第五百八十話
日に日に準備が進んでいく。一年生も二年生も別々に出し物を準備したり、能力の特訓をしたり。三年生も卒業生も電車を活動して合流してはこっそりなにかをしているみたい。
私はといえば家光さんとの夜の逢瀬を通じてアイさんと三人で仲良くなろうと努力の日々。春日さまや土井さんの間ではいろいろと難しい話し合いが行なわれたようだけど、大奥にとっても家臣のみなさんにとっても、家光さんが女子と仲良くならないよりは仲良いほうがいいだろうって結論づけて許可をくれたの。
もしかしたら歴史には一切残らない、ちょっとしたバグみたいな事件かもしれないけど。私は別にいいやって思う。名前を残すことが目的じゃないからさ。
それよりも――……どんどん時間が過ぎるがゆえに不安は膨らむ。明日で家光さんとの会合も終わり。そしたら、私たちは五日市に引き上げて現代に戻らなきゃいけない。
物思いに耽りながら長い息を吐き出していたら、隔離世の江戸屋敷前の通りに響き渡るようなルミナの声がした。
「――……はい! 最後の練習、ひとまず終了! どう? 実感はある?」
私たちはだいじょうぶなんだろうか、なんて考えている暇すら本当はなかったのかも。
胸一杯に息を吸いこんだ。そして思いきり吐きだす。
五日市に行っていたみんなも集まっている。二年生みんなして汗だく。旗を振るようにみんなを率いるのはルミナなの。羽村くんと木崎くんだけじゃなくキラリも踊りをチェックする人になって、二年生のレビュウを監修している。
一年生の理華ちゃんたちは先生の助けを敢えて断っているみたいだけど、私たちは別。ライオン先生じゃない、別の保健体育の先生の力を借りて完成度を高めることに集中している。
先生方が用意してくださったジャージとTシャツが汗まみれ。正直だいぶ気持ち悪い。
「柊ちゃん、ばっちり撮れてる?」
「ええ、設置してからずっと完璧です。五日市で番組放送続けているというので、地道にこつこつやっといてよかったです。先生がたのお遊びに乗じて用意できた高性能カメラは、汗染みさえばっちり余さず捉えてます」
動き回っていたみんなで苦笑い。嬉しくはないよね。脇腹や胸元、腰回り。あんまり見てもらいたい格好じゃない。
「それじゃ一回、確認してみよっか」
よく通る声で朗らかに笑うように言ってくれるから、疲れていてもついつい気持ちが向いちゃうの。先生がたの悪ふざけの一環で設置された巨大モニターに映像を繋げて表示してくれた。
隔離世とはいえ霊子体の往来が完全にないわけじゃない。
道ばたに避けてモニターを見上げる。ふわっと香る匂いに気づく。すぐそばにキラリとマドカがいるって。目の前の地面にギンが腰掛けて、狛火野くんやレオくん、タツくんが並んで。キラリの向こう側に虹野くんたちがいて、マドカの向こう側にカゲくんたちがいて。たくさんの仲間がいる。
江戸時代との別れが近づいている。姫ちゃんの力が強まれば、いくらでも往来できるようになるかもしれないけれど、不確か。現代に戻らなきゃ。戻りたい。けど同じくらい、日々を過ごして馴染んできてもいるし、馴染めずにもいる。
刀鍛冶や先生たちの助力なしで海のお風呂がなかったら、私たちは混浴風呂に入らなきゃいけなくて。現代っ子の私たちには正直きびしい。混浴文化がないからね。
なのに手に入る食材をおいしく調理してくれたり、その術を心得て教えてくれる岡島くんのおかげで江戸の食には慣れてきたし、海の環境の違いからなのか食べ慣れた魚さえとても新鮮に感じる。
悲しいのかな。寂しいのかもしれない。
それでも、流れてきた映像と音楽に合わせて歌い、踊り、演じる私たちは笑っていた。マドカがルミナに頼んでくみ上げられたストーリーを見つめながら、思いを馳せる。
出会いがあれば別れがあって。
笑えるときもあれば、うんざりしたり怒ったりしちゃうときもある。
許せるときもあれば、思わず拳をぎゅっと握りしめて怒鳴っちゃいそうな瞬間だって。
「――……」
映像の中の私たちは輝いている。笑顔で、楽しそうで。前向きで。それだけで。
今年あったアカデミー賞で主題歌賞でノミネートされ、発表前に歌をお披露目してスタンディングオベーションを獲得した映画。そして同じ時期にアニメーションで上映されていた映画。
私たちがなじみ深いのは、苦しみとか呪いで始まって、ささやかな解放と自由を獲得する物語。世界でも、前者の映画は評判がいまいちで。物語がわかりやすいからとか、題材にされた人物は後ろ暗いこともたくさんしていて闇を描いていないからとかいうけれど。
私は闇なんかぱっと見て理解できるくらいで十分だと思う。なにせ自分の人生に闇はそこかしこに溢れているから。敢えて具体的な台詞やシーンにされて見せつけられるのは、うんざりしちゃうし……表現される闇が見ている人にとって身近であればあるほど、フィクションであることが露骨に見えちゃう気がするの。
夢を語るなら呪いの要素なんかいらない。見せるとしても最低限でいい。世界や作っている人たちのエゴを押しつけられるのは、うんざりしちゃう。
でもそれは私のエゴだというのも重々承知。
生きにくい世の中になってるよなあって思うし、私が思うよりも呪いはみんなにとって身近で、かけるのもかけられるのも自然なことなのかもしれない。
呟きアプリが昔のインターネット巨大掲示板状態になってるなんて言うタレントさんもいて、でもそれは一面でしかなくて。自分の仕事に活用しているクリエイターもいるし、住処をもっと居場所のいい場所に移している人もいるし。なにげない呟きとか活動報告をしているだけの人もたくさんいて。政治的信条とか、あるいは自分ないし自分のいる集団の信条に寄せるように意見を発信したり、リプライしまくる人もいる――……なんだか、だんだん危ない話になってきた気がします! えっと。
混沌!!!!! って場所だよね。ああ、まあ、そう考えると巨大掲示板に例えるのもあながち間違いではないのかな。揶揄する意味で使っていたとしても、巨大掲示板の中身すべてがうーんって思えるわけでもないし、そもそもたくさんありすぎて追えないし。
捉え方がたくさんあれば、私たちはそれだけ広い視野をもって余裕を持って生きられるかもしれないけど。実際その必要性があるかっていうと、個人の自由だし。狭い世界の中で誰かや何かを使って自分を表現せずにはいられなくて。責めたら解決するような感覚すらあるのかも。これが伝えたいことだ。
たとえばお母さんが私の気に入らない番組を毎週欠かさず見ていたら「そういう番組きらい」って言っちゃうような、そんなささやかな抵抗はでも、私の自己満足にしかならないし、お母さんがうんざりするだけ。言われたくなくてお母さんがチャンネルを変えたとしても、それは私にとっての勝利にはならない。ただお母さんにうんざりされたっていう事実だけが残る。
だけど私が思うよりも、うんざりされたりヘイトをどれほど稼ごうと自分の望み通りになればそれが勝利なんだって思っている人は多いのかもしれない。
繰り返しても、ひとりぼっちになる生き方だと思うんだけどさ。
もし――……もし仮に、黒い私がそんな風に生きてひとりぼっちになったんだとしたら。私はもうひとりの自分をどう受け入れたらいいんだろう。
拒絶? そういう道もある。
お説教パンチ? っていうか武力で解決してなんとなく和解って道だって、やまほどある。
現実で問題ごとを起こされたら、何かを軸に対抗する。それは警察に頼ることかもしれないし、法律を元に訴えることかもしれないし、手続きをすることかもしれない。
私はたくさんの大人のお仕事事情を把握していないから想像になっちゃうけど、会社で上司とか仕事相手にやなことされたら、会社に報告して対処するのが吉なときもあれば、証拠をおさえて労基とか弁護士に頼る方がいいときもあるとか。
つらい場所なら辞めちゃえば? 同じ業界に移るためには反撃に出るとき事前にいろいろと動かなきゃいけないけど、だったかな。ナチュさんがご家族の愚痴をこぼしていたときに話してくれたの。
みんな折り合いをつけて生きてる。拒絶したり、叩いて成敗で終わることって実はそんなにない。すごいお金持ちになれても石油王にはなれないし、名家の出みたいな子と比べられたら私は東京都内に実家のある一般人の女子だし。
でも私はお歌の仕事をもらえている。侍と狐耳とかハスハス事件とか、そういう話題の後押しと邪の金色変化での、関心を寄せてくれている人の気持ちを集めたこととか。なによりトシさんたちの話題性で私はそれなりに成果をあげることができている。
そういうブーストが一切なかったら、狭いライブハウスで十人もいないお客さん相手に地道に歌って、作ったCDを手売りしながら細々と活動していたかもしれない。
セールスランキングで一位になっても、次の新曲に一位を取られて終わり。不動の一位なんて過去にはいない。これだけ長く一位でしたっていうギネス記録はあってもね。
私より苦戦を強いられていて恵まれたいと思っている人から見れば私は嫉妬の的になるし、私からしても、このブーストがなかったら……あるいは一気に飽きられて一発屋みたいに消えるかもしれないし。不安の種も嫉妬の種も、育てようと思えばやまほどそこらじゅうにある。
意味ないんだけどね。
将棋でめちゃめちゃ強いおじちゃんが言ったという。つらいとき、うまくいっていないとき、それでも諦めずに続けられる心が才能なのではないか、みたいな。たしかそんな言葉だったんだと思うんだけど。
団体競技やみんなで従事するっていうんでもなければ、結局まずはなにより自分との勝負。私だって歌とのお付き合いを考えてみると、最終的には自分とどう付き合うのかでしかない。
だから、これは――……黒い私とどう付き合うのかは、或いは私の覚悟の問題なのかもしれない。
相手に傷つけられても、貫き通すかどうか。キラリの言葉はあまりにもきらきらしていて、私の中にしっかりと残っているの。
「いいじゃないか」
「悪くないよね」
ふたりの会心の声にふと我に返った。
キラリもマドカも表面的には身構えるような言葉を選んでいるけど、心はもっと強く結果を前向きに受け入れている。あんまり眩しくて、羨ましくて、気づいたら呟いてた。
「ふたりはもし、いやな自分と向きあわなきゃいけなくなったら、どうする?」
私の声にふたりは私を挟んで顔を見あわせると、そろって私の獣耳の後ろに手を伸ばして指先でかりかり引っかいてくるの。すっっっっっっごく! くすぐったい!
「ちょ、ちょっと! あは、あはははは! やめてよ!?」
「似合わない」
「どや顔してるくらいがちょうどいい」
「ばか丸だしすぎるのでは!? ひどいのでは!?」
ショックをががんと受ける私にふたりは尚も耳裏をくすぐってくるの。
ふたりだってあるのに! 触られると落ちつかないって知ってるはずなのに!
思わず身を捩って逃げると、今度はふたりそろって飛びつくように抱きついてくるの。
「うだうだ考えて出した結論は?」
キラリの問いかけに、んーって唸ってから呟く。
「……抱き締めるしかないのかなあって。ほかに思いつかないもん」
聖歌ちゃんが出した答えだけど、でもそれって真理だと思う。
姫ちゃんに対してしたこと。カナタに対して手を差し伸べたこと。シュウさんに対して呼びかけたこと。ツバキちゃんや理華ちゃんが会いに来てくれたときのこと。
放っておけない。思わずしちゃう行動の選択肢はそんなにたくさんない。
「結局やっぱりいつもどおりで。それは私が憧れたり刺激されたヒーローやヒロインと同じなのかも」
「マンネリ感がいや?」
マドカの問いかけにすこしだけ唸ってから、頭を左右に振った。
「ううん。キラリの言うとおり、どう乗りこえるのか……突き詰めるとしたら、黒い私は最強で最悪の相手だし。マンネリなんて言っていたら、ほかの世界の私のように殺されちゃうんだと思う」
窮地を思えばマンネリなんて言っている余裕はない。舐めてかかって死にました、じゃあお話にならないもの。むしろいつもの流れじゃないようにと先生たちが張り切って妙なカリキュラムを組まれたら、そっちのほうがしんどいよ!
なんだかんだで乗り切っちゃう気がするけどね!
今回のタイムスリップはそれでも、士道誠心史上空前絶後の大事件だと思うわけで。ほどほどがいいなあと思ったりもします。まったり日常系でもいいのでは? だってほら、お仕事が既に波乱に満ちているのだし!
「むしろマンネリになるくらい、楽勝で乗り切れるように強くなりたいかな。最後はぜったいハッピーエンドになるって安心感があればこそ、マンネリに思えるんだろうし」
「カップルでマンネリになって刺激を求め始めたら、ろくなことがないしな」
「キラリは現代でみた映画の話しすぎじゃない?」
マドカが呆れた顔をしながら離れた。キラリはほっぺたを膨らませて言うの。
「別にいいだろ。刺激的な映画をみたら、リョータがどう反応するか確かめたかったんだ。自棄だったというか」
「だからって――……」
あれこれと話し始めるふたりを笑って見守りながら、思いを馳せる。
最近のキラリは元十組メンバーでゲームをしない日はよく、虹野くんとふたりで恋愛映画をみているらしい。私もカナタとふたりでタブレットでネット配信サービスのアプリでコメディとか映画みてるけど、楽しいよ。ふたりでくっついて、ふたりで興味のある動画を見るの。
カナタはドキュメンタリー好きなんだよね。料理のドキュメンタリーでおそば特集ないかなあってぽつりと呟いているときほど、私がコメントに困る瞬間はありません!
ちなみに最初は下ネタ敬遠してたけど、私がビッグバンなコメディ番組を見ていたらだんだん笑ってくれるようになりました。私は主人公コンビも好きだけど、宇宙技師のマザコンだし情けないしだめな子なんだけど、どんどんいい人になっていく過程がお気に入り。ちなみにカナタは宇宙技師の奥さんになる人を見るたびに、私を見てなんともいえない顔をするの。なにゆえ?
ざわざわするみんなを背に、ルミナが羽村くんたちと話しあって、先生と調整を終えて手を叩く。
「みんな聞いてーっ! 本当はゲネプロやって本番っていきたいけど、ぶっつけ本番になりそうです! いけるーっ!?」
「「「 おーっ! 」」」
みんなで拳を掲げて御返事したの。
よしよしと頷くルミナがレビュウの中心。
いろんな人が中心になっては、状況に応じて変わって乗りこえていく。
チームはそれぞれに得意なことがあって、それを活かせるから――……みんなが違うからこそ輝く強さを得られる。みんな同じじゃこうはいかない。
気持ちを高めていこう。決意はもうとっくに済ませたはずだ。寂しさや不安が高まって惑うなら、それだけもっと強く太く気持ちを重ねていこう。
深呼吸をして――……ノンちゃんたちが現世に戻してくれたんだ。
コナちゃん先輩たちはもちろん、理華ちゃんたちもいない。みんなまだ授業中というか、修行中なのかもしれない。そう考えてお部屋に戻ろうとしたとき、尻尾がびくびくと震えたの。
いやな予感というよりも、これは――……。
「なんでだろ」
わくわくに繋がる予感があるの。
◆
はろ! 理華でーす。え、お前かよって感じ? いろいろ切りかわりすぎてついていけない?
まあそういわず。ゆるーい気持ちでお付き合いくださいよ。
「さてと。先輩たちの前でお披露目する前に――……とびきり重たい、だからこそクリアできたら最高のミッションに挑みますが。準備はいいですか?」
ルイやスバルたち、美華や聖歌たち――……そして、姫ちゃんが頷いた。
先生たちの指導を終えて、一年生が解散。駅で見送って、江戸残留組の先生にお願いしてお風呂へ移動。脱衣所に入って素通りでお風呂場へ。壁をぶち抜かれて秘匿性が解除されてしまった似非カップル風呂の隅っこに集まって、みんなで顔を見あわせる。
「姫、いけるか」
「地獄の修行と神水と……あとは、日に日に春灯ちゃんの熱を感じるの。おかげでなんとかなりそう」
決意や覚悟で固くなりすぎていたらと心配だったけど、姫ちゃんの笑顔を見る限り問題なさそう。
「みんなは問題ないですか?」
「なにが起きようと関係ない。お姉さまの指導も受けた」
「修行の内容……思いだすと、ね」
ツバキちゃんの呟きに、みんなしてうんざり気味の顔をする。
修行編はかっ飛ばしましたけど。想像してみてほしいんですよね。
最初の訓練で理華たちを超やばい邪たちがいる世界に送り込んだ明坂ミコさんのスパルタ形式を。そして冬音さんもどちらかといえばミコさんのようなスパルタ好き。むしろ良心は緋迎カナタ先輩だけだといっていい。カナタ先輩に紹介してもらった鬼のシガラキさんも、スパルタでドSで、しかもからかってくる。
まさしく地獄でしたよ。いずれ話す機会があれば、そのときに。
いま大事なのは、
「ぐだぐだ考えるよりもまずは行動を。姫ちゃん」
「――……うん」
選択し、動くことだ。
「七原くん、私の右手を握ってて。みんな、七原くんを通じて手を」
頷いて、それぞれに手を繋ぐ。
指輪だけじゃない。みんなの霊子が繋がっていく。
美華の指輪が特に煌めく。三つの星の輝きがみんなの心を重ねていく。
姫ちゃんが左手を伸ばした。目の前の空間に姫ちゃんを通じて、みんなの霊子が放たれていく。それは自然と青い渦を生み出して、緩やかに、けれど確実に広がっていく。
手を伸ばした。
「こっちに手を伸ばしてくれているんだよね?」
姫ちゃんが囁く。
「わかってる。感じるの――……私と重なる願い。今こそ繋げるよ」
さあ。
「開いて」
私たちの霊子が思いきり引きずられて抜けだしていった。そして、当然のように渦は一瞬で大きく広がるんだ。
黒い漆黒の先から手が生えてくる。七原くんが身構えた。けれど邪魔することなく、手の主を見守る。けれど言わずにはいられなかったようだ。
「――……驚いたな」
「それはこっちの台詞だ」
まったく同じ声を出して、手の主が現われた。
七原くんだ。本当に。寸分違わず、私たちの知る七原くんにそっくりな彼がそこにいる。
いや、よく見てみるべきだ。
自衛隊の軍服か、迷彩服姿だ。よく見れば右手は鉄製。失ってしまった腕の代わりに義手でもつけているのか。肩から指先にかけての輪郭が左右非対称である。
腰に差した刀の鞘も、柄も、なにもかもが私たちのそばにいる七原くんとは違う。
ネックレスのようにしてチェーンにぶら下げている指輪の数は多い。それは私たちの指輪と瓜二つ。まるで兵士のドッグタグみたいなノリ。
同じに見えるのは顔だけだ。表情は精悍だけれどくたびれているようにも見えるし、体付きだってがっしりしているし、腰回りも太い。華奢じゃとても太刀打ちできない世界に生きているのか、それとも侍のありようが違うのか。
わからない。ただ、考えている時間的な余裕もない。っていうか、私たちの力が無限じゃないのだ。迅速に行動を。
「それで――……」
「黙って。そして聞いて。理華たちはあなたたちの世界を再生する。巻き戻すように……ううん、違う。あるべき姿へ進化させます」
「――……ふっ」
「あの。何がおかしいんですか?」
「いや、なに。こっちの理華も、こういうときのためにマニュアルを残していてくれていた。どこの世界の理華も、俺の予想をいつでも超えてくるんだなと思ってな」
……なんですと?
「きみたちにはつらいものを見せることになる。そもそも俺は忠告さえできれば御の字だと思ってずっと祈ってきた。その先を望んでくれるなら、願ったり叶ったりだけどな」
別世界の七原くんがふり返って、懐から出した四角い箱のスイッチを押す。
すると、渦の向こうから運び出されてきた。そしてすぐに渦は閉じてしまったんだ。
けれど落胆するどころじゃなかった。
運び出されてきたのは、棺。
手を離して、恐る恐る近づいて覗き込む。小さなガラスの小窓の向こう側に、土気色の顔色をした春灯ちゃんがたくさんの花に囲まれて寝ていた。
――……亡骸なんだ。線香の香りもする、終わりの形。
「ふたりだ。俺たちの世界の彼女と姫が救われたら、いくらでもやり直せる。聖歌を助け、美華たちを。そうして――……世界を癒やす道を進める」
そう呟いて、七原くんがこちらの世界の姫ちゃんと――……聖歌を見つめるの。
「頼めるか」
逡巡というよりも、気持ちが高ぶりすぎて惑う姫ちゃんの背中を押すように、聖歌が胸をとんと叩いて言うのだ。
「お任せあれ!」
春灯ちゃん顔負けの、笑っちゃうくらい清々しさに満ちたどや顔だった。
私たちよりもしんどくてきびしいヘルモードを過ごした七原くんに怒られるかと思ったけれど、彼はなつかしそうに目を細めて、かすかに笑った。
疲れているようだし、絶望だらけの日々だったに違いない。
構うもんか。
「それじゃあ、生き返らせていきましょう。それがどれほど途方もない裏技だとしても」
とっくのとうに、理華たちは決めている。
「それ以上の裏技でめちゃめちゃにされたんです。黙って見過ごすなんて、理華たちには似合いませんよね?」
「「「 おーっ! 」」」
みんなで声をあげた。よしよし、本格的に始動するぞ。
みていろよ! どんどん動いていくからな!
つづく!




