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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第五十一章 大江戸化狐、時女神青色帳

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第五百八十一話

 



 理華が組んだ段取りでどうにかできるとは思わない。本人に直接言われたことだ。

 問題はむしろ、時任姫――……つまり私次第。

 荒んだ社会になった現実で生きてきた七原くんに手を伸ばす。

 そばにいる私たちの七原くんが、私を心配そうに見ているけど。


「だいじょうぶ」

「――……いつでも言ってくれ」

「もちろん。まずは、任せて」


 聖歌が率先して見せてくれるどや顔を真似てみせてから、改めて。


「失礼します」

「頼む」


 同じ声なのに響きが違う。背負ってきた人生も、きっと。

 彼の胸に手を当てて、指輪を通じて感じとる。

 地獄の修行での感覚を思いだして――……。


 ◆


 修行での日々を簡潔に表現すると、こうだ。

 冬音さんもミコさんも、ふたりして私以外のみんなをしごく。以上。それだけ。

 私? 私に対してはふたりとも意見を一致させて優しく言うだけだよ。


「「 好きにしなさい 」」


 理華にも聖歌にも美華にもツバキにも詩保にも、ルイにもスバルにもキサブロウにも岡田くんにもワトソンくんにも七原くんにも、あれこれ厳しく具体的な指示を出すのに。

 私には、好きにしろの一点張り。

 みんなの修行を眺めていたら決まってシガラキさんが声を掛けてきて、ふたりで地獄の散歩に出かけることになって。春灯ちゃんの彼氏の緋迎先輩が、自分のご先祖さまを見守る場所へ案内される。

 隣に並んで見つめていると緋迎先輩から春灯ちゃんの話をよく聞かせてもらう。

 刀とあればそれを手に戦うのが当たり前。にも関わらず、どんどんその枠組みから離れて暴れていく春灯ちゃんの軌跡。

 まるで話すことに意味があるかのように緋迎先輩は教えてくれる。

 理華たちも、先輩たちも、みんなみんな……私が時を超えなきゃいけないって思っているはずなのに。すごく強いふたりも、緋迎先輩も、思い返せばほかのみんなさえ、私を頼りにしながら私に「こうしなければならない」と言わない。

 本当の意味で心が願わなきゃ意味がないし力にならないっていう遠回しなメッセージなのだと気づいたのは、先生方による御霊や隔離世についての授業のときだった。

 御霊も、その力を振るって繰り出す技も。刀の真の姿を具現化させる真打ちも、みんな、みんな、自分の気持ちが大事なんだという。

 他人から押しつけられたりしても叶わない。委ねられても意味がない。

 自分が望まなきゃ、力に変わらない。そう考えると、なかなかハードルが高い。逆に言えば自分に希望を持てたり、自分の目標が定まっていて尽くせる人ほど、どんどん強くなる。

 緋迎先輩の話で見える春灯ちゃんは、迷いながらも自分らしさを探して、自分なりに納得しながら生きているように思えた。苦しんだり迷ったりすることもたくさんあったみたいだけど。懸命に一途に生きているから、いろんな人の気持ちや言葉に自分が照らされていく。

 春灯ちゃんはテレビやネットを通じて見る人たちみたいに太陽みたいに自分で輝いているように見えるけれど、緋迎先輩の話はもちろん、本人である春灯ちゃんと話していても、そんなことないっていう意見ばかりきく。卒業生の真中先輩とか、生徒会長のような人たちのおかげで春灯ちゃんは輝き方や照らし方を身につける道を知っていったんだって言うの。

 私はどうだろう。

 緋迎先輩とシガラキさんと三人でみんなの元へと戻って、それから地獄の特別訓練を終えて現世へ。みんなでお風呂に行って解散。先生たちが見回るなんちゃってカップル風呂に水着をつけて入る。七原くんとふたりでね。

 いろんなことを話して知っていくの。彼のこと。

 彼が物心ついたときに目撃してしまった、殺人犯によって殺されてしまった両親のこと。それに彼が疑われて、怒濤のように日々が過ぎていったこと。刑務所での話。

 声に出して歌うことは基本的にはできないんだという。だから刀を手にするまでも、手にしてからも、ずっと心の中で歌っていたんだって。それが刀を手にしてからはみんなに伝わるようになったんだってさ。

 大評判だったのは本当みたい。

 彼にとっては長い時間を過ごした場所だけど。嫌っているわけでもないのだけど。

 話を聞くたびに私は複雑な気持ちになる。

 いろんな理由がなければ、それが仮に嘘でも証明できるだけの何かがなければ彼が有罪になることはなかったはずだ。実際に犯人が捕まって自供がとれて、当時謎だとされた凶器も見つかったから彼の無実が証明されたというけれど。

 そもそも前提からして妙なことだらけだ。小さな男の子が両親を殺すことのほうが通り魔や関係者の恨みを買っての犯行とかよりずっと妙なはずなのに。どうして彼の有罪になったのか。

 いくらなんでもずっと昔の話だから、七原くん自身もあまり覚えてないし、語って聞かせたい内容じゃないみたいで。

 ただただ不明だったの――……ミコさんの力によって、みんなの心を初めて繋ぐまでは。

 それはミコさんが作りあげた特製の神水を飲んで、一年九組のみんなで手を繋いだときだった。


「いいこと? あなたたちが一番難しい、けれど一番短かい道を選んだのだから。リスクは承知しているわね?」


 煽る言葉に美華が即座に答えた。


「みんなの願い、過去や感情、感覚。そのすべてが繋がる。拒絶したら心が傷ついて、最悪……御霊も失うかもしれない」

「けど逆に言えば、受け入れることができたら理華たちは共感を広めてみんなの霊力を重ねて何倍にも強化できる。博打としちゃあ最高じゃないですか?」


 勝利を確信しているような声で理華が言うけれど、理華の手を繋いでいる美華も聖歌もちらりと彼女を見た。手が震えているのかもしれない。

 それでも理華は賭けることにしたんだ。私たちだって同じ。


「やろう」

「うん――……ボクの全力を、みんなに」

「俺も」

「ああ」


 ツバキの声に男の子たちが続いて、みんなして深呼吸をした。その瞬間に、ミコさんが美華の背中に触れた。繋がる手を通して何かが噴き出るように流れ込んできた。

 頭の中に昔のことがふっと思いだされるような、そんな感覚でいろんな記憶がフラッシュバックしていく。

 目の前に倒れた血まみれの両親。家庭教師を装う死臭の漂う男に抱かれる身体。いまより子供の生徒会長に壁ドンして湧き上がってくる怒りと恋心。身体にのしかかってくる男のいやらしい息づかいを耳に感じる瞬間。光が渦巻くボックス席で服に手を掛けられて怯える恐怖心と、助けに来てくれたミコさんの憤怒の表情。月夜を駆けて邪を屠る剣士。都会のビル群を駆け抜けて邪を退治する忍者。うんざり顔の観客席と、失望した父の顔。


「――……でも。ボクらは出会った」


 ツバキの声が私たちを引っぱる。

 鏡に映る中学生の詩保の顔。初めて化粧をしたときの喜び。歓喜。


「やなこと、つらいこと、くるしいこともあったけど、それよりもっと」


 文化祭のステージたる体育館の壇上で、息を吐いた自分に向けられる歓声と拍手。そして重なる岡田コールにたまらない興奮が広がっていく。

 ほかにも、流れてくる。

 生徒会長に「さすがスバル! 私の最高唯一無二の弟分! やればできるじゃない!」と褒められて頭を撫でられて、うざったいのにやっぱり嬉しかったり。失意のままに舞台を下りたら迎えてくれた美しい妹の「キサブロウお兄様、最高でした!」というエールとか。

 酒場の席に並ぶ年齢性別ばらばらの人たちがジョッキを掲げて「理華ちゃんさいこー!」って褒めてくるから「いやいや、みんなが最高ですから!」って答える理華の、仲間マジたまんないっていう喜びとか。

 ミコさんに甘えてもいいって言われてデレデレになる美華とかさ。ミナト先輩とユニス先輩に「教団ってのもいいけど。どうせなら、縁もあることだし。俺らと一緒に暴れてみる気はねえか?」って誘われて視界が歪むくらい涙ぐんで喜ぶワトソンくんとか。

 結城先輩、沢城先輩たちを背にした八葉先輩に「お前って面白いことやり放題なのに、縮こまっててもったいないからさ。俺らと遊ばねえ?」って誘われて、歓迎会ではしゃぐルイとか。

 七原くんだけじゃなく、みんなに優しくしてもらってそのたびに救われる私の思い出や、春灯ちゃんにいつだって全力で受け止めてもらっているツバキの思い出。

 そのすべてが宝物で。


「輝く思い出を――……力に変えようよ」


 願うツバキの言葉にみんなで頷いたときだった。聖歌から流れ込んできたの。

 自分を抱き締めて寝ている理華の寝息や、自分が抱きついてもいやがらずに抱き締め返してくれる美華のあたたかさとか、肌を重ねてきたたくさんの人たちだけじゃない。一度だけ自分を優しく抱いてくれたおじさんの思い出を通じて特別愛していたお姉さんの優しさを反芻して――……聖歌の記憶にかさぶたのように、なにかが覆っているの。


「待ちなさい。妙な感触がある! 封じられている? とにかく手を離して!」

「聖歌!」

「理華、だいじょぶ――……続けて、お願い」


 ミコさんの警告に思わず理華が吠えたけど、聖歌は動揺していない。

 かさぶたが剥がされるように、封印が解かれていく。

 家庭教師が見える。聖歌にえっちなことや人の惑わし方を教えて、足を踏み外させた家庭教師のお兄さんの記憶だ。彼が口を開くの。「僕は――……私はキミの思うような人間じゃない。都合のいいところを除いて、あとは忘れなさい」と言って聖歌の目元に手を当てた。視界が塞がる寸前でお兄さんが見覚えのあるおじさんになったんだ。

 一瞬だけど、確かに教授だった。気づいてみんなが動揺するけれど。


「だいじょうぶ。だいじょうぶ」


 ツバキが私たちの心をなだめるように、流れ込んできた記憶のすべてにツバキなりのあたたかい言葉で変換していく。

 聖歌の気持ちが引っぱられるようにして広がっていくから、みんなして深呼吸をした。

 受け入れよう。ショッキングなこともたくさんあった。全部を理解しなきゃいけないわけじゃないし、受け止めなきゃいけないわけでもない。ただ拒絶しなければいい。

 逆に大事な仲間なら、本人が望む限り笑って受け止める。それだけでいい。


「――……」


 息を吸ってから、胸に広がっていく。

 みんなの気持ちや願いが見えてくる。けれどそれももしかしたら錯覚かもしれない。

 でも。でもね?


「やり直したい?」


 聞いてみた。すぐにみんなから伝わってくる。ぜひともっていう気持ちもあれば、別にいいかなっていう気持ちも。

 聖歌の心の中にも、七原くんの心の中にも埋まっている。

 けれどそれぞれに、私たちがぱっと思い描くものとは違う。

 聖歌の過去を覗けば覗くほど、美華や詩保にはきつい経験ばかりが見えてくる。そうなるに至る経緯も、すべて。蓋をされていた記憶。教授に封印された、聖歌の過去。


(クロリンネと通じる教授)(もしかして聖歌を狂わせたのも黒い春灯ちゃんの指示?)


 理華から思考が流れ込んでくる。


(だとしたら姫ちゃんが不可解だと感じる七原くんの事件すらも)(証拠がない)(ただもしそうだとしたら)


 暴力的な勢いで流れ込んでくる圧倒的な情報量で受け止められたのはせいぜいここまで。


「あなたたち!」


 ミコさんの声で理華の思考が途切れた。乱れて心が痛み始める。つらい思い出が吹きだしてきた。断片的な映像、記憶、欠片も理解できず痛みばかりが膨らんで心が軋んでいく。


「だいじょうぶ。だいじょうぶ」


 ツバキの優しい声と心が私たちの中に染み込んでいく。

 フィルターだ。ツバキはまるで、世界をあたたかく受け入れるためのフィルター。

 春灯ちゃんが求めずにはいられなかったというけれど、それも納得だった。

 ツバキが願うたびに染み込んでくる。ツバキの願い、ぬくもり。

 それに乗って詩保が願ってくる。いまはあれこれ考えるときじゃない。みんなを理解するべきだっていう気持ち。

 岡田くんからくすぐったい感覚が広がってきて、思わず吹きだした。みんなで笑っちゃう。そんなときじゃないとわかっていても、岡田くんは願っている。

 暗い顔をして俯いても、なにもよくならない。だったら笑ってみよう。まずはそこから。

 強いメッセージに顔をあげて、みんなを見つめた。ぎこちないけど、仲間を思う顔が並んでいる。

 やっと受け止められる形が見えてきた。

 聖歌はやり直したいけれど、でもそれはお姉さんを大事にしたいとか、もっと愛し合える形で抱き合いたかっただけだった。えっちがどうとか、そういう次元じゃないんだ。お父さんが傷つかず、お母さんが受け入れてくれる自分でありたいと願っているだけだし、それ以上にもっとお姉さんに愛情を伝えたかったっていう……それだけ。

 七原くんにしたって、突然のお別れになっちゃったから……せめて。せめて一言だけでもいい。挨拶がしたかったっていう……それだけなの。

 だからこそ、願わずにはいられなかった。


「もし……もし誰かが時間を歪めたというのなら。私はそれを戻したい」


 江戸時代で私たちがやっていることも、歪めていることになるかもしれない。

 それでも、ワガママでも、思わずにはいられなかった。


「アメリカで友達になった子がいた。私だけじゃない……聖歌さえ、人生を変える形になった……それをした、教授によって、おかしくなっちゃったんじゃないかっていう男の子」


 緋迎先輩と話して知ったの。

 アダムの結末。アメリカの近所にいた明るくて面白くて個性的な友達がどんどん道を踏み外して狂っていったこと。春灯ちゃんたちにあれこれ手出ししていた事実を。

 冬音さんからも教えてもらった。その終わり方も。彼の願いも、なにもかも。


「――……私たちの世界にだって、いろんな不幸があって。私ひとりにみんなを救えるとは思えないし、果てがない」

「ヒーローのジレンマな」


 スバルが言うだけじゃない、気持ちを伝えてくる。

 私たちがフィクションで見るヒーローもヒロインも、世界中の人々を救えるわけじゃない。

 クラーク・ケントはその力で世界中を飛び回って大勢を救えるけど、万能じゃない。救える人数には限りがあって、彼らの世界ですら彼を批難する声がある。

 ヒーローを描きながらも自警団の厄介さを描いてみせるフィクションだってあるし。そもそもスーパーマンさえ、見ようによって地球人に制御のできない武力だ。制御ができないっていうのは恐ろしい。善意で動いているとしても、それが永遠に続く保証はないという意見は正論だ。

 コミックでみるから私たちはクラーク・ケントが無実の人をぼこぼこにするストーリーなんてないって思えるけど。もし現実にいたら、どうだろう。

 けど。


「別にいい。できることに限りはある。それでも自分のできることを精一杯するのが人の道だ」


 キサブロウは断言で返す。

 可愛い妹さんが「お兄様! がんばれー!」って声援を送ってくれる過去がたくさん浮かんできた。キサブロウはいつだって妹さんの声援を励みにがんばってきたんだ。


「どんな風に何が変わっているのか。それとも何も変わってなくて、私たちはただ自分の望むようにあれこれ変えたいだけなのかもしれないけど」

「納得できる道を探すって考えたらどうです? ちょっといやだから直すとか、取り消すように修正するんじゃなくて……姫ちゃんが思う相手を対象にして。今回で言えば七原くんや聖歌が納得できるように」


 ためらう。スバルから気持ちが流れてくる。納得できる瞬間なんかこねえかも。ルイからも同意するような気持ちが流れてくるし、それを通じて理華も迷っている。けれど。


「理想通りなんて、難しい。百点満点だらけの道にしたがるかもしれない。けど、それをしたら……すべてが変わってなくなるかもしれない」


 ワトソンくんの言葉と一緒に流れてきた。

 そして私の三つの指輪のうち、一つから感じるの。

 過去、現在、未来。それぞれが示す象徴。感じるのは、未来。


『いまのあなたの力では、未来に大きな変化を与えるだけの力はないの……望むのなら、話は別だけれど』


 過去が訴えてくる。


『積み重ねの先に状態が変わる。私を変えたら、未来では存在が消えるものもいるかもしれない』


 最後に、現在が。


『あなたが帰るべき現在に繋ぎ止めたい絆である限り、その人が消えかねない変化は起こせない。あなたは恐れているし、願っているから。消えないで、と』


 はっとしてみんなを見た。

 みんなも私を息を潜めてじっと見つめていた。


「聞こえた?」


 私の問いかけにみんなが頷く。けど、それっきり。指輪は何も語ってはくれない。

 あるいは私の心が未熟だからなのかもしれない。

 春灯ちゃんは御霊の声が聞けるという。春灯ちゃんを通じて教えてもらうことはできるかもしれないけれど、でも……先輩たちはなぜか、それを選んでない。


「自分で、聞きたい、から」


 ツバキの声と気持ちを浴びて納得する。

 誰かにあなたの心はこう言っているよと言われても、単純に信じられるものでもない。

 なら、いま聞こえた声はどうだ? 私は大事にしたい。


「消えないでという願い。エゴかもしれないけど」


 深呼吸をして、みんなから流れ込んでくる気持ちの流れを指輪に注いでみた。

 それだけで、不思議と指輪に熱がこもっていく。何かができそうな気持ちになってくる。

 どこまでもいけそうだ。なんでもできそうだった。

 誰かが唸る。顔色を曇らせた、まさにその瞬間だった。心に満ちてくるみんなの力が不意に消失したのは。


「そこまで。それ以上をこの段階でやると、みなが消耗しすぎてしまう」


 ミコさんが美華と理華の手を強制的に離したんだ。

 戸惑いを隠せない私と違って、みんなは疲れた顔をしてその場にへたりこむ。


「時任姫。あなたが吸ったの。でもこれは、正しい手順のひとつ」


 対して私は元気いっぱいだ。


「いい? 仲間に力を委ねるというのは、こういうこと。慣れれば、あるいは心が重なる深度が増せば負担は減る。私ですら、この手の力の使い方はあまりしない。共感するのは大変なの。身をもって知ったでしょう?」


 ミコさんの問いかけにみんなでツバキを見た。見ずにはいられなかった。

 誰よりも早くスバルが唸る。


「正直、ツバキがいねえと無理だったな」

「立沢の思考暴走は……特にきついな」

「あはは……彼女はスペシャルだけど、僕らはユニークに慣れてないのかもしれません」


 キサブロウもワトソンくんさえも、苦笑い。うちのクラスの精神的にしゃんとした男子ふたりですらこう言うんだから、女子の間に流れる微妙な空気はもっと露骨だ。


「協調性」

「ないよね」

「欠片も……でも、それは私たちも一緒」


 美華のうなるような呟きに詩保が真っ先に乗っかるけど、聖歌が切り返す。だから理華も苦笑いだけで済ませられるのか。


「まあまあ。仲良くやっていきましょうよ。それで? これ、繰り返したらもっと練度があがります?」

「あなたたちが仲良くなれればね。いっそ裸の付きあいでもしたら? 特製のお風呂があるのでしょう?」


 その提案で私たちはカップル風呂をクラスみんなで水着を着て使う羽目になったのだけど。

 修行とお風呂を繰り返すことで確かな可能性を手にしたのだ。間違いなく、九組が団結のために踏み出した特別な一歩だったに違いない――……。


 ◆


 私の背中に七原くんが触れる。彼の手を岡田くんが握って、みんなと手を繋ぐ。

 まだまだ正直、完璧とは言いがたい。それでも――……。


「私の中に溶けてきた“私”。大好きな彼の中に残る“私”。時を超える黒澄ちゃんに奪われても、関係ない。心は十分、繋がるはず!」


 みんなの力の補助を受けて、膨らんでいく霊力のままに願う。

 過去、現在、未来。すべての指輪が激しく熱を帯びていった。訪問者である七原くんの中に伝って――……。


「捉えた!」


 欠落。彼が私を失ったことへの心の痛み。そして私が彼を愛して注いだ愛情。相反する熱の歪みを引きよせて、穴へと変えた。


「もういいよ、みんな!」


 叫んですぐに七原くんが手を引いた。もう補助はいらない。

 私も手を引いて、指輪を嵌めた左手を胸に当てる。心から引き出すの。杖を。時を任された私に委ねられた杖を!


「変われ!」


 吠えてそれを変化させる。杖は刀へ。刀は鍵へ。

 迷わず突き刺して、回す。


『未来へいくのなら』『回す方向はひとつ』『右へ!』


 ぐいぐいと。指輪の願う声に従って。

 黒い青澄春灯、略して黒澄ちゃん。理華が命名したあの子が奪った命は、それで終わりじゃない。

 私の中に届いて、彼と繋がって元に戻る未来へ変われ!


「さあ、復活の時だ!」


 最後、重たい引っかかりにもめげずに思いきり捻った。がちゃん、と音がして私の中から鍵を通じて七原くんに注がれていく。

 鍵が煌めいて、弾けた。私の中に多くが戻ってくるけれど、でもかすかに残った欠片が七原くんから溢れ出してきた大量の光と重なって懐中時計の形を取る。

 それだけじゃない。

 宙に浮かぶ懐中時計に三人の女神の紋様が描かれていく。時計の歯車が複雑に回り、針がぐるぐると回っていくの。十二時ちょうどになって、女神の紋様から光が溢れ出してくる。

 それは当たり前のようにひとりの女の子の形を取って――……。


「――……七原、くん」


 別世界の裸の私に迷彩柄のジャケットを羽織らせて、迷わず別世界の七原くんが抱き締めた。


「――……姫」

「ああ――……」


 感極まって泣きだすふたりにほうっと息を吐いて、気がついたら尻餅をついていた。

 ガス欠気味。渦をもう一度作り出せるかどうか。ぎりぎりのところだ。


「あーその。こほん! できればふたりの気の済むまでと言って見守りたいのですが」


 理華の非常に申し訳なさそうな声に、別世界のふたりがはっとして理華に顔を向けた。


「感激の瞬間のところ、申し訳ないんですが。春灯ちゃんを蘇らせて、協力の段取りつけて元の世界に戻るまで我慢してもらえます? こっちはまだまだ未熟なので」

「あ、ああ……すまない」

「ごめんなさい……でも、私、まだそこまで復活してなくて」


 申し訳なさそうに言う別の世界の私に構わず、春灯ちゃんが好きで始めた聖歌のどや顔を理華も真似てどや顔しながら胸をとんと握り拳で叩く。


「お任せを。聖歌、やれますか?」

「――……うん。ツバキ、補助お願いできる?」

「もちろん!」


 任せた、と呟いて聖歌が棺に歩いていく。


「たくさん、連れてこられたら……正直不安だったけど。春灯ちゃんだけなら、いけると思う」

「――……聖歌がやるのか? 姫が巻き戻すのではなく?」


 意外そうに言うあちらの七原くんに、こちらの七原くんが私を抱き上げて胸を張って言うの。


「愛しい彼女を抱いて見ていろ」


 やだもう。恥ずかしいんだから。

 でれでれする私に理華たちが「……え、いまやること?」って顔をしてくるけど。

 隙あらばいちゃつくの。それが付きあいたての恋人ってものだと思います。

 それじゃあ私たちに指輪をくれた人を助けよう。たとえ別世界の存在だとしてもね。

 特別な人には違いないの。あなたがいないと始まらないから――……蘇って、どこかの世界の青澄春灯。




 つづく!

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