第五十七話
ライオン先生の開始の合図に今度のタツくんはその場で一本目を抜いて構えた。
「……誰だ、貴様」
私……を操るタマちゃんを見て違和感を覚えたのかもしれないの。
けどそれもしょうがない。
なにせタマちゃんは自身の刀を抜いて肩にのせて笑っているだけ。
私だったらしない、出来ない挑発だったから。
「言い当てられぬのならまだまだよ」
のど元を震わせて笑うと、タマちゃんはその刀身を自らに突き刺した。
膨大な熱量が心臓を貫き、身体中に流れ込んでいく。
お尻が……お尻? お尻がむずむずするよ!? こんな時になんで?
「あわてるな」
タマちゃんの呟きには絶対大丈夫だという確信があったの。
それは事実、勝利に向けた確信に違いなかった。
「唱和あれ。妾の名を。九尾の名を! このタマモの名を!」
たんたん、と地面をつま先でタップして二本目が。
「妾の力の取り出し方、あの刀鍛冶が示してくれおったからの」
左足で地面を蹴って左右にくるりと一回転。尻尾が三本、四本。そして、
「ここらで一発、」
刀から手を離して地面に倒れる。そのお尻にどんどん尻尾が生えていく。
みなぎる力は九つ分。
「どかんといかせてもらうぞい!」
すう、と息を吸ったタマちゃんの口から甲高い雄叫びが鳴り響く。
ただの叫びじゃない。霊子をひれ伏し従わせるだけの猛々しい妖力に満ちあふれていた。
「なあ、先生さんよ。あれはアリなのか?」
構えながらもその額に汗をにじませるタツくんに、ライオン先生は腕を組んで涼しい顔で言うの。
「我らが定義する侍になるのなら……倒してみせよ」
「はっ、そうくるかい」
笑って――……制止。
息が詰まるような間隔に感じるのは恐怖ではもうなく。
人を斬るために磨かれた剣術は、神話を生きた狐の神にはまだ届かなかった。今は、まだ。
◆
何度かわそうと抱きつき、その首筋に噛み付くタマちゃんにタツくんが降参を告げて勝利。
胸からその刀を抜くだけで産まれる喪失感に喘いでよろけた私。
タマちゃんは「疲れた。次の出番まで寝る」と引っ込んじゃったの。もう。
「大丈夫かい?」
私を抱き留めてくれたのはタツくんだ。
無茶な勝ち方をした私を怒らず、叱らず、なじらず。
晴れやかな笑顔で受け止めてくれる……器のあまりに大きな男の子。
「いいもん持ってんじゃねえか。見直したぜ、ハル」
「あ、あれは……その。私には過ぎたものだというか」
「でもお前さんの力だ。胸を張れ、誇れ。その手にした刀の力を」
肩を抱いて笑うの。
「そうしてやんなきゃ刀が可哀想だ……違うかい?」
「……ううん。違わない」
首を緩く振る私はただいま猛烈にきゅんきゅんきております!
一本に戻っちゃった尻尾はぶわっと膨れてぴんと立っております!
油断したらばたばた振っちゃいそうです!
「まあ……首への甘噛みは困ったけどなあ! はっはっは!」
背中を軽く叩くタツくんに耳まで真っ赤になる私です。
……おいしかったの。日焼けしたすべすべの首筋。って、だめだよ! 昔の病がぶり返してるよー!
ぶんぶん尻尾を振りながら赤面する私の耳元にそっとタツくんが口を寄せたの。
「はじめに恋の歌を詠むなら、お前さんみたいに芯のあるのがいいな。強くて面白いお前さんみたいに、ぶっとい芯のあるのがな」
「は、わ」
わわわ、と。沸騰しそうな頭を抱える私に「じゃあな、負けんなよ」と笑って立ち去るタツくん。なんか、ずるいよ。
試合に(タマちゃんが)勝って、勝負に負ける私です……。
◆
陣の外に出て、二戦目以降を見守ったよ。
レオくんはその威圧で相手を一瞬で降伏させた。きゃいんって。子犬Aくん……。外野で見ていた刀鍛冶のお姉さんが頭を抱えていました。
『あれは厄介そうじゃのう』
タマちゃんの声がしてすぐ、足の間がもふっとしたから見下ろしたらね?
私の尻尾が隙間に挟まっちゃった。圧倒的勝者のオーラにあてられちゃった……的な?
ああでも自覚してしまう。
レオくんを前にすると無条件にお腹を見せて転がりたくなるの。
なんでなんだろうなあ……。
狛火野くんは一瞬で二勝をもぎとったし、惚けている場合じゃない。ちゃんとしないと。
ギンの試合までまだ時間がありそうだから、クラスのみんなに申し訳ないと思いつつもカナタの姿を探す。
『勝ちをもぎ取って当たる気か?』
楽しげな十兵衞のそれは私に対する挑発であり……その気にさせようとする口上だ。
わかってしまうから深く深く、胸の中の息ぜんぶを吐いて笑うの。
「そんなんじゃない……ただ、見ておきたいの」
そう呟いて……隣の陣を見た。
刀を手にしたカナタはそれを抜いて、男の子と戦っていた。
相変わらず世界全部を敵に回したような顔をして……戦っていたよ。
「よそ見たあ余裕だな。俺に勝てる気でいんのか?」
隣を見たらギンもカナタを見ていた。
その目に宿る光は鋭く、深く。すべてを切り裂いてしまうくらいに強いもの。
けど……いいの。
「わからないけど……強敵ばかりだけど。九人の一人に選ばれたい」
もっとちゃんとみんなのことをわかって、私らしく素敵な青春を過ごしたい。
タマちゃんの力もまた一つ知ることができた。
こういう時間を積み重ねていくんだと思ったの。
だから、私は願いを口にした。
「タマちゃんを掴んだその時から、九は私の数字なの。だから逃さないよ」
隣にいる男の子の顔を真っ直ぐ見て、はっきりと言うのだ。
「ギンのこともちゃんとわかりたいから……全力で勝ちにいく。覚悟しててよ?」
「はっ……いいぜ」
私の頭を乱暴にくしゃくしゃって撫でてから、ギンは「負けるなよ」と告げて立ち去っていった。
髪の毛をおさえてぼうっと見送る私の耳に咳払いが聞こえたの。
あわててふり返るとトモがにこにこして見守ってた。
「幸せそうな顔しちゃって、なにそれ」
「え」
「可愛い顔してるとこ悪いけど……全勝する気ならあたしと戦う覚悟はしておいてよ?」
おでこをつんと押されてやっと理解したの。
そうだ……トモがいる。
その力は未熟な私でもわかるくらいに破格のものだ。
「俺らも負ける気ねえからな」
カゲくんをはじめ、みんなが口々に声をあげる。
試合の最中で、私たちはどんどん盛り上がっていくばかり。
青春はここにある。
けど……ハンパで済ませる気はもうないの。
それはシュウさんにいいようにやられてしまうような……そんな情けない結果に繋がるってわかったから。
あのね。十兵衞、タマちゃん。
『なんだ』『うむ』
私、勝ちたい。なんでもやるから、どうか……お願い。力を貸してください。
『元よりそのつもりよ』『うむ! 胸を張るのじゃ!』
息を深く吸い込んだ。
勝ちと負け。二つの運命に分かれるその場所で、私は一人静かに覚悟を胸に抱いたのだった。
つづく。




