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その刀を下ろして、帯刀男子さま!  作者: 月見七春
第五十一章 大江戸化狐、時女神青色帳

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第五百七十話

 



 どうも、お久しぶりの理華です! 覚えてます? 忘れちゃった? 思いだせ! うそうそ。気楽に付き合って。

 電車から降りた姫ちゃんが、次のお風呂班の中に生徒会長を見つけて駆け寄っていった。真剣な顔をして話し始めるから早速お近づきになろうとしたんだけども。


「ねえ、理華。あれの確認したい」


 聖歌に後ろから抱きつかれてあえなく失敗!

 直ちに視線を周囲に向けた。春灯ちゃんやマドカちゃん、キラリちゃんもいるから急いで聖歌の口を塞ぐ。


「ようし、じゃあお部屋に戻りますかね!」

「ん」


 嬉しそうに笑う聖歌を見てから、もう一度だけ姫ちゃんを見た。既に話は終わったのか、生徒会長に頭を撫でられてから姫ちゃんが駆け寄ってくる。

 くっそ、タイミングを逃した。聖歌にアタックされる前に感知できなかった自分の失敗を呪うけど、それは正直楽に取り戻せるだろうと踏んで堪える。失敗は成功に繋げれば経験値にしかならない。前向きに!

 みんなで直ちに屋敷へ移動する。先生たちが「さっさと男子女子に分かれて寝なさい」と言ってくるけれど「大事な話し合いがあるので、終わってからでもいいですか? 気になるなら先生も見ててもらって構いませんから」と切り出した。

 中学までの先生なら絶対にアウト。なのに、獣耳と尻尾を生やした着物のお姉さん先生は苦笑いを浮かべて「事情を聞いてからね」と理解を示してくれた。

 士道誠心の規格外なところって、どこから生まれるんだろう。ずうっと不思議だったけれど、小学校や中学校で矯正される自由度が、ここではむしろ奨励され、認められる傾向があるとこに隠れているのかもしれない。あるいはむしろ、隠れずにそのものが答えなのかも。

 考えているばかりじゃいられねえな。


「先生、その前に聞きたいんですが。電車、もういきました?」

「え? ええ、音が聞こえるけれど」

「じゃあじゃあ、もう春灯ちゃんたちって遠くにいきました?」

「そうね。じゃあ、先輩たちへの隠し事の中身を教えてくれる?」


 ふう! あがるなあ。理解の早い先生で助かる!

 そうなんですよね。春灯ちゃんたちを警戒し、聖歌が切り出したおかげで姫ちゃんのそばに行かなかった理由はただひとつ。

 春灯ちゃんたちのいる前で話したくない話題だからだ。

 のんきに女子部屋に歩いていくミツハ先輩は、何も言わない。当然だ。発案者はミツハ先輩なんだから。口出しもしない。ただただ応援してくれるだけ。

 その自由がいい。成功も失敗もすべて自分次第。社会に出たらなかなかそうはいかない。万能感があるし、責任が自分たちに集約しているのはとても気楽だ。誰かが自分の幸福を奪うほどの責任と権利を持っているほうが、よほどぞっとする。

 というわけで、肝いりの企画なんですよね。なにせ先輩たちったら、毎日の運営で手一杯で、理華たちとどう組んでいくかの設計が疎かなんだもの。

 理華としてもクラスのみんなとしても、この状況は到底承服できない。

 納得のいかない理由はただひとつ。私たちの存在感を発揮できていないから、優先度を高めてもらえていないせい。結局、理華たちの先輩たちへのアピールが足りてないから、認知度が足りないんですよね。

 生徒会長は修行をする段階になって、ストレートに言ってきた。


『あなたたちの暴れる力って、やっぱり一年生だからこのくらい? そういう考えで今に納得して諦めてしまう?』


 揃って反骨心剥き出しの顔をした私たちに、嬉しそうに笑ってこうつけたすのだ。


『そうよね。そんなタマじゃないのは、短い間でよくわかった。それなら、じゃあ……どう暴れる? 神水を飲み、修行をしながら考えてみましょう。緋迎くん、手分けするわよ』

『ああ。それじゃあみんな、修行を始めようか。最初は気楽にいこう』


 緋迎先輩に委ねて離れて、修行を受けて一区切りついたころになって、春灯ちゃんたちの指導を終えたミツハ先輩が交代してくれた。

 きつすぎる先輩だけど、でも根っこにあるのは私たちの意欲への渇望ただひとつ。生徒会長と志は同じだったから、叩き込まれた。

 暴れ方を。それはひとつの道でしかあり得ないような、単純なものじゃなかった。

 自分の個性をどういかすのか。求められるのは、なによりもまずそこだった。

 嬉しいし、待ち焦がれていたよ。

 姫ちゃんは文字通り、鍵のような存在なので重宝されているけれど。どちらかといえば、役割としての要求のほうがよほど強い状況だ。

 もちろん気に入らない。役目じゃない、もっと私たちだからこそ示せるものを掴みたい。

 なので、暴れてやろうじゃないかと思うんですよ。予定調和、きらいでしょ? 理華もきらい! 刺激がないなんて退屈だもの。


「先輩たちが歌って踊って、綺麗になって心を惹くんなら。理華たちはもっと歌って踊ってやろうかと」

「それは、つまり……青澄さんや羽村くんたちのように、歌って踊ってみたいということかしら」

「もっともっと先ですよ。ショーをやるんです。それも――……江戸時代から現代に戻るための、この時代で最高のショーを!」

「うちの学校の方向性を疑う、と頭の固い先生なら言うでしょうけれど。御霊はすべからく、神のようなもの。であれば、神に捧げる宴というアプローチはとても自然か。なるほど」


 そういえば学校見学のときに七原くんについて質問した先生だったな、この人。あのときも相当ガードが堅かったけど、この察しの良さと理解力の高さは年の功っていうより、もっと自然な共感力からくるものなのかな。

 ぱねえな、士道誠心。


「それで青澄さんたちがいない間に、振り付けや歌の確認をしたいの?」

「まさしく! っていうか、先生はんぱないですね。察しがよすぎ」

「獅子王……だと旦那がいるから紛らわしいわね。ニナ先生って呼んでくれる?」

「察しのよさについては?」

「ノーコメント」


 しれっと流されてしまった。やっぱり腹の内を明かしてくれない。同年代よりも大人の隠し方は……ううん、ちがうな。きちんと成長した大人のかわし方は自然、ないし強固。あるいは両方。


「どうぞ。芸事なら音楽の先生とか呼んできましょうか? 宴が大好きな御霊を宿している先生もいるし、学院長先生もその手の話に明るいわよ?」

「あー、いや。ミツハ先輩に自分たちで作りあげることに意味があるって言われたんで」

「なるほど。じゃあ私がそばで見ているだけにしましょうか」

「ぜひぜひ! あ、先生たちへの説明をお願いしても?」

「もちろん。じゃあ――……そうね。玄関から入ってすぐの居間で待っていて? すぐに行くから」

「どうもー」

「変なことしないでね?」


 にっこり笑って釘を刺してから、職員のみなさんがいるお部屋に歩いていくの。

 スバルや岡田くんがすこしだけぽぉっとした顔で見送っている。


「人妻ってだけでえろいのに、あの着物姿とうなじは反則だよね……」

「よせ、岡田。敢えて言うなっす」


 ルイまでもがぽぉっとした顔で岡田くんの口を手で塞いでいた。

 やれやれ……そういうこと言うから、詩保と美華がえげつない睨み方をするんですよ?


 ◆


 ショーと聞いて歌と踊りを連想して繋げたニナ先生はもちろんながら、姫ちゃんが拳をぎゅっと握って力説するんだよね。


「要するに、やっぱり、最高で特別なショーをやりたいの」

「あの映画、最高だったよね」


 迷わず頷くワトソンくんも映画を見たようだし、実は私も見たんですよね。

 ミュージカル映画でめちゃめちゃ受けた制作陣が出した、次の映画。アメコミヒーローにもなった俳優のミュージカルの腕が存分に披露された、最高の映画だった。

 マイノリティーだからなんだ。ユニークだからこそ輝く。けれどその根底にあるのは、ただただ愛情だけ。それが最高にイケてる映画だった。

 二月下旬に上映開始されて、まだやってる映画館もあるかな? めちゃめちゃオススメですよ!

 それはそれとして。


「七原くんに歌ってもらいたいなあって。彼の歌声、すごいんだ!」


 上気した頬で力説しまくる姫ちゃん、さてはどっかのタイミングで抜けだしてふたりで満喫したな? それともカップル風呂でしっかり楽しんだってこと?

 どちらにせよ、みんなそろって激甘空間だろうと笑っちゃう。最初に返事をしたのは詩保だった。


「わかってる。二年生たちから離れて一年生だけで修行したときに、軽く聞かせてもらったから」

「そ、そうだね……OK」


 照れくさそうに笑って、自分を納得させるように頷くと、姫ちゃんはきらきらした瞳で夢見がちに語る。スイッチが入ったに違いない。

 日に日に元気に明るくなっていく姫ちゃんを見ていると、たまに生徒会長に重なって見えることがある。不思議なスイッチが入ると、暴走状態になって突っ走るし、しかもみんなを巻き込んで引っぱっていく。いままさに、彼女はトランス状態に入ったのだ。


「あのね? みんなで声を揃えて同じ旋律を口ずさむと、それだけで身体がびりびりくるの。それがメロディーになっているとね! ほかにもね? やっぱりハンドクラップや足踏みを揃えてやったときの原始的な、だからこそソウルフルなリズムって心にがつんとくるよね! たとえば?」


 迷わず足踏みと手拍子に入るの。

 ばんばん、ぱん!

 ばんばん、ぱん!

 ばんばん、ぱん!

 ばんばん、ぱん!


「聞くだけでただついつい気になる、無視できないビートは説明不要のマジックに溢れてる」


 口ずさむ彼女の本質的なミュージカルへの憧れは、堂に入ったダンスにも如実に表われていた。アメリカのハイスクールにいたらチアになっていたんだろうか。アメリカのハイスクールでチアっていうとイケてる子のめっちゃわかりやすい象徴だけど。


「無視できないからこそ一緒にやらずにいられない。なら見ているだけより一緒にやらずにいられない」


 七原くんが一瞬の迷いもなく混じれるのも、やばい。

 人には二種類いるという。突然の歌を愛せるか、愛せないか。

 あるいはこうも言える。

 街中サプライズを愛せるか、愛せないか。

 大ざっぱに分けてもね。経験値によってたやすく変化するだろうから、いまの自分に縛られる意味すら皆無だけど。

 ぶっちゃけて言うと、この場において必要なのはただ一種類だけ。


「「 だって手を叩けば気持ちがあがる。足を踏みならせば覚悟も決まる。さあ、先へ。未来へ 」」


 ツバキちゃんと岡田くんが乗っかるんだ。

 しかも岡田くんが畳に手を触れた途端に、舞台装置がばんばん出てくるの。スポットライトに衣装台。みんなで立ち上がってそれぞれのジャケットを手にする。

 ミツハ先輩や生徒会長に見抜かれた岡田くんの素質。それは、士道誠心や隔離世界隈における刀鍛冶という存在。

 私たちからみたら、彼はもはや魔法使い。

 なんの娯楽要素もない畳の和室をレッドカーペットや白い鳩やライオンで飾っていく。

 仕方ないと退屈そうな顔でスバルが先陣を切るけれど、


「気に入らない。楽しくない。何が面白いのかわからない。だったら手を叩け」


 歌声も、大きく開いた手をめいっぱい鳴らすところも堂に入っている。

 昨日今日、踊りを学んでいる感じじゃない。学校のダンスじゃ足りないくらい、磨き抜かれた動きに見えるし、


「足を踏みならせ。気に入らないならいっそ野次を飛ばしてみればいい」


 彼に寄り添う聖歌もかなりのものなんだ。

 天才肌だらけかよ。うんざりするなあ。だからこそ、あがるばかりだなあ。

 クオリティーが高ければ気持ちいい。低ければ、夢見る高みまでの道のりに期待せずにはいられない。

 道をいく覚悟があるのなら、どれだけ落ちようと関係ない。

 求めるものを手に入れるまで突き進むだけだし。あとはちょっとのお金があれば言うことなし。鮫塚さんが敬愛する昔の素敵なクリエイターはみんなそんなノリだとかいうけど、理華はぶっちゃけたくさんは知らないですよ。みんな自分の創作に影響を与えない範囲で生活の心配しないくらいのお金がほしいと思うので。

 聖歌がスバルの腕の中で何度もターンを披露してからスバルに抱き締められて、流し目で私を見つめてくる。しょうがないなあ。

 スポットライトがぱっと私に集中したからには、やらないとね。


「なにを楽しめばいいかわからない!」

「じゃあ手を叩いてごらんよ」


 ルイが私の手を引いて、歩いていく。

 寄り添うように軽やかなステップで私とルイの周囲をまわるワトソンくんが飛んで舞って、片手のひらで地面を捉えて全身をぴたりと止めてみせ、次に足を振り下ろしてそのまま回転しはじめるの。

 長身の彼がブレイクダンスをする、まさにそのうえをルイが飛び越えた。

 岡田くんが合わせた手を広げた。スティックを手にした彼が絨毯を叩くと、私とルイを隔てる一線に河ができあがるの。激流の中心で、まるで渦のようにワトソンくんが踊り狂う。

 ルイがワトソンくん越しに私に手を伸ばすんだ。


「その一線を越えるのが怖い? 飛べばわかるのに。踏みならせばちょっとだけすかっとしないかい?」


 ワトソンくんの足が舞う先にみんながいて、楽しそうに中腰になって肩や膝をリズミカルに叩き慣らす同じ振り付けで身体を揺らしながら煽ってくるの。

 こっちへこれますか? 目の前の一線、越えたら傷つくかもしれないばかの道。けれどやれば楽しいとわかっているよ、私たちは。

 あなたはどう? どっちにいたい?

 見ていたい? ばかにすることを楽しんで、けれど歌う喜びも踊る喜びも知らずに留まるだけ? それとも――……私たちと一緒に楽しみたい? もっと楽しんでみせたいって思う?

 背中を絨毯の上につけてくるくると回っては、手を当てて足を回し始め、身体の向きを変え、まるで剣が回転するように学年一っていっても過言じゃないくらい長くて細くてしなやかな足を回す。

 無理だ。身長の高い彼の足の位置は、私よりもよほど高い。近づくことすらできない。


「無理、いけない」

「これる。きみなら」


 傷つく未来しかみえない。醜態を晒す未来しかない。そうして笑われる未来しか、そこにはない。なのに、その先に行ったら仲間がいて、いまいる場所では味わえない楽しみが舞っている。そう、舞っているんだ。


「こわい。いや! 傷つきたくない!」

「なら傷つかない道をいけばいい。ほら、道はひとつじゃないんだよ」


 七原くんやほかのみんなに比べるとすごく素朴な歌声だけど、だからこそ沁みる響きを放ちながらルイがワトソンくんの足が届かない河の手前に手を当てた。


「激流が怖いのなら橋をかけよう」


 ルイの手から氷の橋がかかっていく。けれど激流の流れが溢れて流してしまう。


「無理だよ」

「これでだめなら」


 構わずルイが上流側へ移動して、手を当てた。

 大岩が上から落ちてくる。岡田くんの仕掛けだ。


「河の流れをせき止めよう」


 激流は一瞬やわらいだ。けれど河であることに変わりはなく、躊躇う間にも大岩の上に水が流れ、結局は押し流されてしまう。


「怖い。死んじゃうよ。魔法がなければ無理」

「手を伸ばせば届くかな?」

「だめ、届かない!」


 ルイが必死に手を伸ばすけれど、それくらいで飛び越えられはしない。どんどん激流が広がって、離れるしかない。

 だからこそ、


「聞くだけでただついつい気になる、無視できないビートは説明不要のマジックに溢れてる」


 私は最初のフレーズを歌う。

 何度も口を酸っぱくして言いましたよ? 歌には自信がないって。

 なのに姫ちゃんは、だからこそ私に相応しいなんていって、大事な配役を回してきたんです。意外と――……いや、七原くん絡みの一件から明らかなんですが、彼女は押しが強いし、問答無用の迫力を生徒会長ほどじゃなくても持っている。いずれ、ひょっとしたら近いうちに化けるに違いない。


「無視できないからこそ一緒にやらずにいられない。なら見ているだけより一緒にやらずにいられない……そうならいいのに」


 憂いをこめて項垂れる私に、ルイが最初に姫ちゃんがやったすごくシンプルな振りを繰り返してみせる。


「やってみればいい。ほら、一緒に」

「恥ずかしいよ」

「でも、きみの足を見て?」


 ルイの歌声に指摘されて自分の足を見る。

 リズムを刻んでいる。ついつい身体が乗っちゃう。

 こんな恥ずかしい振りを考えたワトソンくんをわりとガチで憎むし、憎む理由のすべては羞恥心によって形作られている。

 見抜いている姫ちゃんは、私の嘆願を聞き入れなかった。照れちゃう私だからこそぴったりだと言うのだ。おかげで、ああもう。


「ち、ちがう、これは」

「いいや。あとは手を鳴らすだけ」


 ルイに従って恐る恐る、勇気を振り絞って、羞恥心を堪えて手を叩くっていう……そういう振りを、素直に再現できちゃうくらい恥ずかしくてたまらない。

 けどやってみせる。

 するとどうだ。ワトソンくんが私の刻むリズムに合わせて踊りに緩急を加え始めた。

 それだけで河の流れが緩やかになっていく。

 私の心が弾めば弾むほど、幻想の河は消えて――……あとには楽しみ舞い踊る仲間たちが舞っているだけ。

 恐怖は消えた。やってみれば、どうだ。単純だ。

 誰に何を言われるか、恐怖に叫ぶムンクでもあるまい。

 知ったことか。この楽しみの前には、何者も邪魔などできない。

 みんなの輪に加わって、ラストのために一斉に声を上げる。

 さすがにそろそろスタミナやばくて、乱れたり狂ったり。踊りも徐々にズレ始めて、ボロが出てきた。それでも汗だくになりながら、私たちは笑顔で踊る。

 体格が大きなキサブロウの踊りは特にダイナミックで勢いがある。私たちは必死についていく。


「「「 ほらね? 手を叩けば気持ちがあがる! 」」」


 みんなで気持ちを繋いで、ここまでの流れを無駄にしないようにひたすら無心になる。

 失敗がなんだ。開き直れ。

 成功しか考える暇はない。失敗したらどう成功に繋げるかしか、考える余裕などない。

 楽しめ。やりきれ。恐れる暇などない。楽しむ暇しかない!

 いっせいに手を叩いて、声をあげ、


「「「 足を踏みならせば覚悟も決まる! 」」」


 いっせいに足を踏みならす。いくつかこぼれた。けれど知ったことか。


「「「 さあ、先へ。未来へ! 」」」


 願うままに右手を空へと掲げた。

 誰かの荒い呼吸が聞こえた。自分の呼吸がすぐにそれに重なる。

 さっきまでの狂乱は立ち消え、代わりに限界だとばかりにみんなして尻餅をつく。

 体力お化けなルイやスバルや七原くんも、ワトソンくんも。キサブロウでさえも。

 身だしなみに人一倍気をつけている詩保も、誰より意識高く自分を魅せている美華さえも。

 岡田くんは前のめりに倒れて笑っていて、聖歌もツバキちゃんも幸せそうに笑っている。


「ぜんぜん」「だめっすね」「しょうじき、ブランク感じる……」「きついー。姫、もっと楽なのないの?」「やだ、これがいい。だよね?」「ああ……これしかない」「はずいっつうの……」「だからこそいいんじゃないか」「そうだよ! だからこそいいんだよ! 自分をすべてさらけだせるんだから! この開放感の前に、敵はないよ!」「ああ、俺たちに敵はない」「楽しむ奴しかいない、かな」


 みんなして笑いながら、けれど同時に思っていた。

 どうしたらこれを、私たちのものにできるのか。

 やりたいようにやっても、楽しんでもらえて、先輩たちが思わず無視できないレベルに持ち上げるためにはやまほど足りないものがある。

 どう補うべきか。必死に踊ったばかりなのに、みんなして考えていたに違いない。

 放心している私たちの中で、岡田くんが不意にぴょんと立ち上がって周囲を見渡すの。


「ねえ、待って? みんな――……」


 はっとした声につられて見渡してみると、先生たちが一年九組を見つめていた。

 学院長もいたし、寝たはずのミツハ先輩もいた。

 膜を張ったような聴覚の向こう側から、ゆっくりとなにかが響いて聞こえてくる。

 いや、なにかなんてまどろっこしいことを言うな。先生たちが手を叩いている。


「――……え」


 放心して呟いた私の耳に、先生たちの声がゆっくりと入ってきた。

 仲間の声と気持ちに集中しすぎていた、そんな魔法が解けていく。代わりに、


「夜中にやる音量じゃないけど、その筋でいい」

「方向性が見えたら、あとは突き進むだけ。練習するなら指導はいくらでもできる」

「もっと遊べる体力、残しておいてね?」

「もう一回みせてくれてもいいが……いや、休んだほうがいい。疲労が見える」

「どうせなら、明日から本腰いれていくのも悪くない。それくらい、失敗さえ含めてよかった!」


 魔法をかけられていく。

 だめだとか、もうやめろでもなく。

 進め。醜くても、愚かでもいい。力に満ちている!

 さあ未来へ進め、と。

 魔法をかけられていく――……。


「ああ――……そっか」


 なんだ、簡単なことじゃないか。

 士道誠心の魔法はたったひとつだけ。

 あなたが輝くためにやりたいようにやってごらん。

 それだけだ。

 だからこそ――……尊く輝くんだ。

 金色に光り輝く星のように。

 願いと愛に満ちた場所が、私たちの学舎なんだ。

 愛する暇しかねえな。

 自分を大事に、自分が愛するものを大事にする準備はとうにできている。

 あなたはどうですか?

 理華は楽しいことしかしたくねえし、愛のサイクルの中にいたい。気持ちのいい瞬間で世界を埋めつくしたい。

 あなたはどうですか?

 理華は――……理の華は、愛を選ぶけど。

 ねえ、どうします?

 小悪魔としては、いちおう囁いておきますね?

 ねえ、一緒に遊びません?

 手を取るのも取らないのも、あなたの自由。あなたの楽しむ世界がきっとある。

 でも、あの映画に習ってこう歌ってみますね?

 ここには夢がある。なんでも叶う。それがこの場所、士道誠心なんです。

 だから――……ね? 一緒に遊びませんか?

 立沢理華より、お誘いのお願いでした。またね? わりとすぐに会いそうな気がするけどね!




 つづく!

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