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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第五十三章 帰ってきました、現代に!

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第五百九十六話

 



 タカユキくんの渾身の一撃を黒と金を合わせた刀で受け止めたけれど、互いの力が強すぎるのかな。私の制服とタカユキくんの鎧が端から消えていく。それがタカユキくんを中心とした世界の理なのかもしれない。


「さすがに女子高生を下着姿にはできねえな」


 兜がはじけ飛んだ彼が笑って飛び退いた。助かる。ブラウスのボタンがいくつか外れて、スカートの裾もボロボロになってた。危なかったよ……。


「でもまあ、その顔みりゃあ十分だな?」

「おかげさまで」


 刀を振って霊子を払う。黒も金も七色に散って消えていく。

 身体の中に届く理華ちゃんたちの心をお借りしたの。だけどそれを具体的な力に変えるまでには、まだまだ時間がかかりそう。構わない。

 欠片でも力に手が届いたら、あとはもっと強く掴めるようにする。それだけ。

 いつものことだ。むしろ吹っ切れたことのほうがおっきい。

 タカユキくんから感じるんだ。俺の周囲で殺しは許さないっていう強固な意志を。どうせなら脱げて笑えてしょうもないのがいいってさ。

 お父さんがめちゃめちゃはまってお母さんは正直あんまりだったけど、でもたしかにそういうアニメシリーズはあった。異世界に召喚されたパルクールが上手なアスレチック大好き少年が、戦争を――……お父さん曰く、昭和のテレビがめちゃめちゃ予算があった時代のバラエティのようなゲームでやっている愉快な世界で大暴れするストーリー。あれ、ダメージを受けると男はぬいぐるみみたいになって、女の子は脱げちゃうんだよね。

 冷静に考えると、いくら大金をもらえるんだとしてもあのゲームに参加するのは怖い。なにせテレビ中継されちゃうんだもん。脱げたら下着姿を晒すことに。無理!

 ああ、でもじゃあ、あのアニメの女の子たちは水着とか、見られてもいい用の下着を着ているのかも。そりゃあそうか。普段着ている下着で参加はできないよね。絶対無理だ。

 そう割りきったらありなのかな?


『下着姿であろうと妾の艶姿、見せるのもやぶさかではないぞ?』


 あーそうでしょうね。去年の私はまさにタマちゃんに乗っ取られて下着姿で闊歩しましたよ。


『そなたの下着姿も、どこにだしても恥ずかしくないぞ?』


 たとえ発行部数がすくなかろうと雑誌に水着姿を載せた時点でもう振り切れてるけどさ。

 さすがに下着はちょっと。カナタが拗ねるくらいじゃ済まないくらい怒りそうだもん。

 トウヤからも怒られそう。姉ちゃん、俺が困るから変な仕事すんなよって。言われるなあ、間違いなく言われる。あと、うちのお母さんは怒りそうだし、お父さんは泣きそうだし、サクラさんから笑顔で威圧されそう。お姉ちゃんは――……想像できないなあ。

 とりあえず下着はなしで。キラリみたいな完璧なスタイルならまだしも。私のはなし。

 しみじみ頷いていたら、足音がどんどん近づいてきた。

 ギンだ。立浪くんもいて、トモにマドカもくっついていて、狛火野くんすらやる気満々。ほかにも大勢、その気の顔をしてタカユキくんを見ていた。


「愉快な連中が出てきたな。いいぜ、かかってこい」


 鎧と大剣を消して、再びグローブを拳につけると身構える。

 そそくさと離れるの。私はもう満足なので!

 カナタのフォローでもしようかなって思ったらさ?


「っていうわけでさ! ペロリのおしっこ浴びたんだよ? あり得なくない!?」

「あはははは! たしかにそれはないな!」

「でもね、おかげでタカユキのあそこはやばいことになったの」

「もういい、理解した。きみの世界は俺が生きていけそうにないくらいやばいところだって」

「意外と乗り切れるかもよ?」

「それは誘ってるのか?」

「かもね?」


 待って。ウサミミの女の子といちゃいちゃしてるのですが、それは。


『落ち着け、春灯』

『そうじゃぞう? 女の嫉妬は見苦しい。男の嫉妬は~?』

『答えない』

『ふん。とにかく古今東西、嫉妬は生々しく見苦しい。やめておけ、ブスになるぞ』


 そう言われましても!

 私よりくっついてる!


「あ、そろそろ離れたほうがいいかな」

「え? ――……ああ、たしかに」


 私に気づいたクルルちゃんが申し訳なさそうにそっと身を引いた。といっても別に肩がくっつくような距離感とかじゃないので、気にしすぎかもしれないけど。

 カナタが心を許している顔をしているのが、なによりも許せないのですが! それ、私の前でする顔! コナちゃん先輩にもそんな顔しないのに! ずるい! どうして!


「さっきのお誘い、考えてみて?」

「前向きに。楽しかったよ、クルル」

「こちらこそ。ルナっ、ご挨拶は?」

「またねーっ」


 レオくんにくっついていたルナちゃんがぶんぶんと手を振ってカナタにご挨拶。

 ――……なぜに? なぁんか……妙に仲良くなってない?

 家族ぐるみで仲良くなる必要なくない?


『お主はあそこの下着男に、カナタはそこの兎娘に近づいて。あの下着男の世界に行ったら、それぞれに浮気相手の成立。まあ、お主がよく見る恋愛ドラマにありがちな展開じゃな』


 ぜったい許さないんだから!


「あはは……なあ春灯、聞いてくれ。笑える話なんだけど」

「カナタが心を許せる女の子が増えて本当によかったよね?」

「――……ええと」


 近づいてきたカナタの顔が強ばる。


「なに!?」


 思わず大声で問いかけてくる仕草がまるで私とカナタがふたりで見るコメディドラマの主人公みたいで、それもちょっとかちんとくる。

 けど深呼吸。クルルちゃんはタカユキくんにとって特別な存在なのは、彼らの仲間と一緒にいるときのタカユキくんの態度を見れば一目瞭然。

 クルルちゃんこそタカユキくんにとって誰よりも精神的な距離感が近い女の子だ。なにせタカユキくん、クルルちゃんを相手にすると誰よりもリラックスした顔をするんだよ? いわばクルルちゃんは彼女たちのパーティーにおける正妻ポジだし、女子の群れの長に違いない。

 露骨なんだもんなあ。それでも愛せるタカユキくんたちのお嫁さんたちはすごい。私はカナタひとりでこれほど気持ちが揺さぶられるのに。そこに誰か別の女子が絡んでくるだなんてもう耐えられない!

 まあ、そう考えるとさ。駆け寄ってきたルナちゃんを抱いて、その気はないって意思表示するようにタカユキくんを恋い焦がれる顔で見つめているクルルちゃんに、変な気はない。わかってる。

 第一、子供がいれば将来安泰もうだいじょうぶ、私は満足ってタイプには見えない。だとしたら彼が私に声を掛けてきたときにガチでいらいらした顔をみせたりはしない。

 そもそもタカユキくんのお嫁さんはたくさんいて、ハーレムだらけの中で今のポジションを維持するとなると大変だろうと思う。

 カナタによそ見している暇はないよね。


『逆に次を探していたら、カナタほどちょうどいい男もいないと思うがのう』


 タマちゃん!


『まあ、大勢を相手にしてでも掴んだ男のタマ袋は離すまい』


 タマちゃん!?

 まったくもう。そういう言い方するのは品がないと思います!


『おっと! 妾も幸せボケしたかのう?』

『……ごほん』


 ……なんで十兵衞が咳払いするの?


『なんでもない。それよりもカナタがこちらを見ているぞ?』


 おっと、そうだった!


「クルルちゃんと仲良くしてたから、拗ねてるだけ! それで、笑える話ってなに?」

「待って。嫉妬してたのか?」


 嬉しそうに聞くことなの!? すごい笑顔なんだけど!


「そうだから。さっさと話してよ」

「そ、そうだな」


 ご機嫌な顔して、私がタカユキくんと戦う前に見せた不機嫌はどこへいったのやら。

 にこにこしちゃって! まあ……さっきクルルちゃんの隣にいたときよりも幸せそうなので、ひとまず満足ってことにしておこう。それでも今後は要注意。


「タカユキのことなんだけど、あいつはさ――……」


 にこにことパンツの勇者の話を幸せそうに話すカナタには――……もしかしたら、もっと注意が必要かも?


 ◆


 カナタが聞かせてくれるタカユキくんの冒険譚は止まりそうにない。なんなら夜通し話してきそうだし、とうぶんの間はタカユキくんの話題だらけになりそうな勢いだ。

 うちのお父さんやトウヤとおんなじ! きらきらした子供みたいな目をして。憧れていそうであります。

 明らかに自分がやらないであろう行為を繰り返して、たくさんの女の子と付き合って国王になって、子供も五人! きっとこの先どんどん増えるに違いないよ。

 それらはすべて、タカユキくんはカナタにとって絶対的に価値観の外にいる存在ってことだ。だからって、そっくり憧れられちゃ困るけど。私のパンツを手にして武器を出すようになったらどうしよう! 困る!


「それでだな? クロリアという魔王に挑んだとき、タカユキは――……おっと、これは大勢がいる場所で言うのはまずいか。さっきクルルは言っていたけどな!」


 嬉しそうなカナタのほっぺたにすかさず手のひらを当てて訴える。


「うん、そうだね? じゃあベッドに入るまで我慢できる?」


 カナタが何気に好きな上目遣いと角度、それに声を駆使して甘えてみるの。


「――……あ、ああ。そ、そうだな」


 ちょろい! っていうか、ここのところ江戸行きでみんなして欲求不満なので仕方ないとも言う。私もカナタの好きな仕草とかで迫られたらいまはかなり興奮しそうであります。


「じゃ、じゃあ、えっと……どうするかな」


 てんぱるカナタの耳元を指先でくすぐってから言うの。


「今夜に備えて準備してて? タカユキくんたちを送ったら、お風呂に入って……ね?」

「あ、ああ! わかった! じゃ、じゃあ、面白い話がほかにもないか聞いてくる!」


 急いでクルルちゃんたちのもとへと走りだすカナタを見送る私に、タマちゃんがそっと伝えてくるの。


『おのこはほんに、可愛いのう』


 ……ね。

 笑顔でカナタを見送って――……それで気づいた。

 狼娘のルカルーさんが抱いている三つ子に、キラリやノンちゃん、ルミナたちが集まってきゃあきゃあとはしゃいでいる。ニナ先生もなにげに混じっているし、獣耳を立てると聞こえてくる。実際にタカユキくんたちの大家族が妊娠、出産、育児についてなにをどう経験しているかについての話題。

 お姉さんに囲まれた三つ子は愛想を振りまいているけど、いつ泣いても不思議はなく、現にタカユキくんの仲間の女の子たちはわりとぴりぴりしている。けれど女子たちの気持ちもわかるのか、堪えているの。

 子供ってたいへん。それを最初にわかって女子たちにやんわりと注意を促すニナ先生。自分だけが話を聞くんじゃもったいないとばかりに、はっとした顔をしたんだけど。


「お子さんがいるのに騒ぐんじゃありません。お静かになさい」


 怖い顔をした風紀の先生が近づいていって、ニナ先生が背筋をぴんっと伸ばす。ぎょっとした顔を必死に取り繕っているけれど、ニナ先生がふり返るよりも先に学院長先生の次にお年を召した先生は女子たちを厳しい視線で見渡してから、歪み皺を緩めてにっこりしながら跪いて、ルカルーさんに頭を垂らして尋ねるの。


「騒がせてしまい、たいへん申し訳ありません。さぞ高貴な血筋とお見かけいたします――……ご挨拶しても?」

「ああ。もっとも、血筋は高貴でもルカルーはもはや国を出た身だが……名を」


 優しく微笑むルカルーさんに先生は頭を垂らしたままでご挨拶するんだ。


「教師をしております、宇治キクノと申します」

「ルナティカ・ルーミリア・ピジョウだ……顔をあげてくれ。ここはルカルーの世界じゃない。礼に感謝を。しかしこれでは話しにくい」

「かしこまりました……よろしければ、お子様に興味を抱く少女たちに、子供について語っていただけませんか?」

「ああ、その、つまり宇治先生は」

「ニナ先生、あなたは黙っていて?」

「……はい」


 う、うわあ。宇治先生はニナ先生を一目で黙らせちゃうんだから! 怖いったらないよね!

 みんなも思わず黙り込んじゃった。その空気で宇治先生がどんな流れを期待して、ニナ先生がどうして止めようとしたのか察しちゃう。


「青澄さん! ちょうどいいわ、あなたもきなさい!」

「は、はひ!」


 名指しで呼ばれちゃうと逃げられない。

 すごすごと近づいていくと、宇治先生は戦いを終えたトモやマドカたち女子を呼ぶの。ほかにも男子と同棲している女子や、恋人がいると露骨にわかる女子も。なにが驚きって、私たち生徒同士ですら把握してない女子さえピンポイントに呼ぶのが怖い。宇治先生、なにげに把握しているのでは!

 意図的に、女子だらけ。そしてニナ先生のしょんぼり顔。ハッピーな展開にはなりそうにない。


「それじゃあどうか、妊娠における体調の変化と出産における痛み、そして育児の際の心身の負荷についてえお聞かせ願えますか?」


 宇治先生の言葉にみんなでげんなり。


「なるほど。つまり、教育か」

「ええ。恋心を尊く捉える向きもありますが、夢見るだけでは未来を乗りこえられません。いっときの心地よさを選んで、期待できない相手との間に過ちが起きることもあるでしょう。なので――……」

「すまない、口を挟んでも?」

「え、ええ」


 今度は宇治先生がたじたじに。さっきルカルーさんを持ち上げた手前、態度を変えるわけにもいかないのだろうし、実際ルカルーさんはカナタが話してくれた冒険譚からするとお姫さまなのだという。ルナティカ王国だったっけ。出会った頃は亡国の姫だったという。

 身体能力の高さは折り紙つきだというけれど、タカユキくんに合わせて跳躍して助けたこともあるというから想像に難くない。けどカナタが特に意識して話していたのは、彼女の誇りの高さだった。


「中途半端な覚悟じゃ乗り切れない。宇治先生が危惧しているとおりだとルカルーも思う。お金もかかるし、子供ができたら……それこそ簡単に別れることはできなくなる」


 宇治先生が必死に入ろうとするけれど、ルカルーさんは眼光ひとつで黙らせた。どれほど凄いのか、敢えて説明することはない。だって私やキラリやマドカはもちろん、ニナ先生でさえ尻尾がびびった反応を示すんだから。


「逆に言えば覚悟次第だ。悲しいかな、雄は――……男は覚悟が緩いことが多い。ルカルーの世界ではな。つがいになった雌を不幸にする雄はろくでもない奴だ」


 そうだそうだ、と頷く子もいるし。


「けど、それは雌にも言える。お互いが乗りこえられる壁に、妊娠、出産、育児が入るのかどうか。そのときになってみないとわからないという話もある」


 苦い顔をする子もいる。


「雌のほうが生命に直結してる。対して雄はいくらでも逃げられる。それは一面においては真実だと思う」


 うんうんと頷くタカユキくんの仲間たち。


「けど、ルカルーは支え合うことを学んだ。群れがいれば力になる。絆を深めることができるかどうかが大事だし、お互いに真摯になれないなら無理をするべきじゃない」


 ルカルーが宇治先生に、今度は優しい視線を送る。


「教えるべきは、どのようなタイミングであろうと相手と先に進めたいと感じたときに、どのように失敗を乗りこえて絆を深めればいいのかではないのか?」

「――……そうですね」


 ルカルーさんの言葉ににやにやしているニナ先生を肘で突いてから、宇治先生は深いため息を吐いたの。


「ぜひ、いまの調子でご経験をお伺いしても?」

「もちろんだ。聞きたいことは?」


 ルカルーさんの言葉にノンちゃんが即座に手を挙げる。みんなが次々と質問していくけれど、ルカルーさんは優しく、あたたかく響く言葉を選んでかけてくれるの。

 下手な恋愛相談とかよりよっぽどタメになる時間に夢中になって、気がついたら三つ子はすっかり寝ていてさ。天使のような寝顔にみんなで「赤ちゃん最高かよ……」と尊さに浸っていると、


「いいねえ!」

「たまらないな!」

「はっはあ! よっしゃあ、もっとこい!」


 男子たちがきゃっきゃとはしゃいでタカユキくんと戦っている声がしたの。

 みんなで見て、それから三つ子を見てため息を吐いた。

 宇治先生でもニナ先生でもなく、マドカが呟いたよ。


「こういう瞬間に男子を巻き込めない時点でだめなのかも」


 それな……。


「いまからでも遅くない。あたしはリョータを呼んでくる」

「いいね、あたしもいく」


 キラリとトモは迷わないなあ。

 私もクルルさんと話しているカナタを引っ張り込んじゃお!


 ◆


 タカユキくんと男子の戦いも一区切りついて、特別体育館に星蘭の生徒が泊まれるよう準備をし終えた頃になって――……当然のようにその瞬間が訪れたの。


「さて、そんじゃあ……そろそろ帰らねえとな。ちょっとした休日としてはいいが、これ以上は仕事の成果を出さなきゃいけなくなる」


 仲間にパンツを返して、涼しい顔をするタカユキくんってなかなかいい根性してると思う。


「とはいえ俺のいた世界ってわけでもないしな? 困ったことがあればいつでもくるけど、国交を築くっていうならしかるべき手順を踏まなきゃならない。俺を相手にしてくれるとも思えないし」


 肩を竦めるタカユキくんにマドカと理華ちゃんが揃って口を開こうとして、それぞれ隣にいるキラリや美華ちゃんに脇腹を肘でつつかれて止められている。

 つまり、平常運転だ。


「そのときが来たら、もっとちゃんと正装してくるよ。さて!」


 拳で手のひらを打つと、彼はパン一で、同じくパン一になった男の子たちと熱い視線をかわしあうの。


「お前ら、最高だ!」

「「「 お前もな! 」」」


 どうしてかなあ。別に性別で分かれる差じゃないと思うんだけど。このノリの差はなんだろう……。


「また来るぜ! あばよ!」


 吠えるなり、空から光が降り注いでくるの。

 タカユキくんたちを包み込んで――……そして消してしまう。

 もう彼らがいた名残はない。吹いてくる風で匂いも溶けていく。

 あっけないくらい一瞬で元の世界へ戻ってしまったけれど、心にちゃんとたくさんのものを残してくれた。

 まあ――……パン一で満たされた顔をしている男子たちが適切かどうかはこの際さておくとして。

 やっと現実世界へ戻ってきた。

 満たされた気持ちで、先生たちに促されるままに寮へ。

 自然と仲いい人同士でくっつきはじめる。パン一の彼氏相手に空気を出せるかどうかって? 何日もお預け食らわされたら、上半身裸くらい我慢できるよ! まあカナタはかっこつけなのでラビ先輩に誘われて参戦したけど、ワイシャツが破れた時点で諦めてるから、私にはむしろ御褒美でしかない。

 腕に抱きついてでれでれする私に、珍しくでれでれした顔をするカナタ。よしよし、今夜は楽しみでならないよ!

 そう意気込んでいるのは私とカナタだけじゃないはずだった。

 ルカルーさんのお話は素敵だったし、宇治先生の介入もほどほどで終わった。

 人生最高の久々あまあまがお待ちだよ!


「そこで止まりなさい、あなたたち」


 学生寮の前に宇治先生がウンザリ顔のニナ先生たちと一緒に立っていなければ……たどり着けたと思うんだ……。


「同衾しているふたり組はこちらの避妊具を支給します。それから子供をひとり育成するためには大学に行くと見なした場合、最低でも出産から社会に出るまでに三千万はかかります。最低でも出産に際して一年で三百万円くらいは稼げないとね?」


 現実という鋭くて太い棍棒で無双してから、宇治先生は仏のような笑顔で仰るの。


「さあ、楽しんで」


 先生がたが玄関で待機して、なんともいえない顔をしてゴムを配ってる。海外でたまにそういうことしている学校があるみたいだけど、日本で、しかもうちの学校で目撃する日がくるとは思わなかった。

 あとあと問題になるよねえ、これ……。

 そう思いながらも、私は宇治先生から「あなたたちは特にたくさん必要そうね」と言われてしまいました。カナタが渋い顔で「サイズ大きいのないですか?」って聞いたのが、もしかしたら今日のハイライトかもしれません。


 ◆


 うちのお母さんは電話口で事情を聞いて真っ先に言うの。


『ゴム代、儲けたじゃない』

「いや、あの……これって、そのう……問題になるんじゃないかなあ?」

『なに言ってるの。問題にするような親は同室にOK出さないし、同室をOKしている親はだいたい心配しているか気にしているだろうから……むしろゴムもらえてラッキーってなもんでしょ』

「えええ」

『実は親同士で会ってお茶会とかしてるんだけどね。だいたい気にしてることは一緒。だから強いて言えば、学校が配ってくれたゴムを無駄にしないでくれっていうのが本音じゃないかな』

「――……なんてこった」


 めまいしかしねえや。


『それでも、みんながOKってわけじゃないから揉めるでしょうけどね。それでも……親がOKしない限りは同棲状態にならないわけだし。逢い引きしているカップルは多そうで、それは正直不安というか、不満材料ね』


 お母さん、あのう。


「待って。じゃあ……つまり?」

『ヤるなら避妊。避妊できなきゃヤるな。以上。それで? 江戸時代はどうだった?』

「えええ……」


 待ってよ……。


「雑なのでは?」

『あなたは稼いでるし、カナタくんも稼いでいる。高校生で妊娠なんてことになったら、芸能人になった時点で即炎上、引退騒動になるのが目に見えている。けれど、最悪のケースになってもふたりとも侍として食べていける見込みは立っていそうだし? なら……あとはふたりが離れないかどうかが気になるところかな』


 ま、まって! いきなりマドカばりにいろいろ言われましても!


『とにかく、信じてるから。いまが子供どうこうってタイミングじゃないことくらいわかっているでしょ?』

「そりゃあ……まあね? カナタとも大人になってからだよねって話してるし」

『なによりね。それに避妊し忘れたこともないんでしょ?』

「そりゃあね? だってお母さんからきつく言われてるし、私も……今じゃないよなあって思うので」

『なら何か問題ある?』

「えっとう……ない、かなあ?」

『タダでゴムもらって、江戸時代にまで行けた。むしろ後半でめちゃめちゃ盛り上がるところでしょ? どうだったの!?』

『待ってくれ、母さん! 父さんにもぜひ話を聞かせてくれ!』


 思わずスマホを耳から離す。めちゃめちゃ盛り上がっているよ、電話の向こう側!


「あのう。週末に帰ってからでもいい?」

『暇を見つけて流れをメールで送りなさいね?』

「はあい……」

『あと冬音にゲーム買ってない?』

「えっ」


 どきっとしたよね。なにせほら。江戸時代に行く前にまさにポチっちゃったわけで。


「だ、だめ?」

『……外に出なくなる』

「ああ……そ、そっちはなんとかするよ」


 ミナトくんとかカゲくんにお願いして、一緒に遊んでもらえるように手配しなきゃ。


『じゃあいいわ。おやすみなさい……いい夜を』

「はあい! おやすみ」

『避妊』

「わかってます!」


 思わず怒鳴るように言い返して通話を終わらせちゃった。

 宇治先生といい、お母さんといい。心配なのはわかるし、私たち自身のことだから真剣に考えるべきことだけど。

 盛り上がりたい夜の前に聞くべきムードをあげる話としては、ベストとは思えない。ムードをあげないなら、大いにありだけどね。

 ふうってため息を吐いたら、カナタが居心地の悪そうな咳払いをしたの。ちらっと見たら、タオルと着替えを抱えて落ちつかない顔をしていたよ。


「じゃ、じゃあ……大浴場へいってくるよ」

「待って」


 戻ってきてからっていう流れは――……正直くるしそう。

 しょうがない! 一肌脱ぎますか!


「それよりもさあ……ねえ? カップル風呂を満喫しきれなかったからさ? ……たまには、ね? ユニットバスがあるんだし?」


 カナタの腕に抱きついて、くいくいって引っぱる。


「え、ええ……でも、ええ?」


 嬉しそうな顔してさ!


「だめ?」

「……今日はリードするつもりだったのに」

「それは……じゃあ、攻守交代はいつでもできるってことにしてみない?」

「ああ……悪くないな。待って!」


 着替えとタオルをぽいって床に放って、カナタが私を抱き締めてユニットバスへ。

 扉を閉めて、すぐに笑うの。


「音が聞こえないようにしないと」

「今日は騒ぐ日?」

「ああ、絶対に」


 ふたりでキスをしながら、カナタが霊子の糸を伸ばす。

 さあて、今夜はオールナイトだぜ!




 つづく!

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