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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第五十二章 青く澄んだ春の灯りのように

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第五百九十二話

 



 がんばれーと華やかな声をあげるうちの女性陣の騒ぎに足を止めた。

 パンツで世界を救った勇者の嫁と仲間たちはいまやすっかりテレビが大好き。

 クラリスもクロリアさえも一緒になってテレビを前に盛り上がっているし、その輪の中には俺の子供のレオやルナもいて、女神さえ混じっている。

 なんだなんだ? 昼飯じゃないのか?


「なにやってんの?」


 パパ、とふたりの子供が足に抱きついてくるだけじゃない。

 ルカルーが抱いている三つ子までもがぎゃあぎゃあと全力で泣き始めた。みんながいっせいにあやしにかかりながら、しかし目はテレビに釘付け。それが不満な三つ子はさらにぎゃん泣き。

 でかい屋敷でよかったよ。じゃないとご近所さんに睨まれていたに違いない。

 いや、俺、国王なんだけど。パンツで世界を救った勇者なんだけど。我ながら意味不明でもある。どうせ意味不明ならパンツで子供が泣き止まないものかと思ったりもして。やっぱり意味不明なのである。


「タカユキ、はい」「お願いします」「頼んだ」


 結局嫁三人からかわるがわるちび三人を渡されて、抱きかかえたところで――……みんなそろってテレビに視線を戻す。いやいや。子供が三人ないてるから! なんならレオとルナが「パパだいじょうぶ?」って心配してくれてるくらいだから!


「いったい何みてんだよ」


 三つ子の拳や蹴りを浴びながらもあやしつつ、視線をテレビに向けた。

 そしてすごく久々に目にした。日本建築。それにしたってレトロな建物群と城。そこに大勢集まる俺とたいして年の変わらない男女たち。腰に刀を差しているのはなにかの冗談か?

 いや、そうでもねえな。真っ黒い身体をした化け物たちを前に、笑いながら、水の糸を伸ばして、しかも歌って踊っている。

 どういう見世物なんだ……?


「なあ」

「「「 ちょっと黙ってて! 」」」


 クルルやペロリに怒られるならまだしも、クラリスまで。


「す、すみません……あのう」


 後ろから恐る恐る呼びかけられて、あわててふり返った。

 欠片も気配を感じなかったぞ。

 冷や汗を流しながら見ると、金色の髪をしたそりゃもうえらい可愛い子がいた。

 どことなくクルルに雰囲気が似ている。獣耳と尻尾も生えているとなれば、地上から来た子か? これほど可愛い子なら俺らの世界の酒場で噂が流れてきてもよさそうなものだが。

 ――……いやしかし、まじでかわいい。


「タカユキさん? 下心が透けて見えますよ-?」

「はははは……なにいってんの。嫁がそばに大勢いる状態でまさかそんな、ねえ?」

「そばに大勢いなければ下心を向けていた、と。わたくし、悲しいです……」「ペロリもあーあって感じ……お兄ちゃん、懺悔しておく?」


 大勢の殺意を背中に浴びたので直ちに咳払い。どっちみち口説くだのアプローチかけるだのって状況じゃない。ふたりの娘をルナとレオが抱え、もうひとりの娘を抱き締めているんだから。


「冗談だって」

「「「 また増やす気か 」」」

「ないから! それで、どこの誰さん?」

「そのう……厳密に言えば、ここではないどこか――……だけどここと等しく同じ場所から来た者です」

「んん?」


 とりあえず女神の肩に手を置いて、何度か叩く。


「いいところだからさ。あとにして」

「いやいや。ヒロインかよって叫びたくなるような可愛い子にいきなりとんち仕掛けられて困ってるから。お前ここに来たんなら仕事して。なにこれ。どういうことなの」

「だからー。タカユキとコハナの前の世界的に言えば、ここみたいにもうひとつの地球だって」

「――……なんですと?」


 お前さあ! いっつもいっつもさあ! 最初に聞いておかないと戸惑うような大事なことをなんで言わないの!


「女神ちょーやべえから。タカユキたちとか比じゃないくらいちょーやべーから? すこしちがう世界とか、重なる世界とかいくらでも理解できるしとべっから。みんなのピンチっつうから、繋げたわけよ」


 いや、そんな。毎度のことながら、突然そんな風にさらっと言われましても。


「で、彼女はなに。俺らにどうしろと」

「勇者でしょ? そこの狐娘が困ってるからさ。救ってくればいいんじゃね?」

「ああもう久々に会ったら相変わらず雑だな!」


 あはは、と苦笑いを浮かべる金髪のクルル似の美少女ちゃんに視線を戻す。


「要するに助けてもらいに来たと」

「さきほど、兎のクルルさんにお助けいただいたばかりで恐縮なのですが」

「はあ……まあ、力なら全然貸すんですけどね」


 だあああ! と吠えたシラユキのパンチが俺のアゴを捉えた。

 がくん、と膝から崩れ落ちながら「いいパンチもってんじゃねえか」と崩れ落ちる俺を呆れた目で見て、クルルがぼやく。


「うちらの旦那がどれほど力になるかわからないけどね。私たちもいくからさ。そこは安心してよ」

「それよりも……悪くない流れかとお見かけいたしますが」


 クラリスの言葉にみんなでテレビを見た。

 うぶっぽい子たちが踊って歌って。クルルとクラリスが特に大好きなミュージカルだ。

 魔界育ちの元魔王たるクロリアの世界でよく放送しているんだよな。去年から昔のミュージカルブームの再燃といわんばかりにゆるやかに映画がヒットし始めたときくが、こいつもその流れか。

 学生服に身を包んで躍る彼らの歌声が響くたびに蜘蛛の糸のように広がって黒い連中に浴びせられる水の勢いが増していく。

 黒い連中は何度も武器や己の拳を握りしめて挑もうとするが、苦悶の声をあげるばかり。次々と黒い肌にヒビが入って、内側に隠されていたものが露わになる。

 人体だ。傷だらけの身体。水があたるたびに傷が癒えていく。だからクラリスの指摘通り、悪くない流れだ。

 しかし――……カメラが引いて映される、そばにいる金色の子とそっくりの――……いやそれよりは脳天気そうというか、どことなく丸い気のする子が、苦労が皺になっている同じような顔をした子を抱き締めていた。

 彼女の影から黒いモヤが吹きだして、水に洗い流された黒い殻をせっせと大勢にかぶせていく。笑って壁を築く連中さえ怯まずにはいられないくらいの速度で。

 どことなく俺に似て見える男が水の糸に手を当てて、必死に叫ぶ。だが、黒いモヤの勢いのほうがつよく、水さえ漆黒に染めて逆流を始めた。ミュージカルの勢いが負けつつある。


「タカユキ」

「はいよ」


 クルルがいやだって顔をしたとあっちゃあ、放っておけない。

 そんじゃまあ、いっちょ勇者のお仕事をしにいきますかね。


「ところでどうやっていくんだ?」

「女神がなんのために門を作ったと思ってるの?」


 あれ? ……作ったの、そもそもお前だったっけ?


「まあいいや。やることは変わらねえしな」


 俺はどや顔で胸を張るのだ。


「さあて、久々に大暴れといくか」


 たまには息子と娘にいいところを見せとかないとな!


 ◆


 カナタが必死に抗い、お姉ちゃんが飛びついて黒く染まっていく神水を必死に押しとどめる。

 コナちゃん先輩も、刀鍛冶の先輩たちみんなも。ライオン先生たちだって。

 なのに、溢れて止まらない。私の中、彼女の中――……あらゆる世界の私の中の、あるいは世界に漂う黒が集まってきているかのような錯覚。

 抱き締めている彼女が悲鳴をあげる。


「だめ……世界をつなげて、元気を集めたら、同じように――……漆黒さえ! だから、私は、必死に堪えて、導いてきたの!」


 けれど彼女は私やみんなを批難しない。繋がっている心に感じるのは、ここまでやって仲間と自分が救われる可能性が限りなくゼロに等しいと思っている不安と恐怖だけ。

 自分のしでかしてきた、広めた漆黒が私の世界を壊しに集まってくる。

 そんなのいやだ。けれど私はもう彼女を守るのに必死で、歌うどころじゃない。ノンちゃんたちさえ、カナタたちに手を貸すのに必死で忙しい。

 ユウジンくんが鳴いた。高らかに。

 五つの獣がコナちゃん先輩とカナタが必死に守る糸を囲う。侵食がせき止められた。結界だ。さっき黒かった私を留めたときのような。


「長くはもたへんよ!」


 吠える彼に星蘭のみんなも手を貸してくれるんだ。

 霊子の量が増す。霊力だって。どんどん繋がって、ひとつに重なって、ふたつへ。

 黒か金か。幸せにありたいと願う夢か、それともいまがつらくてしょうがないという嘆きか。

 どちらかじゃなきゃいけないのか。どっちもあるから人なんじゃないか。

 均衡が保たれていく。けれど後にも先にも進めない。これじゃあ意味がない。


「ニナ!」

「参ります!」


 夫婦となった先生ふたりがいく。

 イヌが駆ける。漆黒だろうと駆け抜けて、吠えて、吠えて。彼らの霊力を残さず食べていく。それでもモヤが溢れる。意味がない? 違う。違うんだ。


「いって、あなた!」

「――……応ッ!」


 ライオン先生が駆ける。ニナ先生が切り開いた道を、前へ。

 切り裂く刃が漆黒を払い、内なる心を露わにする。


『たくさんの人に化け物だと忌み嫌われるのは、もういやだ』『私たちだってアイスを食べたい!』『銃弾じゃない! イイねが欲しい!』『助けて』『助けて!』『笑っ胸を張ってて生きたいよ!』


 斬っていくたびに明かされていく。

 大勢がたったひとりの侍を殺そうと、だだをこねるような赤子のように生きるために暴力を振るう。

 けれど、彼には届かない。

 多くの子供を導き、背中で示してきた彼には。

 思い人がいるからと亡くなった魂の恋心さえ守るために己を戒めるほど潔い彼には。

 なによりも!

 私たちの先生には!

 そんな攻撃、あたるわけない!


「ぬああああああああああ!」


 吠えた。白刃があまねくすべての邪を切り裂く。

 けれどそれは私たちが討伐するときのようなやり方じゃない。

 士道誠心には獅子の王がいる。誇り高く強き侍がいる。けれど彼は警察に所属することを選ばず、学生を導くことを選んだ。

 殺すのではなく、育てる道を。

 だから彼の刀は人を斬らない。心を壊さない。ただ――……素直に導く。

 黒がほどかれていくの。複雑な、数え切れないほどたくさんの色に。いっそ黒だったらと思うくらい、あらゆる色のグラデーション。

 世界はたくさんの色に満ちている。自分の色を決めても、その色だけで生きられるわけでもない。当然だ。たくさんの色に満ちているのなら、ひとつの色に制限する必要はないし、臨機応変に対応できる力があるならそうしたほうがいいだろうし。

 でもつらいことがあったりしたら、いくらでもぶれちゃうし、惑うのが人だし。だから自分の色を決めて生きる私みたいな人もいる。

 正解はない。ときどきに成功したり失敗したり、その繰り返し。

 ライオン先生が切り裂くたびに露わになっていく。みんなの色。みんなの苦しみ。みんな違って、みんなつらい。

 ユウヤ先輩の力が重なって、みんなの福の薄さが見えてくる。いやっていうくらい感じとる。凶まみれ。みんなが凶で、しかも世界が凶にまみれた今日を押しつける。

 救いはない。助けもない。抗っても、彼らよりも大勢の人たちが彼らを狙って襲ってくる。

 肉食動物の群れの中じゃ、草食動物は生きられない。弱肉強食。生存競争。その理屈に当てはめられたら、お終い。

 みんながそれを受け入れるしかない社会はあった。時代はあった。いまもそういう場所はやまほどある。平和だから、巻き込まれない限り、その枠組みから離れることはできても、拒絶しきることはできない。

 ――……本当に?

 私たちは、サバンナで生きる動物たちのような論理に囚われながら、死ぬまで誰かと競って生きなきゃいけないの?

 そんなのごめんだ。うんざりなんだ。もう。だって、知ったことか。お前は凶にまみれてなきゃいけないんだっていう人にも、痛みと勝ち負けが直結していて折れたら終わるような価値観にも。

 なのに、だめだ。金色だけじゃ。照らすことはできても、まだそこまで。先がない。

 なにかがあればいいのに。

 それこそ――……それこそ、私たちが知らないような、途方もない禁じ手みたいなさ。

 だけど使ったらなんとでもなっちゃうくらいの、最高の何かがあったら。

 願う私の心が急にずきんと傷んだの。


「う、ぐ――……」


 モヤの動きが変わった。

 私が抱き締める彼女に集まっていく。せっかく、みんなが内から露わにした優しさを集めて戻したのに。ふたたび彼女を黒に染めようとする。

 だめだ。そんなのだめ。なにより、ここまで消耗したあとだと今度はやりきれるかどうかわからない。

 さらに言えば彼女の内に捧げた御霊まで染められていく。私の指先や髪の先まで黒に変わっていっちゃう。元気が呪いに変えられちゃう。

 いやだ。いやなのに――……。


「春灯――……ッ!」


 カナタが叫んだ。こちらに手を伸ばそうとする。そんなことをしたら、神水とみんなの心の流れが変わっちゃう。一瞬で全員の心が軋んでもおかしくない。

 わかっているはずだ。手を離しちゃいけないって。なのにカナタはそうせずにはいられないみたいで。それくらいの窮地にあるんだ、とひとごとながらに感じて。

 すべてが終わる瞬間って、わりとあっけないのかと思ったの。

 黒いモヤが吹きだして、私たちを包み込もうとする。思わず目を閉じようとしたけれど――……。


「さて」


 心の中から何かが飛び出してきて、台風のように私ともうひとりの私を中心に駆け巡る。

 黒いモヤを吹き飛ばして、緑と白のしましま模様の不思議な大剣を手にした男の子の背中が見えた。

 空からたくさんの女の子が飛び降りてくる。ちっちゃな男の子と女の子を抱えた人がいて、三つ子の幼児を抱えているお姉さんもいて。みんなして、獣耳と尻尾を生やしていた。

 私たちふたりのそばで大剣を構えた男の子が、ふり返ってみせるの。

 カナタにどこか似て見える彼の頭には、なぜだろう。なぜなのかな。しましまパンツがかぶせられているのですが。あの、それはいったい?


「地球のみなさん!」

「「「 どうも、こんにちは! 」」」

「ピジョウ共和国より勇者の出張サービスです! ってわけで、勇者タカユキ! いくぞ――……ペロリ、ルカルー!」


 ちっちゃな女の子と狼の女の子が疾走した。ライオン先生が斬っていく横に並んで、斬ったそばから気絶させていく。それだけじゃない。ぽいぽいぽいぽい空へと投げつけるの。

 ドームにあたっちゃう! と思ったときになって、やっと気づいた。見上げればあるはずのドームがなくなってる。それよりも目につくの。きらきらと光って空へと伸びていく矢の軌跡。


「穴を開けた!」

「クラリス!」

「心得ておりますとも!」


 男の子に呼ばれた女の子が駆け寄ってきて、私ともうひとりに触れるの。

 胸にぶら下がる青い石を片手で包んで囁く。不思議な言葉の並び。ウサミミの子が教えてくれた呪文と同じような響き。

 私ともうひとりの心からなにかが剥がれ落ちていく。それらは影から吹きだして、空へと集まっていくんだ。


「変化を――……クロリア」

「やれやれ。ほかの世界なんて放っておけばいいものを」

「クロリア!」

「わかっているよ、クラリス。ペロリ!」

「うん!」


 ふたりの少女が凝縮する黒へと両手をかざした。

 みるみるうちに漆黒は龍へと姿を変えていく。シュウさんが出したそれとも、私たちが退治したことのある龍とも比べものにならないほど巨大なもの。

 災厄をまき散らす悪意の凝縮体と、カナタたちが死したみんなに伸ばした霊子の糸が繋がっていく。流れ込んでいこうとする――……あるいは吸われているのか? 龍が口を開いた。勢いが増していく。


「くそっ」「ここで、負けるわけには!」「気合い入れろ!」


 カナタやコナちゃん先輩がよろめき、ミツハ先輩が怒鳴る。けれど、


「頼めるかい?」


 ジロウ先輩がメイド服の女の子に呼びかけてすぐ、彼女は理華ちゃんさえも負けちゃいそうなくらい艶っぽくて悪戯っぽい笑顔で頷くんだ。


「ええ。これは――……あくまでメイドへ誘う死神の務めでございますから」


 両手をあわせて広げる。鮮血にまみれた大鎌が現われた。不思議な女の子の中でも彼女の特殊性は特殊に見えたんだ。

 彼女は悪魔の翼を生やして跳躍し、龍の口前に飛び込んで糸を断ちきる。


「悪意と死を結びつけるのはもう、これにて終い――……さあ、勇者さま!」

「あいつノリノリだな……しゃあねえ、やるか。そこのふたり!」


 男の子が私たちを見た。けれど私たちは彼の頭にあるいかにも女子もののパンツにどう反応したらいいのかわからない。


「あ、ああ、わりい。クルル! お前かぶせることないだろ! 俺の威厳が!」

「あってないようなものだもの。タカユキが活躍して変なフラグたったらやだし。ねー?」

「「「 ねーっ! 」」」


 ウサミミの子の振りに、彼らの仲間である女子たちが揃って声を上げるし、彼とウサミミの子に似た女の子が「ぱぱ……」って悲しそうな顔をするし、そんなの目じゃないくらい活躍してくれるだろって期待を顔ににじませている男の子もいる。


「息子たちが見てるんだ! 俺が欲しいのはパパの威厳なの」

「「「 どうだか…… 」」」

「ほ、ほんとだもん!」

「ばかやってないで、さっさと片付けよ」


 男の子の背中をぱんと叩いて、ウサミミの子が龍へと手を伸ばす。

 私たちの中から黒をどんどん奪って、怒りと呪いをまき散らしながら成長する龍。

 そばにいる青い石を抱いた子が「もう、お別れのときですよ」と囁いた瞬間、引きはがされた。たしかにそんな感覚があったんだ。

 龍がみるみるうちに人へと変わっていく。私の姿になったり、カナタの姿になったり。ツバキちゃんやコナちゃん先輩や、メイ先輩やルルコ先輩へ。姿が留まらない。大勢の悪意の凝縮は、どんな姿を取ればいいのか迷い戸惑っているのか。それとも個などもはやないのかもしれない。

 ただ、そいつは私たちふたりを見て――……にやりと笑った。決めたみたいだ。瞬時に私へと姿を変える。黒髪、角を生やしているだけじゃない。尻尾に翼を生やして、そいつは龍人へと変わったのだ。


「思わせぶりな姿でどや顔しているところ悪いけどな? ちょっと失礼して――……なあ、クルル、考えてみろ。あいつの姿って、ルナに教育上よろしくないんじゃないか?」

「ああ――……考えてみたらルナの情操教育によくないよね? これ。悪意を凝縮して生命へと変わる術なんて、覚えさせたくないかも」

「だろ? ここは一発、そういうのはよくないって教育上の一撃がいると思うんだ。なあ、クラリス。レオの目を塞ぎつつ、ここは俺に加勢するべきときじゃね?」

「ええ、ええ、あなたの仰る通りでございますとも!」


 女の子たちがちっちゃな子供の目元に手を当てる。


「それじゃあ、クルル。一発たのむ」

「タカユキは?」

「ほら、俺はトリだからさ」

「あーもー。よくないこと考えてる顔して……はいはい、わかりました。ルナ、みちゃだめだからね?」

「やー! おかあさまの魔法みたい!」

「だあめ。私の魔力だけ感じてて? よいしょっと」


 ルナちゃんと呼ばれたちっちゃな女の子を抱き上げて、ウサミミの子が唱えるの。


「トゥス・レヘトヌ・リベラシオ――……」


 爆発が起きたのかと思うくらい、はっきりと霊力が膨張した勢いを感じたんだ。

 彼女は止まらない。


「アンジェ・テヘニウ!」


 さらに、先がある。途方もない霊力がどんどん膨らんでいく。

 私の大神狐モードと同じか、あるいはそれ以上に至るほどの器。

 心を通じて伸びていく。理華ちゃんに至る尻尾へ。すべてを書き換えるほどの、圧倒的な力。

 天使の翼が羽ばたいた。


「リュミエイレ――……マキシモ!」


 彼女が叫んだ瞬間、彼女の指先から光線が放たれた。数え切れないほどの筋が龍人へと伸びていく。とっさに羽ばたいて逃げようとする彼を容赦なく追尾する光の矢。

 ひとつが当たって、ふたつ、みっつ、みるみる内に増えて、光は重なりひとつへ。

 必死に黒を吐きだして白を払いのけようとする。けれど、


「レオ、ルナ。暴力的なシーンだから見ないように。ただ、パパがすげえってことだけ覚えておけな?」

「タカユキ、ばかなこと言ってないで早く!」

「へいへい――……ペロリ! 準備してろよ!」


 だん、と踏み切って飛んだ。光よりも早く。人には許されぬ、神を宿した私ですらできないほどの弾丸めいた跳躍。彼はパンツを手に巻き付けて大剣を振り回す。

 飛んでいく彼の先へと、狼のお姉さんが飛んでいた。龍人の背後にいる彼女と手を取って回り、男の子は龍人の背へと放たれる。

 気づいていながら、しかし焼かれたくはないと光に抗うのに必死。故に必然、龍人は男の子の大剣によって地面へと叩きつけられる。


「か、は――……」


 痛みに歪む顔を見ると、私たちも心が痛い。あれは私たちの一部でもあるのだから。否定しきれる存在でもないのだから。やはり、痛い。

 私たちのそばにいる子が女の子たちの拘束から抜け出て、ふたりの子供が言うんだ。


「いじめるの?」

「……殺しちゃうの?」


 子供の言葉だからこそ、きつい。やだよね。よくないよね。

 けれど、私たちにはどうすればいいのかさえわからない。

 でも、彼女は違った。男の子がペロリと呼んだ子は。


「ごめんね。許せないほどの罪を犯して、悪意にまみれた大勢を憎むあなたを――……ペロリたちはすぐには救えない。けど」


 小さな女の子が歩みより、傷ついた龍人の胸に手を当てる。


「あなたを生んだすべての人が救われるように、がんばるから。もう休んでいいんだよ……お疲れさま」


 祈るような声と共に、淡い光が龍人を包んでいく。そうして黒に溶けて、光に溶けて――……消えていく。それだけじゃない。


「あなたが抱えた痛みを癒やしに変えて、すべてのあまねく世界に奇蹟が届きますように。報われなかったすべての人に、傷つけたときよりもっと強い祈りの力が届きますように――……」


 彼女が立ち上がり、手首と足首についた鈴を鳴らすように舞い始める。

 それだけで満ちていく。私たちが一度たりとも感じたことのないほどの、膨大な霊子が彼女から放たれていくの。

 しゃん、しゃんと鳴り響く舞いの音。尊くも輝く彼女を示す形容詞があるのなら、聖女というのが相応しいだろう。

 傷が癒えていく。疲れも。痛みもとけて、なくなっていく。

 空から堕ちてきた死人さえも包んで、優しく受け止めて大地に寝かせてしまう。

 神が願う奇跡か。あるいは許された少女こそが振るえる神秘か。

 どちらでもいい。ここにはもう、痛みはない。ただただ溶けて消えていく。


「――……いたく、ない」


 抱き締める彼女の力が抜けた。尻餅をつく彼女と離れるように、私も尻餅をついた。

 彼女が握っている刀が落ちる。

 聖女の祈りに包まれて、煌めきを増していく。

 青く澄んだ刀が誇らしげに訴えている気がした。

 きっと助けは存在する。求め続ける限り、諦めない限り、自分を救う道がどこかに眠っている。生き抜くことがいちばんつらい。それでも――……そうであれと願いたい。

 子供が夢を見られる生き方を貫きたいし、見せる背中は誇れるものがいい。

 女の子たちから離れて、子供がふたりで聖女の元へと駆け寄る。

 踊り終えた彼女がふたりの子供を抱き留めた。


「ペロちゃん、倒しちゃったの?」

「さっきのおねえさん、死んじゃったの?」

「ううん。みんなの中に戻っていっただけ。元気になるおまじないと一緒にね」

「「 じゃあまた会える? 」」

「ふたりが良い子にしてたらね?」


 なかなか不思議な教育現場なのでは、と思っていたら――……男の子が大剣を消して駆け寄ってきたの。


「悪い、門の越え方がわからなくて手間取った。この世界の連中は無事か?」


 周囲を見渡す、どこかカナタに似た男の子に、ウサミミの子が歩みよった。当たり前のように男の子はウサミミの子にパンツを返す。短いスカートのポケットに彼女はそれをいれた。けど、ええと。待って。え? ノーパンです?


「もしもーし。うちの嫁のスカートみるのやめて、こっち見てもらえる?」

「あ、え、あ、え? の、の、の、ノーパンです?」

「なんだ、そんなことか。おーい、クルル。どっち――……」


 男の子が何食わぬ顔をして聞いた、そのほっぺたに見惚れるほどの右ストレートが突き刺さった。すべてがスローモーションで見えるくらい、完璧な右ストレートだったよ。男の子の顔に衝撃がはしって、ほっぺたが波打って、目が白目を剥いて――……。


「ふごっ! ぶふっ! ぐふっ――……」


 ごろごろごろと転がっていく男の子に「ふんっ」って鼻息を出したウサミミの女の子が肩を竦める。


「どこか着替える場所あります? パンツはきたいんで」

「あ、え、と……は、はあ」


 良い笑顔で言われちゃうと、それ以上つっこめないよ!

 ペロリちゃんのそばからあわててちっちゃな女の子が殴られた男の子のそばへ駆け寄る。


「ぱぱ、だいじょうぶ?」

「いいか、ルナ……ママの右は、世界を制する右だ……がくっ」


 気絶した男の子に泣きそうな顔をした女の子が、ウサミミの子を見るの。


「ま、ママ……でぃーぶい?」

「違うから。パパがばかだからしょうがないの。いつものコミュニケーションだからね?」

「……なかよし?」

「当たり前でしょ? 誰よりも仲良しだよ!」

「じゃあ……今夜もベッドでギシギシするの?」

「ばっ、ばばばばば、そ、そんなことお外で言っちゃ駄目だから!」


 今度は顔を真っ赤にして、ウサミミの女の子がちっちゃな女の子を抱き締めにいくことに。

 騒がしい人たちがどこかの世界から助けに来てくれた。

 そのご縁に感謝しつつも、しかしふり返ってみた未だに繋がっているあらゆる世界の私たちみんな、いまの私と同じ顔をしているよ。

 ウサミミの子も、青い石を使ってくれた子も、背中に三つ子をおぶった狼の子も、みんな私より年下に見える。なのに子供を抱いている。しかも子供はそろって、どことなく男の子に似て見えるの。

 弓を手にした狼の子は華奢なのにお腹がおっきく見えるし、男の子に呆れながらも治療して抱き締めて起こす聖女なペロリちゃん、いかにも男の子に惚れていそうです。悪魔のメイドさんもだ。ニュートラルに見えるのは、ペロリちゃんのように小さな女の子だけ。お姉ちゃんにどことなく似て見えるのは気のせいか。

 いろいろ不思議な世界からの来訪者。その中心人物たる勇者さまは、そうとうの英雄なのだろう。色を好む意味でも。

 そんな彼がどことなくカナタに似て見えるからさ。

 だからさ――……思わずにはいられないよね。

 カナタ、振り切れたらあんな風になっちゃうのかなあって。ともあれ!


「無事?」

「――……どれほどの奇跡を起こしたのやら。それを思うと怖くてしょうがないけど」


 私の後ろに並ぶ映像を眺めているから、改めてもう一度ふり返るとさ。

 映像の私もみんなしてふり返っている。その先に、大勢の仲間たちがいるの。

 それもそのはず。

 ペロリちゃんが振るった奇跡の術の結果なのか。


「あ、れ……どうして」

「……おれ、しんだはずなのに」

「ここ、どこだ?」


 死人だったはずのみんなの傷が癒えていた。

 命が戻ってくる。

 さっき戦いの最中で理華ちゃんたちが歌っていたの。

 乗りこえて飛び越えて、未来へいこうって。

 壁を築くよりも壊す勇気を。崩れて見えた境目に橋をかけよう。

 そして渡っていくの。知りあっていくんだ。

 新しい出会いを増やして、絆を深めて乗りこえていくの。今日のようにね!

 黒かった私が気づいて、よろめくように這って――……それから立ち上がって、かつての仲間たちの胸に飛び込んでいく。みんなして泣いて喜んで、嬉しそうにしちゃってさ。

 ――……救いが広がるなら、いいんだ。そこに壁があるのなら、壊してしまいたい。みんな救われたほうがいい。ひとりでも多くね。

 足音が近づいてきた。くたびれた顔をして、でもトモが手を差し伸べてくれたんだ。


「ほら。一区切りついた。お祭りのトリが残ってる。星蘭の宴もまだだしな。あんたが座ってちゃ、始まらないだろ?」

「……だね」


 笑っちゃいそうなくらい力が抜けてる足でも堪えて、トモに引っぱってもらいながら立ち上がる。

 たくさんの世界の私たちと繋がっている。もしかしたらペロリちゃんの奇跡ですべてが戻ったのかもしれない。それでもしたことがなくなるわけじゃない。

 旅路が待っている。ひとりぼっちじゃなくて、みんなと戻ってやり直していくための旅路が。

 してきたことに報いる時間が待っているのなら――……彼女の内に届けた私の御霊を通じて、もっとめいっぱいの元気を手に入れよう。

 それに話を聞きたいや。もうひとりの私も、もしかしたら私やカナタと重なってみえる存在である勇者ご一行にも。それだけじゃない。クロリンネが消えてなくなるわけじゃないし。

 確かめて、進めていこう。絆を深めて、どこまでもね!

 とはいえ。


「あああああ!」「ううう、うああああ!」「ぎゃああああああ!」


 絶叫のような泣き声をあげるちっちゃな三つ子を、気絶から立ち直って必死になってあやす勇者を見ていると、いろいろと複雑。

 育児がたいへんなのはもう目に見えてきているし、想像なんか遥かに超えてくるんだろうけど。その中心にいるのがカナタに似て見える人っていう時点で、たいそう複雑!

 変な影響うけなきゃいいけど! これを機にハーレムに目覚めるとか、大問題だから! それだけは阻止しないと!


「ハル、ちょっと。痛い。痛いってば!」

「あ、ご、ごめん」

「緋迎先輩が気になるなら、あとで話してきたら? そんな顔して睨んでると彼、逃げちゃうよ?」

「そ、そんな目してた?」

「んー」


 トモが指でぴっと示すの。ウサミミの子が、三つ子をあやして狼のお姉さんと親密な空気をかもしだしている勇者をジト目で睨んでいたよ。仄かに殺意も感じるのですが! でれでれしやがって、みたいな殺意を!


「あれと一緒」

「えっ」

「なんか似てるね。あの子と雰囲気が」

「うっ」


 トモの指摘に唸る。呪文を教えてくれたウサミミの子に、たしかにシンパシーを感じたの。

 あの子は苦労しているんだなあ。きっと。

 見れば男の子を抱いている子も、お腹の膨らんだ狐の子も、ペロリちゃんすら「はーあ」って顔をしている。

 彼の世界では一夫多妻ないし多夫多妻ないし多夫一婦だとして不思議はないのかもしれない。

 ただ、制度がもし仮にあったとして、一筋縄で片付く問題じゃなさそう。

 世界がどれほど違っても、抱えている感情は同じってなんだか不思議。

 だからこそ揉めるし乗りこえられるし、反発もすれば……共感だってできるのかも。

 とはいえ。


「ちょっと、よそまできてデレデレしすぎ」

「いたたたたた! 耳! 耳ひっぱるなって!」


 狼耳を容赦なく引っぱるウサミミ女の子のヤキモチに共感しちゃう私、先行きが不安です。

 カナタ、変なフラグどこかでたてたりしてないよね……?




 つづく!

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