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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第五十二章 青く澄んだ春の灯りのように

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第五百九十一話

 



 いつか抱いた決意を――……己の大事だったはずの夢を語れた彼女の顔は、笑っているだろうか?

 ううん。つらそうだ。

 ずうっとそれに囚われて、意味すら見失って苦しめて、苦しんできたんだもん。

 刀はすぐに曇っていく。それでももう、錆びたりはしない。

 見えてきたこと。自分の心を認識すればするほど、自分がしてきたことの重さが彼女にのしかかっていく。繋がる心の先から痛みばかりが流れ込んでくる。

 お前がなんとかしろよとかさ。そういうのがだめなんだよって言って、ぼこぼこにして。それで終わりにするお話はすっごく多いけど。

 私はそんなの知ったこっちゃない。

 痛みが伝わってくる彼女の心に宿った、私の金色を通じて気持ちを伸ばす。それ以上にもっと、はっきり伝わるように言うの。


「一緒にやろ。私の心がついてるよ。ひとつずつ、直していこうよ。ふたりで」

「――……え」

「欲しかったんでしょ? 私の力。めいっぱいあげるよ。ううん、それだけじゃない。ずっとさ」


 くすんだ金色同士で抱き締め合うの。


「ずっと、一緒だよ」


 痛みも、苦しみも。一緒に分かち合うよ。屁でもないの。あなたは私、私はあなた。もし仮にそれ以外だとしても――……結局は同じ。

 暴力で解決して突き放して自分でなんとかしろ、お前の自己責任だろだなんて結論にはしない。傷つくほどに優しくせずにはいられない。痛みがわかるから、放っておけないの。

 だって私には手がある。伸ばして苦しんでいるあなたに触れることができる手がある。

 引きよせて抱き締められる身体も。

 すべてがなくなっても、心があれば夢を通じてあなたに届ける。

 それすら見失っても、私の歌が残るように務めるよ。

 私のなにかがずっと、あなたを癒やせるように。そのために生きるよ。これまでも、これからも。ずっとね? だってほら。まずは私の御霊が宿ったわけだしさ。


「――……私は」


 おかげでいやっていうくらい流れ込んでくる。胸の内にたまっている黒いモヤモヤ。御珠にまで育ってしまった絶望。世界に死をまき散らす塊が心の中にある。彼女にとってのみんなが取り払って吹き飛ばそうとしても、それくらいじゃどうにもならないレベルでため込んでるよね。

 しょうがない。しょうがないよ。

 たくさんのときを過ごして積み重ねてきちゃったんだもんね。


「待ってね?」


 曇る顔に手を当てて、ぺちぺち叩いてからふり返る。

 たくさんの世界に連なる画像に見るの。怒ってる私も、恨んでいる私も、憎悪にまみれて金に黒が混じっている私もいる。でもさ。みんなの気持ちだって、私を通じて届けてある。

 ピンクのうさみみの子が私を通して使ってくれた魔法の感覚は、いまだってちゃんと残っているよ。みんなとの繋がりを感じるの。そしてそれは、私の大神狐の力へと結集して、私は生きながらにして御霊を委ねることができた。

 胸の中に感じる金色はもはやとっくの昔に御珠になっている。コナタのときからなのか。理華ちゃんに指輪をあげたときからずっとこうなんだ。もっと早く気づいてよかったはずだ。

 だからさ。集まってきたみんなの心を彼女の中に広げるの。


「いい? 自分の世界を救うために、私と一緒にみんなを助けるの。助けるたびにあなたは強くなる。私と一緒に、強くなる。そしたらさ? あなたの世界を救うくらい、わけなくなるよ」

「――……いまさら、そんなの」

「逆かな? だよね?」


 彼女の腰を抱いて、みんなに尋ねるんだ。


「いまさらだからこそ、あなたがなんとかしない限り……みんな許してくれないってさ?」


 ねーって振ったら、いろんな感情を素直に露骨に顔にだしている私たちが一斉に頷くの。


「ね? 一緒にやろ。やらかしたと思うならさ。取り返しがつかないと思うならさ? ならいっそ私と一緒にいこうよ。あなたがやったことなら……私と一緒に、あなたが取り返すの。その意義がある」


 たとえ輝いたときと比べて曇ったとしても、もう……彼女は私の魂を、夢を握りしめている。


「へこたれて俯いて、それでお終いって柄じゃないでしょ? ここまでやったんなら、もっとやっちゃおう。あばれるのは得意なのはわかっているし……壊した次は、直して……作るの。世界に宿る理を」


 彼女へと手を伸ばす。


「手を取って。あなたが私と私の世界をここまでにしたっていうのなら、あなたが手を出したいろんな世界に戻ってやり直していくことにはきっと意味がある。作ろう」

「――……殺されても文句はいえない」

「私が守るよ」

「悪意をばらまいてきた。全部、私に返ってくる」

「がんばりがいがあるね? 相棒! ――……って、あ、これって勝手に言うとうざがられるやつです?」

「意味わかんない……けど、私らしいか」


 黒い私がこちらの差し出した手を見てから、深いため息を吐く。

 重なる瞬間に痛みが広がった。私を通じてどこからか流れ込んでくる憤怒が私も彼女も傷つける。でも、しかたない。やったことの報いは受けないと、だなんてことは思わないよ。

 因果が向いてきているだけ。自分の行動の結果に対処する。いつだって、どんなことだって。へこたれて膝を折ったら、心が折れて。そしたら、邪に飲みこまれて身動きが取れなくなる。

 繋いだ手の先にある心に眠る、黒い御珠が暴れ出す。私も彼女も、あらゆる世界の私たちさえ飲みこんで衝動的にすべてを壊そうとするもの。構わない。ほどいていく。

 ツバキちゃんがいつだって変えてくれたもの。尻尾を通じて感じる心が力をくれる。いくらでもだなんて言えないけどさ。それでもやり方は心得ているつもり。


「ひとつひとつやっていこうよ。いきなり全部は無理だからさ」

「――……なんで、そこまで?」

「いまさらだよ」


 あなたが用意した世界だというのなら。あなたが望んだ世界のあり方でしかなくて。それは結局、他者を罰することでなにかが救われる仕組みじゃなくて。もっと、あたたかくて優しいあり方でどうにかなるようにあれ、と願った人が大勢いただけの……それだけのことでしかなくて。

 みんながそうじゃないし。みんなにとっての救いも、一緒くたに一つの形でしかないだなんて……そんな風には思わないけどさ。


「笑っていたいじゃん。つらくても、へこたれそうなことがあってもさ。乗りこえられるようにできてる世界のほうが、生きやすいし。そっちのほうがハッピーだって思えるだけ」


 別に理想郷がどうのとか、宗教ちっくに考えているわけでもない。


「くたびれたときに甘えられる人がいて。その人はへこたれると、たくさんのそばを打つの。あるいは尻尾をひゅんひゅん唸らせたり、一緒にいられる時間が長い相手ほど甘えずにはいられなかったりして」


 ほかにもさ。


「みんなにとって見向きするほど価値がないとしても、構わずに……自分が共感したから救いを求めるように見つめるうちに、共感した相手よりも相手のことを知っちゃったり」


 いろいろいるよ。大勢いるよ。


「そんな人たちとケンカしたり、笑ったりして……ああ、ひとりじゃないんだなあって思える瞬間に私は救われるし。もっとひとりぼっちだったとしても、呟きアプリのフォローひとりが増えるだけでちょっと元気になったり、コンビニで意味なんてない笑顔を向けられてもちょっとだけひとりを忘れられたりさ」


 明るく輝くすごいことばかり数えるんじゃなくて。


「新発売のお菓子食べてあがる気持ちとか、食べ過ぎて体重計の数値があがって気持ちがさがったりとか。そういうこと、増やしていきたいんだ」


 日常を。あなたと私の元気を刺激する日常を増やしていきたいの。


「誰かと一緒に。まずは自分と一緒に。そして取り戻すの。作るんだよ。みんなと一緒の元気を」


 それだけ。


「無理だよ――……最初に、ここに来てがんばっていたらまだしも」


 彼女の心からどんどん黒いモヤが吹きだしてくる。私さえ飲みこもうとするし、彼女が内にため込んだ彼女の仲間たちの絶望と怒りがあたたかい気持ちの殻を破って吹きだしてきたけれど。

 手は離さない。私はもう、掴んだの。あなたの手を離さないって決めているの。

 尻尾を立てろ! おっおっおー! あげていくよ!


「お待たせしました、コナちゃん先輩!」

「いつまで見ていればいいのか、はらはらするじゃない! もっと先に言いなさい!」


 振った瞬間、即座に返事をしてくれた我らが生徒会長ににやってしちゃった。


「要するに、あれね。異世界から来た困ったちゃんの中にいる、別の私たちを――……あなたが救ってみせたように、私たちがあげてみせればいいわけね?」

「話が早いですね!」

「当然じゃない! 私を誰だと思っているの?」


 話しあう私とコナちゃん先輩を、目の前の彼女は焦燥感に苛まれた顔で見つめてくるの。


「そんなこと話している暇は――……だめ、下手に力が入ってきたら! 私、もう押さえられない――……ッ!」


 肌に次々と鍵穴が空いていく。まるでひび割れていくかのように。それだけじゃない。鍵穴から吹きだしてくるの。彼女が化けて出してみせた仲間たちよりももっとずっと醜悪な、邪と一体化した――……この場にいるみんなの影が。

 構わない。


「春灯。それを見越してここまで待たせたわけ?」

「そうです!」

「どや顔で言うな! うまくいかなかったらどうするつもりだったの!」


 すぱぱぱぱぱん! と後頭部にハリセンを食らうどや顔の私。いつもの光景、いつもの日常へ。


「というわけで……私たちがこんなことできる日常に、あなたの世界も引っ張り込んでみせるから! 覚悟しててよ?」

「総員、お祭りだ! 騒ぐぞ! 三年生!」

「「「 おーっ! 」」」


 コナちゃん先輩の呼びかけにうちの三年生が総出で声をあげる。

 対して黒い世界のみんなは逆に刀を手にして、どんどん巨大化していくんだ。ヤマタノオロチがいる。黒い太陽が空へと浮かんでいく。なのに冷気が伸びてくる。

 けれどね。いまさら、そのくらいでへこたれる私たちじゃない。

 三年生が総出で準備している前に、ルルコ先輩が刀を携えて前に出るんだ。

 メイ先輩も、北野先輩も。ミツハ先輩たちや、ユウヤ先輩たち。それに暁先輩まで。


「南隔離世株式会社、社訓!」

「「「 南ルルコはかわいい! 」」」


 って、あ、あれ?

 とんでもないブラックかつワンマン極まりない社訓なのでは!?


「そ、そうじゃなくて!」


 耳まで真っ赤になってあわてるルルコ先輩を見て、社員の先輩たちみんなが大声で笑う。


「「「 訂正! ルルコを弄り倒すこと! 」」」

「ちょっと! 先生たちも後輩たちも、星蘭のみなさんもいるのに!」

「だそうだ。みんな、お遊びはこのへんにして――……」


 暁先輩が刀を掲げて、歩いていくの。

 私ふたりのそばを通り抜けて、魑魅魍魎たちの中へ。一切の迷いなし。

 メイ先輩が、ルルコ先輩が――……私たちを守ってくれる先輩たちが並ぶ。

 刀や拳を握りしめ、掲げ。


「――……納刀せよ!」

「「「 応! 」」」


 暁先輩の呼びかけで、南隔離世株式会社の先輩たちみんなが刀を鞘へ。拳を開き、腕を組んでの仁王立ち。背中が私たちに語っている。ここから先へ通す気はない。必ず守り抜く、と。

 いやでも。刀を下ろしてっていうのは、私にとっての理想だけれど。それは私が受け止められると思えばこそできることで。邪に飲みこまれた大勢のみんなの憎悪を、ただの人の身で受け止められるはずもないわけで!


「メイ」

「わかってます――……ルルコ、サユ。ミツハ、ジロちゃん!」


 メイ先輩から溢れていく。現世なのに、関係ない。なんでか。


「ユウヤ!」

「へえへえ。福の神さまが叫んでるよ。そろそろ日の目を見てもいい頃だってな?」


 はって笑うように息を吐いて、ユウヤ先輩が吠えるの。


「笑う門には福来たる! 久々の真打ちだ! てめえら、準備はいいな!?」

「「「 応! 」」」


 すううう、と息を吸いこんだ先輩たちが、一斉に笑い始める。

 ちょっと、いや、あの、かなり、シュールすぎるのでは?

 邪に身を委ねた死人が黒い刀を振るう。怪異たちの霊子が先輩たちを蹂躙しようとする。

 なのに先生たちも、星蘭の人たちも、コナちゃん先輩たち三年生すら慌てる気配など微塵もない。当然だ。

 巨漢の黒鬼が突きだした拳が綺羅先輩を叩きつぶそうと振り下ろされた。なのに、つるんと足を滑らせて倒れ伏す。

 ほかにも、留め具が壊れて刀が手からすっぽぬけてしまったり。燃やし尽くそうと迫る黒い太陽が、くしゃみをしたおろちの頭にぶつかってしまったり。


「健康運、水難、隣人との付きあい方。いやいや、お前らあまりにも凶運に恵まれ過ぎてるなあ。見ていて気の毒なくらいだわ」


 笑い声に包まれながら、ユウヤ先輩が一層胸を張るの。


「神には捧げ物を。ちゃんとお参りしねえとだめだぞ? いい飯食ってるか? 手を合わせてなにかを祈ったことは? なさそうだな……てめえのことだけで精一杯って運気が漂ってやがる」


 はんっ! って笑い飛ばして、


「凶事に付き合うな。てめえを幸せにしてから初めて人ってのは余裕がもてるもんだ……他人を不幸にしている暇があるなら、欠片のような運気でもいい。拾い集めてみねえか?」


 誘うの。それくらいで和むのなら、彼らだって荒ぶる御魂になってない。

 当然、攻める。責めて、傷つけずにはいられない。これほど痛い自分の苦しみを、わからせずにはいられないとばかりに。共感を求めているのか。それとも、自分と同じ目にあわせないと不安が解消されないのか。

 ううん、きっとどっちも違う。

 ただ、ただ……癒やしを。

 誰かを殴りつけても、そういうスポーツでもない限り……それはただの暴力にしかならないし、それじゃあ笑顔にはなれない……のかな?

 だって彼らは目から涙を流し始める。血の涙。身体中にヒビが入っていく。それでも止まれない彼らは、福に恵まれずに自滅するような哀れで滑稽な踊りを踊る。

 見ていられなかった。苦しんでいる自分を重ねて見ずにはいられないし、もうひとりの私の中から痛みが次々と伝わってくるから。


「止まって。座って。休んでいいんだ――……苦しいのはもう終わりだよ」


 優しい声を放つのは、ジロウ先輩だ。

 先輩の名字のように、響いていく。先輩の霊子の糸が声に乗って、一瞬で広がる。

 余すことなく、邪に飲みこまれたたくさんの仲間たちの心へ。

 見惚れたんだ。ミツハ先輩の凄さはいままで何度だって見てきた。

 けれど、ジロウ先輩のは初めてだ。途方もない。優しいと評判で、ミツハ先輩の相棒で。メイ先輩たちの代におけるスペシャルな刀鍛冶の先輩の力を、私は初めて目撃している。


「ルルちゃん、いくよ」

「うん!」

「――……さあ、癒やすよ。神水の蓄えなら、最低でも町中の人に振る舞えるくらい用意できるからね!」


 ルルコ先輩の足下から水が噴き出してくる。

 それがジロウ先輩の作りだす霊子のフィルターを通して、神水へと変換されるの。

 それだけじゃないよ? ジロウ先輩の伸ばした霊子の糸を辿って伸びていく。邪たちのヒビへ。くたびれた心へ。内なる神の荒ぶる心へと、神に捧げるための水が。


「――……うそ」


 私と手を繋いでいるもうひとりの私が、思わず囁いた。

 当然だ。彼女の心の中から溢れ続ける黒いモヤの勢いが和らいでいく。

 それでも怒りは消えない。繋がる世界の私たちからの怒りはもちろん、彼女の中に留まる悲劇の痛みも。それでも、和らいでいく。優しさが、捧げられる熱が癒やしていく。

 荒ぶる彼らの黒がゆるやかにほどかれていく。それでも、モヤは消えず、彼らともうひとりの私を苦しめ続ける。

 しょうがない。

 囚われているの。

 自分が苦しいと思う心に。

 言うのは簡単だ。いつまでもつらいことにうじうじ悩んでもしょうがないとか、そんな風に思ってもなにも変わらないって。そりゃあ、言うだけなら誰にでもできるもの。

 でも心が囚われるほどの痛すぎる傷から立ち直るのは、とても難しい。生きるのに必死にならないと生きていけないなら、一時的に目をそらせるかもしれない。でも目をそらしたからって、傷が自然に治るわけじゃない。

 囚われていて、囚われたがっているようにも見えて、でも違う。

 痛くてたまらないって泣いている子供たちなんだ。みんな――……誰もが、そうなんだ。

 泣いている子供を叩いてもしょうがない。そういう接し方をする親御さんもいるし、そうせずにはいられないくらい追いつめられちゃったりもするという。四六時中泣いている子供の面倒を見るというのは、想像を絶するくらい大変だというのだから。

 だからって、叩いてもしょうがない。それだけじゃないよね。対処法は。

 ほっとするたび、傷の痛みがましになっていくたびに、変化が生じる。

 モヤがどんどん出てくるの。神水を捧げられて癒やされるたびに、勢いが徐々に増していく。抱き締めてくれる存在がいたら、より一層つよく抱きついて泣いている声をおおきくしちゃうように。

 シュウさんのときを思いだす。去年の五月。ギンは「こんなの働き疲れた野郎の愚痴じゃねえか」って言っていたけど。世界から拒絶されるような生き様がちらちらと見えてくる。銃で穴だらけにされたり、解剖されたり。そんな不遇じゃ片付けられない生き様が見えてくる。

 愚痴とか、もうそういう次元じゃない。生きるために、自分を主張しなければいけないレベルだ。赤子が必死に声を張り上げて泣くように。彼らは訴えずにはいられない。生きているんだって。生きたいんだって。助けてって。

 私たちとたいして変わらない年齢に見えるのに、そうせずにはいられないほどつらい世界がもしあるのだとしたら――……だからこそ、届けられる気がする。

 ピアノの音色が鳴り始める。

 ふり返るまでもない。ラビ先輩が弾いている。

 それはいつかの再現。

 三年生の侍候補生が総出で霊子を放出し、三年生の刀鍛冶が総出で世界のあり方を変えていく。星空。流れ星。流星――……。


「――……」


 コナちゃん先輩の歌声が聞こえる。まさしく生徒会長選挙のときにコナちゃん先輩が歌ってくれた歌だ。もう映画が上映されて、テレビでも放映されて日が経つけれど。

 ジロウ先輩が伸ばした糸を辿って、コナちゃん先輩が三年生と呼応するもうひとりの自分たちへと霊子を注ぐ。自分たちの心を繋げ合うんだ。

 私がもうひとりの私に御霊を委ねたように。重ね合わせたように。もうひとりの自分へ、自分を助けるための元気をみんなで注ぐの。

 神水がどす黒く濁る。三年生たちから悲鳴があがる。


「くっ!」「ああああ! くそっ!」「負けるもんか……っ!」


 けれど、誰も意思は折れてない。折れるつもりなんかないの。

 コナちゃん先輩が歌う中を、カナタが歩いていく。私たちみんなを守るように立ってくれている先輩たちのそばへ。そうして、コナちゃん先輩が中心になって伸ばす霊子の糸に触れるの。


「邪よ――……払いたまえ、清めたまえ」


 カナタの願うようにうたわれる声に、光世ちゃんが刀からぷちへと変わるの。

 腰から肩へとよじのぼり、カナタの右手に触れる。眩く煌めく清浄なる光が霊子の糸を伝って汚れていく神水を清め、伝っていくみんなの黒を洗い流していく。それでも、もうひとりの私からやまほどモヤが出続けて、それはカナタが打ち払うそばから黒へと戻そうとする。


「裁定を下す。それはなにゆえか――……やり直すためだ。決して、罪を償うということは……罰せられるためだけにあるんじゃない。未来へ進むために存在する」


 構わないとカナタがもうひとつの手を霊子の糸へと伸ばして、自分の霊子の糸を伸ばして、絡めて、繋げ合う。三年生同士で。先輩たちと。もうひとりの自分たちと――……心を重ねる。

 吠える邪がいようとも。涙で俯く邪がいようとも。邪という殻をすべて白い炎で燃やして、モヤさえも燃やし尽くして内に宿る傷ついた姿を取り戻させるんだ。

 神水が彼らの傷を癒やす。それでも足りない。


「――……」


 もはやみんな、運命に囚われて死の中にいる。構わないとコナちゃん先輩は歌うんだ。

 彼らを絶望に引きずり落とす糸なんかいらない。

 私たちがすくい上げる糸にどうか手を伸ばして。そう祈るコナちゃん先輩たちの歌に、誰かが手を伸ばした。神水に包まれながら、思いを受け止めながら、霊子の糸をそっと握る。

 ひとり。またひとり。心が繋がる端から、彼らの傷が癒えていくんだ。

 モヤが逆流してくる。彼女の中へ。構わない。私が端から金色に変えて守り抜く。

 熱が集まってくる。冷たさも。それゆえに、


「――……たすけて」


 激情うずまく劇場の狭間に立たされた彼女は願うんだ。


「たすけたい、みんな――……みんなを、たすけて」

「――……ちがうよ」


 私が守り抜くのは、あなたの気持ち。それ以上に。


「みんなが自分をお助けするの。その手助けをするんだよ」


 コナちゃん先輩を通じて、みんなに届けられていくんだ。


「これまでの運命とか。それゆえに決まってくる死ぬしかないような運命なんかさ。関係ないところへいくの。誰かがそうしてくれるからじゃない」


 決意よ。


「あなたが。あなたたちが、自分でそうするの。私や、私の仲間たちと一緒にね」


 きみに、届いて。


「それは――……それは一生、ううん。ずっと、何章だってさ。生き抜いて示すんだよ」


 目を見開いて。自分の心にかぶせられた苦しみとか、現実のつらさとか。

 そんなの吹き飛ばしちゃうくらいの夢と意思を。意思が生み出すすべての力を、私たちがぜんぶ抱えて持っていくよ。繋がりを忘れないで。ひとりだからこそふたりで――……そうしてひとりぼっちで集まったみんなで、手を繋いで乗りこえていこう。


「さあ――……まだまだいくよ?」


 三年生の歌が終わる。それでも霊子の糸も神水の放出も止まらない。止まるわけがない。

 当然だ! 私たちはまだまだやまほどの気持ちを、あなたたちへ届けられるから!


「そしたら理華たちの出番ですかね。ねえ、姫ちゃん?」

「そうだね。一年生はみんなでの練習がまだまだだけど――……」


 ぱんぱん、と手を叩く姫ちゃんが腰に手を当てて、胸を張って笑うんだ。


「ねえ? そんなに苦しいのに、暗い顔して俯かずにはいられない人生に尽くしたいの? 私たちならいくらでもオファーを出せるよ? そうだよね、七原くん!」


 つんと澄ましてあげられたアゴ。気の強い笑顔。もはや、彼女を曇らせることはできまい。

 後ろから出てきた七原くんに合わせて、一年生の子たちが足を踏みならす。ギターを手にした岡田くんが弦をかき鳴らす。拍手が揃って打ち鳴らされた。


「――……」


 英語の歌詞を口ずさむ七原くんに合わせて、一年九組が一糸乱れぬ踊りを披露しながら歩み始める。

 前へ。未来へ。挑発的に笑いながら、もうひとりの自分の元へと。

 世界でもとびきり最高のショーマン。彼の光にスポットを当てた映画で披露された、酒場の歌。そう気づいて、思わず笑っちゃった。

 ああ、ほんと――……ここからだからさ。まずは任せよう。

 私も姫ちゃんのように決めてる。

 あなたたちと一緒に生きる未来に、私はすべてを賭けている。

 なら――……もうひとりの私たち。

 あなたたちはどっち? 私は自由に全額を賭ける。

 だってね? 鍵の作り方なら心得ている。鳥かごの外への行き方ならいくらでももっているよ。

 当然、輝く世界へ行く。壁なんていくらでもぶちこわしてやる!

 さあ――……私たちと一緒にいかない?




 つづく!

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