第五百七十九話
アイさんに朗らかに出迎えられて、家光さんの話を聞かせてもらうの。
楽しそうに自分が見た将軍さまの様子を語るけれど、色恋の情はなく。強いて言えば孫の話を喜んでするおばあちゃんみたいなの。見た目はすっごく若いのに!
襖を隔てて待機してもらい、私は家光さんとふたりで話す。何事も無くね。
今日も和やかに時間が過ぎたから、そろそろ立ち去ろうとしたときだった。
家光さんがはるひって呼んできたからふり返る。
「どうなさいましたか?」
「――……ちと、その、な」
「ええと?」
もったいぶるなんて珍しい。言いにくいことも言うと決めたら絶対言うタイプだと思っていたのに、どうしたんだろう。
きょとんとする私に困り眉で見上げられる。
「手を……」
「手、でございますか?」
「手を、握りたい」
「はあ……」
自分の手を思わず見つめちゃいました。
手を握るくらいわけないぜって思う反面、
『寂しがり屋の男の手繋ぎ要求、気をつけたほうがよいのう』
だよねえ……。とはいえ、子犬が寂しがるような顔して見られると弱いよ?
『まだ逢瀬の日にちも残っておる。機嫌を損ねるのもな。十兵衞ならばどう思う』
『……さて。もうずいぶんと昔のことゆえ、判断がつきかねる』
『ずうっとこれじゃ』
呆れるタマちゃんに苦笑いをしそうになって堪えた。
将軍さまにそっと尋ねる。
「手だけでございますか?」
「う、うむ。手だけでよい」
「それなら」
その場に膝を突いて、着物を整えながら正座をして手を伸ばした。
「どうぞ」
「――……すまぬ」
何を謝るんだろう、と思ったときには重ねた手でぐいって引っぱられていた。
抱き締められる。切実に熱を求められている。けどそこに性欲の欠片も見当たらない。
どちらかというと――……。
「――……突き飛ばしてもよい。誰にも言わぬし、外の者にも言い含めよう」
逃げる理由さえ作って、それも私を追いつめるためとか、先に進むために確認するとか、そういうんじゃなくて。
「お寂しいのですか?」
「――……笑うか?」
「いいえ」
背中に手を回して、そっと背中を叩いた。
身内感があるなあという不思議な感覚は、今ですら私の中に満ちていて。男の人に抱き締められているっていうよりもずっと、トウヤやコバトちゃんとか、江戸時代に来て毎日日替わりで寝ているときに後輩ちゃんたちに抱きつかれているような感覚でしかない。
カナタは怒るかなあ……そう悩みはするけれど。
「ずうっと張り詰めてばかりではいられないでしょう」
「――……お前はいずれ天に戻るのであろう?」
「素顔になれる仲間を、もっとたくさんお作りなさいませ」
いやだと駄々をこねる子供のように、力が増す。
去年の四月の――……ギンのときを思いださずにはいられない。
身体は大人で、男の人のもので。けれど心はずっと子供のまま。やっていることも責任も大人にしか勤まらないものだけれど、子供の心が加齢で死んで消えちゃうわけじゃない。
「だいじょうぶ。既に仲間がいるのですから」
「はるひが残ってくれねば困る」
「無理を仰らないで。どうか、どうか」
背中をさすりながら、さてどうしたものかと天井を見上げた。
大奥に勤めるアイさんが襖一枚を隔てた先にいる。中断を申し出ればいくらでも離れられる。
そうして立ち去った女性も、もしかしたらいたかもしれないし。それは女性ではなく男性だったかもしれなくて。性別なんて関係なくて、彼にとって縋れる存在がいなかったから、弱さをだせる場所がなくてつらかったのかもしれない。そう考えてきた。
的中したと思うばかりだ。子供が母親に甘えるように、駄々をこねて。
普通ならどん引きするんだろうなあ。同世代の子たちなら迷わずそうしただろうなあとも思う。
けど生まれてからずっと世を治める徳川の男たれ、と厳しく躾けられてきたんだろうなあって思うとね。つらくあたれない。
徳川の将軍さまは早死にすることも多かったという。心身にかかるストレスが尋常ではなかったとか、食事の仕方からして現代からみれば長生きを前提にされてないとか、いろいろと理由があるだろうけど。
家光さんの甘え方の――……ええい、言っちゃえ。甘え下手っぷりを見ていると、自分をふり返らずにはいられないし、拒絶なんてできなかった。そりゃあ……この先をって求められたら迷わず逃げるけどさ。
子供が親に求めるような愛情を、素性の知れない年下の女の子にやっと求められるなんてさ。それってもう悲劇なのでは?
強くあれって言われて強くいられたら、そんなに簡単なことはない。けど現実には無理だよね。言われただけでどうにかなるなら、私たちの世界はもっとずっと平和と混沌に満ちていると思う。
「しかし……余が素直に話せる者などおらぬ」
「そう仰らず。たとえば……そうですね。襖の向こうで聞いております女子や、春日さまは?」
「春日はだめだ。男衆にもうんざりよ――……しかし、襖の向こうとな? 女子は、まだなあ……」
私からすこしだけ離れて難色を示す家光さんに、六年くらい前にお姉ちゃんなりにプレゼントを買ったら不満をこぼすトウヤが重なって仕方ない。やれやれ。
「女子としてではなく、こうして腹を割って話せる友になってもらえたらようございませんか?」
「――……それは、だが。大奥にいる時点で難しい。春日の目もある。そも、本人が望まなければ意味もないし……妙な情があってもな」
そのへん、立場柄や状況からして仕方ないけれど、ちょっと自意識過剰かな。
「逆に言えば、本人が望んだなら? ただあなたを気遣う人であったなら、問題ないのでは?」
「……さて、なあ」
弱り果てた顔をする家光さんに笑いかけてから、そっと立ち上がって襖を開ける。
頬に手を当てて困ったなあという顔をしているアイさんに尋ねるの。
「いかがですかね?」
「望ましいことなのでございますが、勝手にお引き受けしたとなると春日さまのお耳に入ったら困ったことに」
「私からお伝えしたら、いかがですか?」
「天女さまにお見初めいただき、任を引きつぐとなれば、あるいは目もありましょうが」
話の内容からしてもっと大騒ぎしてよさそうなんだけどね。
アイさんは脳天気に小首を傾げるだけ。器が大きそうです。
「わたくしでよいのでございましょうか」
「えっと」
襖の中からふり返ると、家光さんが興味はあるけど怯んでいる顔を見せる。
人見知りしている子供にしか見えない。見た目は大人なのにね!
「優しく、そっと。脅かさないように。ゆっくりと……始めていくなら、いかがです?」
そうっと尋ねると、家光さんは迷い惑っているのか、私をじっと見つめていた瞳が揺れた。
きっと思いを馳せているに違いない。いつか私は立ち去る。引き留め、抱き締めないと。それこそ子供でも作らないと。
けどその気はないんだろう。ちっとも。私に対して抱いている気持ちはえっちな下心じゃない。むしろただただ、下心とは関係なく、親が子を愛するような愛情を求めている。
まあねえ。マザコン嫌うノリで見たら私でも無理だけどさ。
繰り返すけど、彼の境遇を思うと私は単純に拒絶できない。だから手を差し伸べるの。
「私も寄り添います。無理ならば次を探せばよいのです。私をなんとしても引き留めるおつもりがないのであれば、こうお考えを。私と同じように接することのできる身近な人と、まずはひとりでいい。私と一緒に絆を結び、仲良くなってはみませんか?」
「――……」
言葉を発さずに頷いた。それからふてくされたようにごろんと寝返りを打って背中を向けてくる。けどいやだとは言わないから、お気持ちを察してそっと襖を閉じた。
駕籠へと向かう間にアイさんから文句を言われることくらいは覚悟していたんだけどさ。
「わたくしにお友達になれと申されたのは、天女さまが初めてでございます」
「え……」
意外な言葉をかけられたの。
「面白うございます」
ほっぺたがあがって「いたたた」と押さえて、たまに足取りが弾んじゃったりなんかして。
アイさんは私が思うよりも相当ご機嫌みたい。
駕籠へと入る私に、そっと囁くの。
「星蘭と申しましたか。安倍と申す者との話も愉快でならぬと仰せで。よい風が吹いてまいりました。天女さま、感謝を。そしてよい夢を」
微笑みかけてすぐ、扉が閉められる。
お兄さんたちに運ばれながら思いを馳せた。
ユウジンくんたちも将軍さまとお話しているみたいだ。
私の想定よりもっとずっと、いい形で事が流れている。
注意しよう。こういうときこそ、しっぺ返しを食らわないように脇を締めるの。
『いい心がけだ』
十兵衞の会心の肯定に機嫌が上向く。それでも膨らみたがる尻尾を窄めて、気持ちを傾ける。
敵は強い。現代に戻る手立ても可能性は高まっているものの、まだ確実にはなってない。
気を引き締めないとね。
そろそろ慣れてきた移動時間も終わり、そっと下ろされた駕籠から出て運んでくれたお兄さんたちにお礼を言って、さて戻ろうかと思ったときだった。
「やっとお帰りなさいやね」
「あ……ユウジンくん」
屋敷の壁の上に腰掛けて、狐のお面をつけた着物姿の彼が月を背にしていた。
「ひとりできたよ。言うても――……地下、つなげてもろて、風呂場は賑やか」
「あ、あはは」
さすがにそのへんは連携するよね。
北斗や山都に比べると、星蘭とは仲がいいほうだ。本州繋がりっていうのもあるけど、ちょくちょく交流しているし。
とはいえ。
「説明、足りてると思うてはるなら……羨ましいわあ」
ちくちく刺すくらいお怒りですよね! そりゃあそうだよね!
「江戸やなくて京に呼んでくれたらよかったのに」
「え、そこなの?」
「見てみたいやないの」
お面を外してぴょんと飛び降り、戸惑って立ち去れずにいた駕籠のお兄さんたちに笑顔を向けて手を振ると、ユウジンくんは下駄をからころと鳴らして屋敷に入っていったの。
相変わらずのマイペース。あわてて追いかけていくと、玄関口に狐耳を生やした子や鹿野さんがいたの。立浪くんも。じろっと睨まれて思わず身が竦む私に見慣れない子は鼻息を出して真っ先にどこかへ行っちゃって、鹿野さんが肩を竦めた。
「しゃあないな。それよりも、ユウジン。うちらはどないしたらええの?」
「風呂でも楽しんで」
「適当やな!」
「いつものことだ。いくぞ」
鹿野さんを促して、立浪くんが一度だけ私に視線をくれた。
凄味が増している。人斬りの御霊を宿している彼の剣技は尋常ならざるもの。
狛火野くんやギンと同じくらい。或いは斬ると決めている以上、もっと振り切れていて恐ろしいかもしれない。
殺意も、緊張感も張り詰めているようにしか見えない。けれどもう、それが日常になっているに違いない。身体からは力が抜けていた。
足音が遠のいて聞こえなくなって、ほっと息を吐く。
「堪忍な。妙な連中を追い払って高ぶってる」
「――……ああ」
星蘭にも忍びないし、面倒な人たちがちょっかいを出そうとしたのか。
でもユウジンくんたちの様子を見る限り、無事に追い払えたみたい。
逆に考えると、星蘭の人たちにとって呼び出されてケンカ騒ぎになった時点で「おのれ青澄」ってなっているのかも。
さっきの女の子も妙にきつい感じだったしなあ。とほほ……。
「気にするだけ損」
「――……ん」
ミコさんみたいに考えを読んでくるユウジンくんにはもう慣れてる。
彼に連れていかれる形でコナちゃん先輩たちの待つお部屋へ。カナタがいるし、マドカたちもいる。学院長先生だけじゃなく、星蘭の校長先生らしきおじちゃんまで。隣の部屋で先生がたが集まって難しい顔をして話しあっているし、物々しい雰囲気だ。
恐る恐るキラリとマドカの間の座布団に腰を下ろしたら、こほんとコナちゃん先輩が咳払いをして切り出した。
「さて、それじゃあこれより士道誠心と星蘭による合同の、タイムスリップは祭りでやるぜ! 作戦について話し合いを始めます」
――……なんですと?
「おいしい夜食のあとで最高の気分で寝れると思ったらこれ。手短に済ませたいんでご協力よろしく」
ものすごい私情をしれっと言ってから、本題に入るんだ。
「まず演目の説明について、順番ですが」
「はいはいはい! 士道誠心一年生を代表して立沢理華が!」
「待って! ここは中堅どころの二年生がいくべきなのでは? 山吹マドカが説明を!」
「賑やかで結構やなあ。いやあ、さすが人を巻き込んで放置する士道誠心はひと味ちがう」
「「 ぐっ…… 」」
ユウジンくんの切り返しにふたりが唸り、私を恨めしそうに見てから引き下がる。
コナちゃん先輩はこうなることを見越していたのだろう。ユウジンくんに視線を向けるの。
「星蘭からどうぞ」
「いろいろと事情はうちの先生がたが聞いてくれてるようやさかい、うちから言えるんは――……そうやねえ。舞い、やねえ」
「舞い?」
「東京は賑やかでええね。けど、あいにくと士道誠心と違ってうちは質実剛健、雅人深致が売りやさかい」
が、が、がじんしんち?
『高尚な人間の持つ深い趣。つまりは高尚な趣味を楽しむ京都人だ、と言っているのだな』
十兵衞が愉快そうに教えてくれたの。
マドカもキラリも理華ちゃんも、コナちゃん先輩もカナタも。
集まっている士道誠心の頭いい組は一様にかちんときているけれど、ぐっと堪えている。
……なんでなのです?
『要するに東京の、士道誠心の芸能活動を皮肉っているのだろう』
『或いはやっかみか、ないし宣戦布告じゃな』
えっと?
首を傾げる私にふたりそろって理解できないならいいって伝えてくるの、なにゆえ……。
「つまり舞いでこちらの演目を圧倒すると言いたいのかしら」
「どうせやるなら勝ちたいいうんが、星蘭の総意やと伝えてくるよう言われて」
まるで本意じゃないかのようにしれっと目を細めて言うの。相変わらずの胆力。学院長先生たちもいるのに、気にしてない。その必要すら感じていない。
「相変わらずのケンカ腰。逆に言えば、それに乗ればそちらの糾弾はひとまず休止になるのかしら」
「約束しませんけど」
「否定もしないと?」
「さあ?」
糸のように目を細めるユウジンくん、いまさらだけどしゅってしてるよね。
私よりもよっぽど狐らしい。羨ましいくらいだ。いいなあ……しゅってしないかなあ。
ぼーっと見つめていたらキラリに脇腹を肘で突かれました。間抜け面をするなって怒ってそうな顔をして睨まれると、背筋を正さずにはいられません。キラリの機嫌を損なうと漏れなく尻尾ひゅんひゅん攻撃が待っているので! マドカもずるい。事前に予期して隣を私にするんだもん!
ぐぬぬ……やられたぜ……!
「いいわ。星蘭は三学年及び卒業生も舞いでいいの?」
「ほかにもあるけど、内緒」
「な!? な、なぜ内緒に?」
「そっちも内緒にしたいことが大いにありそう」
人差し指を唇の前にぴんと立てて、視線を理華ちゃんたちに向けたんだ。
思わず身を強ばらせる理華ちゃん、蛇に睨まれたカエル状態だ。
「ね?」
「……わかった。じゃあ立沢」
「えっ、あっ、え? ……と、一年生、みんなで相談して決めていいですか? っていうかラストのトリやりたいんですけど。姫ちゃんがいますし。でっかいことやるんで、ね?」
「率先して発表しようとしたわりには勢いが弱い。内緒にしたいことでもあるのかしら」
「別に?」
胡散臭いくらいいい笑顔で言い返しているから、私にもわかる。理華ちゃんは内緒にしたいことがあるから、ごまかしてる。そうなることを見越してコナちゃん先輩も理華ちゃんに振るし、ツッコミをいれていくんだろう。怖いなあ。火花がばちばち散っていますよ。
「なら次、山吹」
「――……機先を制された」
むすっとした不機嫌顔でマドカが深いため息を吐く。
「私たちには内緒にする理由がないんで言います。春灯がいて、私たちがいる。なら? やることは明白」
ユウジンくんと理華ちゃんをそれぞれ五秒くらいは見つめてから、結論を告げるの。
「私たちの芸、全力で見せます。負けるつもりはありません。星蘭にも――……士道誠心にも」
露骨なくらいの挑発。ユウジンくんよりもよっぽどストレート。
あるいはそれが西と東の文化の違いなのかな。それともそうじゃないのかな。わかんないけど!
「よろしい。三年生は運営を。卒業生も同様に。以上です。今後は毎晩この時間帯に進捗を報告し合うこととし、今日の会議は終了とします」
「お疲れさま。相談事は先生方を通じて逐次連絡を取り合うことで共有する。解散だ」
カナタが直ちに乗っかって終わりにしちゃう。
ユウジンくんは私に一瞥をくれてから、幕府の人たちに見つからないようにこっそり設置された地下への階段へ向かっていった。
コナちゃん先輩はカナタの肩をそっと叩いて、寝室に一直線に向かっていく。重たそうな足取りをみると、疲れがたまっているのかもしれない。
理華ちゃんやマドカたち集まった面々もユウジンくんを追いかけていく中、学院長先生はおじちゃんに「さて、それでは先生方と一緒に久しぶりの酒宴と参りますかな」なんて言ってる。
去り際に襖が閉められた。薄い壁一枚の密室状態だ。
ふううってため息を吐いたら、カナタがそっとそばにきてくれたの。ふたりきりだ。
「お疲れさま」
「ん。カナタも――……そういえば、地獄の修行、どうだった?」
「ああ……その、まあ。今日は俺はたいしてやることもなかった」
「そうなの?」
お姉ちゃんに話を聞こうにも、とっくにおねむタイムなので爆睡中。
神水をあげないと起きてくれないだろうし、私は神水を作れないので無理。
マドカが離れて空いた座布団の上に胡座を掻いて、カナタが深いため息を吐く。
「本来、人を地獄にそう気やすく連れてきてはならぬと現閻魔大王に叱られてな。とびきり分厚い許可書類を片付けるので、冬音は手一杯になって。一年生は秘密にしたい特訓をするそうで。なのに監督役が欲しいと言われて、シガラキを紹介した」
「ふうん……」
お姉ちゃんは自業自得だとして、地獄の話は最初こそ禁忌みたいな感じだったのに。
「それって言っちゃっていいの?」
「冬音からは、自分が地上に出たからある程度はお目こぼしがあるんだとか。この時代には適応されないみたいだけどな」
「……なんだかなあ」
都合がいいというか、でも詰めが甘いというか。
お姉ちゃん、ひょっとしたら意外と抜けているのかも。私のお姉ちゃん感が凄い。抜けているところに縁を感じていいのでしょうか。謎!
「じゃあ、カナタはどうしてたの?」
「――……ご先祖様を見ていた」
「……そっか」
海沿い、竜宮城モードの屋敷から見送ったひとりの少年がいた。緋迎ではなく火迎。文字がひとつ微妙に違うらしいけれど、でもカナタのご先祖様に違いないとのことだった。
地獄巡りは緋迎の宿命というか、大事な修行のひとつなのだという。それゆえに、少年が地獄行きの修行をしている時点で、ほぼほぼご先祖様確定なのではないかということなんですって。
「元気にしてた?」
「鬼に小突かれながら鍛えられていた。俺よりも刀を打つのが早い」
「――……おう」
そ、それは凹むね! 私もあきさんの凄さを思うと凹むけど。
そう考えたときだったの。カナタの頭が肩に乗っかってきた。今日は私が甘えるよりも、たくさん甘えられるターンなのかも。
「だいじょうぶ?」
「聞いたんだ……成果を示せなければ食われるのだという。死にものぐるいで全力で生きている幼い男の子を見ていて、不思議な気持ちになった」
「いやな気持ち?」
「いや」
私のお腹に両手を回して抱き寄せてくるから、おとなしくカナタの膝上にお尻をのせるようにして横向きに身体を委ねる。肩口に頭を置く前に、ほっぺたにキスをしようと思ったらカナタから唇にキスをしてくれた。
ふたりで微笑みあってすぐ、カナタは言うの。
「懸命に生きるとなれば、人は簡単に振り切れるのかなって」
「うん?」
「……そんなことないと思うけど」
あれこれ意見してもらいたいモードじゃなくて、聞いてもらいたいモードだ。そう理解して頷く。
「俺はさ。本物じゃないとずっと思っていた。無理をして、意識しないと……ポーズひとつさえ、満足に取れない」
「――……うん」
さすがに付きあって一年がもうちょっとで経つからすぐにわかったよ。
カナタの格好つけたがるところだ。それにきっと、カナタらしく振り切れない、ばかになれない問題だ。
「でも、意識したり無理するよりもっと素直に振る舞えるかもしれないって思った。そしたら、俺もお前のように暴れられる気がして」
「――……そっか」
「そんな俺はいやかな」
キラリやマドカだけじゃなくて、女子風呂で聞く男子の愚痴ってだいたい「奴らは私たちが思うよりもずっと女々しい」というところに尽きるけど。私はそれも可愛いと思える。いまのところは!
「いやじゃないよ。見てみたい」
「ださかったら? 見捨てない?」
「しないよ、そんなことするはずない」
「……想像よりも微妙かもしれないぞ?」
「だったら私ががんばっちゃう。カナタがなりたい姿になれるように」
「……きついことも言うか?」
「カナタとの付きあい方なら、カナタよりも上手い自信があるよ?」
「それは――……そうだな。ああ、お前の言うとおりだ」
笑ってくれた。それに、吹っ切れたように晴れ晴れとした顔になったの。
「だいじょうぶ。どんなカナタになっても、大好きだよ……私は絶対、味方なんだから」
「……ああ。俺もだ」
ふたりの間に流れる空気が特別な熱を持つ。
お部屋だったら迷わずあまあまへと移行するくらい、素敵な瞬間だったの。
だからこそ、
「あー。その。若いふたりには申し訳ないけど、仮にも教師が隣にいるから……そこまでにしてね?」
ニナ先生の困った声にふたりしてあわてて離れたよ。
「お風呂はいってきてもらえる?」
「「 は、はい! ただいま! 」」
赤面しながらあわてて駅へとふたりで向かうのでした。
ああああああ! もう! ぜったい全部聞かれてた!
めっちゃ恥ずかしい! はよう! 現代、はよう!
つづく!




