さんたちも、ラビやコナですらも「え……?」と怪訝そうな顔をする。


「なん……え? なに?」


 渋い顔をする師匠にスタッフさんが急いでカンペを出して、アナウンサーのお姉さんがすぐに口を挟んだ。


「どうやら事前にマネージャーさんから参考画像を頂いていたようです」


 そうだ。師匠の番組に出るとなれば面白いネタを用意しておかなければもったいない。というわけで、山岡さんに事前にネタを渡しておいたのだ。江戸時代に行く前のことだった。

 ちなみに春灯には教えたことがない。


「見んの……?」

「み、見てましょう! こちらです!」


 師匠の「しょうもない気配しかしない」という顔にもめげずにアナウンサーが振って、小さなモニターに表示された。中学時代に写真を撮ってもらったコバトに真顔で「二度とやらないで」と言われた俺の黒歴史が。

 SOBAと胸に書かれた中世の全身甲冑の黒いコスチューム姿でそばを必死に重ねてスウェーデンのグリプスホルム城を再現している。


「待って待って! 城のクオリティめっちゃたか! そしてコスチュームだっさ!!!!」


 不倫で話題になってしまったものの、もともと大御所の次の層で抜きん出た存在だ。


「おかげで妹にしばらく口を利いてもらえなくなりました」

「いやいやいや、緋迎くん。それ自信を持って言うことちゃうから」


 しれっとツッコミをいれられている最中、師匠に目で訴えられる。次はもっとわかりやすくおかしなのを用意してこいよ、と。冷たい仕事人の目だ。

 内心でドキドキしながらも次のトークテーマに移るから腰を下ろす。

 にやにやしているラビのつま先を踏んでやりたくてたまらなくなったけど、我慢。

 クルルさんもラビと同じ兎だけど、いたずら加減でいえばラビは真っ黒兎だ。まったく……。


 ◆


 聖歌と美華が寝るのを待って、やっと目を開ける。

 なあ、指輪よ指輪。外出したいんだけど。私だけ飛ばしてくれね? ふたりにばれない形で。


『要するに身代わりを残して夜遊びか?』


 そうそう。高校生だし? 人に見つからない範囲で遊びたいんですよねー。

 この街はもちろん、東京をぶらついてみたいというか。高校初日の東京の夜を味わうのも乙じゃないですかね?


『別にできなくはないが、隣の吸血鬼が起きたらばれるぞ?』


 んー。お乳に顔を埋めて鼓動と寝息と脈を感じてみた感じじゃ、ガチ寝な気配ですから。

 大丈夫じゃないですかね。今日はいろいろあったし。私だってさっきまではわりと本気で爆睡したかったし。


『じゃあ眠ればいいではないか』


 いやいや。そこはさ? ほら。

 思い直してみたわけですよ。

 だって高校初日は、中退して通信とか夜間に入り直さない限りは今日が最初で最後なんで。

 大事にしたいじゃないですか!


『彼氏の部屋にでもいくのか? 堕天するぞ、せっかく天使になる術を知ったのにもったいない』


 あれえ。なんですか? 理華に悪魔になってもらいたいんじゃないのかな~?


『黙れ!』


 どしたの。やけに苛々しているけど?


『別になんでもない。ただ……ちょっと不満はある』


 なあに? 話次第じゃ前向きに善処しますけど。


『我が教えたいのに。理華はよりにもよって、我以外から魔法を学んだ』


 呪文ひとつだけですよ?


『ひとつだけでも重たいんだ!』


 ――……子供か。

 めんどくせえなあ。嫉妬? 私はあなたのもの?


『左手の薬指だぞ!?』


 ――……あのさあ。


『なんだ』


 あなたはこの世の存在じゃない。いても指輪として。

 だから私に触れることはない。私を抱くのはあなたじゃない。キスだってできない。

 わかってるでしょ?


『――……それでも、だからこそだ』


 自分の領域まで侵されたくはない、と。


『わかっているなら確認するな』


 はいはい。じゃあ以後気をつけるんで、お許しを。これでいい?


『……あんまり使うなよ?』


 わかったわかった!

 あなたが私の左手の薬指にいるのは重々承知しているし、尊重もしています。

 だからどうにかしてもらえます?

 あなたしかいないんです!


『しょうがないな……そこまで言われたら』


 ちょろ!


『いいの! ではいくぞ』


 身体からなにかが引きはがされるような感覚を抱く。直後、ベッドの脇に落ちた。


「いって!」


 顔からだぞ! おいこら、指輪!


『別に仕返しなんかしてないですしぃ』


 こいつめ……まあいい。外に出るまでは辛抱してやるよ。


『いまは上から言うタイミングじゃないだろ!』


 あーはいはい。いいから頼むよ。

 渋谷がいいなあ。どうせなら、面白いことが起きてそうな場所がいい。いけるっしょ?


『……指輪にキスしてくれたら』


 おいおいおい。なんだそれ。どうした! 今日はやけに絡むじゃないか!


『我だって存在している! 指輪として顕現しているが、いくらでも枷を外してもらえれば人型にだってなれるさ! けどいまは指輪としてしかいられない! これに満足していると思うのか!?』


 がんがんと響いてくる怒りと嫉妬。それに願う力の強さ。混じって感じる、私への思い。けれどそれは霞んで見えるだけのもの。本気かどうか判断することはできない。

 ただ彼は私に声を掛け、内に宿ることを選んだ存在でもある。なら?


「わるかった。もう二度と言わないから――……仲直りの印に」


 そっと唇を重ねる。


「これでいい?」

『……いまは満足することにした』

「それでいい」


 にっこり笑って、それから尋ねる。


「どうすればいい?」


 その瞬間、ユニットバスに繋がる扉がぼんやりと発光した。


『扉を開けろ。誰もいないどこかの部屋に繋がっている』


 面白い趣向だね。いいじゃないか。わけのわからない場所へ移動。悪くない。


「んじゃあ着替えるから、ちょっと待ってて」

『って、おい! すぐに行かないのか!?』

「パジャマで渋谷歩くわけないでしょ。さあさあ、乙女の着替えだ。目を閉じてろ」


 ちょ、おま、やめろ、とうるさい指輪を引っこ抜いて箪笥の上に。ハンカチをかぶせて隠してパジャマのボタンに手を掛けたときだった。


「ん、んん……なあに? これ、つめたい……」


 げ。聖歌が起き上がって、こっちを見てきた。どうしよう。どうごまかそう。ひとりで遊び歩く気満々なのに。隠れる? どうする?

 てんぱる私をよそに、美華が抱きつく私の分身を片手で押しのけ、すっと起き上がって言うのだ。


「薄情者は私たちを置いて外出するんですって」

「……そういうの、よくない」


 眠そうな声で返事をするなり「ふわあああ……あふ」と欠伸をする聖歌がベッドから下りた。着替えてくるから待っててと、よたよた歩いて出ていってしまう。

 対して美華は危うげのない足取りで廊下に向かっていく。思わず背中に突っ込んだ。


「まさか、起きてました?」

「私もあなたと同じことを考えてたから」

「……ちっ」


 見抜けなかった。吸血鬼め。


「どうやって先輩たちや先生がたに見つからないように外出するか考えてたんだけど、理華のおかげでどうにかなりそう。助かる。だから」


 暗い部屋でもはっきりと視認できるほど赤く輝く瞳に変えて、美華が私に言うのだ。


「ひとりで行かないでね?」

「……わかったから。早く着替えてきてください」

「よかった」


 悔しいけど、満足した吸血鬼の笑顔はなるほどアイドルだと認めちゃうくらい、輝いて見えた。ああやだやだ! 結局顔ですか! 絵になるって強いですね! 自分個人の輝き方が持てる人は羨ましいし恨めしい。

 自分の輝き方がわかるんならファッション雑誌を読まないし、メイクの流行を合わせたり、いけてる芸能人やタレントを追いかけたりしない。自分らしさで受け入れてもらえるんなら、これほど楽なことはない。

 実際はみんな、みんながいいと思えるものに迎合することで自分と世間の距離感を必死に保ってる。そんな側面がある。逆に言えば自分だけで輝いている人は羨ましいし恨めしい。みんなにあれこれ言われても貫ける人は特に。あの子は私たちとは違う、というやっかみやひがみを浴びても気にせずいられる強さが憎い。そこに尽きる。

 まあ、そんなこと考えてたのは小学生の頃まででしたけど。しんどいんでね。みんなと一緒、みんなが思う正解に寄せなきゃいけないのは正直きつい。高いヒールもなにもかもが、呪いに思えてしょうがない。

 楽しいからメイクする詩保はよっぽど素直に可愛いと思う。

 それでいいじゃんね。私かわいい! って思える努力のためにあって「それいいね」って言われて幸せ。それだけでいいじゃんね?

 横道に逸れたけど、電気をつけてばっちり着替えてなんならメイクも軽くしたところで聖歌が来た。それから十五分経って、やっと美華が来た。誰よりもばっちり決めて、涼しい顔で言うのだ。


「なるべく手早く済ませてきたの。なにか文句ある?」


 結局、自意識のぶつけあいという側面もあるかもしれないけど。

 そんな次元で人を見てもしんどいだけじゃね? だったらさ。


「ううん。美華、いつも綺麗だね」


 素直に褒めちゃう聖歌みたいな生き方でいいじゃんね?

 表裏なしだとはっきりわかる賛辞ほど心地いいものはない。


「どうも」


 すまし顔だけど、照れてるよ。元々すっごく肌が白いから、赤面すると露骨にわかるんだよ。

 あーかわいい。そうそう、それでいい。めんどくさいマウントの取り合いなんてうんざりだ。


「ほんと、かーわい」

「……どうも」


 私の賛辞にはむすっとすんの。


「ほんとだってば。国民的アイドル復帰ですもんね? いやあ、短いメイク時間でばっちり決めてきましたね?」

「べつに……これでもまだ手抜きしてるし」

「じゃあ明日はばっちりメイク見れます?」

「えええ……学校でばっちりメイクはたいへんなんだけど」

「知ってますとも」

「理華がするならがんばるけど」

「やー、さすがにそれは。十代ですし、そこまで決めなくてもいいのでは?」


 素で十分綺麗な子はこれだから、と美華がぼやく。


「んー? いまなんて言いました? なんだか嬉しい言葉だった気がするんですけど?」

「うるさい! それより、ほら。さっさと外出するの!」


 私の背中に手を当ててぐいぐいと扉に押してくる。

 あわてて指輪を左手の薬指に嵌めた。


「わかった、わかりましたから! それじゃあいきますよー?」


 ドアノブを掴んで扉を開ける。

 光に包まれた部屋の先へと抜けて――……最初に感じたのは、濃密な血の香り。


「ちょっと、止まってない、で……」

「……うそ」


 周囲を見渡す。

 ビルの一室、並ぶデスク、一台だけ電源のついたPC。照明も一箇所しかついていない。

 カーテンのないガラスの向こう側に渋谷駅と街並みが見える。

 けど問題はそこじゃない。

 窓と窓の間の壁に、人がいる。胸から下腹部まで縦に切り裂かれた男の死体。お腹から腸がこぼれていて、ぽた、ぽた、と出血していた。

 手は左右に広げられ、手のひらを杭で壁に打ち付けられている。項垂れている頭を確認する気は正直起きない。それに、それどころでもなかった。

 びーっと電子音がして、ばん! と背後で扉が開いた。

 刀を携えた警察官が大勢乗り込んできたのだ。一瞬で刀を向けて取り囲まれる。


「動くな!」「動くんじゃない!」「両手を頭の後ろにつけて!」


 この状況がなにかって? 考えるまでもない。

 ろくでもない現場に来てしまった。

 そしてどうやら、私たちは――……疑われてしまったようだった。

 いやあ、戻ってきたね。現代に。これはどうやら、最悪の夜になりそうだ!




 つづく!

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